本歌、お見合いをするってよ山姥切長義が見合いをするらしい。相手は審神者の遠縁の娘だという。審神者は「相手は刀の付喪神だから」と断ったが押し切られてしまったようだ。
「本歌が……」
そんな話を風の噂で聞いてしまった山姥切国広。絶賛本歌に片思い中だった。
「写真を見せてもらったけれどとても綺麗な人だったよ」
「美男美女でお似合いですよね」
無邪気に言う粟田口の短刀たちを呆然と見下ろしながら国広は屍人のような足取りで自室に戻った。
(主に進言して阻止しなければ)
必死に頭を動かしてこれからどう行動を起こすべきか考える。しかし。
(でも本歌は、俺のことなんて気にも留めていない)
自分が阻止に動くことは逆に本歌へ迷惑をかけてしまうのではないだろうか。そう思うと足が止まる。
結局眠れず次の日、朝餉を食べるために大広間に向かうと長義が主と話しているのを見てしまい思わず隠れてしまう国広。
「いよいよ明日だね、見合い」
「ああ、そうだね。楽しみだよ」
そう言った長義の顔がとても穏やかだったのを見て「ああ、本歌は見合いを受け入れるんだ」と国広は胸を痛め、朝餉を食べることなく部屋に閉じこもってしまった。
「兄弟、ご飯食べなくていいの?」
堀川の声かけにもこたえられない。国広は部屋の真ん中で呆然と天井を見上げながら寝転んでいた。
(そうだ。こんな感情を本歌にぶつけてしまって嫌な気持ちにさせてしまってはいけない)
そのまま何もできずに一日を過ごしてしまった。空腹も喉の渇きも感じない。
(本歌の幸せが写しの幸せ)
そうして夕餉も食べないまま、朝を迎えてしまった。
(今頃本歌は身支度をしているのだろうか。見合いだものな。着飾って…さぞ綺麗なんだろう。俺の本歌は美しいからな)
もし見合いを受けて、そのまま本歌が受け入れた場合、これからどうなるのだろうか。本歌は本丸に残るのか、それとも相手方の家に行くのか。もう会えないのだろうか。もう話すことはできないのだろうか。ネガティブな考えばかりが頭を巡っていく。
(本歌の幸せは写しの幸せだなんて、とんだ綺麗ごとだ。俺は、本歌を祝えない)
空腹のせいか、寝不足のせいか、国広はだんだんと意識が遠のいていく。
「嫌だ……ほん、か」
「起きろ」
「……」
「国広、起きろ」
夢だと思った。何故か長義が自分を呼んでいる。そんなはずはない。今頃長義は見合いをしているのだから。ここにいるはずがない。
「起きろと言っているのが聞こえないのかな」
なんと都合のいい幻聴だろうか。国広はそう思いその声を無視することにした。
「本歌を無視するとは随分な態度じゃないか、偽物くん」
ごん、と鈍い音と、酷い激痛に襲われた。頭が痛い。思わず飛び起きると呆れたように国広を見下ろす長義がいた。
「ほん、か?」
「何だか知らないけれど、ここ数日部屋にこもって何をしていたのかな」
「……」
何も言えない。本歌の見合いが嫌だったからだなんて、口が裂けても言えない。何を言われるか分からない。それよりも、どうしてここにいるのかが分からない。
(何故だ…本歌は俺のことなんて気にも留めて)
「酷い顔だな」
国広は俯いた。嫌だ。本歌の口から見合いの話が出てしまったらと思うと恐ろしい。
「……もしかしてお前、俺が見合いをすると聞いたから拗ねていたのか?」
ぎくり、と身体が震えてしまった。
「……違う」
「そういう割には覇気がない。説得力がないね」
「そんなんじゃない……!」
「じゃあ」
長義はすっと腰を降ろし、座り込んでいる国広に目線を合わせる。顔を覗き込み意地悪く笑った。
「なんで涙のあとがあるのかな」
「……」
「俺が見合いを受けるのが泣くほどショックだったと」
「……なんであんたはここにいるんだ」
「はあ?」
「……見合いをしたんだろう?じゃあ、見合い相手を置いてここにいてはいけないだろ。早く、戻って相手をしてやれ」
抑揚のない声、覇気がない。
「早く、戻ってやれ」
長義は何も言わない。唇を尖らせ不機嫌そうな顔をしたあと――国広の頬を打った。
「目は醒めたか?」
ぽかんとしている国広は、ゆっくりと長義を見る。
「誰が受けるか、そんなもの」
馬鹿にしたような口調だった。国広は目を丸くした。
「え……なん……え?」
「受けるわけないだろう。相手は人間、俺は付喪神。本丸の誰かや主であれば婚姻を結ぶ男士もいると聞くが、遠縁の見知らぬ人間となど、誰が受けるものか」
「え?え?」
「俺はわざわざ断るために出向いたんだ。わざわざ、断るために」
「本当、か?」
「主にはきつく言い聞かせておいた。もう二度と見合いだなんだという話はこないだろう」
目を白黒させている国広を見ながら長義はくすっと笑う。
「ところで、俺が見合いをすることに随分ショックを受けていたようだけれど」
「う……」
「それはどうしてかな?」
長義の問いかけに国広は黙り込む。どうしてと言われても素直に言えるわけがない。
「それは、その」
「どうしてかな?」
「お、俺はショックなんて受けていない…」
「嘘をつけ」
長義は国広の顔を覗き込み、顔を背けないよう顎を掴んだままにっこりと笑った。
「どうしてお前はショックを受けたのかな?」
長義の本心がわからない。素直に吐露したらどうなるのだろう。振られるのだろうか、軽蔑されるのだろうか。国広は無言の圧に耐えられなくなってしまった。
「本歌が…他の誰かと結ばれると思うと、耐えられなかったんだ」
「へえ」
「……見合いの前日、あんなに嬉しそうな顔をしていた」
「…」
「こんな感情、あんたには迷惑だろうと、諦めようとしていたのに」
長義の表情が和らぐ。機嫌が良くなったように思う。対して国広の顔は真っ赤だ。
「あんたが、好きだから」
口の中が乾く。うまく言葉を紡げない。
「あんたのことがずっと…ずっと好きだった」
「それは過去形?」
「違う、今だって」
「ふぅん、へぇ」
馬鹿にするわけでもなく揶揄うわけでもなく。ただ長義は機嫌よくニコニコと笑みを浮かべている。
「ご飯食べて、風呂に入って、しっかり寝て」
「…?」
「そうすれば、万屋くらいには付き合ってあげてもいいかな」
「…!?」
「さっさとそのだらしのない顔を洗っておいで」
そう言って長義は立ち上がり部屋を後にする。残された国広は顔をもっと赤くしてしばらく動けなかった。