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    01771G

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    注意) 日本語が母語ではない人が書きました。予めご了承ください

    『金のオノ 銀のオノ』のパロディ物
    少しふざけた物語です

    【フェヒュ】湖に沈んだ秘密フェルディナントが湖に落ちた。

    ガルグマーク拠点の周辺の森に逃げてしまった子馬を探すために、その週の馬小屋管理を担当していたフェルディナントとヒューベルトが捜索に取り掛かった。

    森の奥深くに霧が立ちこめている湖畔で、ようやく子馬を捕まえたところだった。この森の中に大きな湖があったのか少なくとも二人の記憶にはなかった。霧が立ち込めて日が暮れたら見つけられなかったと言いながらフェルディナントは喉を潤すために湖に近づいた。そして、足を踏み外したのか、ばたんと湖に落ちたフェルディナントは、そのまま沈んでしまった。側で子馬の世話をしていたヒューベルトは突然の事故に驚き、フェルディナントの名前だけ叫ぶしかなった。

    やがて湖で泡が立ち、その中から霊物が出てきた。

    「何を探しているのか」

    一見すると魔獣のように見えたが、その音声はとても落ち着いていた。以前、レア大司教が純白の存在に変わった時の巨大な竜に匹敵する大きさの巨大な霊物は、湖の神のように感じられた。

    「フェルディナント、湖に落ちた男を探しています」

    フェルディナントをこんな場所で失うとは思わなかった。どうしようもなく、瞬く間に起きた事故だった。ヒューベルトは目の前の巨大な生き物に頼るしかなかった。

    「気の毒だな」

    霊物は木の幹のような長い触手を湖の中に伸ばした。間もなく触手はだらりとした男を救い出して見せた。

    「このフェルディナントがお前のフェルディナントなのか」

    ヒューベルトは嬉しく、そうと答えようとしたが、立ち止まってしまった。よく見ると霊物が拾い上げたフェルディナントはガルグマク学生服を着ていて髪が短い5年前の姿をしていた。ヒューベルトは首を横に振った。

    「違います。私が探しているフェルディナントは、こんなに若い人ではありません」

    触手が引き上げた若いフェルディナントは湖の中に戻っていき、霊物はすぐに成人したフェルディナントを拾って見せてくれた。

    「このフェルディナントがお前のフェルディナントなのか」

    「フェルディナント殿! フェルディナント殿!」

    今回はヒューベルトが探していたフェルディナントの姿で合っていた。 気を失っていたところ、ヒューベルトの呼びかけに頭を上げたフェルディナントは、口を開いた。

    「ああ、ヒューベルト!そんなに私を呼ぶなんて…心配させてすまない。そんな泣き顔よりは君の可愛い笑顔が見たい」

    フェルディナントに近づこうとしたヒューベルトは、その言葉を聞いて後ずさりした。外見はフェルディナントだが、中身がどうも違うようだったからだ。ヒューベルトはわけの分からない言葉を投げるフェルディナントをしばらく見て頭を横に振った。

    「いいえ、私が探しているフェルディナントは、私にあんな甘い言葉をかけません」

    「ヒューベルト!どうしてそんな寂しい言葉を…!」

    ヒューベルトは自分に名残惜しく絶望的なまなざしを送るフェルディナントの姿には全く適応できなかった。

    「なら君のフェルディナントはどんなフェルディナントなのか」

    霊物の言う「君のフェルディナント」という表現がすごく気に障ったが仕方なかった。しかし、霊物は人間ではないので、その表現に合わせて答えるしかなかった。ヒューベルトは深呼吸をして言葉を選んだ。

    「私のフェルディナントはアドラステア帝国のエーギル家で生まれた嫡子で、今年で年は...」

    できるだけ正しく客観的な情報を列挙した。フェルディナントに関した情報を一つ一つ口にしながら、ヒューベルト自ら考えるよりフェルディナントについて多く知っているという気がした。次第に語ることのできる客観的な事実は底をつき、ヒューベルト自身の主観的な評価も相まってきた。

    「‥‥フェルディナント殿は‥‥」

    しかし自分が考えている、知っているフェルディナントという人物の情報で本物のフェルディナントを構成できるのか、ヒューベルトは不安になった。 5年前の姿をしたフェルディナントも、今の姿のままだが分からないことを言っていたフェルディナントも、本質的にはフェルディナントでないとは言えなかった。

    「私が探してるフェルディナント殿は…私にはまだ知らない部分がすごく多くて···。きっとこれからもっと知るようになる部分がたくさんあったのに...」

    目の前の霊物に訴えるからといって水中に沈んだフェルディナントを本当に救うことができるのか。根本的な疑念が沸き起こったが、それでもヒューベルトができることはただ切実さを表すことしかなかった。

    「知りません。恐らく私はフェルディナント殿についてよく知りません。しかし、彼が無事にこの地に戻ってくることを誰よりも心から願っております。湖の主よ、彼を返してください」

    「正直な者だ」

    霊物は水の中に消えた。ヒューベルトは霊物がこのまま帰らなかったらという不安で胸をなでおろした。遂に霊物は再びフェルディナントとともに水中から出てきた。外に出たフェルディナントはしきりに咳き込んでいた。

    「フェルディナント殿!」

    「ケホケホ、ヒューベルト?」

    ただお互いに名前を呼んだだけで、ヒューベルトはそれが"自分のフェルディナント" いや、自分が探していたフェルディナントだということがわかった。

    「このフェルディナントがお前のフェルディナントなのか」

    「彼が私のフェルディナントです」

    「さあ、彼を返してもらう」

    霊物の背中にのっていたフェルディナントが陸に近づいた。

    「はぁ…はは…助かった」

    「…ご無事でなによりです」

    「余計な心配をさせてしまったな。ありがとう...」

    足が弱まったヒューベルトは水辺にどっかりと座り込んだ。フェルディナントはのそのそと這ってヒューベルトが座ったところに近づいた。

    「どうしましたか。 まだ動きにくいようでしたら、回復してからゆっくり移動することにしましょう」

    「君こそ何をしていたんだ、足の力が抜けたみたいだな」

    フェルディナントの長い髪がずぶぬれになっていた。ヒューベルトは安堵のため息をついて穏やかな表情でその身なりをじっと見た。フェルディナントはその視線と目が合い、恥ずかしがって口を開いた。

    「何が起こったのかまだよく分からないけど、君が私を救うために頑張ったというのは…分かった。まずはお礼を言う」

    「どういたしまして」

    「ところでヒューベルト...'彼が私のフェルディナントです'って、一体あれは何だった?」

    「何をおっしゃっているのかさっぱり分かりませんが」

    フェルディナントは、自分に向けられた視線をおさめ、遠くを眺めるヒューベルトに少し腹が立った。

    「知らんぷりしないで、つい先...」

    その瞬間、水の中に入ってからしばらく静かにしていた霊物が再び大きな音を出しながら水の上に姿を現した。

    「正直な人には賞を与えよう」

    霊物は先見せた他の2人のフェルディナントをヒューベルトに押しつけた。

    「これは一体...!」

    ヒューベルトは当惑して口をきかずにはいられなかった。陸に投げられたもう一人のフェルディナントは気を取り直して周辺を見回した。

    「な、なんでこんな所で年老いたヒューベルトと…!」

    「ヒューベルト、私は本当に'君のフェルディナント'になれないのか!」

    自分と同じ顔の人が世の中にはと三人いて、その3人が同時に会うと死んでしまうという噂があったかなかったか。フェルディナントは怖くなって、今の事態の元凶と思われる「正直なヒューベルト」の名を呼び不満を表した。

    「ヒューベルト!」
    「ヒューベルト!」
    「ヒューベルト!」

    3人のフェルディナントがヒューベルトに同時に襲いかかった。 ヒューベルトは到底受け入れられない騒ぎで目眩がした。

    「ヒューベルト! どうして私がこんなに多く必要なんだ!」

    「3人とも要りません!」



    子馬を探しに森へ行ったが、突然フェルディナントを2人も得てきた。人の目に止まって騒ぎが起きないように、ガルグマクに戻る時には、頭巾などで二人のフェルディナントの顔をできるだけ隠さなければならなかった。フェルディナントの部屋に集まった3人のフェルディナントとヒューベルト。ヒューベルトは元のフェルディナントを呼ぼうとしたが、3人を区別して呼ぶ必要があると思った。その時思い出したのがベレスの手帳だった。

    その手帳はベレスがガルグマク士官学校の教師時代からずっと身に付けていたものだ。手帳の内容を知りたがるヒューベルトに、ベレスは憚ることなく見せてくれた。そこには月別の日程、騎士団と傭兵団、武具や道具管理のための定期的な在庫の確認欄、以前から学生だったシュヴァルツァアドラーヴェーアの構成員の情報や個別指導の方向、現在の能力などが詳しく書かれていた。
    ヒューベルトは、小さな手帳の効率的かつ体系的に管理されてる情報にかなり感嘆した。ただ、その中にもよく理解できない項目があった。
    それは、ベレスと深い縁を結んだ人々との人間関係に段階をつけておいた事だった。それに加えて、ベレスとの関係だけでなく、関係してる人々同士の関係についての情報すらあった。ベレスにこの項目について聞くと、親しい者同士が、近くで戦うと互いに良い影響を与えるとし、戦闘の配置などに活用すると説明してくれた。
    その時はその答えを聞いても飽き足りないものを感じた。人間関係の段階とは、とても恣意的な考えではないかと。

    しかし今、ヒューベルトはその段階でアイデアを得て、3人のフェルディナントに呼称を付与することにした。最年少のフェルディナントはCフェルディナント、現在のフェルディナントは、最近ベレスが書いておいた段階を参考にし、Bフェルディナント、そしてヒューベルトに対して一方的なアプローチをしているフェルディナントはA+フェルディナントと呼ぶことにした。
    なぜA+かというと、ベレスの手帳に書かれた最も高い数値の表記がそれだった。呼称について意見を伝えると、Cフェルディナントだけが若干の不満を示すだけで、皆ヒューベルトが呼ぶ呼称を受け入れることにした。



    Cフェルディナントには何一つ混乱していないことはなかった。ガルグマーク修道院の自分の部屋、そして見慣れた風景の中であっても、ここは自分がいる場所ではないという事実を重く受け止めていた。
    彼は孤独感を強く感じたのか、ヒューベルトを何度も訪れた。人前に出られない状況なので、好きでも嫌いでも、探す相手がヒューベルトだけだったこともあった。 一日も早く、自分を元のところに返してほしいと、強請った。元々ヒューベルトはフェルディナントより年上だが、それよりも更に歳を取ったヒューベルトが発する重圧感は、士官学校の生徒同士という同じ立場だった時とははっきり違っていた。5歳も年を取ったヒューベルトは、自分に言いがかりや冗談を仕掛けることもほとんどなく、Cフェルディナントはもしかしたら自分だけが幼いからではないかという思いで落ち込む時もあった。

    「湖に入ったら元の場所に戻れるのかな」

    「そもそも貴殿は湖に落ちたことがありますか」

    「どういう意味?」

    「私の考えを申し上げますと、現在を基準に5年前の姿をしているCフェルディナント殿と性格が少し変わったA+フェルディナント殿お二人は、湖の主が作り出した類似品です」

    「類似品?俺が偽物だというのか!?」

    悔しさがにじみ出る声だった。

    「無論、どちらもフェルディナント殿でしょう。 でも、現時点で存在すべきであるフェルディナント殿は一人ということは自明です。もし他のフェルディナント殿たちがそれぞれ違う時点に存在したが、湖を媒介にこの時点に集まるようになったのなら···。湖と接触する事が前提であるという意味です」

    Cフェルディナントは黙ってヒューベルトの説明を聞いた。

    「ところで、そんなことがないとおっしゃるなら...二人はそれぞれ異なる時点で存在するが、湖によって観測された、それぞれ違うフェルディナント殿の類似品としてここに来ることになったという事です。Cフェルディナント殿が考える'本当の自分'は、本来の時間に何の問題もなく無事に暮らしているはずです」

    もしかしたら身体から精神が離脱した場合もあり得るとヒューベルトは付け加えた。しかし、ヒューベルトが経験した5年前のフェルディナントが長期間に昏睡状態に陥ったことはない。

    「それじゃ...私はどうすればいいんだろう...ここは私がいる所でもないのに、帰る所さえないということではないか」

    傷心したCフェルディナントが気の毒に見えた。

    「あくまでも私の推測に基づいた仮説にすぎません。とりあえず、問題が発生した湖を訪ねてみることにしましょう」

    ヒューベルトに駄々をこねたようで、Cフェルディナントはすぐに恥ずかしくなった。

    「そして私もこの事態の原因の一部でありますので、もし行き場がなくなった場合は私が責任をもって居場所をご用意します」

    頼もしいことを言うヒューベルトの姿は、Cフェルディナントにはかなりなじみのないものだった。ヒューベルトに頼もしさを感じるようになるなんて。色々考えたけど、彼が今言える言葉はこれだけだった。

    「ありがとう」

    「どういたしまして」



    ヒューベルトの仮説を聞いたA+フェルディナントの反応がかなり違っていた。結果的にどこにも行くあてがない状況なのは同じだが、状況そのものを納得しているようだった。

    「しかし、A+フェルディナント殿が主張しているように、あなたが今より先の未来の時点に存在している方であれば、確認しておきたいことがあります。過去にこのような状況を経験したことはありますか」

    「こんな経験などない。湖についても全く知らなかった」

    「そうですか...では、観測された時点がすべて線形につながったとは考えにくいですな」

    様々場合の数を繰り返し検討したヒューベルトが続いて付け加えた。

    「あくまでも私の推測に過ぎません」

    「ハハ、大丈夫だ。私はヒューベルトを信じているから」

    「そんな盲目的な信頼がこの状況を解決してくれるとは思いませんが」

    「盲目的なのではない。私は誰よりも君をよく...」

    今すぐにでも飛び出して捕まりそうな姿勢をして、ヒューベルトに関心を寄せていたA+フェルディナントが、はっとした。

    「すまない。君に負担をかけるつもりはなかったんだ」

    「お気づきいただけてよかったです」

    A+フェルディナントは照れくさそうに微笑んだ。 差し向きこういった行動はなかったが、このA+フェルディナントが見せる目つきも話し方もヒューベルトには負担にならないところがなかった。
    ヒューベルトだけでなく、残りの2人のフェルディナントもそう思った。それなりに自重しようとする努力はしても、自覚なく熱い視線を送ったり、話し方を直すことは難しかった。時々、彼は何か話したがる様子をしてヒューベルトは一度尋ねたことがある。爆発するように「ヒューベルトへの愛」を詠むのかはらはらしたが、A+フェルディナントはただにっこり笑うだけだった。

    「気を使わせて悪い。しかし君には言いたいことがない。顔も性格も同じだけど、 やっぱり'僕のヒューベルト'じゃないから」

    「左様ですか」

    「でも君もいつか私の知っているヒューベルトになるのかしら?」

    「ふむ...現時点のフェルディナント殿が必ず貴殿のようになるという、必然性は担保できないと思いますが」

    「どうだろう。 私さえ想像してみなかったから」

    A+フェルディナントはゆったりと椅子の背もたれに寄りかかってヒューベルトとの関係はかなり必然に近いと考えた。




    「もし私が行く所がなくなったら、ヒューベルトが責任を負ってくれると言った」

    一番若いフェルディナントが口を切り、その発言に最も驚いたのはBフェルディナントだった。

    「責任?その必要はない。ヒューベルトに借りを作るのはお断りだ」

    「私だって喜んでるわけではない。ただそう言われただけで、本当にヒューベルトのすねをかじって生きると決めたわけではないからさ」

    「確かに私、いや、君を幼い目で見て言ったのだ! そんな話を聞いてすぐ承諾するとは」

    「承諾したことはないって。それに2人に比べればまだ幼いのも事実だろ」

    何故かCフェルディナントは年齢を気にする姿を見せなかった。

    「よくも正直にかわいい提案をしたね。ヒューベルトに私も一度聞いてみたい」

    「かわいい…?」

    楽観的で積極的な性格の上、3人のフェルディナントは意気投合がうまくいくと思っていたが、意外にもお互いに摩擦が起きた。主にヒューベルトに関することになる場合に意見はまちまちだった。特にA+フェルディナントがヒューベルトについて語るとき、残りの2人のフェルディナントの顔は土け色になった。 CフェルディナントがA+フェルディナントにヒューベルトのどこがそんなにいいか聞いてみたが、休まず話が続いて大変な思いをしたこともあった。

    「まだヒューベルトの魅力を知らない'私'だね。うらやましいな。これからその魅力を一つ一つ知っていく胸が熱くなる刺激を経験できるからな」

    ヒューベルトの前ではよく我慢したが、なぜか同じフェルディナントたちの前ではその限界が解除され、ヒューベルトに対する感情を隠そうとはしなかった。

    「しかし、私がヒューベルトを好きになるとは限らない! 」

    とんでもないと言わんばかりにCフェルディナントは鼻先で笑った。Bフェルディナントも同様に、あんなに大口をたたいたかったが、下手に乗り出すことはできなかった。そして、そんなぐずぐずしている姿をA+フェルディナントに見破られたようで、訳もなく咳払いをしてしまった。

    「そうよ。人のことは知らないんだから!決まった道があるはずがない」

    言ってみれば元の意図とは正反対に解釈できる言葉だったが。




    約束通り,4人は数日ぶりに再び夜明けにその湖を訪ねることになった。霧に包まれた静かな雰囲気が夜明けになると、さらに不思議な空気になっていた。4人は何度も湖の主を呼んだり、木の枝や小石を投げ入れたりしたが、湖は静かだった。

    「もしかすると決まった時間があるのでは」

    「それなら真昼にまた訪れるしかないですな」

    「行き来する時間を考えたらそのまま何時間ここで待ったほうがいい」

    「そう、私たちのために朝早く冷たい露に当たったから、少し寝たらどうだ。ヒューベルト」

    密かに出てくる準備までした時間を考えれば、ヒューベルトの睡眠時間は普段より足りない方だった。正午になるまで寝るつもりはないが, 眠れるうちに寝ておくのも悪くないと判断した。

    「では、少し睡眠をとることにしましょう。見張りは任せておきます」

    「心配しないで、ゆっくり休んでいい」

    かなり疲れがたまっていたのか、ヒューベルトは呼吸が穏やかになり、すぐ眠りについた。



    「さあ、ヒューベルトは眠りが浅いから、動くなら今だ」

    あくびをしながら目をこする幼いフェルディナントに手を差し伸べて起こしたのは、もう一人の成人したフェルディナントだった。その姿を見たフェルディナントが一緒に席から立ち上がろうとすると、幼いフェルディナントは肩を押して座り込ませた。

    「君はここにいるべきだ。帰るのは私たちだけ」

    「そうだ、無防備で眠っているヒューベルトのそばを守って」

    「何言ってるんだ」

    「元の場所、湖に帰るんだ」

    「元々あった時間帯じゃなくて湖?」

    「それはよく分からない。湖に入ったらどこに行くことになるんだろう。でも、さっき湖畔に行って気付いた。私の帰る所はここだって」

    「だからここでお別れだ」

    フェルディナントは、何と反応したらいいかわからなかった。私自身と遭遇し、向き合うのも大変なことだが、別れるのはそう簡単なことではなかった。

    「なんで、ヒューベルトには挨拶せずにこっそり行くんだ」

    結局、またヒューベルトのことだ。まるで自分たちとの唯一の問題であるかのようにヒューベルトのことを口にした。二人はお互いの顔を一度見て、質問に答えてくれた。

    「そりゃあ、また私が湖に落ちる姿を見せたくないから」

    「そのことについては私は別に考えていない。全面的にこのフェルディナントの意見だった」

    彼は興味なさそうにフェルディナントになすりつけた。

    「二人はあの時意識がほとんどなかったので、覚えているかどうか分からないが、ヒューベルトが湖で、私、いや、君を助けるためにどんな声で切実に要請をしたのか、どれほど切ない顔をしたのか...」

    まるでその顔を目の前にしているかのように切ない口調だった。やはり理解できないという顔する二人のフェルディナントを見て、笑うしかなかった。

    「そうだ、ヒューベルトがこの別れに胸を痛めるかもしれないということは、純粋に私だけの考えだね」

    フェルディナントは慎重に手を伸ばし、ヒューベルトの髪にそっと触った。

    「でも帰り道にこれくらいは許して欲しい」




    静かな湖を前にした二人のフェルディナントは深呼吸をした。

    「もし元の時間帯に帰ることに成功したら…ここに来て経験したことをすべて覚えることができるだろうか」

    「どう?覚えたいことがあった?」

    「わからない。でも、ここという未来にこだわるわけにはいかない。実は何も記憶に残したくない。きっと私は二人とは違うフェルディナントに成長するから」

    まだ幼い感じが消えてない自分が決意に満ちた顔をするのを見て、フェルディナントは笑い出した。

    「ははは、私らしい答えだな」

    「そうやって断定しないで欲しいけど」

    「すまない。はぁ…こんな瞬間になると感傷的になるのは仕方ないね。 ああ...私のヒューベルトに会いたいな」

    2人はゆっくりと湖の中に入り、すぐに姿を消した。





    湖に向かう前にフェルディナントはヒューベルトを訪ねた。何の目的もなく訪問したので必要な話だけを交わした後、彼の部屋を出た。もっと言える言葉があったはずなのに。フェルディナントにはその向こうまで足を伸ばす余裕がまだなかった。その時、何でもいいからわざと切り出していたら、また他の言葉がついていたかも知れない。
    静かに眠っているヒューベルトの顔を見ながら、過ぎ去ってしまった時間に腹を立てた。むしろもう少し物心がなかったら、もう少しヒューベルトを知らなかったら、いや、もう少しよく知っていたら、このような悩みは必要なく、すぐに行動に移しただろう。フェルディナントの複雑な気持ちを知らないヒューベルトは、静かな湖の森でしばらく休息を取った。

    「フェルディナント殿…」

    「思ったより疲れたみたいだね」

    「私がいくら眠っていましたか...」

    「さあな…」

    「私たち二人だけですか」

    どう説明したらいいか迷ったフェルディナントは、かろうじて答えた。

    「そうだ。二人は、先に湖へ向かった。 多分...うまく帰ったと思う」

    「二人?誰のことですか」

    何故かヒューベルトはここまで来た覚えがないようにふるまった。ヒューベルトがまだ眠りから覚めてないと思ったフェルディナントは、彼を引き連れて湖に着いた。ヒューベルトは湖を見てただぼんやり立っていた。

    「数日前、僕が湖に落ちたのは覚えてる?」

    「単なる事故でしたな」

    記憶が少し変質していた。

    「君が、僕を救ったんだ」

    変わっていない部分は何処だろうか。

    「そんな記憶は…ありませんが」

    「そんなはずがない。 私は君のお蔭で....」

    フェルディナントは話を止めた。この話を切り出すのに適切な時期を逃してしまったという事実に気づいた。もっと早く言い出すべきだった。どんな気持ちで自分を救ったのか、フェルディナントはその答えをヒューベルトの口から聞きたかった。

    「ところで、不思議な湖ですな」

    しばらく水面上を凝視していたヒューベルトは、その中をのぞき込むために湖にもっと近づいた。

    「顔が透き通るほど澄んでいるのに、奥が深くて底が全く見えない」

    腰をゆっくり曲げて水面に影を落としていたヒューベルトは一歩前に踏み出した時だった。

    「ヒューベルト!」

    フェルディナントは左腕を強く引っ張って彼の名前を呼んだ。ヒューベルトは反射的に振り向いてフェルディナントを見た。かなり驚いたのか、ヒューベルトは目を大きくしていた。

    「...危ない」

    「何故...そんな顔をしていますか」

    「そんな顔って何だ。君が何を言っているのか…」

    「何でもありません。 腕を…離していただけますか」

    フェルディナントはヒューベルトに腕を放した。ヒューベルトは自分の顔からどんな表情を見たのだろうか、 フェルディナントは先から眉根にしわを寄せていたことだけは分かった。湖を離れる前にフェルディナントは水面に自分の顔を映した。一度も見たことのない、でも見慣れた表情をした自分が居た。
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