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    ゆうや

    まほやく夢 賢者様(♀)が多い
    全ての話は、東南の大人たちに狂ったオタクが見ている幻覚です。

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    ゆうや

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    レノ晶♀️

    足を引っ張らないよう心へ蓋をしようとしていた晶と、それに気付いて宥めるレノックスの話

    忘るることなかれ「──古代生物だね。それに中々な大きさの個体が複数いるようだ」

    参ったな、せっかくのお出かけだったのに。
    そう肩を竦めるフィガロの表情には全く切迫感はなく、“困った振り”をしているのが明らかだ。
    あくまで南の魔法使いとして振る舞うフィガロが見上げる先を、晶も同様に追いかければ、高く繁った木の中腹あたりに大きく鋭そうな爪痕が残っているのを見た。
    幹を抉る5本線の痕は、晶から見ても冷々とした殺意が見て取れた。あの爪がかすっただけでも人間は致命傷になってしまうんだろうなとぼんやりと考えていれば、ふいに後ろから腕を引かれる。

    「賢者様」

    少し後退しながら振り向けば、木漏れ日を遮るように晶を見下ろしていたレノックスと目が合う。

    「フィガロ様が巣を叩くようです。賢者様は、俺の傍で待機しておくようにと」
    「分かりました。大人しくしておきますね」

    フィガロはすでに箒で飛んでいってしまったのか、その場に取り残されたのはふたりだけ。
    古代生物の討伐については自己防衛もろくできない晶は、魔法使いたちに顛末を一任するしかない。
    言い付け通りにレノックスの隣へ移動する晶を、なにか言いたげな視線が追った。

    「どうかしました?」
    「……賢者様、大丈夫ですか?」

    レノックスらしい直球で言葉少なな心配に、晶は首を傾げる。

    「レノックスたちがいるので大丈夫ですよ」

    本心だった。
    賢者の魔法使いたちはみな、晶のことを過保護な程に気に掛けてくれている。晶は賢者なうえ異性だから、余計に力を入れて貰っているのだろう。
    しかし、いま傍にはレノックスも居てくれている。なにを怖がることがあるのかと笑い掛けるが、やはりレノックスの物言いたげな目は変わらない。
    なにか気になることでもあるのだろうか。尋ねようと晶が口を開いた時、頭上からこの世の物とは思えない慟哭が、ふたりを突き刺す如く降ってきた。

    「っ、賢者様!」

    ふたりを覆い隠しても余るほどの大きな影から、レノックスは晶を抱えて飛び退く。
    先ほどまで晶たちが佇んでいた場所に、真っ黒な巨体が地面を揺らして降り立った。
    身体中が煙に巻かれて全容が晶には分からなかったが、魔法使いの目にはハッキリと姿が見えているらしく、レノックスはぽつりと聞き馴染みのない名前を溢す。

    「あの生物は魔法使いより人間を優先的に狙います。フィガロ先生が戻ってくるまで防戦になると思うので……すみません、堪えてください」

    レノックスの言葉へ返事をする前に、獣が剥き出しの爪を携えて駆け出した。
    晶がこの場に居なければレノックスはもっと楽に戦えたであろうが、たらればを考えても仕方がない。
    魔法具である鍵を片手に防戦するレノックスから振り落とされないよう、晶はただじっと身を固めた。

    鋭い爪。
    血走った目。
    生臭い荒い息。
    鮮血の匂い。

    土が、幹が、森が、抉れていく。
    目の前に張られていた魔法の防壁に、尖った牙が食い込み、そして────暗転。



    ***



    夜更けの暗がりの廊下を、灯りも持たずに晶は歩く。寝静まったみなを起こしてしまわないように、目的地の扉の前まで息を潜めた。
    あの人はもう眠っているだろうか。
    堂々と扉を叩くには夜が深くなってしまっている。やはり明日に改めようと返そうとした踵は、隙間からゆっくりと広がった明かりに引き留められた。

    「──……眠れないのなら、少しお付き合いいただけませんか?」

    柔らかい声でレノックスが晶を呼び止める。
    開かれた扉を招かれるままくぐったが、晶はベッドや椅子へ腰かけることはなく、一歩部屋へ入ったまま立ち尽す。

    「お疲れでしょう、お掛けになってください」
    「…いえ」

    レノックスの気遣いにも鈍い言葉しか返せない。
    晶は心許なく視線をさ迷わせたが、どうしてもレノックスの左腕に巻かれた清潔な包帯に目が行ってしまい俯くしか出来なかった。

    ──日中に遭遇した古代生物の討伐で、晶はレノックスに庇われてしまった。
    晶はただの人間で特別な力がないため、危険な場面に遭遇した際は、魔法使いたちの背に守られることがほとんどだ。
    だが、今回は晶が居たことによってレノックスが無駄な怪我を負ってしまっている。
    負い目か、後ろめたさか。晶はレノックスの目を正面から見ることが出来なかった。
    押し黙る晶の視界に足先が入り込み、大きな影が身体を覆い隠す。

    「賢者様、お顔を見せていただけませんか」
    「……レノックス、今日は本当にすみませんでした。私のせいであなたに怪我を──」
    「晶様」

    レノックスの要望から逃げ、謝罪に走る晶の手首を大きな手が掴む。
    晶は無意識に、左腕を強く握りしめてしまっていたようだった。自分の左腕に爪を立てても、レノックスの受けた痛みが減るわけはないのに。

    「傷を作ってしまったのは、俺が至らなかったせいです。晶様が気に病むことではありません」
    「でも」
    「あなたに怪我が無くて良かった」

    慈しみ深い声に唇を噛みながら顔を上げれば、緋色の眼が誇らしげに晶を見下ろしていて、もう何も言えなかった。
    それでもやはり、胸には罪悪感に似た感情が燻って仕方がない。
    口をまごつかせる晶に、レノックスは言葉少なく問う。

    「怖かったですか」
    「…それは、もちろん。レノックスが傷付くのを見るのは、怖いです」

    当然だ。心を通わした相手が、目の前で血を流す様など誰だって見たくはない。
    治療を終えた真っ白な包帯を痛ましく見ていれば、レノックスは「ええと、言葉が足りなかったな……」と溢して晶を見つめ直した。

    「この世界には、魔力を持つ狂暴な獣が数多くいます。俺たち魔法使いや、その土地に住む人間たちは対処の仕方を知っていますが、……晶様は違う」

    レノックスの静かな声が、晶の固まった身体を宥めるように響く。手首を掴んでいた手もいつの間にか、緊張を解すように指先を柔く握るものに変わっていた。

    「怖くはありませんでしたか?」
    「……え?」
    「初めて見る得体の知れない大きな獣に、殺意を向けられるのは」

    ──怖くは、なかったですか?
    そこまで言われてようやく、レノックスが晶の“なに”へ気を掛けてくれていたのかが分かった。
    そしてレノックスの心情を理解するのと同時に、知らない内に蓋をしていた感情が足元から這い上がり、肩を大きく震わせる。
    そんな本能的な動揺すら見越していたように、レノックスは硬直した晶の肩を、ごく自然に抱き寄せた。

    「今日は、怖かったですね」

    背中を大きな手に宥められ、晶は震える指先でレノックスの服を掴む。晶の心を紐解くように「怖かったね」と繰り返す声があまりにも優しくて、気を抜くと涙ぐみそうだった。
    レノックスが傷付くことは怖い。もちろんほかの賢者の魔法使いたちだって同じだ。
    でもその感情と同等に、晶は“自分が”傷付くことも怖がっていたことを思い出した。
    忘れていた。いや、忘れようとしていた恐怖だ。
    魔法使いたちは身体を張って戦っているのにも関わらず、賢者である自分は守られることしか出来ないのだから、恐怖ですくんでいる場合ではない──そう思ったのは、いつからだったか。
    堪えて、我慢して、飲み込んで。そうして薄れていった恐怖が、レノックスの言葉と瞳で呼び戻されたのだ。

    「……ごめんなさい。私は、しっかりしなくちゃいけないのに。怖い、だなんて…」
    「思ってください。命を脅かすものに恐怖を感じるのは、当たり前のことです」
    「…でも、怖がって、動けなくなっちゃいます」
    「俺がお守りします。そんな理由で、晶様が恐怖心まで捨てる必要はありません」

    すり寄った胸から、穏やかな心音が伝わってくる。
    とくんとくんと一定に響く音と、確かに伝わる体温に晶は目を閉じた。

    「──……こわかった」

    鋭く大きな爪も、剥き出しになった尖った牙も、大人ふたりを優に越す巨体も。なにもかもが晶を一瞬で葬り去れる形をしていて、瞼の裏にこびりついて離れない。
    平和な時代で育って、生死に関わる生傷など見たこともないし、負ったこともない。そんなの、怖がって当然のはずだ。
    負い目がちの恐怖心へそう言い聞かせて、すがるようにレノックスへすり寄る。

    「こわかった」
    「はい、怖かったですね」
    「私ひとりだったら、なにも出来ないままでした。……ありがとうございます、レノックス。あなたが無事で、本当に良かった」

    この優しい人が、生きていてくれて本当に良かった。恐怖のまま、遠慮なしにレノックスを抱き締める。
    レノックスも晶が潰れない範囲で腕の力を強めてくれて、震えが収まるまでじっとお互いの温度を確かめ合った。
    しばらくして、支配していた恐怖は紛れ、強張っていた肩の力が抜ける。そして安心からか、今度は猛烈な眠気が晶を襲った。

    「……レノックス、お願いがあります」
    「はい、なんでしょう」
    「今夜は、一緒に眠ってくれませんか」

    わざと「ひとりでベッドに戻るのが怖いです」なんて軽い調子で誤魔化すが、そんな取り繕った軽口すら、レノックスは包むように微笑む。

    「俺も今夜は、一人寝は嫌だと思っていたところです」

    レノックスの腕の中であれば目を瞑っても、こびりついた恐怖が晶を苛むことはないだろう。晶はそんな確信めいた予感を抱きながらも、心細さを隠すことなくレノックスの胸へともたれ、静かに瞼を落とした。
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