バレンタインSSバレンタインSS
▼女子側が渡したのを想定したなんかアレよ
「これを、俺に……?」
珍しく、少し驚いたようにサヴァシュは目を見開いた。数度の瞬きの後に、それを受け取る。ゆっくりと優しく、それの表面を撫でる。
「そうか、今日はバレンタインだったな」
ふっ、と笑って見せるその表情は、いつもより柔らかく、幼くさえ見えた。
「ああ、そうだ。俺も渡そうと思っていたものがあったな。……少し、待って貰えるだろうか」
そう言い残して、サヴァシュは踵を返した。早足だが、暗殺士としての性分でか足音は全くしない。
しばらくすると、何かの包みを持って彼は戻ってきた。
「……大切な者に贈り物をする日だと聞いていて準備はしていたが、こちらから渡すのは迷惑かと思っていた。俺だけ、浮かれてはいないかと。……いや、それは杞憂だったみたいだな」
そう言って、包みを渡す。小さい割にはしっかりとした重さがあった。促されるまま包みを開くと、そこには小振りの短剣が入っていた。実用というよりは、柄や刀身に細やかに描かれた紋様細工を見るに、お守りのようなものなのだろう。
「何がいいかと思案したんだが、その。俺には良い案が思いつかなくて、だから……俺の親、ようなものから受け継いだ、暗器を少し細工してみた。……やはり、少し物騒だったな」
困ったように笑ってみせる彼の表情は、今日はいつもよりもずっと穏やかなものたった。
「あー、どうもどうも」
そういつものように、にやりと笑いながらハンニバルはそれを受け取る。その言葉と口を動かしている様子から、何やら飴を舐めているのが窺えた。
そして本人の前だというのに、受け取ったそれを開いて見せる。確認してはあーでもない、こーでもないと、もごもごと呟く。わざとではあるだろうが、その表情は少し楽しそうに見える。その視線に気付いたのか、顔を上げる。
「ん、お返しですか? そんなんある訳ないやろ」
大きく溜め息を吐いて見せて、肩をすくめる。その後、何かを思いついたように手を付いてみせると、近付き詰め寄った。
「そやな、一個だけありましたわ」
そう言ってみせると、遮光眼鏡を取り顔を近づけてゆく。唇から、口内へと慣れたような、未だに慣れないような、そんな感触と、ごろりとしたモノが運ばれた。
「続きはまた今夜」
そっと耳にかかる吐息と言葉。それから口の中の飴を残して、ハンニバルは去っていた。その足取りは軽やかに見えた。
「おぉ、スゲェじゃねーの」
目の前のバケツプリンに目を輝かせて、アシェルは笑った。支部長室の机の後ろには大量の納税品…もとい、チョコレートが高く高く積まれており、今日どれだけのバレンタインプレゼントが渡されたかが伺い知れる。
「そうだ。俺もお前に渡したいモンがあるんだった」
ニッ、と笑って見せた彼は椅子から立ち上がってバタバタと外へと駆けて行く。しばらくして、騒がしく音を立てながら両手いっぱいの包みを抱えて戻ってきた。
そして、その包みを満面の笑みと共に渡してくる。包みの中には、かわいらしい黒塗りのルフのぬいぐるみと、紫の宝石が光る首飾りが入っていた。
「ぬいぐるみは今度商品化する試作品だ。さわり心地がよかったから、お前にやろうと思ってな。首飾りは、まあ……何をやればいいか分からなかったからな。ヨナに見繕ってもらった」
少し照れくさそうに笑い、いつもの席へと座る。
「さ、お前のプリンを食べねぇとな」
ついでに持ってきたスプーンを掲げて見せて、大きな大きなバケツプリンへと向かっていった。
「そうですか、今日はバレンタインですからね」
そう言いながら、渡された特製のホットチョコレートに口を付ける。その言葉尻は穏やかであり、最近は特に人間らしさというものが増したようにも思えた。
「ああ、私もそういえば渡したいものがあったのでした」
そう言って立ち上がり、自室へと向かって行く。数分してレザーは何かを抱えて戻ってきた。
「私からはこれを」
言葉と共に渡されたのは、救急箱のようだった。
「貴方が使いやすいよう特注で作っていただき、中の包帯や消毒薬等は私が良いと思っている物を揃えました。それから、貴方を診察した経験を踏まえ、貴方に合わせた常備薬も入れてあります」
すらすらと言葉を並べてゆくが、その言葉一つ一つには確かな優しさがそこにあった。
「あと、非常食が入っているのですが、試作品のため早めに戴いてくださいね」
そう言う彼の表情は、見間違いなどなければ、きっと綺麗な笑顔だった。
「という訳で、バレンタインだからね!僕からはこれ!」
そう満面の笑みでヨナは何かを手渡す。まるでトロフィーのように重く、ずっしりとしている。だが、その香りはチョコレートのものだ。
嫌な予感と共に包みを開くと、石像のような、フィギュアのような、チョコレートの塊。
「『10分の1 ヨナくんちゃんスケールフィギュア(チョコレートver)』だよ!」
きらきらと輝やかせる瞳と笑顔は何よりも眩しい。そう、贈り物が贈り物じゃなければ。
「嬉しすぎて言葉が出なくなっちゃった~~?」
そう言って覗き込んできては、どうだと言わんばかりに作業工程を語り出す。しばらく語っていたが、突如真剣な表情になり話がぴたりと止んだ。
そして、跪いて背中に隠していたものを出す。まるで、王子様のように優雅に。
「……なんてね、本当はこっち」
その言葉と共に差し出されたのは、白色の花々が咲き誇る花束。
「君にはやっぱり、こういうかわいい花が似合うよね」
受け取ったその先にあったその笑顔は、きっとこの花束に負けないくらいの素敵な笑顔だった。
「き、今日はバレンタインらしいな!」
顔を真っ赤にし、シャーリヤは後ろ手に何かを隠しながら話しかける。上擦った声とその表情から緊張の色が伺い知れる。
「……意中の、意中の相手に贈り物をすると聞いた。な、なのでだな。その、受け取ってくれないか……?」
そう言って差し出されたのは、両手よりも大きい包み。開くとそこには、巨大なチョコレートたっぷりのホールケーキ。ご丁寧にその上には、砂糖菓子で出来たとおぼしき自分たちを象った人形まである。
「我ながら、その、大きすぎると……作りすぎたと実感している」
そう言い、申し訳なさそうに俯く。
「言い訳をするとだな。うん、お前のことを考えながら作っていたら……こう、大きくなってしまったというか。力が入りすぎたというか、作りすぎたというか……と、とかく食べてくれ! 味は保証する!」
言葉を重ねると共に、段々紅くなって染まってゆく彼の頬。そこまで言うのなら、きっと美味しいのだろう。だって、愛情が沢山詰まっているのだろうから。