オーカイワンドロ「ダンス」オーカイワンドロ「ダンス」
優雅な音楽が流れる中、そこかしこで人々の話し声が聞こえる。西の国のとある領主から最近起こる怪異を何とかして欲しいという依頼を受け、俺達賢者の魔法使いは任務に当たった。幸いそんなに難しい任務ではなく昼過ぎには片付いたのだが、領主様がお礼に今夜俺達をもてなす為のパーティーを開くと言って招待してくれた。そのまま客室に泊まってゆっくりしてくれて良いとの事で、今日は飲んで騒いで楽しもうと胸が躍る気分だった。色とりどりの美味しい軽食をつまみながらシャンパンを飲みオズやアーサーやリケ達中央の魔法使いと談笑していたら、領主様が挨拶をしにやって来てくれた。まずアーサー、オズ、リケと順番に褒め称え、最後にカインに話しかけてきた。
「貴方がカイン・ナイトレイ騎士団長ですか。お噂はかねがね聞いておりますよ。今日も磨き上げた剣術で活躍されたとか」
「元、騎士団長ですが。お褒めのお言葉光栄です、閣下」
カインは騎士らしく胸元に片手を添えて敬礼をした。その麗しい姿に会場にいた皆が見惚れていた。
「ところでカイン殿はお酒がお好きとか。わたしの領地で作っている最高級のヴィンテージワインをご用意しているのでぜひご賞味いただきたい」
そう言ってワインのコーナーに案内され、カインは大きめのワイングラスを渡される。領主様自ら注いでくださったので一杯だけ付き合おう、と思いグラスに口を付けた。
オーエンは騒めくパーティー会場の壁際にいた。左手には大きなお皿に山盛りに乗せたケーキや焼き菓子、右手にはフォーク。馬鹿騒ぎは嫌いだが、甘いものが沢山食べられると聞いてはただ部屋に篭っているのも勿体無い。好きなものを食べてからさっさとこの場所から離れよう、そう思っていた。
だが、先ほどからオーエンの目は立食パーティーの会場で一際目立っている人物に釘付けにされていた。オーエンと同じ金と赤の瞳を持つ男、カインだ。領主とかいう中年男にベタベタ肩や腰に手を回されても嫌な顔一つせずにニコニコ対応している。どうせ強いワインを飲まされて、介抱する振りをしてお持ち帰りしようと狙われているんだろう。オーエンはあいつは僕の物なのに‥と苛立つ気持ちが抑えきれなかった。近くの空いているテーブルに食べかけのお皿を置くと、領主とカインの間に割って入った。
「騎士様、その辺にしておいたら?」
カインの手にあったグラスを取り上げて顔を覗き込むと赤い顔を緩ませてふにゃ、と笑った。
「オーエンも来てたのか!いないかと思った‥へへ‥」
そう言ってオーエンの両頬を手で挟んでくる。普段はしない仕草だ。カインは酒に強い方ではあるが、酔わない訳ではない。飲み慣れないヴィンテージの強いワインを飲まされて少し酔っ払っている様だった。領主とかいう男が隣から声を掛けてくる。
「カイン殿、酔ってしまわれたならわたしが寝室までご案内いたしましょう」
下心を滲ませた男を見下す様にオーエンが言った。
「騎士様は僕が面倒見るから。邪魔者は下がってろよ」
オーエンの冷たい怒気を纏ったオーラに気圧されて、領主は怯んで去っていった。
オーエンの苛立っている気持ちを知りもせず、カインが笑顔で話しかけてくる。
「オーエン、今日はいい夜だな。踊ろう!」
「‥は?僕が?嫌だね」
カインはダンスが好きでしょっちゅう踊っている姿を見る。キラキラ眩しい姿にオーエンはいつも目が離せなくなるのだが、その理由は分からなかった。
「なんだよ。1200年も生きててダンスも踊れないのか?」
カインが唇を尖らせて言う。生まれてたった22年のヒヨコみたいな魔法使いにそんな事を言われて黙って帰るわけにはいけない。北の魔法使いはプライドが高いのだ。
「馬鹿にするなよ。ダンスくらい踊れる」
そう言ってオーエンは一呼吸置いてからカインに向けて手を差し出した。
「騎士様、一緒に踊ってもらえますか?」
いつものオーエンからは想像できない優雅な仕草にカインはドキッとした。
「ああ‥」
カインがオーエンの手を取る。するとオーエンが当たり前の様に男性のホールドを張ってカインの背中に手を回した。
「俺が女性側なのか‥?」
カインが小首を傾げるので、オーエンは笑って言った。
「僕をリードしようなんて1200年早いよ」
それを聞いてカインはそれもそうだなと思い、繋いだ手と反対の手をオーエンの肩に添えた。音楽に合わせてステップを踏み出す。オーエンは迷いのない足取りで音楽に合わせてフロアをクルクルと回っていく。オーエンが一人でいる時にたまに歌を歌っているのを聞いたことがあるが、凄く上手かったので音感が良いのだろう。カインは女性側で踊ったことはないので普段と逆のステップを踏むのに少しだけ足が遅くなるがオーエンが合わせて引っ張っていってくれる。オーエンの顔を見るとオーエンも俺を見つめていた。俺と同じ色の瞳が細められ、オーエンが微笑む。どこかの国の王子様みたいだとカインは思った。相性が良いのか、オーエンと踊るのは凄く楽しかった。ずっとこの時間が続けばいいのに、そんな事を思いながらカインは踊っていた。
やがて音楽が最後の小節を奏で、終わりを迎える。カインは名残惜しい気持ちでオーエンと繋いだ手を解いた。何か言いたいが、うまく言葉が出てこない。するとオーエンがカインの耳元で囁いた。
「今夜、お前の部屋に行くから。寝ずに待ってろよ」
「‥!」
カインが赤面したのを見てオーエンは満足そうにフッと笑って去っていった。残されたカインは二人きりで過ごす夜への期待に胸を膨らませた。