クリスマスデートに行く話「もう12月かぁ。もうすぐクリスマスだな」
カインがソファで隣に座っているオーエンに話しかける。ここはオーエンのマンション。俺はオーエンの恋人として一緒に暮らしている。最初はオーエンに拾われて監禁されていたが、今は自ら望んでここに監禁されている。
「ふぅん。カインはクリスマス好きなの?」
オーエンが砂糖とミルクを沢山入れた紅茶を飲みながら言葉を返す。
「好きだな。街がキラキラしてるし、なんかワクワクするだろ!オーエンは?」
カインが笑顔を向けるとオーエンは形の良い唇を弧の字にして言った。
「クリスマスは限定ケーキや甘いもの出るから好きだよ」
「そうか!ケーキいっぱい食べれるといいな」
「もう予約したよ。‥そうだ、次の休みにデートに連れてってやるよ」
普段は家から一歩も出ないカインだが、オーエンはたまに外へ連れてってくれる。最初はオーエンのペット扱いされていたので散歩と言っていたが今は恋人になったのでデートだ。オーエンと2人きりの生活は穏やかで好きだが、たまに2人で外に出るのも楽しい。カインはオーエンの次の休みを指折り数えて待った。
次の休みの日、オーエンが買ってくれた新しい服を着てお出かけすることになった。ほとんど家にいるから俺としてはジャージやスエットで良いんだけど、オーエンは俺に服を買うのが好きで度々与えてくれる。家でいつも付けている首輪は外出の時だけオーエンの手で外してもらう。今日は白いニットにブラウンのコーデュロイのパンツ、アウターはミルクティーみたいな色のダッフルコートで襟元からフードにかけて白いファーがついていた。全身着てみて鏡の前に立って、カインは感想を言う。
「いいコーディネートだな。でも俺にはちょっとかわいすぎないか?」
「何言ってるの。お前は自分がかわいいって自覚ないの?」
オーエンにそう返されてカインは頭の中に?マークを浮かべた。
「俺としては格好いいって言われたいんだが‥」
「そう、僕よりも?」
そう言って黒のトレンチコートを羽織ったオーエンが聞いてくる。オーエンはグレーのタートルネックのニットに黒のパンツというモノトーンでシンプルなコーディネートだった。自分の彼氏という事を一旦忘れて客観的に見ても、スラッとしていてスタイルが良いし綺麗な顔立ちをしているオーエンは格好良い。
「いや、オーエンには負けるよ。今日も格好いいぞ!」
カインがオーエンに言うと、オーエンはカインの頬に手を添えて触れるだけの口付けをしてきた。こういうオーエンの仕草にいつもドキドキしてしまう。カインが赤くなっているとオーエンが手を差し出して、
「ほら、いくよ」
と声を掛けてきたのでカインは手を繋いだ。
タクシーで港の方まで走っている間に陽が落ちた。師走の日没は早い。車を降りると海沿い特有の冷たい風が身体に吹き付ける。オーエンに手を引かれて着いたのはクリスマスマーケットだった。キラキラとしたイルミネーションが輝く会場に、小さなお店が軒を連ねている。
「わぁ、綺麗だな‥」
カインが目を輝かせているとオーエンはそんな俺を見て満足そうに言う。
「お前が好きそうと思って」
「雑誌で見て行ってみたいと思ってたんだ!ありがとうオーエン」
そういうとオーエンは俺の前髪のあたりをクシャ、と撫でた。オーエンに撫でられるのは気持ちがいい。
2人でクリスマスのオーナメントやアクセサリーの店を見て回る。どの店も煌びやかで見ているだけで気持ちが弾む。ガラス細工の店でオーエンがガラスでできた小さな犬の置物をジッと見つめて俺に言う。
「この犬、カインに似てる」
「そうかな?」
ラブラドールレトリバーであろう犬を模したその置物はおすわりの姿勢をしてニコニコと微笑んでいる様な表情をしていた。オーエンから見た俺ってこんな感じなのか‥と思っていると、近くに並ぶグレーの猫が目に入った。ロシアンブルーの様な猫は佇まいに品があった。
「この猫はオーエンに似てるぞ」
「そう?」
そう言いながらオーエンはその二つの小さなガラス細工を買った。
「これ、リビングにでも飾ろう」
「ああ!」
他にもカインがいいなと思ったレザークラフトの手帳やクリスマスの飾りを買ってもらって、カインにとっていい思い出になった。雑貨のエリアを抜けると黄金色の電飾が輝く大きなツリーが立っていた。
「オーエン、一緒に写真撮りたい」
「いいよ、おいで」
カインのスマホはオーエンが買ってくれた最低限の機能しかないキッズ携帯なので、カメラはついているがそんなに画質は良くない。外で写真を撮る時はオーエンのカメラで撮って送ってもらっていた。オーエンがカインの肩を抱き寄せて、自撮りでツーショットを撮る。何枚か撮って、満足いく写真が撮れた。
「これ、印刷して部屋に飾りたいな」
カインが言うと、オーエンも
「いいね。新しいフォトフレーム買わなきゃ」
と2人は微笑み合った。
ツリーの向こうは食べ物の出店エリアになっていた。そこかしらのお店から良い香りが漂ってくる。
「カインはこれだろ」
オーエンがドイツビールを売っているお店を指さして言う。日本の物とは違う黒いビールや、ソーセージや肉料理を鉄板で焼いていてスパイシーな香りがした。
「おっ、肉もある!」
「どれが食べたいの?」
その店でビールとソーセージの盛り合わせ、羊のランプステーキとポテトの盛り合わせを買ってもらう。手がいっぱいなのでテーブルで待っていてと言われ、カインは空いている席に座る。オーエンを待っていると、少し年上のチャラい雰囲気の男性2人組がカインに声を掛けてきた。
「お兄さん、1人?かわいいね」
カインにとってはよくあるナンパだった。1人で居ると男女問わず声を掛けられる事が多い。いつもの様に感じ悪くならない様にあしらおうと返事をする。
「いや、連れと一緒だ」
「彼女?男友達?友達といるんだったら一緒に飲もうよ」
そう聞かれて、オーエンは彼女でも男友達でもないからなんと返していいか返答に困った。カインが返答に詰まっていると、後ろからグイッと肩を引き寄せられた。
「彼氏と一緒だよ。デート中だから邪魔しないで」
オーエンは口元は笑ってはいたが、怒っている時の声だった。自分達より遥かにイケメンのオーエンに威圧されて、男達は敗北を感じた様子で悪い邪魔したなと足早に去って行った。
「はあ、まったく油断も隙もない」
そう言って長椅子のカインの隣に腰をかける。
「オーエン、おかえり。助かったよ」
「やっぱりカインの事は1秒も1人にできない。これからは外では絶対僕から離れないで」
俺だって大人の男なんだけどな‥と思いながら、オーエンの過保護は俺を好きでいてくれるからこそだと思い直した。オーエンの心配事が減るならいいかと返事をする。
「うん、わかったよ」
オーエンはホイップがたっぷりのクレープとメープルシロップが沢山かかったワッフル、ホットチョコレートにリキュールが入ってマシュマロが浮いたものを買ってきてテーブルに置いた。オーエンの甘党は相変わらずだなと思うがいつものことなのでカインは特に気に留めない。それぞれ好きなものを買ったのでドリンクを合わせて乾杯する。
「メリークリスマス!」
カインがそう言ってビールに口をつける。黒いビール独特の苦味とフレーバーが口に広がった。寒い時に飲むビールもまたおいしい。
「日本のビールも飲みやすくて美味いが、外国のビールも美味いんだな。初めて飲んだ」
「そう。気に入ったなら今度海外に連れてってあげる」
オーエンが何でもない事の様に言うのでカインは驚く。夏にバリに連れて行ってもらったけど、あれは誕生日だったし特別なプレゼントだと思っていた。
「えっ、海外か?!俺はこの間の一回しか行った事ないんだが、オーエンは?」
「子供の頃からよく連れて行かれてたから慣れてるよ。ビールが飲みたいならドイツかな」
ビールを飲むために海外まで行くなんて想像が付かなかった。やっぱりオーエンとは育ちが違うなと実感する。オーエンといると今まで体験した事がないことばかりだ。
「ドイツかぁ。ヨーロッパなんて想像の中の世界だ」
「飛行機で半日で着くよ。また予定立てよう。ガイドブック買ってやるよ」
「ああ、楽しみだ!」
その時を想像してカインはワクワクした。オーエンは俺を楽しませる為に季節毎に色んなところへ連れて行ってくれるが、また海外まで行く事になるとは思わなかった。カインがソーセージに齧り付くと、焼きたての肉汁が溢れて熱かった。
「熱っ。それにおっきい」
カインがフーフーしているとオーエンにジッと見られているのを感じた。
「なんだ?オーエン。そんなにジロジロ見て‥」
「いや、エロいなと思って」
オーエンが爽やかな笑顔でいやらしい事をサラッと言う。
「なっ‥そんな事言われたら食べづらいだろ!」
カインは顔を赤くして言う。オーエンに見られていると思うと意識してしまう。
「カイン、かわいい‥」
そう言ってオーエンが俺の顎を掴んでキスしてきた。テントの一番隅で壁際に向かって座っているから人からあまり見えないとはいえ、こんな場所で恥ずかしい。軽いキス何度かして唇は離れていった。
「オーエン。外でこういうのはやめてくれ‥」
カインが言うとオーエンが不満そうに返す。
「ここなら見えないからいいでしょ。それにお前は僕のものだろ」
「そうだけど。その‥したくなる、からやめてほしい‥」
カインが本音を告げると、オーエンは途端に上機嫌になる。
「フフ、カインがスケベな子だって忘れてた。そこのホテルの部屋取ってるけど、食べ終わったら僕と行きたい?」
オーエンが顔を覗き込んで聞いてきた。そこのホテルは夜景が見える事で有名な高級ホテルだった。
「行きたい‥!お泊まり?」
「そうだよ」
そう言ってオーエンがカインの手に指を絡ませてくる。外は寒いのにカインの身体は熱っていた。早くこの熱を発散したい。カインは残りのビールを一気に流し込んだ。