サンズに振られた。
フリスクは傘の下で震える息を吐いた。
今にも雪になりそうな冷たい雨に打たれ、白い息はすぐに掻き消えてしまう。
誰もが家路を急ぐ早足で横を通り過ぎていくのが今はとてもありがたい。傘の中を覗き込まれては「何もない」と言い訳できないほど酷い顔をしているに違いなかった。
これまでも、今回も、フリスクは真剣だった。
タイミングは確かに少し唐突だったかもしれない。なんてことない、ムードがあったわけでもない。ただ、いつも通りにサンズのホットドッグ屋台を通りかかった時、目が合った瞬間にサンズの眼窩が柔らかく弛んだから。
いつものミトンの手をあげて「よう、今帰り?」と声をかけてくれたから。
それが監視の目的や、警戒の色がない、本当に親しみの込められたものだとその瞬間に分かったから。
嬉しくて、嬉しくて、気がついたらホットドッグ屋台のカウンター越しに彼の手をとっていた。
「私、サンズのことを愛してる」
これまでのように笑って流されたり、ジョークでかわされたりは、しなかった。
丸く開いた眼窩の中でほんの一瞬動揺したように揺れた白い光が、
「…あー…あのさ、こういうのいい加減やめないか?アンタもさ…ホラ、立場ってもんがあるだろ」
小さなため息とともに冷たく逸らされたのだ。
思えばサンズはこれまでとても優しくフリスクを振ってくれていたのだと気づく。それとともに、自分があまりに子どもっぽく、傲慢な態度であったことに気づいてしまった。
フリスク本人はただの人間の一人だ。地下で使えていたケツイの力によるセーブ・ロードも失い、あの頃から変わったといえば、ヒョロヒョロと身長ばかり伸びたことだけ。
けれどモンスターたちの中にはフリスクを古の言い伝えになぞらえて「モンスターを解放に導いた天使」と呼ぶ者もいる。また、人間とモンスターとの架け橋を担う親善大使を務めていることもある。
有り体に言ってしまえばモンスターたちはフリスクに「借り」がある状態と言えるのではないか。
アズゴアやトリエルといった王族と親しく、その権力も後ろにちらついている状態とも見えるかもしれない。
そういった立ち位置を自覚せず、ただただ想いをぶつけるだけのフリスクは、一歩引いて見ればなるほどサンズにとって厄介なものでしかなかった。
受け取りたくもない想いを告白されるだけでも迷惑なのに、無碍にしても角が立つのだから。
自覚していなかったことの恥ずかしさと、サンズをずっと困らせていたことへの申し訳なさ、もう声にも目にも出してはいけない恋の重さに、フリスクの足取りはどんどん重くなる。
雨への備えをしていなかった靴はいつものキャンバス生地のスニーカーで、濡れて冷えたつま先はもう感覚がない。
もう好きでいてはいけない。
その事実をいきなり突きつけられて、急に何もかもが心細くなってしまった。途方に暮れていると言っても良い。
いつからなんて、もう覚えていない。気づけばフリスクはサンズが好きだった。
彼がもう諦めたと言わなくて良いようにしたかった。彼に良いところを見せたくて背伸びをしたことなどもう数えきれない。新しいことに飛び込む時、サンズの期待に応えたいといつも思っていた。
背が伸びたら大人っぽく見てくれるかもしれない、髪を伸ばしたら、メイクをしたら。サンズに会うという時はそんな期待を抱かずにはいられなかった。
何をプレゼントしたら喜んでくれるのか、何を話したら興味を持って貰えるか。楽しいもの、面白いもの、美しいもの、一緒に見たいと自然に心に浮かぶのはいつもサンズだった。
どうしたら、サンズは楽しそうに笑ってくれるだろうか。
そう考えることは、もうフリスクの癖のようなものになっていたのに。
もう、好きでいてはいけない。
道標を失って、フリスクはとうとう立ち止まった。