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    kochi

    主にフェリリシ

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    kochi

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    フェリリシ。
    どう考えても没です

    おばけ撃退法 城へ帰還した時は、空が暗くなっていた。冬の節はすぐに陽が落ちてしまうため、一層辺りは冷え込む。
     陽が登っているうちに帰還したいと常々思っているが、この季節ではなかなか叶いそうもない。ため息は白い霧になって消えていく。

    「……おかえりなさいませ」

     雪を払っている時に、そばで控えていたと思われる女中に声をかけられた。暗く、どんよりと沈んだ様子で幽霊のように見えてしまい、思わず心臓が跳ねる。
     フェリクスには馴染みのない顔だが、見たことはある。妻と年が近いためか、気が合うのか、幾度と話しているところを見た。

    「すみません、公爵様……。私が至らぬあまりに……」
    「なんだ? 用件は手短にしてくれ」
    「はい。実は奥様のことなのですが──」

     話を聞いて、フェリクスは頭を抱えた。余計なことをしてくれたな! と、言いたくなるのをグッと堪えた自分を褒めたかった。


     浮足立ってる侍女に促されて、部屋に入ると顔面蒼白の女がいた。

    「あっ……お、おかえりなさい……」

     震えた体を慰めるように冬用のストールを肩や首に巻いて暖を取っていた。暗く澱んだ瞳をしたリシテアは、とても見覚えがあった!

    「すみませんでした! まさか、奥様がこんなに楽し……いえ、失礼。怯えてくださると思ってもいなかったので、つい張り切ってしまいました!」
    「反省しているのか、していないのか、どっちかにしろ」
    「両方です。もう少し、緩急を付けてお話しすれば良かったと反省しています!」

     けっこうなことを言う侍女に対して、フェリクスは脱力する。
     リシテアと年の近いこの女性は、幼い時からフラルダリウスに奉公しており、年のわりには長年の勤め歴がある。慣れもあるのか性格もあるのか、フェリクスだけでなく色んな人にも平等に、ざっくばらんというか慇懃無礼というか癖が強かった!

    「……で、何を聴かせた」
    「はい、城内で噂されている離れの幽霊話です」
    「ひぃっ!?」

     張り切って答える侍女──メアリ(仮)の幽霊の単語に反応して、リシテアがビクリと背筋を凍らせる。慣れたフェリクスは、これで大体察した。察したくないのだが、面倒だな……と正直に思った。

    「一応聞くが、知らなかったのか?」
    「知りませんでしたが、反応が顕著でわかりやすかったので、お嫌いとすぐにわかりました。ですので、つい楽しくて……話し甲斐がありました!」
    「喜んで報告するな!」
    「旦那様方は全然ですから。こういう話は、怖がってくれないと面白くないんですよ〜!」

     あまりにもアレな発言をするメアリにフェリクスの頭が痛くなった。
     前々からこの癖の強い存在は知っていたが、これまであまり会うことはなかった。城は広いし、付き人でも従者でもないし、何より相性が悪そうだったから! ……クロードとヒルダを足して、非常識をかけた感じがする。

    「奥様、旦那様がお帰りになられましたから安心してください! 大丈夫ですよ、フェリクス様は怪談強くて、つまんない方ですから」
    「おい」
    「それは知ってます……。おばけと遭遇した時もわたしのことを邪険にしてましたし……」
    「まあ、なんて非道なことを!?」
    「話をややこしくするな!」

     ワクワクするメアリを無視して、フェリクスは青白いリシテアに近付いた。途端に、腕にしがみ付いて纏わりつく白き幽霊もどきに取り憑かれてしまう……。

    「仲睦まじくて喜ばしいです!」
    「よく言えるな……」
    「ご夫婦の仲を取り持てて、メアリも嬉しく思います。あのフェリクス様が……と思うと、感銘を受けます!」
    「肩が震えてるぞ」

     フェリクスから顔を逸らして、肩を揺らすメアリは明らかに笑いを堪えていた。ふざけているわけではないのだが、長く見知った相手の変貌振りはおかしく見えるようだ……。彼女のように当人の前で晒さないものだが。
     主に対してあんまりな対応であるが、長年の奉公歴と当人の糠に釘を刺しても変わらない性格は城内でも有名だった。リシテアとは話が合うのか、リシテアの友と似たような性格のためか、仲は良かった。嫁いで親しい友人が少ない中では、メアリのような存在は安心できると思っていたが、まさかこんな性格とは思っていなかった!

    「可愛らしい反応してくださる奥様で嬉しく思います」
    「お前にとってはな」
    「はい、そもご成婚なさることに驚いてましたから。いつか家を出奔して、剣の道にまっしぐらと思っていましたので大変意外でした」
    「……それはそうだな」

     否定できない。自分でもそう思うフェリクスなのだから、長年の家臣達も同様だろう。
     波長のおかしい会話をしている間、リシテアはずっとフェリクスの腕に纏わりついて虚な目でメアリを見つめていた。

    「……仲、良いんですね」
    「あっ、全然興味ないです! メアリは二回りくらい年上で、お金持ってる方が良いので」
    「欲を隠せ」
    「フェリクス様はこういう方なんですけど、顔は良いので何故か寄って来られる女性はいるんですよね。──でも、ご安心ください! 昔から気付きませんので、求愛行為されても本当につまんなくて、何にもなかったですよ!」
    「……やはり筋金入りでしたか」

     怖がってても妙に納得するリシテアだった。話に付いていきたくないフェリクスは苦笑して、嵐の女が去るよう睨んだ。
     空気が読めなければ仕事が務まらないため、目敏く主人の視線の意図を察した。

    「あら、ご盛んですね」
    「何か勘違いしてるだろ!」
    「退散する前に……奥様! 実は、おばけを寄せ付けない効果的な方法があるんですよ!」
    「本当ですか?!」

     きらりと目を輝かせるリシテア。その素直な反応に、メアリは笑みが溢れてしまう! ……フェリクスの嫌な予感が、ぞくぞく駆け上がる。

    「はい! おばけって、じめじめして辛気臭〜いじゃないですか? 無念と執念が詰まってて、嫌な感じがしますよね」
    「そうですね……嫌な感じですね……」
    「物によるだろ」
    「そんなおばけ達は、正反対の幸せいっぱいの人が大嫌いなんです! 嬉しそうに、楽しそうに、にこにこしていると寄って来れないんですよ!」

     適当なこと言ってるな、とフェリクスは訝しげな顔をしたが、隣に張り付くリシテアは高揚した様子でメアリの話に聞き入っている。おばけを撃退できるなら、でまかせでも縋りたいのだろう。

    「そういうわけですから、奥様が幸せいっぱいになれば良いんです!」
    「な、なるほど。それで、おばけが来ないなら……わたし、やります!」
    「はい、その意気です! 離れの幽霊もリシテア様の幸せに当てられて浄化しちゃいますよ! ……ねえ、フェリクス様?」

     胡散臭い出鱈目話を振られて、フェリクスは眉間に皺を寄せた。すかさずメアリが目配せして、いい感じのこと言って! と訴えてくる。何を言っているんだ、と呆れるが、リシテアのおばけ嫌い解消に繋がるなら乗っても良いと考えた。……怖がる彼女は面倒だし。

    「そうなんじゃないのか……?」
    「ですよね! 思い返してみてください、奥様。ほら、ゴーティエの辺境伯様は、おばけと無縁そうじゃないですか?」
    「そうですね。シルヴァンには寄り付かなさそうです!」
    「それは、いつも幸せそう〜にしてるからですよ。太陽の笑顔こそ、一番の撃退法なんです!」

     女の生霊に纏わりつかれてそうだがな、と言いたくなったが飲み込んだ。ここは空気読んだ方が賢い!
     不確かな話を、さも真実のように語るメアリに入れ込むリシテアは、徐々に目に光を宿していった。……これで、おばけの恐怖が治るならまあ良い。この時のフェリクスは、そう思っていた。

    「……というわけで、後はフェリクス様にお任せしますね〜!」
    「は?」
    「嫌ですね、奥様を幸せにするのは旦那様の役目ですよ。幽霊撃退のためにしっかり頑張ってくださいね!」

     途中から話を聞いてなかったフェリクスは、反応に出遅れた。呆けてる間に颯爽とメアリは部屋を退室して、腕に縋り付くリシテアが期待を込めて見つめてくる。……数秒遅れて、嵌められたと気付いた。

    「なんだ、あいつは!?」
    「フェリクス、おばけが逃げ出すくらい幸せになりましょう。──わたしと一緒に!」

     真剣味を帯びたリシテアの発言は、逆求婚ぽかった。……こんな状況で聞きたくはなかったな、と哀愁を感じてしまう。


     とんでもない侍女のせいで、おかしな展開になったが、おばけ撃退法を知ったリシテアはいつになく立ち直りが良かった。長年の恐怖の種を消せると知れば、そうなるのかもしれない……いや、わからないが。

    「落ち着いたならいい。とりあえず、着替えてきていいか?」
    「…………」
    「途端に暗くなるな。……もういい、好きにしろ」

     パッと明るくなるリシテアは、お菓子を見つけた子どものように見えた。おばけが関わると彼女が面倒なのはよーくわかっていたので、好きにさせた方が良いと判断した。胡散臭い解決法を見つけたとはいえ、根深いおばけ嫌いはそう簡単に克服されるものではない。例によって、フェリクスから常に離れず、何処に行くにも纏わりついてきた。
     だが、士官学校や戦時中の時ならいざ知らず、今は夫婦だ! ずっと、べったり寄り添っても何も問題ない。仲睦まじい様子は家臣達も微笑ましいはず。

    「……鬱陶しい」

     ボソッと小さな嘆きが漏れた。思わず出た言葉は、リシテアの耳にも入った。

    「おばけがやって来たらと思うと……」
    「離れと此処は、だいぶ離れてるだろ!」
    「それはそうですが、おばけに距離は関係ないと言います……。壁も素通りできるし……何処かの大屋敷は、おばけを閉じ込めるためにたくさん改築したと言います!」

     強く逞しいおばけを想像して、リシテアはぶるぶる震える。フェリクスの体に縋る腕は強まるばかり。
     やはり、そう簡単にはいかなかった……。夫婦のかたちはそれぞれある上に、べったりのべたべた〜は二人とも趣向ではない。甘々も、度を越せば胃もたれするものだ。

    「おばけを寄せ付けないために、幸せになる方法を考えたんですが……とりあえず、フェリクスにくっつけば確実と思いまして」
    「突然言うな……」
    「あと、夫婦で仲良くすると良いと言ってましたので……おばけが来ないように今夜」
    「此処で言うのはやめろ!」

     慌てて、リシテアの口を塞いだ。実は、周囲には家臣やら従者やらいるのである。会話が丸聞こえの中では、これ以上は遠慮したい!
     おばけに気を取られ過ぎて、いつもより素直で妙な思考で、周りが見えていないリシテアは非常に困った。普段の聡明な才女の姿は、影もかたちもない。

    「幸せいっぱいって……どうしたらなれるのでしょうか?」
    「さあな」

     リシテアに宿った二つの紋章のことがチラつく。これが解決すれば、どれほど幸せだろうか……幾度と頭に過ったことだ。

    「今より幸せになるのは難しいと思うのですが……」
    「そうなのか?」
    「ええ。色んな女性の中からわたしを選んでくれたのは、とても嬉しかったですから。……あんたが他の方とお茶したり、趣味に付き合ったりして、何かと仲良くしていたのは知ってたので……本当にファーガスの人って、手広いですよね」
    「妙な誤解はやめろ!」

     恥ずかいことや誤解を招くことを言うが、リシテアはどんよりと暗い表情のままで、おばけ嫌いは根深かった。
     そして、わかりやすい惚気を聞いてない振りをする周囲も大変だった。おそらく当人達は真剣なんだろう……。そうは理解していても、咳払いして誤魔化す者が多かった。

     埒が明かないのは通例。慣れてきたフェリクスは、諦めて早めに休むことにした。
     これ以上周囲にあらぬ誤解を招きたくないし、ちょいちょい恥ずかしいことを言うリシテアは危険だ! いくら結ばれたとはいえ、彼は周囲に色々知られたくないタイプなので。

    「フェリクス……わたし、笑えてますか?」
    「いや、引き攣ってる」
    「やっぱり!? これじゃあ、おばけが寄って来ますね!?」

     あの出鱈目話に乗るんじゃなかった、と今頃になって後悔した。
     寝室に入ると、腕じゃ飽き足らず、フェリクスの体ごと抱きついて縋るリシテアは微笑ましく映るが、顔色はとても悪く、空気も甘くない。
     何度か見た……もうこの展開は読める。しかし、無駄とわかってても対策はこれしかない。

    「早く寝て忘れろ」
    「こ、子ども扱いしないでください!」

     そう言われてもしょうがない。おばけという不確かなものへの対応策なんて気にしない以外ない、とフェリクスは思っていた。怖くない人は怖い人の思考がわからない……如実に表れていた。

    「そういったのは、深夜の方が危険だろ。早めに寝た方が得策だ」
    「そ、それは……そうですけど……」
    「目を閉じてたら勝手に眠くなる」
    「もうっ! それができたら苦労しません! ……寝ている間に襲ってきたらとか考えませんか?」
    「いや」

     おばけがどうやって攻撃してくるんだ? と、逆に気になってしまう。それができるんだったらとっくの間にやられてるだろうし、何人も被害に遭ってるだろ。……という理屈を捏ねて、どうにかなれば苦労はしない。これをリシテアに言っても時間の無駄だと、もう理解している。

    「一緒に寝るか?」
    「寝ます!」

     飛び付くように抱き縋るリシテアは、大変素直だった。今の彼女は、理性よりも感情で訴えた方が早い!
     たまになら良いか、とフェリクスが思うほど、面倒くささが抜けたリシテアは新鮮で愛らしかった。……してやられた感があるが。

    「じゃあ、しますか?」
    「……構わんが」

     こんな時に誘われると雰囲気はないな……と、珍しく情緒的な気持ちを持った。
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