花の香りが近づいてくると思っていたら、顔に降り注いでいた太陽の光が遮られる。
うとうととした微睡みが途切れ、サンズが顔を上げたそこには、白い百合の大きな花束を抱えたトリエルが驚いた顔でこちらを見下ろしていた。
黒いフォーマルなワンピース姿で、帽子についた黒いベールが木漏れ日を受けている。
「サンズィ!来ていたのね」
「…あぁ、トリィ。元気?」
「まあ、あなた、いくら今日が暖かいからってこんなところでお昼寝をしていたら風邪をひくわ」
「そうかな。ところでいま何時?」
「もう、おひるね」
一瞬の沈黙の後、顔を見合わせてニヤリと笑い合う。久しぶりに見たトリエルは、以前のどこか張りつめたものが解け、穏やかに見えた。
「随分久しぶりね。ずっと忙しくしているのでしょう?」
「ああ、いや…仕事はそれなり」
不義理をしていた自覚はある。サンズは気まずさを隠して頭を掻いた。
これまで一度もこのフリスクの墓を訪れたことなどないのだ。十年経って今更、と咎められても仕方のないことだった。
トリエルは何も言わずに微笑むと、白い墓石を優しい手つきで撫で、あたりに降り積もった木の葉を避けると、百合の花束をそっと墓前に供える。
「十年経つのね。地上は目まぐるしいわ」
「…………」
「……酷い顔。ちゃんと眠っているの?」
トリエルは地上に出てから新設された小学校の教師をしている。まるきり「心配な不良生徒」に向けるような顔と声で言われ、サンズは思わず苦笑した。
「あんまり色白だからよく心配されるんだけど、これがフツーなんだよね」
トリエルは微かに微笑みで応え、サンズに改めて向き直った。
「…あなたに謝らなくてはならないと、ずっと思っていたの」
「謝る?なんで…」
「あなたはフリスクを大切にしてくれていた。それに甘えて、あなたに色んなことを背負わせ過ぎたわ」
はじめのうちは、取り憑かれたように計測器に向かうサンズを仲間たちが度々訪ねてきていた。
誰もが心からサンズを心配をしていた。けれどそのうち励ましも説教も尽きて、腫れ物に触るような扱いになり、気の毒そうな眼差しを向けて、やがて足が遠のいていった。
トリエルもその中のひとりだ。無理もない、とサンズは思う。自分以外の誰かがそうであったなら、やはり自分もそうしたかもしれない。
「ごめんなさい、サンズ。そして、あの子をずっと守っていてくれてありがとう。あの子は幸せだったはずよ。苦しんでいるあなたを見たら、きっと悲しむ」
真摯に向けられた言葉に、サンズは何と返して良いか分からなかった。
トリエルはサンズに、暗に諦めろと言っていた。掛け値なしの思いやりと優しさから、フリスクの死に執着するサンズを救い上げようとしていた。