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    kochi

    主にフェリリシ

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    kochi

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    2/20 帝国歴一一八五年──。
     廃墟と化したガルグ=マクでの千年祭は、恩師との思わぬ再会となった。
     それからは、着々とフォドラ全土を侵略せんとする帝国への蜂起、教団を含めた軍の設立をして、早二節を迎えようとしていた。
     一度は帝国軍を退けたものの、次も期待できるほど楽観視はできない。圧倒的な力の差はもちろん、軍の統率はまだまだ未成熟で、資源の確保、軍備の調達、体制の連携と課題は多岐に渡る。
     それらを改善しようにも、一朝一夕でどうにかなるわけがなく、必然的に皆、目まぐるしい日々を送ることとなった。
     恩師や旧友との再会は、このような最中ではあっさりしたものだった。お茶でも交えて、ゆっくり話しをしたいところだが、生憎と時計の針は止まらず、フォドラに等しく時を刻でいく。
     一節を過ぎても現状は変わらずにいた……。
     だが、変わないからといって、節目を放棄して良いわけではない。


    「お誕生日おめでとうございます、ヒルダ!」
    「えへへ〜! ありがとう、リシテアちゃん! こんな時なんだけど、やっぱり祝ってもらえると嬉しいな〜」

     この日は、女性陣によるお茶会とささやかな誕生会が開かれた。
     天馬の節、最初の誕生日は三日のヒルダのため、彼女の誕生会となる。前節のイングリットは遅れての開催になったが、節目の催しは大事にしたい思いが詰まっていた。
     物資が少ない中でのお茶会はさもしいが、互いにささやかなプレゼントを贈り合い、賑やかな花を咲かせていった。

    「次は、リシテアちゃんの番だね。何かほしい物ある?」
    「お気持ちだけで十分ですよ。ちょうど行軍ですし、みんなの無事が何よりの贈り物です」
    「そんなこと言わないで、あれがほしいとかこれがほしい~とか言って良いと思うよ。その方が、お互い気が楽になる時もあるからね!」
    「そう言われても……すみません、思い付かないです」
    「いいよ、いいよ! リシテアちゃんが好きそうなの考えておくね。何か見つかったら教えてね!」

     一刻も過ぎれば、誕生会は終わりを迎え解散となった。
     終わり際にヒルダから自分の誕生日の話をされて、リシテアは喜んだ。何でもないよくある会話でも、来る日への期待を膨らませ、励みになっていく。
     お茶会後、研究のために書庫へと向かっていた時に、ふと思い出した。
     自分と同じ天馬の節生まれの者を──。

    「……余計なお世話でしょうか」

     こんな時に誕生日だなんて呆れられるかもしれない。くだらん、と一蹴されてもおかしくない。
     でも……それならそれで良い。色々言っても、好意を無碍にしないだろう。
     目的地に着いて、魔道や紋章の本を選びつつ、料理本の棚にも足を向けた。


     物資は少ないが、近隣の村から調達、教会への支援、温室や貯水池のおかげで、最低限の材料は揃えれた。栄養豊富な魚や肉は節制を求められるが、それ以外の品は制限された範囲なら使用許可が出ていた。

    「卵と小麦粉。お砂糖はこれくらいで……。ふう……貴重なお砂糖が、少なくて済むのは助かりますね」

     どんな食材も大事な資源であり、無駄にする余裕はない。
     厨房で材料の確認をして慎重に計り、ボウルに入れてかき混ぜていく。
     ──お菓子作りは久々だが、実家で何度か作っていたのでそれほど腕は落ちていない。
     お菓子作りが趣味のリシテアではないが、物資が乏しい中では、買い付けるより自分で作った方が効率が良い。甘いものを摂取したい折に幾度か臨み、家の侍従からアドバイスも受けていたため、慣れたものだ。
     戦時中において、砂糖は貴重だった──。彼女好みの甘いお菓子は贅沢品で、甘さ控えめの素朴な物しか作らざるを得なかった。

    「こんなところで活かされるのは、腑に落ちませんが……」

     ボヤきながら手早く成形し、焼成に入る。節制の中で考案したレシピは、ガルグ=マクでも調理可能なのは助かった。
     厨房の窯に火を灯して、温度を確認していく。今になっても窯の癖や焼きムラを覚えていることに驚いていた。
     ……赤くなっていく炉を見つめていると、学生の時の思い出が蘇っていく。
     あの頃は、戦争が始まるとは夢にも思っておらず、暢気な日々を送っていた。様々な思い出はあれど、戦時中で五年も経てば、あってないようなもの。あまり話したことのない学徒や先生は、顔も思い出せない。……そう考えると、少しだけ胸が痛んだ。

    「今更、どうこうする気はないのですが……」

     甘酸っぱい感傷は、焼かれていく生地のようにリシテアの心をじわじわ焦がしていく。
     あのまま、戦争が起きなかったら、どうなっていたのだろう?
     そう考えたことは一度や二度ではない。そして、思い返す度に、何を考えているんだか……と、呆れた自分が自嘲する。
     あれから五年経過したということは、猶予も五年過ぎたということ。予断も許さぬ現在の状況で、花を浮かせるほど彼女は夢見がちではない。むしろ……月日が経てば経つほど、渇いた現実と向き合っている。

    「誕生日くらい祝ってあげますか」

     いつ潰えてもおかしくない中での存命、無事に生誕の日を迎えるのは喜ばしく、戦時中の渦中では大きな意味を成す。
     それに……もう、祝う機会はないかもしれない。
     年に一回の日は、リシテアには片手で足りてしまう。

    「できる時にしておかないと後悔しますからね」

     焼き具合を見る瞳は、どんな未来を映しているのか──。


     少量の材料であるが、幾つかの菓子が作れた。クッキー、パウンドケーキ、マドレーヌといった焼菓子セットの具合に。
     どれも節制したレシピで作成したので、甘さ控えめの少ない量だ。
     砂糖を減らしている分、膨らみや食感は落ちているが味は悪くないはず、とリシテアは自分に賛辞を送った。
     見映えを整えたら、あとは食堂なり訓練所なり、何処かで待ち伏せて渡せば良い。そう思い立って、自分の部屋を出た。

     ──再会してからは、それほど話していない。
     顔を合わせた程度で、お互い別のことが気がかりで、のんびりする余裕がなかった。
     何しろ、亡くなったと聞いてたディミトリが生きており、あのように変貌していたのだ。気にしない方が無理だろう。長い付き合いの者にとっては、特に……。
     リシテアもガルグ=マクに来てから忙しなかった。
     フォドラ中の本を集めたと言わしめる蔵書、紋章学の父と呼ばれる者の研究室は、彼女の興味を尽きないでいた。軍議や自己訓練以外の時間は、紋章の研究に充てていた。
     目的は、自身の紋章を消す方法について……。

    「戦争がなければ、もう会うこともなかったんでしょうか」

     食堂の一角に座って、ぽつりと呟く。誓って現状を歓迎しているわけではないが、あのまま何事もなく卒業して、みんなと再会できたかと考えれば疑問だった。
     おそらく、コーデリア家は今より早く爵位を返上し、分割割拠していた。そうなれば、彼女はただの平民で、価値はないに等しい。貴族と平民には大きな隔たりがある……交わることは稀。
     そう、元々様々な理由で無理だった。今しようとしていることも無意味で、時間の無駄かもしれない。
     でも……それでも良いかな、と前向きな自分がいて、ちょっと嬉しかった。時間がなくなってきた分、思い切りがよくなったのかもしれない。
     ──栓なきことを考えている間に、目当ての人物が向かいの入り口からやってきた。

    「待っていましたよ、フェリクス。この時が来るのを」
    「……相変わらず騒々しいな、お前は」

     勢いよく声をかけると、呆れた様子で返される。
     彼の五年前と変わらない応対に安堵した。

     お菓子を糧食と言われたり、よくわからない感謝をされてしまうが、リシテアはめげなかった。これくらいなら、まだ許容範囲だ。

    「ふふっ、お菓子に目覚めたのは良いことです」
    「そうか。……そう言えばお前、今日は菓子を口にしていないんだな」
    「いつも食べてるわけではありません! もしかして、欲しかったんですか?」
    「……まあ、お前の作る菓子ならば、食べてもいい、とは、思っていたが」

     予想外の色良い言質が取れて、リシテアは笑みを象る。

    「……ふふふ、まったく、しょうがない人。素直にちょうだいって言えばいいのに!」
    「はあ……」
    「じゃあ、今日はこっちの新作をあげます。あんたのために作ってあげたんですからね」

     強引にお菓子を押し付けると、フェリクスは嘆息して受け入れる。諦めたと言った方が正しいかもしれないが、久方ぶりのリシテアのお菓子は悪い気はしなかった。
     ……五年振りか? と、頭に過って士官学校の時を思い出していった。うろ覚えになっているが、彼女と過ごした日々は忘れていなかった。碌な目に遭わなかったな……と、余計なことまで思い出してしまうほどに。

    「何だって、今頃に」
    「何を言ってるんですか。今日は天馬の節の二十日ですよ。誕生日といえば、お菓子じゃないですか!」
    「……ああ。そういえば、そうだったな」
    「忘れてたんですか!? ……そんな気はしてましたが」

     自身の誕生日への拘りが薄く、行軍間近のせいもあって、フェリクスは失念していた。今朝方、先生にお茶に誘われたことを思い出して、そういうことかと納得した。

    「よく覚えていたな」
    「記憶力は良い方ですし、わたしと同じ節だから覚えますよ。さあ、あんたのお誕生日祝いなんですから、ちゃんと食べてください! 主役なんですから、さあ、さあ!」
    「……俺は子どもか」

     誕生日祝いと言われて、断る理由はない。甘いもの嫌いは未だ残ってるが、リシテアのなら悪い気はしない。
     ……いや、なんだかんだで、喜んでいることにフェリクスは気付いた。物資の少ない状況で菓子を作るのは容易でない、と疎い彼でも理解できた。

    「感謝する」
    「ふふっ! あんたも少し素直になりましたか?」
    「甘いものという俺の弱みが消えただけだ」
    「もうっ! 屁理屈ばかり言うんですから」

     リシテアに言われたくない……と思うが、せっかくの好意を無碍にしては何だ。見えてる地雷は踏まないに限る。
     急かされてラッピングされた箱を開けると、色々な焼菓子が入っていて驚いた。どれも香ばしい狐色の食べ頃サイズで甘さ控えめなのだろうと察せれた。

    「大変じゃなかったのか?」
    「そうでもないですよ。作ったことある物だから慣れてましたし。まあ、少ない材料で作ったので味はちょっと落ちてますが……」
    「構わん。俺には良し悪しがわからん」
    「あんた、それ褒めてないですからね」

     変わらない失礼発言だが、食べる気はあるようなのでリシテアは溜飲を下げた。
     「悪くないな……」とか「……こちらもなかなか」などの美味しいと言わない感想だが、甘いもの嫌いのフェリクスが自分の作ったお菓子を食べるのは感慨深かった。
     そう思うと──懐かしい想いが蘇って、心がざわめいてしまう。望んでいないのに。

    「これに慣れたら、もっと甘いほうが良くなってくるはずよ! もしそうなったら、わたしと同じお菓子を食べて、至福の一時を一緒に……!」

     つい気持ちのまま、リシテアは願望を口にしていた。
     ハッと我に返って、慌てて誤魔化すが、フェリクスはやはり気付いていない。

    (わ、わたしだけ、昔の気持ちになってて、馬鹿みたいじゃないですか……!?)

     頬を染めて墓穴を掘るリシテアを不思議そうに見つめる。その様子も、彼には懐かしく思えた。

    「ちゃんと食べましたね。いいでしょう、合格です! あんたの甘いもの嫌いが治ったようで安心しました!」
    「お前のなら食えるからな」

     なんで、そういうこと言うの?! と、鼓動が跳ねながらもリシテアは負けじと張り合う。

    「コホン……。お菓子が食べたいのなら、また作ってあげても良いですよ? わたしと一緒に、至福の時を過ごすのならですが」
    「……そうだな。それも、良いかもしれん」

     ──えっ? 嘘でしょ?!
     フェリクスに承諾されて驚く。
     いや、おかしい! だって、今までこんなことを言っても「そこまでじゃない」とか「別に良い」とか、何とか言って拒否していた。承諾されたことは一度もないはず!
     なのに、なんで今になって……!? 五年経った今にそんなこと言うの? そんなにお菓子好きじゃないでしょ!

    「ど、どうしたんですか?!」
    「なにがだ」
    「えっ! あの、その……毎回断ってたじゃないですか」
    「そうか?」
    「ん〜〜〜もうっ! なんですか、あんたは! 知らない間に勝手に心変わりしないでください!」

     理不尽な言い掛かりにフェリクスは面食らう……。
     散々甘いもの嫌いを信じられない、おかしいと言っていたのに、お菓子を拒否しなかったらこの言い様である。あまりに理不尽。

    「菓子が食えるようになったら嫌なのか、お前は……」
    「そ、そういうわけじゃないです! 嬉しいんですけど……予想外と言いますか、何も今じゃなくても……って」
    「理解不能だ」
    「わたしだって、理解不能ですよ! そんなこと言われたら、また頑張りたくなるじゃないですか! ……終われなくなるじゃないですか」

     最後の一言は、小さくて誰にも届かなかった。嘘偽りのない本音は予想を上回り、混乱の種になっていく。
     フェリクスにはリシテアの動揺がわからない。

    「お前の言い分はさっぱりわからん。だが、悪くなかった」
    「それなら……良かったです」
    「今までは興味がなかった。……お前の中では、誕生日に菓子が付くのか?」
    「ええ、そうですけど」

     それが何か……? と頭に浮かぶ。フェリクスには縁遠いだろう。自分の誕生日にも興味が薄いのだから。

    「なら良い。お前の菓子なら構わん」
    「ん?」
    「お前のやり方に付き合ってやる。甘くなければ食える」
    「は、はあ……」

     どういうことですか? またリシテアの頭に疑問符が付く。フェリクスの分かり辛い言い回しを何とか噛み砕き、解読していった。

    「わたしのお菓子で祝ってほしい、ってことですか?」
    「……そういう言い方もできる」
    「あら、すっかり虜になったようですね。ふふふ、しょうがない人です!」
    「…………」

     仏頂面になっていくフェリクスを見て、笑みが零れる。
     同時に──心臓が煩くて困った。

    「なんですか、来年もわたしのお菓子で祝ってほしいのですか?」
    「そうなるな」

     揶揄い口調で訊くも、息を呑む反撃をもらって、ますますリシテアは動揺していった。
     嬉しい! そんな風に思ってくれると照れてしまう!
     でも……それは望んでいない。前みたいにお菓子を通して、話をする関係に戻りたいと思っていない。
     五年も月日が経っている……。以前の想いはとっくの間に無くなったはずだし、掘り返したいとも思っていない。
     だから、今になって戻ってきても迷惑! もう時間がないのに──!


    「……どうかしたのか?」
    「…………え?」

     急に沈んでいくリシテアが気になって声をかけると、目を泳がせて顔を背けた。不審に思わないはずがない。

    「具合でも悪いのか?」
    「い、いえ……そんなことないです。少し、驚いてしまって」
    「お前の体調管理は当てにならん。死なれては困る」

     フェリクスにしては強めな言い方だが、ささいなことが命取りになる戦時中では大袈裟でもない。リシテアの身を案じているからこそだと、彼女も理解した。
     ……理解してしまうから、さらに胸に棘を刺される。

    「そうですね、すみません……。少し、疲れたかも」
    「倒れられたら迷惑だ。部屋まで送る」
    「えっ?! い、いいです、そこまでしなくて! 具合が悪いわけじゃないですから!」
    「お前のは当てにしない」

     強引に促されて、リシテアは慌てる。具合が悪いわけではないのだが、うまく説明もできないので大人しくフェリクスの言う通りにした方が、利口だろう……そう考えた。
     未だ気持ちは揺れているが、急展開な現実に意識が向かうのは幸いだった。

    「すみません……せっかくの誕生日なのに」
    「忘れてたくらいだ、気にするな」
    「あんた……変わりましたね」
    「それは、お前の方だろ」

     背は伸びたし、顔立ちは大人っぽくなった。立ち振る舞いは貴族の令嬢らしく、ほんのり甘い香りがする。年相応の女性になって、子どもっぽさはなくなった。
     けれど、どうしてか。──時々、儚く見える。戦時中の最中だからと思うが、何か違う気がする……。

    「お前は……変な顔をするようになった」
    「……それって、どういう意味ですか」
    「今はしていない。しない方が良いが」
    「あんたのそういうところは変わってませんね!」

     不満そうに拗ねるリシテアに安心する。そうやって感情を露わにしている方が良かった。
     フェリクスはリシテアに対して、ディミトリと似た雰囲気を時々、うっすら感じていた。昔馴染みを気にするあまりに、そう見えてしまっている……と、都度思っている。
     再会して顔を合わした回数は両手で足りるのだから気のせいだろう、と。
     けれど、どこか納得できずにいた。思い詰めたかのような暗く潜んだ影は、日に日に濃くなっている……そう感じてしまう。


    「──リシテア」

     部屋の前に着くと、徐に名前を呼ぶ。

    「何ですか?」
    「お前の誕生日はいつだ」
    「ああ、八日後です。天馬の節最後の日ですよ」

     二十八日……。そういえば、聞いた気がする。冬生まれなのは、うっすら覚えてた。

    「お祝いは良いですよ。ちょうど行軍ですし、みんなの無事が何よりの贈り物ですから」
     フェリクスが口を開く前に、リシテアは言葉を被せ、先回りする。彼女の言う通り、その日は此処におらず、灼熱の谷へ向かっている。
     今日みたいにお菓子を交えて、祝うことはできない。

    「別に後でも良いだろ」
    「気にしなくていいです。あんたは、他にすることや考えることがあるでしょ? 余計なことを考えて、足元掬われたら元も子もないですよ」

     気を使って言っている、と後になってわかった。
     だが、今は癪に触った。

    「余計なことじゃないだろ!」
    「っ?!」

     思わぬ怒声に両者共に驚く。
     リシテアよりもフェリクスの方が驚愕して、茫然とした。

    「…………悪い」
    「いえ……。あんたも疲れてるかもしれませんね」

     聞かなかったことにしてくれるリシテアをありがたく思うが、このまま何も言わずにいるのは虫の居所が悪い。
     空気なんか気にしないと言わんばかりに、フェリクスは蒸し返した。

    「嫌な言い方をするな」
    「……嫌な言い方ですか?」
    「自分を余計だなんて言うな。お前は、もっと図々しくて面倒なのに……遠慮して気味が悪い」
    「あんたが、わたしのことをどう思ってるのか、よくわかりましたよ!」

     思わず、カチンときてしまう。だが、彼の言いたいことは察した。
     変なところで鋭いから困る……わたしのことは気にしなくていいのに。また心が騒がしくなってしまう。
     ふと、思い出した──。あれがほしいとかこれがほしい、と言っても良いと。お互いにとっても……。

    「わかりました。そこまで言うのなら、わたしの欲しいものを言わせてもらいます!」
    「……ああ」
    「そうですね、誕生日といえばお菓子です! わたし好みのたくさんのお菓子と甘いお茶が良いです。蜂蜜漬けの果実茶とかアップルタルトとかベリー盛り沢山のブルゼンとか!」

     聞いてるだけで胃がもたれそうな要求を連ねていく。
     リシテア好みのお菓子は、今はそうそう手に入らない……。ましてや、たくさんだなんて贅沢の極みだ。

    「随分多いな」
    「ええ、お菓子が無いと至福の時が楽しめませんから。──フェリクス、わたしにたくさんのお菓子をください」

     無理な願い事だ。今すぐ戦争が終結しても復興やら後処理やらで、資源の供給はままならない。貴重な砂糖をふんだんに使うお菓子は二の次、三の次で、他の食糧を優先すべきだ。
     甘いお菓子を用意できるのは、いつになるかわからない。誰が聞いてもそう思うだろう。

    「わかった。約束する」

     フェリクスは承諾した。途方もなく、彼には価値のない物を贈ると。

    「ええ、期待してます。紅茶にはミルクも付けてください」
    「注文が多いな……」
    「わたしは図々しくて面倒で厚かましいのでしょ? あんたの望み通りにしてあげましたよ!」
    「……そこまで言っていない」

     以前のような他愛のない会話にすり替わっていった。
     それで良い。いつかの戯言は、今は生存する理由になる。
     明日はいつ消えてもおかしくない。だから、終われない理由が生きる糧になり得た。
     ずっと遠くに見えて、手にすることができない蜃気楼な約束の方が……ちょうど良い。いつまでも夢に浸れるから。


    「ふふっ、祝ってくれないと化けて出てあげますから!」
    「自分が幽霊になるのは良いのか?」
    「えっ、そ、それは!? ……も、ものの例えです! おばけになるのが怖いなんて、思ってないですから!」
    「…………そうか」

     リシテアのおばけ嫌いが変わっていないのを知ると、フェリクスの口角が緩んでいった。
     化けて出るより、生きていてほしい。約束の日まで、どうか翳りのない良い顔で生を送ってほしい。
     知らない彼にとっては、ささやかな願いだった。
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