折れた写しと、視力を失った本歌の話本丸が襲撃され、主をかばい折れた山姥切国広極と、主をかばい両目を深く傷つけられ失明してしまった山姥切長義極。この本丸の主力であった二振りは主を守り通したが、うしなかったものは大きかった。長義は国広が折れたことを知らされぬまま、自室で静かに過ごしていた。そんなある日、この本丸に山姥切国広が顕現する。本丸に来て日の浅い国広はかつてこの本丸にいた自身の同位体のこと、そして本歌たる長義のことを主から聞かされる。そうして、視力を失い一人部屋で過ごす長義と会ってしまった。
「偽物くん?」
そう声をかけられ、国広は咄嗟に折れた同位体に成りすましてしまった。長義は気付いていないようで、優しく話しかけてくる。両親が痛んだが、優しく接してくれる長義に心を開いていく。ある日は甘い物を差し入れ、ある日は香りのよい紅茶を、ある日は穏やかな季節の風を感じ、ある日は美しく良い香りの花を愛で、国広は長義が退屈しないように毎日部屋を訪れた。
(かつていた、俺の同位体は……どう思うだろうか。まるで本歌を騙しているようで心が痛むのに止められない)
そうして他愛のない交流を続けていた、ある日。
「山姥切長義を刀解する」
主の言葉に国広は言葉を失う。何故かと理由を問うと「ひとつは時の政府からの指示」であると教えられる。戦えない刀剣男士を置いておく余裕はないとのことだそうだ。
「そんな理由であんたは山姥切を刀解するというのか?」
「…もう一つは、長義の意思なんだ」
「え」
「前から打診されていた。刀解してほしいと。それをずっと断っていたのは主である私のエゴだった。もう、楽にしてあげたいんだ」
涙ながらに言う主に何も言えず、国広は立ち尽くした。刀解の日を告げられ、慌てて国広は長義の部屋に向かう。長義はいつもと変わらない様子で国広を迎え入れた。
「本歌、逃げよう」
「え?」
「ここから逃げるんだ」
「逃げるってどこへ?」
「……どこでもいい。俺が一緒にいる。だから」
「……ありがとう、偽物くん」
長義は穏やかに微笑んだ。
「……あんたは……刀解されたいのか?」
「そうだね。視力を失ったらまともに戦えない。足手まといは御免だ」
「それでも俺はあんたに……ここにいてもらいたいんだ」
国広は震える声で長義を抱き締めた。
「刀解だなんて、言わないでくれ」
「偽物くんは優しいね」
長義と主の意思は変わらず、刀解の日を迎えた。国広は朝からずっと長義の部屋にいた。時間になり主が迎えに訪れる。
「偽物くん、主の元まで手を引いてくれないか」
「……本歌……」
最期のときだった。国広はたまらず叫んだ。
「俺はあんたに謝らないといけない」
「何を?」
「……あんたの写しはとっくに折れていたんだ。なのに、俺はあんたの写しに成りすまして……いままですまなかった」
長義は何も答えなかった。ただ微笑を絶やさず主の手を取り歩き始める。
「俺も偽物くんに謝らないといけない」
ふいに立ち止まり、長義は国広の方を向いた。
「知っていたよ」
「え」
「……偽物くんが折れたことも、君が顕現したばかりの偽物くんだということも。全部知っていた」
「……」
「ごめんね」
ただそれだけを告げ、長義は主と共に行ってしまった。一振りだけ取り残された国広はその場に崩れ落ち、ただ黙って大粒の涙を零した。
「どうして主が泣いているのかな。俺は本望だよ、主を守ることができた。あいつも……山姥切国広も、そう思っている。俺は本歌だから分かるんだよ」
長義はそう告げ、主は何度も何度も謝罪しながら、山姥切長義を刀解した。
「待たせたかな」
「いや、そんなに待っていない」
久しぶりに目を開けた気がした。長義は眩しさに目をくらませたが、目の前にいる自身の写しを確かに視認し、まるであの時のように笑いあい、再会を喜んだ。