オーカイワンドロ「バカンス」「カイン、お前パスポートって持ってるの?」
オーエンに当然そう聞かれたのが10日前。カインが持ってないぞと答えるとその日にパスポートを発行する為旅券センターへ連れて行かれ、数日後にパスポートが出来上がってきた。売れっ子ホストとして働くオーエンの休みは普段は週に2回だが、俺と会ってから初めてまとめて連休を取れたらしい。俺の分のパスポートを作ったということはもしかして旅行に行けるんだろうか。オーエンにどこに行くんだ?と聞いてもどこだと思う?と上機嫌に微笑むばかりだ。オーエンの様子から俺と旅行に行くのを楽しみにしているんだなと思ってカインはその日を楽しみに待っていた。
カインは仕事をクビになって飲んだくれて潰れていた時にオーエンに拾われて、今はオーエンの部屋に監禁されている。監禁されていると言っても部屋の中では自由に過ごしているし、オーエンは俺のことを大事にしてくれている様に感じる。外に出れないだけで俺はオーエンの家から出て行きたいとは今は思ってない。なので平和な監禁生活を送っている。
行き先も知らないままオーエンと一緒に飛行機に乗って8時間、辿り着いたのはなんとバリ島だった。抜けるように青い夏の空が海外に来たんだなぁという実感を与えてくれる。タクシーでホテルに向かうと、そこは海の上に浮かぶヴィラが連なったホテルだった。エメラルドグリーンに輝く海の上に、壁のない部屋が浮かんでいる。ホテルのスタッフが部屋の説明をして去っていくと2人きりになった。
「うわぁ‥すごく綺麗だ」
映画やテレビの中でしか観たこと無いような絶景に、カインはため息混じりに呟いた。
「気に入った?」とオーエンが問いかける。
「ああ、もちろん!ありがとうオーエン」
カインが海に行きたいと言ったのをオーエンは覚えていてくれて連れてきてくれた。それがすごく嬉しかった。カインとしては近場の海水浴場に行きたいなぁくらいの気持ちで言ったのだが、すごいサプライズだった。部屋の1番先端には海を眺めながら座れるソファとテーブルがあり、ウェルカムドリンクのシャンパンとフルーツの盛り合わせやセイボリーがセットされていた。オーエンがおいで、と言うのでカインはオーエンの隣に座った。シャンパンを開けてオーエンが慣れた手つきでグラスに注いでくれる。乾杯をしてグラスに口をつける。冷たく冷えたすっきりとした口当たりのシャンパンが美味しかった。夕焼けが空を赤く染めていく。沈んでいく夕日を見ながら贅沢な時間を過ごす。
「うまい!こんな景色を見ながら酒が飲めるなんて最高だな」
「そう、よかったね。夕飯もあるんだから飲みすぎるなよ」オーエンがフルーツを摘みながらカインに告げる。
「わかってる。でもこのシャンパンうまいなぁ」
「まぁお前が住んでたアパートの家賃より高いからね」
オーエンがなんでも無いことの様に告げてカインはグラスを落としそうになる。ペリエ・ジュエ・ベル・エポック・ブランはシャンパンの華と称される特別な物だった。庶民の自分には細かい味の違いは分からないが味わって飲まないと、とカインは思った。夕飯はホテルのスタッフが部屋のダイニングテーブルに運んでくれた。テーブルにはキャンドルや花が飾られて、良い雰囲気だった。オーエンをチラッと見るとカインの事を見つめていてドキッとした。シーフードが盛りだくさんのグリルプレートやカインの好きなお肉も食べきれないくらい出てきて、ビールやワインも飲めて大満足だった。オーエンはデザートのケーキを黙々と食べている。カインはお腹がいっぱいだったし少し酔ってるのもあって、オーエンが自分に構ってくれないのが寂しくなった。
「オーエン、俺にも一口くれ」
とオーエンにもたれ掛かると、オーエンがカインを見て笑う。
「なに、僕に構って欲しいの?」
いつもなら反発するその言葉に、素直に頷いたのは旅先で気分が高揚しているからなのか。珍しく甘えてくるカインを見て満足そうな顔をしたオーエンがカインの顎を掬って、口付けしてきた。オーエンとキスするのは好きだ。舌を吸われて口の中を掻き回されるのは気持ち良いし、他のことが考えられないくらい夢中にさせてくれる。
ふと手を絡ませられて左手の指に何かをつけられた。口付けの合間に見ると、蜂蜜色の宝石がさりげなく着いたゴールドの指輪が左手の薬指に輝いていた。シトリンがキラキラと光って綺麗だ。カインは驚いて、オーエンに聞く。
「オーエン、これ‥」
「お前、今日誕生日でしょ。プレゼントだよ」
「‥!」
カインはオーエンに誕生日を言ったことはなかったので知らないと思っていた。たまたま誕生日に旅行に来れて嬉しいなと思っていたのにそれもプレゼントだったのだ。
「ありがとう、オーエン。人生で1番最高の誕生日になったよ」
カインはオーエンに微笑みかける。その顔を眩しそうにオーエンは見つめた。