シガーキスを君と煙草なんて吸わない人だと思っていた。
私が吸っている所を見た人が口々に言う言葉、もう耳にタコが出来るくらい聞いた言葉。
その度に「たまに吸ってるんですよ」と嘘をつく。本当は毎日決まって夕方17時頃、誰もいない茂みでしゃがんで吸っている。
なぜ吸っているのかはとうに忘れた。きっとストレス発散で吸ってたのが習慣化したのだろう。
ある日の17時を少し過ぎた頃。
決まった場所に行き、しゃがんで箱から一本、煙草を取り出しライターで先端に火を灯す。
肺にまで煙を入れてふぅと空に向かって吹きかける。近くで、がさりと音がしたのでその方向を見ると、そこには七海さんが立っていた。
「な、なみさ…ん」
これは怒られてしまうのではないだろうか。
ただでさえ大人な七海さんの事だ、煙草なんて吸ってたら『体を壊す事を知ってて吸ってるんですか』『社会人としてなってないのでは』など小言を貰いかねない。
「あ、あの」
「書類を提出しに君を探してました…隣良いですか」
返事をする暇もなく隣にしゃがむ。煙草を消そうとすると「そのままで良いです」と止められた。
「ですが、服に煙の匂いがつくのは…」
「構いません、邪魔をしに来たのは私です。それに、私も吸うので」
「え?!」
驚いて声をあげてしまう。七海さんが煙草を吸っている?
「何を驚いてるんですか、今どき珍しくないでしょう」
「いえ…吸わない方だと思っていましたので」
「よく言われますが…吸ってないとやっていられないでしょう?お互い」
こちらを向いて問いかける。眼鏡の奥にある目が細められ、吸っている私を楽しそうに見ている。
見られているとうまく吸えなくなってしまうのでやめて欲しい。
すると、七海さんが胸元から箱を取り出し一本、咥えた。
「伊地知くん、火を借りても?」
ライターを取り出そうとすると、その手を制され「こちらで良いです」と私の咥えている煙草の先端に自分の煙草の先端を押し付ける。
驚きのあまり、動く事ができずに眼前の七海さんの顔を凝視してしまう。
私の煙草の火が次第に七海さんの煙草を赤く灯してゆく。その先端を見つめる彼の顔は相変わらず端正で、美しかった。
そして煙草から紫煙が燻ったのを確認して、私と離れてくれた。心臓がバクバクと鼓動して今にも胸から飛び出そうだ。
ふぅ、と煙を吐いて七海さんが立ち上がる。
「私はそろそろお暇します。書類は君の机の上に置いておくので、よろしくお願いします」
「は…は、い」
たどたどしく返事をすると「ほどほどに」と口にして彼は少しだけ口角を上げて立ち去った。
しばらく何が起こったのか分からなかった。ただ、先程の顔の近さを思い出すと気が気ではなくなってしまう。七海さんは、あんな大胆な事する人だっただろうか。
煙草の吸い殻を処理して自分の机に戻ると宣言通り書類が置かれていた。
そこには彼の煙草の匂いと思われる香りが微かに残っており「また2人で吸いましょう」と言われている気がして顔が熱くなるのだった。