花屋の君(番外編)ある日の昼下がり。
「やっほ〜!七海元気ぃ?僕は超元気〜!」
彼の名前は五条悟、七海の先輩であり現在は別支社の支部長として働いている。
「お久しぶりです、五条さん。では失礼します」
足早に去ろうとする七海の前に移動し、立ちはだかる。
「ちょっとちょっと〜!短くない?僕、七海ともっと話したいんだけど!」
「お気遣いなく。貴方は今日、ここの支部長と会議がこの後控えているのでは?」
七海の言う通り、五条悟にはこの後会議が数分後に控えていた。その為に、七海の勤め先に来たのだ。
「うん、方針決める会議あるけど正直僕居なくても決めれるよねって感じ」
「そんな訳ないでしょう。わざわざ来たんだったら会議に出てさっさと帰って下さい」
話しながらも七海は自分の机がある事務所まで行く歩みを止めない。追いかけてくる五条の声が後ろから聞こえるが気にせず歩く。
そして事務所に入って鍵を閉め、自分の席に行くと先程まで後ろから追いかけてきていた筈の五条が席に座っていた。
「あ、来た来た」
苦虫を噛み潰したような表情を七海は浮かべる。元より撒けるとは思っていなかったが。
「なーんか面白いものないの?七海」と言いながら自分の引き出しを開け、筆記用具や仕事の書類をまとめたファイルなど中の物を次々机の上に出していく。
「なにもないですよ」
「ほーんと…ん?」
言葉が途切れた五条を見ると手元にあるのは花屋の伊地知の名刺だった。
「!」
「花屋…いじち?なにこれ取引先?」
下手に嘘をついても面倒な事になると思い、正直話そうと思った。
「取引先ではありません。お客様にお渡しする花束を作って頂いている店です」
「なんで名刺持ってんの?取引先でもないのに」
軽い口調で尋問の様に聞いてくる。名刺ケースに入れなかった事を七海は心底後悔した。
「いつもお世話になっており、私は先日初めてお会いしたので名刺交換をしたまでです」
「ふーん」
名刺を机に置き、ひと通り見て飽きたのか、取り出した物を元に戻さず立ち上がり事務所の出入り口へと向かった。
「じゃ、僕は会議行くから〜!またね、七海!」
出来る事なら、もう来ないで欲しいと机に出された物を見やりながら七海は礼をする。
その数分後、自分の会社の支部長が五条を探し駆け回っているのを見て七海はなぜか悪寒がした。
〜伊地知視点〜
「いらっしゃいませ」
入ってきたお客様を見ると白い髪にガラス玉のようなキラキラした青い瞳、紺色のストライプのスーツをすらっと着こなしたお客様だった。
鼻歌を口ずさみながら、キーパーの中の生花を見たり、鉢植えを見ている。
そしてお会計に持ってきたのは小さいサボテンだった。
「ご自宅用ですか?」
「贈り物かなー。ねぇ、リボンの色とか決めれたりする?」
「あ、はい。ご指定ありますか?」
「黄色」
黄色のリボンも数種類あるため、いくつか見せる。
「ねぇ、伊地知って君?」
その問いに驚いて持っていたハサミを落としてしまう。こんなハンサムな方に名前を教えた事なんてあっただろうか。
「はい、伊地知は私ですが…」
「なら丁度良いや。七海の色ってどの黄色だと思う?」
「七海」って、あの名刺を下さった金髪で体格が良い七海さんの事だろうか?
彼の金髪を思い浮かべ、光沢のあるシンプルな黄色のリボンを提示する。
「これ…ですかね」
「…」
無言でそのリボンを見つめる。何か不服だったろうか。気に障ってしまっただろうか。体が強張ってしまう。
「ははっ」
急にお客様が笑い始めた。なんだか不思議な人だ。
「うん、その色で包んで」
笑顔でそう言われたのでほっとしてラッピングを進める。包装が終わり、袋に入れてお渡しする。
「ねぇ、そんなリボン選べるくらい覚えられてるってことは七海って何回も来てんの?」
「いえ…二回ほどですね。七海さん目立ちますから、覚えてしまって」
「ふーん…二回ねぇ」
彼はにやっとしてこちらを見る。何か良くない事を考えられている気がする。
「ねぇ、なんかメモ紙ある?」
「は、はい」
髪とペンを差し出すと彼はそこに何か書いてこちらに渡した。
そこには「五条悟」という名前と電話番号が書かれていた。
「それ僕の番号、登録しといて。なんか今後頼むかもだし。登録しとかないとビンタだから」
それ脅しなのでは、と口から出そうになる。
「じゃ、またね。伊地知」
そう言って五条さんは去って行った。先の言動からあまり密に関わりたくはないなぁと思うも、七海さんのお知り合いなら、絶対に関わる事になるのだろうと思った。