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    kochi

    主にフェリリシ

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    kochi

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    捏造解釈

     ファーガスがフォドラ統一国家となり、教会が新たな指導者を立てて、それなりの月日が流れた。
     戦後の復興や後処理は順調だが、未だ多くの傷跡を残している所は少なくない。統一国家となったとはいえ、主要国のファーガスは特に戦禍の傷痕が大きく、体制が整ってない事情もあり、当面は旧帝国領も旧同盟領もこれまでの体制を維持して、権威を奮っている。実質、これまでの貴族体制に変化はない。
     ……しかし、いつまでも野放しにしておくつもりはない。最大の軍事力を誇る帝国軍を討ち倒して戦争を終結した事実と、新たなセイロス教祖となったベレト大司教のおかげもあり、各諸国はファーガス統一国家を受け入れている。無論そうでない所もあるが。
     時々は諸侯各地に睨みを効かせて、権威を誇示しておかないといけない。……といったややこしい政治戦略を踏まえて、旧帝国、旧同盟諸侯の主要者──もう過去となった大貴族達との会談が、定期的に開かれるようになった。
     交流と交渉、交易などの協定会議といった建前で。実に、平和的な談義である!
     場所は、フォドラの中心地となるセイロス教会本部。此度は旧同盟諸侯、ファーガス統一国家、教団の代表者による定例会談が開かれた。

    (毎度かったるい……。こんなもののために、馬を走らせたかと思うと気が滅入る)

     フラルダリウス公爵の地位を継いだフェリクスが、今回出席していた。
     ファーガス側は、王族含めての主要貴族間の持ち回りで、事に当たっている。交流という名目なのだから同じ者が毎回出張るわけにはいかない……表向きは。
     適当に各地方の統治の進捗や復興具合を話していき、概ね滞りなく進んだ──。

    「復興するにも資金が必要ですからねぇ。ファーガスからの援助を増やしていただけると、助かるのですが……」

     事あるごとに復興資金の嘆願をされるのは、毎度のこと。虚偽ではないが、金の無心に見せかけた奸計が張り巡らされているのが常で、戦禍によって引き継いだ若き当主を弄んで、愉悦を得る腹積もりもあった。……特に、旧同盟諸侯の者はその気質が強い。
     あからさまに態度を悪くして、フェリクスは対応していく。

    「そちらは先月は狩猟祭、先々月は謝礼祭など節事に祭りを開いてたので、ずいぶん余裕があると思いましたが?」
    「おやおや、とんでもない! 宴や祭りは開かないと民の気持ちを削いでしまいます。余裕など、とてもとても──」
    「著名の歌劇やら名演者を招いて、舞台を設けたと聞いたが。……面倒だから、これ以上続けたくない」

     睨みを効かせて、相手の言い分を強引に封じる。フェリクスの性格上、笑顔でいなしたり、誘導尋問できないため、度々露骨な悪態をついていた。無礼にあたるのだが、旧同盟貴族は率直な応対に慣れていないのか、意外と効いていた。


    「ではフラルダリウス公爵殿は、後で詳細の資料をお渡しください。見聞の後、教会本部及び大司教が確認していきます。よろしいですね?」
    「構わん」

     教会側の参加者……セテスが仲裁に入ると、フェリクスはぶっきらぼうに答えた。セテスは交渉事には慣れている故か、見知った彼の態度を咎めずに話を進めていった。

    「毎度、丁寧に作成されますな。公爵様は武芸だけではないようですね?」
    「作成したのは妻です」

     提出を求められた資料は、フェリクスの自前の物で厚い紙の束になっている。そこには相手貴族達の情報が、事細かに記されていた。
     『同盟諸侯の貴族ってのは、まあそれは嫌らしい方々ばかりです。碌なこと言いませんので、話術のない公爵様は喋らない方が得策かもしれませんよ?』と評した妻のリシテアは持ち前の知性と先見の明を活かして、度々献策を授けては、旧同盟領との会談の際は、毎回資料を作成してはフェリクスに忠告をしていた。

    「ああ……今は無きコーデリア領のご息女でしたか。たしか、才媛の一人娘とお聞きしましたが、些か良くない噂も聞きましたね」
    「それが何か」

     含んだ物言いに嫌気を差したフェリクスは、冷たく遇らう。

    (連れてきた方がよかったな……)

     強引にでもリシテアを連れてこなかったのを後悔した。『わたしを連れて行ったら独り立ちもできないのですか?って、嗤われますよ!』とのことで、フェリクス単身で臨んだのだが、これなら嫌味を言われた方が楽だ、と思わざるを得なかった。
     中立の立場となってるセテスが快調に進めていくも、早く時が過ぎるのを願っていたフェリクスには、牛歩の如くゆっくりに感じられた……。

     長いようで短くない時間が過ぎ、ようやく終わる頃合い。
     レスター諸侯同盟の完全な解体が迫っているからか、あるいは新たな公爵の態度に腹を据えかねたのか、一人の貴族が不躾に発した。

    「そういえば──フラルダリウス公爵殿のご夫人は、余命幾ばくもないようですね?」

     半分話を聞いてなかったので、問われた時は何を言っているのか理解できなかった。少々の間を置いて、低い声が滑り出た。

    「……それが?」
    「そう怒らないでください。ただ、心配なのですよ。ご夫人が亡くなった後のこと……後妻は、どうされるのかと」

     何を言ってるんだ…? フェリクスの頭が発言の理解を拒絶した。彼が虚心している隙に、どこの家と縁談するのか、後継者はどうするのか、うちの娘はどうか? と勝手に囃し立てていく。
     一気に血が昇って、怒りが込み上げてくる──。好き勝手に何を言っている。握った拳に爪が食い込み、皮膚を裂こうとしていた。

    「馬鹿げた──!」
    「それは、時期尚早ではないですか? 私も妻を亡くして久しいですが、いやはや……とんと縁がありません。ぜひ、私の方にもお話をいただけるとありがたいのですが?」

     怒声は涼んだ仲裁者によって、封じられた。世間話を話すかのように矛先を自分へと向けて、フェリクスへの口撃を守る行為は、交渉事が得意な彼らしく思えた。
     思惑通りいかなかった貴族達は調子を崩されて、さざ波のように引いた。それが狙いだったのか、その後は何事もなく進み、定刻には解散した。

     終わり際に部屋に残るよう言われたフェリクスは、近づいて来る足音に耳を傾ける。

    「お疲れ様。……ああいった手合いは、君の義憤を引き出させるのが狙いだ。隙を見せたら一瞬で餌食にされてしまう」
    「……ありがとう、ございます」
    「まあ、私も君と同じ行動を取っただろう。そのまま連中を焼き払ったかもしれんな!」
    「……そこまで、できません」

     冗談のつもりかもしれないが、本気が窺えたセテスの言葉は荒んだフェリクスの心を鎮めていった。

    「地位がある者には、多くの思惑が入り込んでくる。若き領主は格好の餌食だ。取り込まれないよう気をつけるように、といっても君には不要だな」
    「何故?」
    「私と君は似ているからね。幾星霜経ようと私は私のままで、そして妻を忘れずにいる。そういうことだ」

     穏やかに話すセテスに共感して、引き結ばれた口元がようやく緩んだ。深く言わなくても、聞かなくても、意思は伝わってきていた。

    「……娘のことが気になって考えられない、といえなくもないが」
    「まだお認めしないんですか?」
    「認められるか! 突然、フレンから『この人と一緒になります』と言われて、正気でいられるわけがないだろ!」
    「……しかし、もう教会から出て行ったのでは」
    「ああ、鋭意探索中だ。騎士団を派遣して捜索しているが、未だ情報が掴めずにいる。何故だ! 何故、フレンは私から離れるんだ!」

     職権濫用では? と思ったが、気の毒なのでフェリクスは口を閉ざしておいた。駆け落ち同然で出て行った娘の安否と連れ去った相手への怨嗟を聞くことになってしまい、大きなため息を吐いた。……そのおかげか、会談での怒りと蟠りは消え失せていた。
     最近、聞いてる振りがうまくなった気がする……と、自分を振り返りながら話を半分だけ耳に通した。

     §§

    「あら、もうお帰りですか? 予定より早くないですか?」
     自国に帰還すると驚いた様子のリシテアが出迎えた。厨房でまたお菓子作りに励んでいたようで、甘い香りと共にエプロン姿のまま現れていた。
    「セテス殿に帰っても構わない、と言われたからな。あとは任せて一足早く抜けた」
    「はっは〜ん! さては、面倒なことが起きましたね?」
    「……さあな」

     三日月を象るリシテアの口は愉快さを表していた。さすが元同盟領の主要貴族、すぐに事を察した。
     人の気も知らないで……と、フェリクスが冷ややかな目線を送っても気にした様子はない。

    「何があったんですか?」
    「別に……」
    「そうですか。もうすぐお菓子が焼き上がるところなんです。せっかくですから、お茶の時間にしましょう! 焼き立ては格別ですよ!」

     伝えると軽やかな足取りで、リシテアは厨房へ向かった。予定より早く帰ってきてくれて嬉しい! と、全身で醸し出しているのだが、別のことに気を取られたフェリクスは気付かずにいた。……何もなくても気付かないが。最早、これが日常なので麻痺している。
     身支度を済ませながら小さく息を吐く。リシテアとは対照的に、彼の気は重かった。

     甘さ控えめで素朴な焼菓子とお茶を並べて、二人だけのお茶会が開かれた。甘いものの前でご機嫌なリシテアは、顔を綻ばせて目を輝かせている。

    「セテスさんは、お元気でしたか?」
    「生きてはいた」
    「……フレンが教会を出て半年経ちましたが、立ち直ったでしょうか」
    「そうでもないな」

     近況を話の種にして、お茶を楽しんでいく。……お茶会には不似合いだが。
     フェリクス好みに誂えた菓子は疲れた体を癒していった。甘いもので癒される日が来るとはな……と、他人事のように過去を振り返って味わう。

    「騎士団を使って、現在も捜索中らしい」
    「見つからないと思いますよ。今回のフレンは頑なですし、あの人もやる時はやりますから。言動と行動と態度は、問題だらけですが」
    「手厳しいな……」
    「日頃の行いのせいですよ〜」

     セテスからフレンの駆け落ち(?)に話題が移る。
     何を隠そう、リシテアは元同級のフレンとリンハルトの教会から離脱の協力者であり、所在を知る数少ない人物の一人だった。
     フェリクスがそれを知った時はとても驚いたが、リシテアは前々からフレン達の関係を知っていたので、これまでリンハルトが集めた紋章の資料や研究成果を条件にして協力したとのこと。

    「……セテスさんには悪いですが、こっちも事情がありますから」
    「連絡は取ってるんだろ?」
    「ええ、フレンが定期的に手紙を送っているようです。幸せに暮らしてるようですよ、家事以外は」
    「そうか」
    「のろけも聞きますから。わたしは紋章のことを聞ければ良いんですが……」

     ごちそうさま、と言いたげなリシテアだった。
     リシテアとリンハルトは学級異動してきた同士で、同じ魔道を学ぶものであり、彼女が宿した二つの紋章を知る知己。不本意な形で知られてしまったが、戦時中でも紋章の解明、消し去る模索に励んでいた。消すことはできなかったものの、紋章の力を弱めることは成功している。無論、前例がないので確証はないが。
     どのくらいの延命になったかは不明だが、少しでも余命を伸ばすため懸命に取り組んでいた。……ということを知ったのは、リシテアの紋章の真相を明かされて、しばらく経ってから。実は、フェリクスはリンハルトに対して複雑な感情を持っていないような持ってたような……? なんてことは明かさないので、リシテアは知らずにいる。これからも知られることはないだろう……。

    「まあ誰だろうと、セテスさんが許すには時間がかかりそうですね」
    「……そうだろうな」
    「リンハルトはなかなかの変わり者ですから。人に対して研究対象だとか、紋章無くなるのは勿体無いとか、わたしの食べるお菓子は甘過ぎて気持ち悪くなるとか、なんですか!」
    「最後は同意する」

     無神経なことを言われたのをリシテアは未だに根に持っていた……。お菓子に関すると少々視野が狭くなるのか。

    「──それで、会談で何があったんですか?」
    「……別に」
    「何もなかったらこんなに早く帰ってきませんし、あんたは誤魔化すの下手ですからわかりますよ。……その様子だと、わたしのことで、何か言われましたか?」

     いきなり核心を突かれてフェリクスの顔が歪み、それが答えとなった。同盟領に属していたリシテアの方が上手だった。
     表情と仕草で教えてほしいと訴えて、経験上こうなると彼女は引かない。立場や今後の身の回りを含めて懸念しているのが推し量れるため、無下にするのも何だ……。
     フェリクスは観念して、簡潔に話していった。

    「あら、いつも通りですね。時の権威に媚び諂って、なんとか繋がりを持とうとするあたりが、特に」
    「怒らないのか……?」
    「予想していましたから。何処かで知って、いずれ言ってくると思ってましたから。何しろ、フェリクスはフラルダリウス公爵様ですから!」
    「……その言い方はやめろと言ってる」

     意外にも、リシテアは悲しむことも怒ることもなかった。予想外の反応でフェリクスは困惑する。
     そして、何故彼女が笑っているのかも理解不能だった。

    「何故、笑っていられる……?」
    「短命は本当ですし、何よりフェリクスが怒ってくれたんですよね? ふふっ、それで十分ですよ!」
    「何がだ?! お前が死んだ後のことを話されたんだぞ!」
    「不愉快ですよ。でも、あんたも不愉快になってくれた。わたしのことで怒ってくれたのなら、もう十分です!」

     笑みを浮かべて頬を染めているリシテアだが、鈍いフェリクスには不可解であった。
     伴侶が亡き後の縁談を無神経に持ち込まれて、はらわたが煮えくりかえったというのに当の本人は花を飛ばしてお菓子を食べてる──。まったくもって理解不能だ!

    「そんな顔しないでください。どこの貴族でも王族でも、そういった話は出るものですよ」
    「くだらん話に付き合わされるなら別の奴に行かせる。元々、向いてない。剣を奮ってる方が、ずっと性に合う」
    「そんなことしてたら、また何か言われますよ?」
    「言わせておけ」

     素っ気なく答えるフェリクスに、リシテアは強引にお菓子を勧める。甘さ控えめの焼菓子は、血が上った頭を少し鎮めていった。
     続けたくない話は放って、別の話題を切り出す。

    「そういえば、お前の菓子は有名になのか? 先生達に土産で渡した時に聞いた」
    「あら、そうなんですか! 城の者か来客くらいしか出していませんが。……何故か、わたし好みのお菓子より、あんた向けに作ったお菓子の方が好評なんですよね。甘い方が美味しいのに!」
    「お前好みの菓子、だからな……」

     リシテアの甘味への拘りは強く、お菓子作りも日々上達しているが、彼女好みのお菓子となれば苦笑せざるを得ない。クリームにチョコを重ねて、さらにクリームと砂糖を塗す傾向だから……。

    「そして、フレンのことを思い出したセテスさんの長い家族話に付き合わされたんですね」
    「……突き放すわけにもいかないだろ」
    「あんたって悪態吐くわりには、人の話をちゃんと聞きますよね」
    「似た者同士、らしいからな」
    「似てますか?」
    「そう言われたな」

     他愛もないお茶会になれば、穏やかなひと時に変貌した。
     紅茶が冷めても二人は口遊みをやめずにいた。

     §§

     セテスの話は説教臭いところがあるが、フェリクスは嫌いではなかった。フレンの親離れ(?)もあって、気落ちしたセテスを放っておくのは良心が痛むため、教会に用がある時はついでに顔を出していた。
     似た者同士、そうセテスに言われたことがあるが、そんなに似ていないとフェリクスは思っている。特に、彼が得意とする交渉や内務は真似事でも不可能だ。けれど、セテスからは似てるように見えるらしい……。
     反芻すると、会談から帰還する前の世間話を思い出す。

    「私の妻は魚を釣るのが好きでね、フレンは釣った魚を食べるのが好きだった。だが、私は釣りに興味がなくてね。たまに糸を垂らすくらいで、餌を付けずにいたからレオニーには驚かれてしまった!」
    「それは楽しいのですか?」
    「楽しくはあったんだが……。恥ずかしい話だが、餌の付け方は妻に任せていたから知らなかったんだ。そして、言われるまで気付かず、調べようとさえしなかった。……似ていないか? 君だって、菓子に興味はないのだろう」

     なんでもないように問われ、フェリクスは正直に首肯した。
     セテスの言う通り、リシテアのお菓子は食べるようになったが、依然として甘いものへの興味、関心はない。元々甘いもの嫌いで、辛いものの方が好ましい趣向だ。

    「君だからこそ言うのだが、きっとリシテア君は心配しているのだろうな」
    「何をですか?」
    「自身が死んだ後の君のことを──。私の妻は亡くなって随分と経つが、自分のことよりも私の今後を気にしていたよ。よほど頼りなく見えたんだろうな……フレンに私のことを頼んでいた」

     笑い話のように語られるが、どう言っていいかわからず、フェリクスは何も発せずにいた。でも、そんな彼の様子を気にせず、セテスは続ける。

    「妻の心配はもっともでね。フレンがいなかったら、どうしていたかわからない。さすがに、娘を置いて好きにできないからな」
    「はあ……」
    「そういうわけで、つい忠告したくなる。余計なお世話と十分にわかっているが、君は子がいた方が良いと思う」
    「いきなり何を言い出すんですか!」

     唐突な発言にフェリクスは驚きの声を上げる。セテスが他人の家庭に口を出すとは思ってなかったので、意外だった。

    「子は良いぞ、特に娘はな! 日々の成長が嬉しくも楽しくもなる! 反抗期はなかなかにくるが、それも成長の一端と思えば……いや、しかし駆け落ちはやめてもらいたかった。どこの馬の骨か知らないが、見つけ次第」
    「もう帰ってもいいですか?」
    「えっあ、いや、すまない! ……話が逸れてしまったな。私の経験談になってしまうが、子がいると様々な力を与えられる。妻の死はフレンがいたからこそ受け入れられ、乗り越えれたと自負している。──君が、我が子に対して重い枷と感じてるのだったら、改めてほしいと思っている」

     見透かされた、と思ってしまいフェリクスは顔を逸らした。誰にも明かしたことのないことを、深く考えたことがないことを、セテスは既知であるかのように告げてくる。
     まるで──自身が通ってきた道を振り返っているかのように。

    「口を挟むべきでないと承知の上だが、君の想像以上の実りある人生を齎してくれる。それは、リシテア君にとってもだ。約束する!」
    「……首を突っ込み過ぎではないですか」
    「誰かにとやかく言われたくないから、君がそういった態度を取っているのは知っている。だから、敢えて言いたくなってしまうんだろうな。類は友を呼ぶ、とも言う!」
    「いつ、セテス殿と友になったんですか……」

     ほくそ笑むセテスからは、フェリクスの慇懃無礼な態度も可愛く見えるのだろうと悟れた。人生経験の差を思い知って、緊張の糸が緩んでしまう。

    「君のことだ、後妻を迎える気はないんだろう? それなら、前向きに考えて良いんじゃないのか」
    「余計なお世話です。……ですが、検討しておきます」
    「ああ、幸多き生になるよう祈っているよ。──君達に女神セイロスの加護が降りるように」

     お決まりの締め言葉で、話は終わった。深く話していないのに会話は成立し、互いの本音が出て満足していた。
     ……最後にフレンの所在を追求をされて、知らぬ存ぜぬとなんとかはぐらかしてから、フェリクスはガルグ=マクを後にした。

     自分の子をつくるのは否定的でない。けれど、それでリシテアの寿命が縮まるのなら気乗りしない。フェリクスには、それくらいの価値観だった。
     後継者問題は最初から頭に入っておらず、自分の代で途絶えても、別の者が継いでも構わなかった。父君の急逝がなければ爵位を継いだかさえわからぬほど無頓着で、紋章第一の社会を壊す段階となった今なら、ますます拍車がかかる。
     だからか、リシテアと子について話したことはない。彼女も言わなかった。

    (というより、自分から話すわけにはいかないと考えてそうだな……)

     リシテアは聡明だ。先の未来を見据えて行動するし、自分が亡くなった後のことをきっと彼以上に考えているだろう。一緒になるのも時間を要し、最初は断ってコーデリア領に帰還してしまったのだから。
     いつかいなくなることを見越して、フェリクスに枷にならないようにしている……と、考えが付いた。
     それが癪に触る──。痕跡を残さないでおくということは、いつなくなっても良いように思えて虫唾が走る。そう思われることにも苛立ちが沸いてくる。

    「……まだ考え事してるんですか?」

     夜は更けて、寝室のベッドで寝そべって耽ていたフェリクスの顔に白い雪が落ちた。戦時中より伸びた髪は、さらりと彼の頬を掠める。

    「……何も」
    「隠し事が下手ですよ」
    「さあな」

     鋭いのも考えものだな……。心の中で嘆息する。顔芸も隠し事も不得意なフェリクスは、リシテアには手に取るようにわかってしまう。

    「他に何か言われたんじゃないですか? わたしの後には、うちの娘をどうか? って」
    「違う」
    「仕方がないですよ。わたしは短命ですし、そういった話は珍しくありませんから」
    「二度とそんな話をするな!」
    「……す、すみません」

     起き上がって強めに制止してしまい、リシテアが項垂れて謝る……。今みたいに、平気を装って何でもないように話されるのが、フェリクスには我慢ならなかった。
     リシテアが死んだ後の話なんて誰がしても不愉快だが、当人が平然としているのが一番堪える。

    「悪い……。だが、その気がない話をされても不愉快だ」
    「そう、ですか……。構いませんが、困るのはフェリクスなので」
    「その時は、その時だ。平気そうにするな。そんな殊勝な性格じゃないだろ?」
    「ちょっ、ちょっと! 何気に失礼じゃないですか!」

     リシテアが抗議するが、フェリクスが他の女性とお茶するだけでも不貞腐れてたので、説得力は無いに等しい。嫉妬ではなく、甘いもの嫌いなくせに他の人とお茶してお菓子を食べるのが気に食わなかったらしい……当人より。

    「お前が考えてることじゃない。セテス殿から聞いたことを……考えていた」
    「セテスさんですか? 何を話したんですか」
    「いつもの娘自慢と捜索だ。……それと、子は良いものだと説かれた」
    「そ、そうですか…!」

     才媛の妻はこの会話で、フェリクスの言わんとすることを察した。立ち入った話をしない人が、わざわざしてきたとなれば、彼の心を揺するのは想像難くない。
     人生の先達者……そして、最愛の人を亡くして久しい人物。リシテアとしても気になる話だ。

    「……あんたは、前向きなんですか?」
    「さあな、よくわからん。だが、セテス殿はフレンがいなかったら、どうしていたかわからない……と言っていた。よほど頼りなく見られていたらしい、とも」
    「……きっと心配だったんですね」
    「俺からはそう見えないが」
    「そんなものですよ。傍からはわからないですから」

     話を聞くリシテアの顔は、フェリクスからはよく見えない。どんな気持ちでいるのかは当人しかわからないが、検討は付いた。
     ──リシテアは言わない。言う資格がないと思っている。なら、もうこちらが動くしかない。

    「お前は、どうしたい?」
    「あの、どういう意味で聞いていますか?」
    「子がほしいのか、ほしくないかだ」
    「……いた方が良いと思いますよ」

     直系の子がいれば、後継者問題は一先ず解決する。養子を迎え入れても良いが、やはり血筋は本家の者が望まれる。
     だが、フェリクスが問いたいのは、そういうことではない。……リシテアの気持ちが聞きたい。

    「……今まで話さなかったのは悪かった。セテス殿の話は少し興味を惹かれた。お前の体のことを考えてたが、存外そうでもない。端っから選択肢に入ってなかっただけだ」
    「まだ継いでから日が浅いんです。いっぺんには考えられませんよ」
    「そうだな。だが……その、前向きに考えても良いと思った」
    「えっ…?」

     予想外の返答を受けて、リシテアはキョトンとしてしまう。フェリクスは関心が薄く、望んでなさそうと思っていたので意外だった。

    「い、意外ですね!」
    「俺もそう思う。だが、その方が安心するんだろう。お前は──後の俺が心配なんだからな」
    「……セテスさんって、世話焼きなんですね」

     余計なお節介ですよ……と、リシテアは正直思った。
     澄んだ琥珀の目で問われれば、嘘を吐けない。これはまたとない機会と捉えて、見えないように深呼吸する。

    「そうですね。……気になりますよ、フェリクスのことは」
    「なるようになるだろ」
    「そういうところとか。わたしがいないと書類執務はいつ終わるかわかりませんし、甘いもの嫌いに戻りそうとか、色々気になりますよ」
    「……否定できんな」
    「あんたを傍で見てくれる人がいれば安心できる、とは思ってましたよ。陛下やシルヴァン達ではない人が。……まあ、自分の子は考えてませんでしたが」

     眉を顰めてリシテアは、ぎこちなく笑う。自身でも真意を汲み取れず、どう言って良いのかわからないでいた……。

    「後の方が、何とかしてくれると助かるのですが」
    「考えてない。不要だろ」
    「っ?! あっいえ、あの……嬉しいですけど、そうもいかないんじゃ」
    「お前以外要らん」

     不意打ち発言で、リシテアの顔が一気に朱色に染まる。
     そんな彼女を見て、フェリクスも自分がけっこう恥ずかしいこと言った、と気付いて顔が熱くなっていった。

    「まあ、あの……もっと考えてからでも良いと思います! まだ領内も落ち着きませんし」
    「そ、そうだな……」
    「あの……良いんじゃないですか。理論上可能ですし、何かしらの影響あると思いますが、命に関わらないでしょうし」

     気恥ずかしさが残るため、リシテアは紋章の持論を早口で伝えていった。フェリクスには理解困難だったが、話の内容には驚いていた。

    「本来、紋章は人体に影響しませんから。力も弱まってますし、魔法を使う機会もないですし……ってのは、仮説ですが」
    「……仮説か」
    「前例がない以上、仮説にしかなりません。けど、出鱈目ではないですよ」

     やはり、リシテアは先のことをよく考えている、と改めてフェリクスは思う。不甲斐無さを感じるが、定まった未来しかない彼女には常日頃の考え方なのかもしれない。

    「あっ! あんたは娘の方が良い気がします!」
    「……何故?」
    「もう少し気付くようになりそうですし、フェリクスはちょっと振り回されるくらいが、ちょうど良いと思います!」
    「人に振り回されたいと思ったことはないが……」
    「そうですか? ふふっ、似合いますよ!」

     揶揄って笑うリシテアは儚く見えても、悲観してるように見えなかった。前向きに考えようとしている……そんな風に思えた。もしかしたらフェリクスよりもずっと前に考えてて、言い出せずにいたのかもしれない。
     彼女の性格を鑑みると、切り出しづらい話だ……。

    「……まあ、なるようになるだろ」
    「そうですね。こればっかりは思うようにいきませんから」

     互いに照れが生まれたが、深い話をしたことはなかったので良い機会となった。今はまだ未定……それで良い。これから考えても良いのだから。

    「あ、あの……じゃあ、一旦に置いておいておきましょうか」
    「ああ。──リシテア」
    「なんですか?」

     名前を呼ばれて、リシテアは頬を緩ませて返事をする。
     対するフェリクスは神妙な様子で、微笑む彼女を見つめて眉を顰めていた。

    「抱いていいか?」
    「へっ? ……はっ!?」

     ハッキリ告げられて、慌てふためく。先の会話の矢先でもあるし、普段のフェリクスはこう直球には言わないので一気に鼓動が忙しなくなる。

    「ど、どうしたんですか?!」
    「……今更、驚くことでもないだろ」
    「いい、いえ、そんな風に言わないじゃないですか! ……わたしが誘う方が多いですし」
    「そうか?」

     恥ずかしいのと気にしていることで、だんだん声が小さくなっていった。林檎になるリシテアだが、フェリクスはだんだん迷いが吹っ切れてきていた。
     ──前向きに考えたい。それは、少し大きくなっていた。

    「あれこれ考えてもしょうがない。それとは別に……揶揄されて平気でいられるほど、俺も鈍くはない」
    「え?」

     リシテアが疑問の声を発した途端に、体が包まれた。一瞬キョトンとするが、背中に回った腕が強く、息苦しさを感じて意識を戻す。

    「ありがとうございます。……わたしのことで不安にさせましたね」

     彼女にとっては切なくも喜ばしかった。お返しと言わんばかりに、細い腕に力を込めて相手の背中を抱き返した。
     リシテアのあたたかい熱を感じて、フェリクスは噛み締める。いつかの話を聞いて、冷静でいられるほど冷淡ではない。見かけによらず、情が深いのだから。

    (嬉しいと悲しいが、混ざりますね……)

     胸が痛くなるが、こんなにも想われてるのを知ると、こそばゆくなる。贅沢だな……と、リシテアは不相応に思うも嬉しさは湧いていた。

    「一緒に生きましょう。わたしはフェリクスの側にいますよ!」
    「……ああ」

     癒しを求めるかのように唇を重ねて、離れる時間を惜しんだ。今は、たしかに生きてる証を、失われてない熱を感じていたかった。
     先のことを考えると悩みは尽きず、不安は大きくなる。
     けれど、幸せを得ているからこその怖れでもあった。

     もし……二人だけでなく、もう一人幸せを分かち合う存在が増えたら、どうなるんだろう? 朧げな未来が、互いに照らし出された。そんな未来も良いかもしれない、と。
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