【閑話】8時過ぎ拙者のベッド 久しぶりに眩しい光で目を覚ます。そういや昨日はフロイドを自室に呼んで深夜までゲームをしたんだっけ。光の方へ目をやると、逆光の中でターコイズブルーが光った。フロイドのピアスがチリ、と光って天井に海を作る。あ〜めっちゃ綺麗。もしかして、神様?
「おはようホタルイカ先輩」
フロイドの少し高い声がイデアの脳を揺すった。「おはよう」と言った声は思ったより掠れていて、昨日あんだけ喋ったもんなぁと他人事のように思った。ふたりで激甘紅茶を飲んで、今日は何をしようかと話しているとフロイドは何か思い立ったように辺りを探す。フロイドが掻き集めたものは蓄光のゴムで、そう言えば朝に光を蓄えようって言ったなぁ、と記憶を引っ張り出した。イデアのベッドに蓄光ゴムが並べられる。その間にオルトが目を覚ます時間を遅らせた。こんなところ、弟には見せられない。整然と並べられたゴムを横目にフロイドが持ってきたクッキーで朝食にした。数十分経ち、待ちきれなくなったフロイドがブラインドを閉じた。部屋が暗くなり、ほのかに発光したゴムを見て顔を見合わせて笑う。フロイドが「ホタルイカ先輩も」と言うのでなんのことかと思ったら髪の事だった。そうか、昨日寝落ちしたから暗い場所では見てないんだ。
「光るといえば」とイデアは思い出す。自分の机の引き出しから飴の袋を取りだした。
「消えちゃうキャンディ〜」
「消えちゃうキャンディ?」
「そそ、これね舐めてると色が変わるの。詳しくは包装紙に書いてある。でね、光る金箔が入ってたら当たり」
どうぞ、と一袋あげる。イデアが中を開くと人型の飴が入っていた。色は赤紫。「お、これは色が変わるヤツですな〜」と言って口に放り込む。続いてフロイドも包装紙を開けて口に放り込む。イデアが「何色だった?」と聞けば「みどり」と答え、舌に乗せた飴を見せてくれた。
「これは色変わらないやつ」
「え、そんなのもあんの」
フロイドはうーんと考えて、イデアに舌を突き出した。
「?」
「ほっへ」
「取って?」
「ん」
ちょっ……とこれはまずいですよ。後ろはベッド。自分の髪と蓄光ゴムのせいでちょっといい雰囲気。目の前には舌を突き出す魅惑のマーメイド。もしかしてオタク弄ばれてる?!これは据え膳食わぬは男の恥ってやつ?!いやいや、フロイドはみどりの飴が嫌だったから取ってもらいたいだけで特に意味は無いはず。ええい、ままよ!イデアはバクバクなる心臓を押さえつけてフロイドの舌に詰め寄った。瞬間、フロイドは舌を引っ込める。イデアの唇が近付いて、軽く触れた。
「…行儀が悪いと思ってやめた」
「…や、まぁそうね…口移しはヨクナイネ」
イデアは言葉がだんだん小声になっていき蹲って「うぁ〜」と情けない声を上げた。イデアの髪の先が赤く染まる。フロイドもなにかとんでもなく恥ずかしいことをしちゃったのでは無いかと口元を手で覆っていた。目元が少し赤い。違うんだよ、きっと昨晩ゲームやりすぎて、楽しくて、ふたりの仲がちょっとバグっちゃって。それでたまたまこんないい雰囲気になっちゃったから。して…ころして…。
「…あー、のさ、」
フロイドが変な雰囲気の中口を開いた。「ひゃい」とイデアは変な鳴き声を出す。
「…今の、人間の番がやるやつ?」
「ん、うん…んー、そんな感じ…」
「ホタルイカ先輩が幽霊の花嫁に攫われた時、やられそうになったアレでしょ?チュー」
「そ、そんな事もあったね…うん…これは事故だけど…」
「そっか…」
また押し黙る。どうしよう。気を利かせて何か喋った方がいいのかもしれないが、イデアには無理だった。何か、変に意識してしまって未だに心臓がバクバクしている。フロイド氏に「ホタルイカ先輩きもーい」とか言われたら生きて行けないかもしれない。大切なMMO仲間、ネカマ、ボキの恋心奪っちゃった人…。
「あんね、ヤじゃなかったよ」
一瞬、フロイドの言ってることが理解できなかった。何の話?あ、キスか。やじゃなかったよ。嫌じゃない。嫌じゃない?!
「嫌じゃないならもう一回していい…?!」
つい口から出任せにとんでもない事を言った。あーあ。オタクはこれだから。お前はいつもそうだ。誰もお前を愛さない。そんなイデアを、フロイドはキモイとも引き笑いするでもなく、「今日は…心臓の調子が悪いから、もうダメ」と断った。イデアはカッと髪を赤く染めた。見ないで…絶対茹でダコみたいになってるからみないで…。「ホタルイカ先輩タコみたい」と言われれば更に赤くなってしまう。
「フロイド氏ぃ…」
「なに?ホタルイカ先輩」
「絶対責任取るからもう少し待ってて…」
「なんの事か分かんねーけど、いいよ。オレが飽きないうちにしてね」
フロイドの関心がMMOから移る前に、どうにかこの気持ちを伝えよう。イデアはそう心に誓ったのである。いつの間にか蓄光の光は弱まり、イデアの桃色がかった髪が部屋を青紫色に染めていた。