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    雛子(ひなこ)

    @kyushi_hinako

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    雛子(ひなこ)

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    昔書きかけてた勇尾が出てきました。
    農家の尾形と地主の勇作さん!
    途中までだけど世界観好きだったので供養に載せときます😘
    この後勇作さんは花沢の家を解体して無一文裸一貫(?)になり尾形家へ(婿)養子に入り、兄弟は畑を耕して四季を楽しみ、共に生きます!!!というプロットだけ残ってる😂

    農家の尾形キツくなりだした陽射しが容赦なく照りつける。
    見渡す限り日陰はなく、田んぼ、田んぼ、田んぼ。
    とある田舎の、三方を山に囲まれた土地。真ん中を突っ切る川の流れから細かに用水路が設けられ、田畑が広がっている。
    初夏は青々とした稲が一斉に背を伸ばす季節だ。
    風でも吹けば、ざあっと緑の絨毯が揺れて壮観だが、生憎と今日は凪いでいた。
    民家はまばらにぽつりぽつりと視認できるものの、この農道沿いには田畑しかない。
    バババババと年季の入った音を響かせながら、一台のカブがさして早くないスピードで駆けてゆく。
    荷台に刺した鍬からぽろぽろと零れた土が点々と落ちて道を汚しているが、バイクを走らせる人間は意にも介していないようだ。どうせ雨が降れば左右を走る用水路に流れていくのだから。
    「百ちゃん!」
    少し先の畑に屈んで作業していた老婆が手を挙げて呼びかける。
    気付いたカブはスピードを落として、路肩に停まった。
    「伊藤の婆さん、どうした?」
    降りてきた男はつばの広い麦わら帽子で首元にタオルを巻き、長袖シャツと薄いベージュの作業ズボンに長靴。手には土汚れで元の色のわからなくなった手甲をしている。
    見た目は完全に農家のオッサンたが、声はまだ若い。
    ひょいと用水路を跨いでドカドカと畑に入ってくる。
    エンドウが伸び盛りだ。
    「百合が咲いたんよ、お母さんに持っていってあげな」
    前掛けで雑草引きで汚れた手を拭いながらニコニコと老婆は畑の片隅を指す。
    「あぁ、良いのか?」
    「いいよいいよ、あれは私の趣味で作ってるから直売所にも出さないしね」
    気前よくパチンパチンと咲きかけの白百合とツボミがいくつか鋏を入れられる。
    「スターチスも持っていって」
    気付けば結構な花束になっていた。
    カブの荷物入れには既に初物だと言って別のじいさんから渡された気の早いトマトと、何故か一緒に薄皮饅頭。
    「バイクに乗りきらなくなるからもういいよ」
    言っても、あれもこれもと持たそうとしてくるのに苦笑しながら麦わら帽子を取って汗で落ちてきた髪をかきあげる。
    「百ちゃんには世話になってるからねぇ」
    目を細めて言われて、またもう一度、髪を撫で付けた。


    『尾形の娘が私生児を産んだ』
    小さな農村に、これ以上ないほどの噂の種だった。
    しかも父親は大地主の花沢様らしい…となれば、人の噂の常であろうとも75日で収まるものではなかった。
    自分に物心がつく頃にもまだ、周囲は遠巻きで、母親は一言も喋らず、祖父母は身を小さくして生活をしていた。
    大地主の花沢家は代々この辺りの土地をおさめる庄屋の家系で、山間のこの村に似つかわしくない、いけどもいけども続く塀で囲まれた簡易な堀まである大豪邸に住んでいる。
    昔は花沢の土地を歩けば地の果てまで行けると言われる程の土地をおさめ、年貢を取立てる役を担っていたが、戦後の農地改革によってその土地はほぼ家屋周辺のみとなった。…とはいえ、農村に脈々と受け継がれる『主』としての性質は何も変わることは無い。畏敬の念をもって接せられる存在であったし、一族の多くは議員や市政国政に関わる要職にあり、先生と呼ばれている。
    そんな花沢の本家は、なかなか子供に恵まれなかった。
    そんな折の百之助の誕生であったから、誰しもが行く末をああだこうだと噂しながらも、お家の騒動に一片も関わらずに済むように遠巻きにしておったようだ。
    この話にある程度の落とし所が定まったのは半年もした頃。
    本家の奥様に男児が産まれたのだ。
    それまでは、もしかしたら尾形の娘が花沢家に入るのでは…と利権を期待して擦り寄ってくる輩もいたようだが、コロリと掌を返したように尾形家に近寄るものはなくなった。触らぬ神に祟りなしである。
    百之助は十を越えるまでまともに村の者と会話した事はなかった。
    十になる歳、母親が死んだ。
    村八分の残り二分は火事と葬式である。母親の葬式には村の世話役が来て彼是を整えた。
    花沢家の屋敷は目と鼻の先で、葬式の事は聞き漏らしようも無いが。当主の幸次郎は、ついぞ姿を現さなかった。
    娘の両親…すなわち百之助の祖父母は、それで全てを終わらせたようだった。
    遠巻きにしていた村人も少しずつ歩み寄って、村八分は解かれて行く事にはなった。
    それでもやはり生きにくいことに変わりはない。出来ることなら遠い土地に移ってしまいたかっただろう。しかし祖父母が生計を立てるための唯一の手段である田畑がここにある。
    逃げ出す事は出来なかったのだ。
    尾形家はひっそりと、そこにあり続けた。
    更に十年もすれば、百之助の存在は緩やかに村に溶け込み、馴染んでいった。
    片親違いの弟はちっぽけな農村の公立学校に入るわけもなく。幼稚舎から一貫教育の有名私立に運転手付きの車で通っていたし、高い塀に囲まれた花沢家の中にあったので、関わり合いになる事はなかった。大学は東京の有名私立に決まって、家を出たそうだ。
    地元の小中学校から農業高校に進学した百之助は卒業後ごく自然に祖父母の田畑を継ぐかたちとなった。
    過疎の農村に若い男の働き手は貴重だ。
    数える程しかいない歳の近い若者達はみな村を出て進学した先で家庭を持ったり、村に残っていても都市に仕事を求めて農業をするものは皆無である。
    年寄りばかりの中で、百之助は真面目に田畑を耕し寄合に顔を出し黙々と働いたので、誰もがみな羨ましがった。機械が動かんと言えばササッと直してしまうし、電球が切れたと言えばすぐに家に来て取り替えてくれる。田植えも稲刈りも力仕事も、近所で1番の働き手であった。
    娘と孫の存在で十数年を苦行のように過ごした祖父母は、百之助くんが居ていいわねぇ、働き者の孫が助けてくれるなんて羨ましい、と言われる度に好相を崩して喜んだので百之助は随分とむず痒い思いをした。
    そんな祖父母も、相次いで3年前に他界した。
    たった一人残された百之助に、花沢家が手を差し伸べる事はなかったが、百之助もそれを一分たりとも期待していなかったし望みもしなかった。
    祖父母から受け継いだ土地を耕して淡々と過ごす、そんな百之助の事を、村の老人達は我が孫のように可愛がった。
    見掛ければ何かと声を掛ける。野菜を渡す。菓子も渡す。
    ついでに、いつもひと言言うのだ。


    「うちの孫娘と一緒にならんか」
    百之助は苦笑しながら麦わら帽子を被り直して母の仏前に飾りやすい様に2つの束にされている百合とスターチスの花束を両手に受け取った。
    「伊藤の婆さんの孫娘、まだ小学生だろ」
    誰もが百之助を自分の家に招きたがったが、どうにも色恋に関しては、興味がなさそうなのであった。


    訃報は不意にもたらされた。
    台風の予報に、対策に追われて慌ただしい空気の村に届いた、花沢のご当主と奥様の事故死の知らせ。
    次第に強くなる風とどんよりと曇ったおどろおどろしい色の空が、色づき始めた稲穂を不穏に揺らしていた事を、尾形は何となく、忘れることが出来ない。
    村中上へ下への物々しい雰囲気であった。
    通夜の弔問客がひっきりなしに花沢の屋敷に吸い込まれて行く。駆けつける車のナンバーは遠く離れた土地のものも多かった。
    尾形は部屋のタンスを開けて、祖母の葬式以来仕舞いっぱなしであった喪服を眺めていた。
    薄暗い部屋が一瞬パッと明るくなって、すぐに轟が響いた。一筋の雷鳴を合図としたように叩きつけるような雨音が降り注いで部屋を満たす。
    はぁ…
    はいた吐息が一人きりの部屋にとける。
    パタンとタンスを閉めた尾形は、そのまま家中の雨戸も閉ざして、そして、台風の過ぎ去るまで一度も外に出なかった。


    台風一過。晴天の日が続いている。
    花沢家の葬式に尾形が出なかった事を咎めるものも話題にするものもいなかった。
    大きな花沢の屋敷に様々なナンバーの車の出入りが続いている事以外は、まったくの日常に戻っている。あの家はどうなるのだろう。使用人を除けば当主と奥方の二人暮らしだった筈なので空き家になるのだろうか。関係の無いことだが。
    台風の影響は少なかったが、運悪く風の通り道となって稲が倒れた山本の爺さんの田んぼの稲を起こす手伝いをして、礼にと昼飯を食わせてもらって(山本の婆さんの漬物と握り飯は美味い。百之助ちゃんは若いから足りんだろうと言われて、肉うどんまで出てきた。)日の高くなったうだる様な暑さの午後に満腹の腹を撫でさすりつつぶらりと帰宅した尾形を、玄関で待つものがあった。
    尾形の家を訪れる者は、留守なら大抵玄関脇に野菜の入ったビニール袋をぽんと置いていったり、玄関戸の木枠と磨りガラスの隙間に書類を挟んでいったりする。
    わざわざ帰宅するまで待っている事などしない。
    匿名のそれらを見ても、何となく何処の誰からか分かる。小さい集落なのだ。尾形の暮らす世界は。
    玄関に立っていた男は、明らかにその小さな世界の外から来たものだった。
    野良着の尾形とは住む世界の違う、お綺麗なスーツ姿の男は、帰宅した尾形に気づくとはっと目を見開いて固まってしまった。
    第一印象は、背が高いな。だった。
    爺さん婆さんに囲まれて暮らす尾形の視界には馴染まないサイズの男だ。目線を上げて見上げれば、整った顔にぶち当たる。ふわりとした濃いまつ毛に縁取られた目元とすっきりと通った鼻筋。そのこめかみを汗が一筋流れ落ちるのが見えた。
    「…どちら様で?」
    一向にアクションを起こさない相手に焦れて、声をかければ、その人物は弾かれたように3歩ほど近寄って間合いを詰めてきた。
    「あ…」
    至近距離に来るとやはりデカい。見上げる首が少し痛いほどだ。
    そしてこれだけ近くに来てまただんまりである。
    いい加減にしてくれ。
    ショワショワとうるさい蝉がまだまだ元気に鳴いている。ただ立っているだけでじんわりと滲む汗が首筋を不快にした。
    こんな暑さの中で出来る野良仕事は無い。日が陰るまで冷たい麦茶でも飲みながら廊下の窓を開けて北の涼しい縁側で昼寝をしたい。
    そんな気分だった尾形の計画を狂わせる訪問者。
    目的は知れないがまず間違いなく、花沢の関係者だ。
    (面倒くさい)
    今更自分の出自がどうであろうとも、どうでもいい事だった。
    母親は父についてひと言も漏らさずとうに亡くなっているし、父疑惑の男も先日死んだ。
    尾形は一生ここでひっそりと農業で生計を立てて生きていくつもりで、花沢と関わる気は毛頭ない。
    「用がないのなら帰ってください」
    男の脇をするりと抜けて玄関を開ける。
    ガラガラと音をたてて建付けの悪い引き戸を開くと、振り返った男はさらに目を見開いた。
    「あの…っ!」
    「………何です?」
    尾形の体はもう戸口の中に消える寸前だ。
    「鍵をかけないのは不用心では!?」
    第一声がそれか?
    田舎の防犯意識というものはかなり低い。財産は田んぼしかないからかもしれない。
    「そうですね、気をつけます」
    言って、内側から遠出する時以外にかけた記憶のないほど使われていなかった鍵をかける。
    カチャン
    「あ…」
    呆然としたような間抜けな声が外から聞こえた。
    上がり框に腰掛けて土汚れの付いた長靴を脱いだ辺りで、やっと我に返ったらしい男が声を上げる。
    「お、尾形百之助さんですよね?お話したいことがあって参りました!すみませんが、開けてください!お話したいことがあるんです!!!」
    慌ててワタワタと呼び鈴を探したり(そんなものは付いていない)戸に手をかけてガタガタと引いてみたりする様子が磨りガラスから透けて丸見えで、とうとう耐えきれなくなってぶはっと噴き出した。
    「俺には話する事がありませんから、帰ってください。花沢家と関わる気はありませんので」
    カラリとした声で言い放った尾形に、戸口の前の人物はピタリと動きを止めた。息を呑む気配が伝わってくる。
    そして、意を決した様に、シルエットしか見えない相手は言葉を発した。
    「あの、俺は…っ…花沢勇作といいます。貴方の………弟です」
    ギクリと、固まった。
    まさか直接こちらに出向いてくるとは思いもしなかった。
    弟。
    存在する事は確かに分かっていたはずなのに、実態を持った一人の人間としてまるで実感していなかった。
    20年以上、目と鼻の先に居たにも関わらず、全く、想像した事すらなかったのだ。
    弟。

    呆然と座り込んだままの尾形に、弟と名乗った人物は更に言い募る。
    「貴方と話がしたくて来ました。お願いします、扉を開けていただけないでしょうか…」

    はは…

    やっと口から漏れたのは、乾いた笑いだった。
    今更、何の用があるというのだろう?少なくともこちらからは話も用件も何も無い。
    「財産分与や戸籍の手続きの話ですか?安心してください。俺の戸籍にはどこにも花沢の文字はありませんよ。つまり貴方とは他人です」
    一気に捲し立てればガタンと大きく玄関戸が鳴った。どうやら両手で木枠を掴んだようだった。
    「そんなっ!そんな事務的な話をしに来たのではないのです!」
    「では何を?初めに申し上げましたが、花沢家に俺を巻き込まないでください。今後一切関わり合いになりたくない。」
    ヒュッと息を呑む音が扉越しにすら聞こえた。
    こちらが拒絶するなど思いもよらなかったのだろうか?先程までの威勢はすっかりなくなったようで、玄関戸を掴んでいた手もふらりと外れた。
    消沈したようなか細い声が、それでもこちらまで聞こえるように紡がれる。
    「ずっと兄弟が欲しかったのです…兄様…」
    兄様…!
    時代錯誤の呼び方に何故かビリビリと背筋の方まで震えが止まらなくなった。
    要らない。弟など。
    俺はこの地を離れられない。祖父母から受け継いだ田畑があるからだ。この地でひっそりと暮らして行ければそれでいいのだ。
    今更やめてくれ。俺の孤独を引きずり出して吊るし上げるような真似は。俺とは違い全てに恵まれて土の匂いなど知らないような弟。
    「貴方に兄と呼ばれる筋合いはありません」
    キツく聞こえるように、硬質な声を乗せた。
    これだけ突き放せば、もう二度と接触してきたりしないだろう。
    早く諦めて帰ってくれ。帰ってくれ。帰ってくれ。
    ただひたすらそれだけを胸中で唱え続けた。

    数十秒の沈黙がおりて、そして小さな声が聞こえた。
    「…今日は帰ります」

    戸口から人が立ち去るのを、ピクリとも動けずただひたすら見ていた。
    呼吸の仕方も忘れるような長い沈黙の後、ようやっと吐いた息は、はは。と、乾いた笑いを生む。
    何故か溢れでる笑いを止めるすべがわからずに、パタリと後ろ向きに倒れ込み、天井を睨みつけながら笑い続ける。
    誰もいない家に尾形の笑い声だけが虚しく響いていた。

    夕立が降ったので、午後の畑仕事は辞めにして、仏間でいつまでも座り込んでいた。





    あれだけ拒絶したのだから、花沢の弟はしばらくは接触してこないだろう。
    そう思っていた頃が、俺にもありました。婆ちゃん。

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