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    ツイステ垢の思い出⑩

    デュース誕生日おめでとう 空に星が瞬いている。皆の寝息とともに、僕の誕生日は静かに終わろうとしていた。冷たい風が髪を撫でる。少し前まで、こんな夜空にも目立つ色だった僕の頭は、真面目ぶって夜の闇に溶けていた。
    「……なに、やってんの、お前」
    「悪い。起こしたか」
     掠れたエースの声に、窓を閉めようと手をかける。ごろりと寝返りをうったエースはもぞもぞと布団にもぐった。まだ完全に覚醒したわけではないようだ。ホッと胸を撫で下ろして、再び静かな夜が訪れた。窓ガラスに写る反転した僕が僕を見ていた。
     カチコチカチコチ。無機質な音だけが空間を埋める。部屋の時計の、その秒針を眺めて、日付が超えるまであと五分、カウントダウンを始めている。マナーモードにし忘れた僕のスマホが無機質に鳴って、その画面に一件の通知が表示される。手櫛で軽く髪を整えて、スマホをポケットに突っ込んだ。

    「ごめんね、夜中に呼び出して」
    「いや、構わないさ」
     ユウに呼ばれて鏡舎に向かい、僕らは部屋着のまま、冷たい夜空の下、ただぼんやりと星を眺めた。
    「今日が楽しかったから、興奮が止まなくて寝付けなかったんだ」
     闇に溶けるユウの髪は、月の光に照らされて柔らかく輝いていた。
    「あはは。一緒だ。僕も眠れなくて起きていた」
    「そっか。良かった」
     グリムなんて爆睡してるよ、と笑う彼女をそっと見下ろした。小柄な彼女の影が、月の光で伸びている。
    「どうしたの?」
    「いや、今日は本当に楽しかったなって。大好きなエッグタルトを食べて、プレゼントを貰って。朝から色んな人におめでとうって祝ってもらった。なんて贅沢な日なんだろうな」
     答えるように、乾いた風が吹いた。
    「僕はまた一つ大人になったんだ。前の僕には、ろくな未来なんて来ないと思っていたけど、今は違う」
    「将来の夢があるって素敵なことだよ」
    「ああ、本当に嬉しい。ユウは、何かないのか。将来やりたいこと」
     染め直しの、取り繕いのまがい物である髪を、冷たい風がさらっていく。雲が流れる。木々がざわめく。
    「うーん…………」
     そう区切って、ユウは夜空に浮かぶ大きな月を見つめた。きっかり5秒待って、そうして残念そうに眉を下げた。
    「ないなあ……」
    「そうか。なら大人になったユウに、何になったか聞かないとな。もやもやする」
    「……そうだね」
    何かを隠すように、手を後ろに回して、彼女はようやく月から視線を逸らした。
    「僕は頑張って警察官になるぞ!」
    高らかに宣言したその夢を、等しく流れる夜が受け止めた。

    スマホが明るくなって、画面にメッセージが表示された。
    「なんだって?」
    「エースからだ。早く帰ってこいって。抜け出したのがバレたな」
    「あはは。じゃあそろそろ帰ろうか」
    「ああ。早速優等生にあるまじき事をしてしまった」
    「無断外出? 深夜まで起きてること?」
    「どちらもだ」
    親指で首をはねられるジェスチャーをすれば、ユウは声を上げて笑った。そのまま僕達の笑い声は広大な夜空にこだました。
    「デュースお誕生日おめでとう」
    「それは何度も聞いたさ」
    「そうだけど、もう日付が変わっちゃうから。最後に言っておきたくて」
    ピロン、とスマホの通知が更新される。
    『何でもない日(6月4日)の無断外出は寮長にバレたら首をはねられるぞ〜』
    「……残念、もう0時2分だ。今日は僕の誕生日じゃない」
    「そっかあ。間に合わなかった」
     日付を超えてもこの空は何も変わらない。世界に二人きり、時間も音もない世界に佇む。静かな夜を埋めるのは、バイクのエンジン音でも、時計の秒針でもなく、ダチとのお喋りが一番だ。
    「ユウ、もう眠れそうか」
    「多分寝れないと思う。明日寝坊したら、先生に上手く言って誤魔化してよ」
     夜に溶けた髪がなびき、月の光だけが僕らを見下ろす。
     僕がそんな器用なこと出来ないと分かっているのに、ユウは約束を僕に残した。今日という特別な日は簡単に過ぎ去ってしまうけれど、僕らの日常は当たり前のように明日からも続いていく。
     寮に帰ったらまず窓のカーテンを閉めよう。反転した僕はもういない。
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