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    夜盲症

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    ネカマのフロとMMO廃人のイデがオフ会でエンカウントする話

    ##ツィステ

    プロポーズは仮想世界でイデアは最近サービス開始したオンラインゲームに夢中であった。世間ではゲーム機が浸透して、一緒に島で暮らしたりだの目的地へ移動しながら土地を買い占めて友情を破壊したりだのモンスターを狩ったりだの、それもそれで楽しみは充分にある。しかしイデアは根っからのMMOが好きであった。MMOとはMassively Multiplayer Onlineの略称で、パソコンなどからサーバーへアクセスし、同じ空間を共有して遊ぶゲームのことだ。ギルドを作成したりファッションを楽しんだりモンスターを倒したり交流を楽しんだり……可能性は無限大なのである。あと古き良きみたいな所がいいよね。
     最近イデアの始めたMMOはキャラメイクが充実!PC、スマホ、ゲーム機でログイン可能!好戦派と平和主義派で棲み分け可能!が謳い文句である。これはやるっきゃない。イデアは典型的なネット弁慶であったため、チャットのコミュニケーションスキルだけはめちゃくちゃ高かった。平和にみんな楽しくね…とギルドを立ち上げればそこそこ賑わいギルドマスターとしてもメンバーから慕われている。やっぱり帰るべきはここですわ…とMMOにのめり込み、1日20時間くらいパソコンに向かうのであった。
     着実にボトラー(人権を失うのでここでは記述しない)になる勢いでいる矢先、ギルドに新メンバー希望者が現れた。イデアのギルドは平和で楽しくがモットーであるため、荒らし行為は絶対に禁止。また、無いとは思うがギルドマスターに下克上なんて野蛮なことを企てていても怖いので一応ギルド加入希望者はマスターと面接を行うことになっている。面接と言ってもチャットで少し雑談をする程度だ。何が好きなんですか〜とか今期のアニメ見てます?他にどんなゲームやってるんですか?ログイン時間って大体何時とか決まってます?ってな感じで。まぁそんな感じで今回のギルド加入希望者もイデアと面接を行った。
     面接に来た新メンバー(仮)は、水色のロングの髪にエルフ耳、金とオリーブのオッドアイ。初心者と思しきそのなりは初期衣装の白地のTシャツからワンランク上のオレンジTシャツだった。役職は白魔道士。つまりヒーラー(治癒担当)。第一印象はキャラ作り込んでんな、であった。このMMOはキャラメイクをそれなりに細かくできるのが売りである。凝ってる人は凝っている。イデアは自分のアバターなんかに時間をかけている暇があったら早くモンスターを倒して資金を調達し、レベルを上げて上等な装備が欲しかったためキャラメイクとかは二の次だ。髪が青で目が金。髪は短髪。以上。話は戻るが、何よりイデアが思わずガッツポーズしたのは新メンバー(仮)が女性アバターだった事である。いや、MMOなんてものはネカマ、いわゆる中身は男で女性アバターを使っている奴らも多くいる。一概に女性アバターだから中身も女性、とは言えないがギルド内が視覚的にパッと華やかになるのは間違いない。
     広場の噴水前で落ち合ったイデアと新メンバー(仮)は早速面接という名ばかりの雑談を始める。
     『はじめまして。僕がここのギルマスで"デルト"って言います。よろしくお願いします。』
     ゲームを始める際、名前をどうしようか悩んで適当にイデアと弟のオルトを掛け合わせた名前にした。キャラメイク時に3秒で考えた名前を名乗ると、向こうから返信が送られてくる。
     『はじめまして。"Flora"だよ』
     花と豊穣の女神じゃん。初対面でタメ口きく人基本的に信用してないが、なんかもう相手がキャラと中身が合いすぎていてそういうキャラなんじゃないかと錯覚するくらい彼女のタメ口が自然だった。二言、三言会話して正式にギルドへの加入が認められ、Floraはデルトギルドの一員になった。
     『始めたばっかで何も分かってないけど仲良くしてね』
     そう言われてしまえば、彼女いない歴=歳の数のイデアは舞い上がってしまうのだった。

     Floraは大抵22時頃ログインすることが多い。イデアはオンラインで授業を受けている傍らMMOを別窓で開いているので四六時中いる訳だが、Floraは仕事なり学校なり、ちゃんと普通の生活を送っているらしい。2時間ほど滞在し、日付けが変わった頃『朝起きれなくなっちゃう』と言ってログアウトする。Floraは白魔道士という役職柄、好戦的では無いがエリア内でイデアを見付けては『一緒にモンスター倒しに行こう』と誘ってくれる。そして頻繁にクエストに行く間柄になった。Floraにはどうやら欲しい装備があるらしい。そのため資金調達を行っているようだ。ある時、『プレゼントしようか?』と聞いたことがあった。しかしFloraの答えは『NO』。ちょっと凹んでいると『こういうのは自分の力で手に入れた方が楽しいから、気持ちだけ貰っとく』と言われた。続けて『でも役職柄戦闘が得意じゃないから何かあった時よろしくね』とまで言われた。イデアはこのチャットが送られてきた瞬間、何かあってはならぬとFlora絶対守るマンになったのだ。

     Floraと出会って2ヶ月程経ったある日。そこそこ仲が良くなり、お互い学生であることまで分かった。ワンチャン同い歳でこれから甘酸っぱい展開があったりして。おのれの恋愛スキルを棚に上げ、妄想だけ捗っていたイデアはいつものようにFloraとチャットで会話していた。するとFloraから『ナンヨウハギくんのLINEとか知りたいんだけど』と送られてくる。Floraは何故か、デルトの事を「ナンヨウハギ」と呼ぶ。ナンヨウハギと言われた時は何の事かと思ったが、検索してみるとニモに出てくる青い魚だった。アバターが青くて目が金色だからまぁ、似てなくはないな、と思った。しかし、デルトのアバターを見て「ナンヨウハギ」なんてセンスは恐らく彼女しか持ち合わせてないだろう。
     そんな訳でそれ以来ナンヨウハギくんと呼ばれているし、そんな独特のセンスの彼女も可愛いなと思っているイデアであったがLINEを教えて、と言われると少し困ってしまう。拙者…見ず知らずの人にLINE教えたくないし…友達欄もアズール氏しかいないし…トーク欄に至っては業務連絡しか来ない寮長グループ(友達登録はしていない)しか無いし…。うーん、と3分ほど悩んでるとFloraから『ヤだったら別にいいけど』と送られてくる。イデアは押してダメなら引いてみろに滅法弱かった。そのままFloraが離れていっちゃう気がして『いいよ』と言ってしまった。そのままLINEのIDが送られてきて、自分のLINEの名前を本名から「デ」とかに変えて、相手のIDを検索する。「F」とだけ書かれた名前と海のアイコン。え〜Floraさん実在するんだけど〜。イデアは少し感動した。登録して、こっちからネコのスタンプを送る。やや時間をあけて「F」から『よろしくね』とカニのスタンプが送られてきた。『なんでカニ?』『エビとフグもあるよ』『魚好きなの?』『嫌いでもないけど好きでもない』。
    そんなやり取りをしていたら深夜になっていた。流石にFloraも寝ないとまずいようで『おやすみ』とフグのスタンプが送られてきた。『おやすみ』と返せば既読は付かず、あぁ寝たんだな、と思う。イデアはベッドに身を投げ先程までFloraとやり取りしていた画面を見て口をもにょ、とさせた。にやけちゃう。ここまで来るともうイデアはFloraが男でも女でもいいんじゃないかと思い始めていた。いや、女だったらより嬉しい。FloraさんとLINE交換しちゃったな〜と口の中でくふくふと笑っていれば充電が10%を切った弟が眠そうにしながら「兄さんももう寝なきゃダメだよ!」と注意して自らスリープモードに入った。自分よりも重い弟をよっこいしょ、と持ち上げポットの中で充電させる。
     「オルト〜兄さん春が来たかもしれぬ」
     イデアは再びニヘと笑い、FloraとのLINEを見返して大人しく布団に潜った。

     「イデアさん、貴方ひどいクマですよ」
     「え…そうかな…」
     久々に部活へ足を運ぶと優秀な後輩に指摘された。二人のウツボの人魚のおかげでスルースキルが高い彼でも、顔色が悪いイデアを常に見ていてもそう言うのだからよっぽど酷いのだろう。
     「元々目付きがこう…鋭いので、より怖く見えますね。怒ってるかと思いました」
     「え?ごめんね……元々目付き悪いのにアズール氏を更に怖がらせちゃって……」
     「ゲームですか」
     「そそ、最近始まったばかりのね…アズール氏興味ある?」
     「生憎、生活を犠牲にするほどゲームにのめり込めないので」
     アズールに布教しようとした所、ズバッと切り捨てられイデアはちょっと半泣きになる。顔の見えない相手なら散々イキれるが、対面になるとどうもダメであった。「そう言えば」とアズールが考えるように目を泳がす。
     「最近、フロイドもクマ作ってるんですよ。もしかして毎夜対戦とかしてます?」
     「え?フロイド氏ってゲームするの?」
     「じゃあ違いますね。ゲームをしてるかもわからないです、本人に聞いた訳では無いので。ただ同じようにクマを作ってたから接点があるのかなと思っただけです」
     「へ〜不思議ですな、まぁほら、フロイド氏だし」
     「ええ、フロイドの事なので何か他に熱中してるものでもあるんでしょう」
     イデアは、そう言い終えたアズールの駒を自分の駒で蹴落とした。絶望したアズールの顔を見ながらイデアは「あ〜はやく夜にならないかなぁ」などと考える。突如、教室の後方で扉の開く音がする。「アズールゥ」とのそり教室内へ入ってきたのは噂をすればなんとやら。気まぐれウツボのフロイド・リーチだった。どうやら寮生が皿を数枚割ったらしい。誰にだって失敗はあるよ、許してあげてよぉなどと思っているとアズールは「きっちり落とし前を付けてくれないと困りますね」と不敵な笑みを浮かべていた。フロイドもご機嫌で「何する何する?」とアズールの顔を覗き込んでいる。その目元の笑いジワに確かにクマが見えた。アイメイクで隠されてはいるが、フロイドにしては珍しい。ガン見しているのが気付かれたのか、フロイドがイデアの方へ振り向く。イデアはフロイドが怖いので直視出来ず思わず目線を逸らした。その後は散々フロイドに絡まれ、彼が嵐のように去ってった後はアズールにボロ負けし、「僕にはFloraちゃんしかいないよォ!」と自室へ飛び込んだのだった。
     その夜、イデアはFloraに今日の愚痴を零した。『知り合いの顔色が悪いのでガン見してたら散々な目に』だの言って。Floraは数分後にLINEの既読をつけ『ガン見は誰でも気分悪くなるんじゃない?』と返した。ド正論パンチ。やめて。心にくる。しかし、『今の言葉いえば良かったのに』と後を続けた。イデアがなんの事かよく分からないでいると『ガン見してる理由言えば不審がられずに済むよ』と返した。確かに、フロイド氏に絡まれた時咄嗟に「なんでもないです!」って言ってしまった。なんでもないのにガン見はねーだろ、と言われた。仰る通りです、はい。Floraはイデアの傷付いた心をすっかり癒してしまった。恐るべし白魔道士Flora。アバターの傷だけでなくプレイヤーの心の傷も癒すなんて。イデアはこれを境に完全にFloraの虜になっていた。

     例のゲームに結婚システムが導入された。まぁこの手のゲームではよくある話で、アバターが擬似結婚出来るのだ。双方の同意があり、ゲーム内役所で届出を出せば結婚が出来る。ついでに特別装備で男アバターはタキシード、女アバターはウェディングドレスが手に入る。イデアはこのシステムが実装された瞬間から完全にFloraと結婚する気でいた。Flora絶対幸せにするマン爆誕である。ただ、Floraの方はと言うと別に興味無いらしかった。彼女曰く「ゲーム内で結婚してメリットがあるの?」とのこと。確かに特別装備は貰えるが、普通に素材集めて買う装備の方が防御力は高い。結婚したからと言って別に夫婦になれるわけじゃない。称号が貰える訳でもない。挙式の真似事をして、「結婚した」というだけ。イデアはぐうの音も出ない。だが、現実的で真っ直ぐで素直なFloraは、イデアの憧れ恋心その他劣情を膨張させるには十分であった。
     結婚システムが実装して2週間。イデアはやっぱりFloraと結婚がしたかった。うるせー男なんてものはメリットが無くても好きな女と結婚したと言う事実と名声とマウントが欲しいんだよ。Floraが女かは知らんけど。Floraはギルドの皆と仲が良くて、それなりに男性ファンも多かった。だが、今のところLINEを交換したのはイデアだけらしい。これを聞いた時にゃ踊っちゃったね。Floraと出会って数ヶ月、モンスター討伐からのLINEで数分会話が定着してきた頃。
    どこ住?賢者の島。わ〜奇遇だね僕も僕も。誕生日何月?12月。近いね、こっちは11月だから同じ冬生まれだね。キャッキャ。
    Floraとの会話は楽しくて楽しくてやはりこの素敵な人物を手放したくなくて、でも結婚しようとは言えなかった。そんな時、Floraが『会ってみる?』と寄越したのだ。
     イデアは放心していた。気が付いたら朝だった。記憶を失う前に送信した『え?』は既読すら付いておらず、向こうも寝てしまったのが伺える。会う?Floraちゃんと?リアルで?イデアは唸った。Floraには会いたいがネット恋愛をリアルにまで波及させていいものか。いやでもほら、このご時世なんてマッチングアプリとかあるし。でもでもFloraが女だって決まったわけじゃ。もうきっと女の子だよ。女の子だと信じて疑わない。女の子じゃなかったらわざわざ会いたいとか言う?野郎が野郎に会って楽しい?外に出るのは気が引けるが、Floraを一目見て起きたい気持ちに負けた。イデアは朝5時にFloraに『いいよ』と送ったのだった。

     さて、Floraに幻滅されたくないのでヒキニートはそれなりに頑張った。何を頑張ったかってまずアズール氏に泣きつく。「拙者たぶん女の子とデートするんだけど素敵なお店もカッコイイお洋服もわからないよアズえもん」。女の子と多分デートと言う言葉に引っかかっていたアズールだが「アズール氏にしか頼めないよ」と言えば得意げに鼻を鳴らし、直ちにレジュメ両面印刷40枚綴じを叩き付けられた。ご丁寧にレストランからオススメのデートスポットから休憩できるカフェまで紹介されている。後半10枚くらいは根性論だった。とにかくにこやかに!顔はいいんだから自信をもて!背筋を伸ばせ!視線を合わせろ!うんぬんかんぬん!励ましかディスリなのか分からないがとにかくありがとうアズえもん。レジュメを持ってそそくさと自室へ帰ろうとする腕を掴まれる。
     「これからヴィルさんの所でコーデを決めます」
     これにはイデアの口からいつもの奇声が出た。痛、痛いよアズール氏、握力ゴリラぐらいある?ズンズンと制止を聞かず鏡舎まで来、鏡を抜け、城みたいな外観の寮が目の前にあり、眩しすぎる廊下を進んで、「あらいらっしゃい」と眩しすぎる笑顔を向けられた。
     ポムフィオーレから開放された頃にはすっかり夜になっていた。ギンギラギンの寮内でパニック状態になったイデアの目に暗闇は助かる。結局頭のてっぺんからつま先まであぁでもないこうでもないとヴィルとアズールに着せ替え人形にされた。ヴィルには「素材がいいのに勿体ない!」と叱責された。髪は当日の朝、魔法で整えるように仕組みを叩き込まれ、服は世界的モデル、ヴィル・シェーンハイトが私服で重宝しているブランドのものになった。素材を生かすとかどーのとかで黒を基調としたセットアップだ。金額に目玉取れそうになったが。イデアが寮に戻る途中、キノコの世話から帰った白衣のジェイドに会った。「アズールから聞きましたよ」と不敵な笑みを浮かべて0.01と書かれた箱を渡される。完全に弄ばれている。この時イデアは「空箱になったこいつを叩き返してやる」と誓ったのだ。

     色んな人から助けてもらい、とうとうFloraと会う日になった。前日はとても寝れる気分ではなかったがアズールに「クマがあると怖い」を思い出し無理やり寝た。お陰様で人生で初めてくらいに血色がいい。白の浅いVネックに袖を通して上から黒のジャケットを羽織る。スラックスを履いて、叩き込まれた髪型にする。アズールから貰ったレジュメは全部データ化してスマホに入れた。コーデはヴィルのセンスによりイデアでもめちゃくちゃよく見える。0.01と書かれた箱の中身を全部財布の中にねじ込んでやった。全部使ってやらぁ。オルトに元気に見送られて寮を出る。時たますれ違う別の寮生から痛い視線を感じながら待ち合わせの場所まで鏡でひとっ飛び。目を開けると、賢者の島の中央、広場の噴水の近くまでやって来ていた。
     スマホを見るとまだ待ち合わせには時間がある。うわ〜めちゃくちゃ楽しみにしてたやつみたいで恥ずかしい。あと周りの目が怖すぎる。怖すぎるので人の良さそうな店員がいるベーグル屋でカフェオレを買った。ほら、若い兄ちゃんとか面と向かって話せないし。それでもカフェオレを買うだけにめちゃくちゃ噛みまくって顔から火を噴く思いをした。ベーグルも美味しそうだったが胃の容量が少なすぎるのでここで食べたらFloraを食事に連れて行けない。カフェオレにガムシロを2つ入れて店を出る。と、噴水前にやけに目立つターコイズブルーを見つけた。高身長、ターコイズブルー、この前0.01の箱を渡してきたやつが着なそうなアッパーな色の服…。
     「あ、ホタルイカ先輩」
     隠密ファンブル。様子を伺う前に向こうが話しかけてきた。気まぐれウツボのフロイド・リーチである。
     「こ、コンニチハ…奇遇だね…」
     「いつもと格好違うからびっくりしたぁ」
     「あ…これね…ハハ…えと…」
     めちゃくちゃ格好付けてるところ知り合いに見られるのこの世の地獄じゃない?しどろもどろになっているとフロイドが「お出かけ?」と聞いてきた。
     「ま、まぁ…そんなとこ…デス……はい…」
     「クリオネちゃんは?」
     「いや…今日はお留守番……」
     「先輩一人で来たの?」
     「は、はい……」
     「そうなの、えらいねぇ」
     フロイド氏と一緒とか耐えられない。早く来てFloraちゃん!「オレはね〜人を待ってる」とフロイドが言う。アズール氏とジェイド氏と買い出しかな、なんて思いながらフロイドを盗み見ると何か洒落てる服を着ている。いや、フロイドは着道楽だとアズールから聞いてはいたので色んなお洒落着を持っていて当たり前かもしれないが、モストロの買い出しにしては小洒落すぎというか。返事が出来なくて沈黙が続く。助けてFloraちゃん。イデアがFloraのLINEに『着いたよ』と送った。ピロ、と近くから音がしてフロイドがスマホを取り出す。「あ、着いたって」フロイドがスポ、とスタンプを押した。ピロ、と音がして自分のスマホにカニのスタンプが送信される。イデアは気付いてしまった。あ〜あアイデアロール成功。
     「ふ…Floraちゃん……?」
     恐る恐るフロイドの顔を伺えば、ちょっと驚いたような顔をしてからタレ目をくっと細め「はぁい♡」と返事した。
     「拙者の花と豊穣の女神返して!!!!!」

     イデアはもうやる気をなくしていた。お前のせいですあ〜あ。Floraちゃんじゃないならもう高級なレストランもちょっといい雰囲気な水族館もお洒落なカフェも財布にねじ込んだアレも必要ないので、先程カフェオレを買ったベーグル屋で男二人向き合って座った。ベーグル食べたかったし。フロイドはカボチャのサラダが挟んであって、生地にもカボチャが練り込んであるのか、やや黄色のカボチャベーグルを頬張って「うっま!」と叫んだ。イデアはちょっとピンク色のクランベリーベーグルを頼んだが食べる気にはならない。
     「Floraちゃんがフロイド氏だったの…一生根に持ちそう……」
     「なに?ホタルイカ先輩まじでFloraがオレだって気付かなかったの?ウケる」
     「フロイド氏はデルトが拙者だって気付いてたんすか……」
     「ん〜…8割くらいで確信してた」
     結構分かってたんだなと思って恥ずかしくなる。こちとらまじでFloraちゃんが女の子だと思って恋愛スキル皆無でも振り向いてもらおうと必死に頑張ってたんだよ!涙出てきた。
     「分かってたなら僕でほくそ笑んで遊んでたら良かったじゃない…」
     「オレ、別にそういうのして遊んでた訳じゃねーし。オレはほぼホタルイカ先輩だって分かってたけどホタルイカ先輩がオレだって気付いてなさそ〜だったから、それってフェアじゃなくね?」
     そういうもんなのかな。拙者はフロイド氏がFloraちゃんだった時の方がフェアだった気がする。でも今思えばFloraちゃん…髪と瞳はフロイドのものだし、無意識とはいえその外見とタメ口が相まって「そういうキャラ」と認識していたのはフロイドっぽかったからだ。なんでそこで気付かなかったんだ。いやまさかだって、フロイド氏があのゲームやってるとは思わないじゃない。フロイドがイデアの目の前で紅茶をすする。「これはジェイドが淹れた方が美味い」というので、「こういうのはゲロ甘にして飲むに限る」と角砂糖を3つ渡してやった。
     「色々言いたいことはあるけど、なんでフロイド氏はあのゲームやってたの?」
     「ちょっと長くなるけど」
     フロイドは角砂糖を3つ入れてぐるぐる回し、ゲロ甘紅茶をすすった。「甘い」と舌を出してからフロイドは自分がネカマになるまでの経緯を話し始める。

     フロイド・リーチという男は着道楽である。そりゃウン十万の靴が欲しいとか言うぐらいなのだから服から靴からアクセサリーまで、陸に上がったならお洒落しなきゃ損。陸のファッションは面白い。伝統衣装をリメイクしたり、交尾を目的に作られたあはんうふんな服があったり、誰が着るのこれ?みたいな奇抜な服まで存在する。自分は着ないがそういった服をおもしれぇ〜と言って見るのがフロイドの毎晩の楽しみ。そんな感じでその夜もファッションサイトを見ていた。サイトの下部にバナーが出てきたのがフロイドの運命を大きく変える。トップページに戻ろうとして広告バナーをタップしたのだ。まぁよくあるやつ。ただそのサイトに飛ぶと、なんてまぁ可愛い衣装。豊富な髪型髪色瞳の色。なになにどれどれ、新しく進化したMMO。PC、スマホから同サーバーにアクセス可能。この辺はよく分からないけどとにかく女性アバターが可愛かった。フロイドにも一応「男はズボンを履くべき」という認識はあった。別に男がスカート履いてもいいと思うけどね。陸って変なの。TPOを弁えることが出来るフロイドは自身は決してスカートは履かないが、自身のアバターが美しく可愛くかっこよく衣装を着る姿で満足出来ると思った。そしてそのMMOの女性アバターの虜になった。こんな色んな服着てみたい!
     スマホでもできると言うので登録を済ませた。操作性は少し悪いが別に本格的にモンスターを狩る訳じゃないし許す。白魔道士にしたのは「どれにしようかな」で決めたからだ。特に意味は無い。自分に似せてキャラメイクをして、どうせなら髪の毛とか長くしちゃお、てな感じでロングヘアーのフロイドに似た雌が出来た。しかし、フロイドの予想とは裏腹にサーバーに接続した自分の分身は白のTシャツ1枚だった。なんて可哀想。調べてみたらどうやら白Tシャツから抜け出すためには資金を稼いで服と交換しないといけないらしい。とりあえず出来ることから始めたがせいぜい白魔道士の自分に出来ることはゴミ拾いと草取りぐらいであった。この頃からフロイドはちょっと飽き始めていた。
     何とか集めた資金でオレンジTシャツに精進したが、それでも目標の可愛い衣装たちには届かない。可愛い衣装を手に入れたい、でももう飽きてきたな。そんな時ギルドの存在を知った。仲間を作って一緒に戦って貰えばいいじゃん。色んなギルドを見たが、どれもこれも好戦的で1日何体のモンスターを狩るなどという誓約があるものばかり。縛りって嫌いなんだよな、途中で飽きるし。そんな感じで上から下までざっと目を通すと「デルトギルド 平和に楽しくやりたい事をやりましょう」なんてギルドを見つけた。これだよ探してたものは。ギルドマスターはいい人だった。分からない事があれば教えてくれるし、初心者にも優しく接してくれた。青い髪で金色の瞳だったからどことなくナンヨウハギに見えて、勝手にナンヨウハギと呼ぶことにした。
     2ヶ月ほど経った時ナンヨウハギくんに違和感を感じた。誰かに似てね?あぁ、そうだホタルイカ先輩だ。そんな訳で一か八かLINEを聞き出した、が。流石にネット上の人物に本名を出さないよね。ホタルイカ先輩、ネットリテラシーがちゃんとしている。ちなみにフロイドはLINEを始めた頃からずっと「F」だ。ナンヨウハギくんニアイコールホタルイカ先輩とのLINEはフロイドにとってそこそこ面白かった。なんかお見合いっぽくてくすぐったさもあったけど、これが本当にホタルイカ先輩だとしたらネット上ではこんなに気が利いて優しくてお話上手なのに勿体ないな、なんて思ったりもした。ナンヨウハギくんとのLINEが楽しくてクマを作った日もあった。アイシャドウで必死に隠したが。アズールに用があってボードゲーム部にお邪魔した時、イデアも同じように大層なクマを作っていてこれはもしや…と予想は7割くらい確信めいた。
     それから結婚システムが導入されたが、向こうは気付いていないのかフロイドと結婚したがるので流石にそれは正体を知ったらイデアが可哀想だとのらりくらり結婚を断っていた。でもメリットがないのは確かだ。だって別に男と結婚するためにゲームやってないんで。予想外だったのはイデアが思ったよりFloraに惚れている事だった。フロイドはおおよそナンヨウハギくんがイデアだと予想がついているのに向こうは女の子と信じて疑わずに居るのがなんだか申し訳なくなったのだ。だってそういうつもりでゲームしてた訳じゃない。フロイドはオシャレを楽しみたかっただけだ。そこで、本当にイデアなのか直接会って確かめることにした。
     
     「と、まぁこんな感じで」
     ゲロ甘紅茶を飲み干したフロイドはティーカップをソーサーに置いた。
     「つまり別に拙者を騙すつもりで近付いたりとかは……」
     「本当にただの偶然。気付いたのだって1ヶ月前とかだし」
     イデアは大きなため息をついてしまった。Floraがフロイドだったことは良くないが5億歩譲って良いとして、問題は。

     何も飾ってない、彼の紡いだ文字と真っ直ぐで素直で人懐っこい、現実的な彼の性格に惚れてしまっていることである。

     「オレ、ゲーム内のホタルイカ先輩結構好きだよ。優しいし、オドオドしてないし。どっちが本当のホタルイカ先輩か分かんねぇけど」
     「いや…うん…ネット弁慶なだけ…」
     「めっちゃ美味いベーグル屋知ってるし」
     「これはたまたま…」
     フロイドはニコー!と笑ってギザギザの歯を見せた。
     「ホタルイカ先輩が良ければ結婚してやってもいいよ」
     「は?でもメリットが無いって…」
     「それはゲーム内の話だろ。お互い正体も知った上でだし、オレも別にホタルイカ先輩と結婚するの嫌な訳じゃないよ。メリットはないけどホタルイカ先輩だったら許容できる」
     イデアは角砂糖をガムシロを2つ入れたアップルティーを一気に啜った。そして腕を組んで数分黙り込む。

     「フロイド氏……」
     「なぁにホタルイカ先輩」
     フロイドは余程美味しかったのか2つ目のカボチャベーグルをいつの間にか注文してかぶりついている。
     「やっぱ結婚しない?」
     フロイドは少し考えて嚥下した。
     「今夜10時、パンゲアサーバーの役所集合ね」
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    夜盲症

    DONE「早起きの徳はプライスレス」の小話。
    蓄光ゴムと消えちゃうキャンディと事故チュー。
    【閑話】8時過ぎ拙者のベッド 久しぶりに眩しい光で目を覚ます。そういや昨日はフロイドを自室に呼んで深夜までゲームをしたんだっけ。光の方へ目をやると、逆光の中でターコイズブルーが光った。フロイドのピアスがチリ、と光って天井に海を作る。あ〜めっちゃ綺麗。もしかして、神様?
     「おはようホタルイカ先輩」
     フロイドの少し高い声がイデアの脳を揺すった。「おはよう」と言った声は思ったより掠れていて、昨日あんだけ喋ったもんなぁと他人事のように思った。ふたりで激甘紅茶を飲んで、今日は何をしようかと話しているとフロイドは何か思い立ったように辺りを探す。フロイドが掻き集めたものは蓄光のゴムで、そう言えば朝に光を蓄えようって言ったなぁ、と記憶を引っ張り出した。イデアのベッドに蓄光ゴムが並べられる。その間にオルトが目を覚ます時間を遅らせた。こんなところ、弟には見せられない。整然と並べられたゴムを横目にフロイドが持ってきたクッキーで朝食にした。数十分経ち、待ちきれなくなったフロイドがブラインドを閉じた。部屋が暗くなり、ほのかに発光したゴムを見て顔を見合わせて笑う。フロイドが「ホタルイカ先輩も」と言うのでなんのことかと思ったら髪の事だった。そうか、昨日寝落ちしたから暗い場所では見てないんだ。
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    夜盲症

    DONEネカマのフロとMMO廃人のイデがオフ会でエンカウントする話
    プロポーズは仮想世界でイデアは最近サービス開始したオンラインゲームに夢中であった。世間ではゲーム機が浸透して、一緒に島で暮らしたりだの目的地へ移動しながら土地を買い占めて友情を破壊したりだのモンスターを狩ったりだの、それもそれで楽しみは充分にある。しかしイデアは根っからのMMOが好きであった。MMOとはMassively Multiplayer Onlineの略称で、パソコンなどからサーバーへアクセスし、同じ空間を共有して遊ぶゲームのことだ。ギルドを作成したりファッションを楽しんだりモンスターを倒したり交流を楽しんだり……可能性は無限大なのである。あと古き良きみたいな所がいいよね。
     最近イデアの始めたMMOはキャラメイクが充実!PC、スマホ、ゲーム機でログイン可能!好戦派と平和主義派で棲み分け可能!が謳い文句である。これはやるっきゃない。イデアは典型的なネット弁慶であったため、チャットのコミュニケーションスキルだけはめちゃくちゃ高かった。平和にみんな楽しくね…とギルドを立ち上げればそこそこ賑わいギルドマスターとしてもメンバーから慕われている。やっぱり帰るべきはここですわ…とMMOにのめり込み、1日20時間くらいパソコンに向かうのであった。
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