ほっするのはふぎくんに投げたやつ
〈1回目の〉→ふぎくんのやつ→〈2回目の〉と読むとよい
〈1回目の〉
「さむいなぁ」
寒い、寒い、冷えた空気が辺りを包んでいる。
ぽつりと呟いた言葉も夜の帳に消えてゆく。
こんなに寒いのは久しぶりだ。野良猫だった頃に過ごしていた、あそこに似ている。
もう昔々の話だが、忘れさせてはくれない記憶。
「あぁ、さむい……」
そう独りごちりながら、身体を小さくする。
そんな中でふと、ある人物の姿が思い浮かんだ。彼の、セペフルの姿。何故だろうか。
そう思うと、足は勝手に彼の居るであろう拠点の一区画へ向かっていた。
しばらく歩いて、彼の場所へと向かうがそこはもぬけの殻。荷物はそのままなので、出かけているようだった。
驚いたことに自分は、その光景にどこか落胆しているようで、少しだけ胸が痛いように思えた。
もうこのまま踵を返してしまおうか。そう思ったが、ふと彼の香りが鼻孔をくすぐった。思わず、動くのを止めた。
誰も居ない。さむい。
しゃがみこんで、誰も居ない部屋をじっと見つめた。
待っていれば、来るのだろうか。
その時、目に入ったのが彼の寝床。ゆるゆると近づいて、そのままそこに滑り込む。
冷え切った布団に身震いしたが、彼の香りに少しだけ安心を覚えた。
「どうして、待ってるんだろ……」
そうぽつりと呟くも、その答えも自分の中にすらない。
興味本位で近づいて、美味しくないとは分かっているのに、なんでか側に行ってしまっていた。別に嫌な風な態度はしていないから、安堵してそこに居ていた。
自分でも不思議だとは思っている。どこか安心していることに。
誰かに縋って生きてきたけれど、依存して生きてきたけれど、これはそれとは違うのかも知れない。
だが、それに答えは出ない。
そう思考を巡らせていくと、だんだんと瞼は重くなっていく。潜っていた布団もそこそこ暖かくなってきた。
――あぁ、もう待っているのもいいか。
そう思い、思考を手放した。
布団で自分が寝てたら、どんな顔をするのだろうか。……まあ、見られないのだけど。
〈2回目の〉
上の方から零れる言葉を聞いていた。
静かな静かな空間に密かに響く彼の声は、いつもよりよく聞こえていたように思えた。
だから、動かずにそっとその紡がれる言葉を聞いていた。
自分もそうしてもらったように。彼の言葉を受け止める。
「オレはね、猫だったんだよ」
そんな突拍子もない言葉を受け止めて、それでも変わらなかった。だから、またここに来た。
何も変わらないことに安堵して、何か変わることに期待して、自分でもおかしいと思っている。他人にこんなこと話したことなかったから。
こんなに他人を思ったこと、なかったから。
彼の言葉はいつしか途切れ、代わりに規則正しい寝息が聞こえてきた。
「……セペフル」
小さく、言葉を掛ける。答えは返ってこない。返ってこなくてもいい。身体をゆっくりと彼の方へと近づける。
「オレはさ、別によかったよ?」
「落胆なんてしないのにね」
そっと、仮面の下へと手を滑り込ませ、彼の頬に手を添えた。暖かい。こんなことをするのは初めてなので、少し自分の頬が熱くなるのを感じた。
「でも、うん……やっぱりふべんだから取ったほうがいいよ」
「…………起きてたら、きょひしてもいいから」
思ったよりもだんだんと小さくなる声に、自分のことながら戸惑いを覚えた。
彼の寝息が、耳をくすぐる。彼との距離は僅かしかなく、もう自分の鼓動しか聞こえない。
困ったことに、自分の鼓動は早鐘のように鳴り響いている。彼に聞こえてしまうかもと錯覚するほどに。
震える指先に少しだけ、ほんの少しだけ力を込めて、顔を寄せた。
「ぜんぶはいいよ。だから、これだけは許して」
そう呟いて、彼の頬に唇を寄せた。
どうかそのまま気付かないで欲しいと願いつつ。