エレベーター閉じ込められてしまった。
「今回の任務地は廃ビルの6階、幸い電気がまだ通っているのでエレベーターを使って向かいます」
「分かりました」
6階まで怪しい金属音を出しながらエレベーターは上がってゆく。
「伊地知くん、帳を貼ったら下で待っていてください。現場で君に危害が及ばないとも限りませんので」
「はい。七海さんも、お気をつけて」
6階に来ると嫌な空気をひしひしと感じた。七海さんが背にある刃を手にする。ここはもう彼の領分だ。
「では、ご武運を」
こちらを見ずに現場へ駆ける彼の背を見送ったのがほんの数分前のことーーー。
下へと降りて2階に差し掛かった時だった。
ガクンと急にエレベーターが止まった為、バランスを崩し尻もちをついてしまう。
状況が掴めず周りを見回すと電気が消えた。呪霊の気配を探るが、危険な空気を感じない。
「嘘、でしょう…」
スマホを見るが帳を張っているため圏外表示。外に連絡もできない、この状態はまずい。とてもまずい。
「落ち着きなさい、私」
自分に言い聞かせ真っ暗の中、物音に耳を澄ます。外部からの攻撃や敵の気配は先程と同じく感じない。となると、考えられるのは6階で行われている戦闘が影響して電気が断たれたのだろう。
「外部と連絡は不可能、声を出して助けを呼ぶなんて現実的ではないですし…」
密室の酸素は限りがある。酸素を無駄に消費しないよう、隅の方で体操座りで状況の改善を待つことにした。
『にしても、この状況で頼りになるのは…』
先ほど見送った七海さんの姿を思い浮かべる。彼のことだ、きっと無事だとは思うが…不安だ。
彼がもし無事でなければ、私はこのまま。呪霊のエサになるか、衰弱して死亡ーーー。
「はぁーー…」
思わずため息を吐いてしまう。貴重な酸素を無駄にしたなと思い更に心の中でため息を吐く。
灰原さんが亡くなられた時の七海さんの悲しみに満ちた顔を今でも思い出す。高専を去って社会に出て、そして高専で再会した時『この人にもう何も失って欲しくない』と思った。
あの時のような顔をしたくないし、させたくない。彼の為に、私は生きなければ。
「っ!?」
その時、止まっていたエレベーターにゴウンと衝撃が伝わった。上に何かいる、呪霊の気配は感じないが良くないものだろう。
胸元に手を忍ばせ護身用の式神をいつでも取り出せるよう準備し、音の方向を見据える。
少しでも自分の身を守らなければ、でないとあの人は守れなかった自分を責めてしまう。
エレベーターの天板に刃が突き立てられ、横一線に刃が走る。
「え…?」
見覚えのある刃先に間抜けな声を出してしまう。
天板が半分切り取られ少し傾く室内、そして板が放り投げられる。天板が地面に落ちた音が辺りに響いた。
「伊地知くん、無事ですか!?」
暗くて表情は見えないが声色で心配されていることが分かった。
「はい!!七海さんは?!」
「ご心配なく、怪我もなく無事です」
天板から私の目の前に降り立ち、私に手を差し出した。
「立てますか」
「あ…すみません、ありがとうございます」
手を握り立ち上がるとグラリと重心が傾き、七海さんの胸の中に倒れ込んでしまった。
「す、すみません!すぐ、離れます!」
離れようとすると腰に腕を回されぐっと抑えられて動けない。
「天板を斬った分の重さで傾いているのでしょう。無闇に動き回るのは利口ではありません」
筋肉で覆われている胸、逞しい腕を感じながら彼がまとう香水が鼻腔をくすぐって、話しかけられているが、正直何も考えられない。
「……という手段でいきます。しっかり捕まっていてください」
「へ!?すみませ、何て」
言われましたか、という言葉は横抱き…いわゆるお姫様抱っこをされた驚きで飲み込んでしまった。
「あの、七海さん…?」
「君と私、脱出するにはこうするしか手段がないので。ちゃんと首に捕まって、伊地知くん」
「は、はい…」
言葉通りに首に両腕を回し、ぎゅっと抱きしめると「行きますよ」という言葉と共に彼は天板に向かって跳んだ。
「伊地知くん、出れましたよ」という声でようやく自分が外にいることを理解し腕を離した。
ゆっくりと降ろされ地面に足をつけると子鹿のように震える。
改めて七海さんを見ると服装には一糸の乱れもなく、外傷もなかった為ほっとした。
「呪霊の攻撃が配電盤に当たり、そこで停電になりました」
「そうだったんですね…」
「エレベーターがまだ動いていたのは分かっていたので…君が無事で良かった」
この人もきっと同じことを考えたのだろう。自分が、相手がいなくなったらと。
「助けて下さりありがとうございました。これで本日の任務は最後です…七海さん、もし宜しければコーヒーでも飲んで帰りませんか?助けてくださったので、私が出します」
「ではお言葉に甘えて。ただ、私の不手際で君に迷惑を被ってしまったのでコーヒー代くらい自分で出します」
「それでは、コーヒー代は七海さんで一緒に食べるお茶菓子は私が出します。これならフェアでしょう」
返事をする代わりに七海さんが微笑んだのを見てお互い生きてて良かったと改めて思うのだった。