ハピバレ バレンタインデー。
本命チョコ、義理チョコ、友チョコ、家族チョコ……などなど様々な名称を付けて、チョコを贈らせるお菓子屋の陰謀が浸透して、数十年経た現代。未だ衰えない慣習は、新たなチョコ菓子が生まれる日であり、娯楽の一環になっている。
そんな風習のバレンタインデーを控えたとある日のこと。
「あんたって、どんなチョコがいいんですか?」
「好きなのはない」
「王道のトリュフやガナッシュあたりですか? わたしは、ザッハトルテとかフォンダン・ショコラがおすすめなんですけど!」
「……理解できん」
チョコレート特集のお菓子レシピ本を見て目を輝かせるリシテアをフェリクスは、げんなりした様子で見やる。温度差が激しいが、これは二人にとって日常である。
「俺がチョコを好きそうに見えるか?」
「いいえ。でも、そろそろチョコも良いと思います。最近はカカオ成分多いチョコやビターよりビターなチョコも出てきましたし。……わたしは、あんまり好きではないですが」
「なんだ、急に?」
「急でもないです! 今は二月です! 二月はバレンタインデーがあるじゃないですか、わたしの誕生日も!」
俺も二月生まれだが……と思うも、ややこしくなりそうなので黙った。
目を輝かせて語るリシテアとは対照的に、バレンタイン? ナニソレ……? と、首を傾げるフェリクス。
甘いもの好きには、色とりどり多種多様の珍しいチョコが並べられる嬉しい日だが、甘いもの嫌いにはどうでもいい日である。
「ノリが悪いですね……。年に一回のチョコの日ですよ!」
「年に一回だか知らんが、俺には関係ない」
「そんなこと言うけど、今までチョコ貰ったことくらいあるでしょ! アネットとかイングリットとか」
「…………あったか?」
それすら思い出せない返答に、リシテアは更にブー垂れる。まあ、心底どうでもいい日なのは伝わる。……誤解のないように言っておくが、フェリクスの甘いもの嫌いを配慮して、チョコの類を渡していないから記憶に薄いのである。
ともあれ、甘いもの大好きな者からすれば、信じられない話で到底理解できなかった。
「……よく今まで生きていけましたね。信じられません」
「問題なく生きていける」
「有り得ません! チョコの美味しさを知らないなんて可哀想過ぎます。……し、しょうがないですね! わたしが、あんたにチョコの美味しさを教えてあげましょう!」
「別に要らん」
といった感じで、お菓子布教をしていくのも日常である。
噛み合ってないようで噛み合っているのか不明な関係は、数ヶ月に及んで久しい。ちなみに彼らが話をしている場所はリシテアの一人住まいのマンションの一室である。
別に二人は付き合ってない! 付き合ってないが入り浸っては話したり、食事をしたり、お菓子を食べたりしている。なんだそれ。
「というわけでリサーチです。この中で、どれが食べたいですか?」
「ない」
「でも、チョコって難しいんですよね……。テンパリングや温度調節に、コーティングとか砂糖の配合とか、色々気を配らないといけないんですよ……」
「話を聞け」
チョコ特集のレシピを押しつけて、無理矢理フェリクスに目に入らせるようとするリシテア。
どれを見ても胸焼けしそうで、頭を抱えたくなった……。
「どれも同じだろ……」
彼からすれば、全部同じものに見えた。当然ながら返答が不満で、リシテアはますますムッとする。
「そうですか……なるほど。あんたは、この生クリームとマカロン添えのチョコレートケーキとマシュマロ入りホットチョコレートがいいんですね? わたしは好きですよ!」
「……ナッツが多いやつ」
「チョコフロランタンですか? いいですね〜!」
最初からちゃんと選んでください、と目で訴えながらリシテアは頷く。お菓子のことになるといつになく饒舌で、押しが強くなる……。
彼女の付き合いには慣れてきたが、ため息が出てしまう。
「レシピによっては材料揃えるのも大変なんですよ! ちゃんと答えてください」
「そうまでして作らなくていいだろ……」
「あんたは、わたしが作った物じゃないと食べないじゃないですか。バレンタインデーにチョコ食べないなんて、あり得ませんから!」
「……お前も食うのか」
もちろんです! と、即答するリシテアは清々しかった。チョコの祭典で彼女が楽しまないわけがなく、お菓子のイベントには全力で乗っかるのが礼儀だ! ……礼儀なのか?
「大体、男子のあんたの方が気にするものじゃないんですか、バレンタインデーは?」
「そういうのは、俺じゃない奴に言え」
「シルヴァンはたくさん貰えると思うけど、怪しげなのも混ざってそうですね……」
「ああ、髪の毛が入ってたり、妙な液体が入っていたとかは聞いたな」
「……期待を裏切らない人ですね」
互いの脳内に浮かんだ軟派な男は、笑顔で頬を掻いていた。毒入りでも生きていそうだな……と、思い合って話は続く。
「あんたのは決まりましたけど、クロード達の分も買いに行かないといけませんね。イグナーツとラファエルは何でも良さそうですけど、ローレンツはうるさそうなんですよね」
「他にもやるのか?」
「ええ。同じクラスですし、お返しに期待できそうですし!もちろん、ヒルダやマリアンヌやレオニーにもあげますよ」
「……そうか」
なんとなく面白くない……ちょっとモヤる。
レシピ本を眺めてたリシテアは、彼の不満そうな表情は見えていなかった。
「作るのか?」
「いえ、あんたの分だけですよ。たくさん作るのは大変ですから。チョコは難しいですから……」
「……」
「既製品も美味しいですし、パッケージも特別仕様で色々なチョコが並ぶんですよ。みんなで選ぶのも楽しいですし!」
面白くはないが、自分のは違うと聞いて溜飲を下げる。
既製品のお菓子は、甘くて口に合わないフェリクスだから必然であるが、特別感を感じるのは悪くない……らしい。
それはそれとして、他の人にチョコを渡すのは気持ちがよくないが……。
「チョコはいいのか……」
「何がですか?」
「何でもない」
フェリクスが流れと付き合いで他の女性とお茶をしたのを知ったリシテアが、しばらく口を聞いてくれなかったことが少し前にあった……。そのことを思い出して、理不尽な思いが湧き上がったが、言うのは癪なのでグッと飲み込んだ。
──もう一度言うが、二人は付き合ってない。
付き合ってないので、誰とお茶しようがチョコをあげようが問題ない!
「もう夕方ですね。あんたは寮のご飯ですか?」
「そうだな。うるさいのもいないだろうから」
「わたしの家を避難所代わりにしないでほしいですが、買い出しに付き合ってくれるなら許してあげます!」
「人使いが荒い」
そう言いながらも、ちゃんと付き合ってくれるのである。
フェリクスがリシテアの家を知ったのは偶然だが、意外と歓迎されており、学校からも寮からもほどほどに近い。
そして何より、寮にいると幼馴染の突然の訪問や呼び出しなどで静かに過ごせないことが多く、都合が良かった。
見返りに買い出しや食事の手伝いをさせられたが、大して苦ではなかった。放っておくと、彼女の食生活がヤバそうだったのもあるが……。
「寮生活は憧れてたんですけど、今も悪くないですね」
「定員オーバーだったか?」
「ええ、そうです。わたしは飛び級ですし、入学も半年遅れなので部屋が空いてなかったんですよ」
「……そういえば、飛び級だったな」
「あんたくらいですよ、それを忘れてるの」
年下のリシテアは、優秀のため飛び級入学しており、入学時は騒がれて、注目を浴びた才女だった。人並み以上の尊敬と敬遠をされていた際にお菓子を通して、フェリクスと知り合った。ちなみに、まだ未成年のため飲み会はソフトドリンクのみ。
「一人暮らしも悪くないんですけど、買い物や食事が大変なんですよね」
「お前は放っておくと菓子しか食わないだろ」
「ふふっ、お菓子は主食ですから!」
「……体壊すぞ」
他愛のない話をして、平和な時間を過ごていった。
そして、迎えたバレンタインデー当日。本年は平日なので、通常通りの授業がある。
学科も違うフェリクスとリシテアは、本日の授業に被りはない。さらに言うと、この日の彼女は、最後の時限まで講義が入っている。前日の夜にLINEが来ており、『わたしの講義が終わったら家に来てほしい』と、記されていた。
正直に言おう、どうかと思うぞ!
それは、さすがのフェリクスも思っていた。二月はまだ冬、陽が落ちるのは早い。最後の授業が終わって、家に行ったら確実に陽が暮れている。
何度も家に訪問して一緒に過ごしているが、夜遅くならないようにはしていた。……遅くに帰って、寮にいる勘の良い幼馴染に見られたら何を言われるかわからない。
(今更だが、警戒心なさ過ぎないか……)
本当に今更ながらの思いを渦巻きながら、粛々と講義を受けていった。
フェリクスは午後の一限を受ければ、今日は終わりなので手持ち無沙汰になる。チョコを受け取るだけなら早い時間の方がいいんじゃないのか……? と、考えていた矢先。
『見て見て〜!』と、軽薄な旧友から大量のチョコのLINEが届いた。いつものくだらない内容だが、貰ったチョコの贈り主の名前の中に──リシテアの名前があった。
つい『うざい』と送って、スマホを消す大人気ない行動を取ってしまうフェリクス。即座に『こわっ!』、『貰えなかったのか~?』とか『分けてもいいぜ〜! どうせ義理だし』と、自慢とも慰めとも取れる返事が来たが、全て既読スルーした。
チョコがほしいとは全く思っていないが、リシテアが他の人に贈ったのを知ると、何故か腹が立った。義理チョコを買いに行く話は聞いていたし、実際にお返し目当ての義理なんだろうが……まっ、イラっとする時はする!
(俺が先生とお茶したら、散々言ってきたくせに!)
やましいことは一切ない。至って健全で、授業の話をしただけなのだが、知られてからしばらく不機嫌で口を聞いてくれなかったリシテアへ不満が募った。
『あんたは、わたしとはお茶に行かないんですね?』とか『へぇ、そうですか〜! あのお店、美味しいケーキ出すんですよね。食べたんですか? 甘いもの嫌いな、あんだが?』とけっこう言われて、機嫌直しに四苦八苦した記憶が蘇る。
フェリクスの怒りは、十分理解できる……。リシテアのささやか(?)な嫉妬だと気付く知識と経験がないので、理不尽ばかり募ってしまう。
……というわけで、湧き上がる謎の苛立ちによって、彼女に連絡するのは一時断った。約束の時間まで構内で潰しには有り余るので、一旦学生寮に戻ることにした。
その間に、女性陣にチョコを贈られたが、甘いものは好かんの一点張りで、全ての贈り物を一蹴した。本当に要らなかったので他意はないが、どうかと思う気もしなくもない……。
同じクラスのアネットやメルセデスのは受け取ってもいいかと過ったが、結局断ってしまった。あとで面倒くさいことになったら困る、という危惧があって……。
寮の自室で一息ついた途端に、ドアは轟音を立てて開け放たれた。授業時間を把握している幼馴染によって……鍵を閉め忘れてたのを後悔した。
「よお、おかえり! 寂しいかと思って、チョコの宅配にきたぜ!」
「思っていない。帰れ」
「まあまあ、こんなにいっぱい貰っても困るし、女の子達もみんなで食べてね! って感じでくれたから、気にすることないぞ」
「要らん」
言われても素直に聞かないのがシルヴァンだ。華麗にスルーして、貰ったチョコを勝手に広げていった。
彩とりどりのラッピングされたチョコが陳列されるが、明らかに義理ばかりだった。
「この辺かな。あーあと、これはヤバそうだな……変な匂いがするから呪いか、何か入れてるか?」
「経験が物を言うな」
「いやーモテるのも困りもんでさ〜! 黒魔術の類は遠慮したいかなー」
笑いながら言っているが、普段の素行を鑑みれば苦笑するしかない。だいぶ良くなったのだが……まだまだ。
「好きなの選んでいいぜ」
「だから、要らんと言っている」
「これがヒルダで、赤いのがドロテアちゃんで、紫がベルナデッタ先生、この黄色いのがリシテアだったかな」
並べられたチョコの一つ……小さな黄色の箱が、彼女が贈った物らしい。見てわかる既製品で、派手なラッピングは量産品のそれだった。リシテアが選別しただけあって、チョコの名店のバレンタイン物(義理)なのだが、そこまでは知る由もない。
「……じゃあ、それを置いてけ」
「お前って、わかりやすいよな。幼馴染の俺としては、嬉しいやら寂しいやら心配やら嫉妬は醜いやら」
「何を言っているのか知らんが、その妙な目はやめろ!」
「はいはい。黄色いのは置いていきますよ! ディミトリもイングリットも気付いてないから安心しな。……全然気付かなくて、心配になるくらいで」
「何がだ?」
目敏いシルヴァンは色々と察していたが、口には出さず例の義理チョコを残して、フェリクスを見遣る。
これまで恋とか彼女とか縁遠かったが、ようやく春を迎えて嬉しく思う反面、絶対何か失敗する。てか、もう失敗している! という確信があり、聞きたくてウズウズしていた。
「何かあったら相談に乗るぞ。俺とお前の仲だし、俺の経験値は圧倒的に高いからな!」
「お前の経験が当てになるか」
「そうか〜? 俺、女の子の機嫌取るのはわりと得意だぞ。怒らせた相手を鎮める方法とかさ」
「……必要ない」
もう少し前に聞いておきたかった、と思い返すフェリクスだった。……それでも言わない可能性の方が高いが。
顔を顰める様子を見て、もう手遅れだったか……と、シルヴァンは悟っていた。
リシテアの義理チョコを回収して、しばらくしてから部屋を出た。時間に余裕があるが、夕飯の時間帯に外へ行くのは何かと面倒なことに巻き込まれやすい。この辺が、寮生活の弊害だ。
適当にブラついて時間を潰すが、バレンタイン当日は何処へ行ってもハートやチョコや赤やピンクの何かでディスプレイされており、フェリクスはげんなりした。甘いもの嫌いには、胃がせり上がってくる錯覚に襲われるようだ……。
埒があかないと判断して、大人しく学校内に戻って、リシテアからの連絡を待つことにする。まだ合鍵は持っていない。
構内にいた学徒達のチョコの受け渡し現場を見たりもしたが、彼には薄気味悪く見えた……こう思うのは失礼なことなのだが。
来年から二月十四日は休講しよう! と決めた矢先、授業が終わった旨の連絡が入った。やっと終わったと安堵したフェリクスは、場所を聞いて迎えに行く。他意はない。
「なんで、あんたそんなに疲れてるんですか?」
「……色々だ」
「バレンタインデーにそんな顔しないでください! 幸せが逃げますよ」
「お前は、幸せそうだな」
ふふんと胸を張って『チョコの日ですから!』と嬉しそうにしてるリシテアは、フェリクスとは反対で生き生きしてた。
鞄に入ってる貰った様々なチョコを見せて、目を輝かせて帰り支度をしていく。
……ところで、教室に残っている生徒はまばらだが、二人の姿を見つめる者はちらちらいる。そんな視線はお構いなしで教室を出て行き、ひそひそとネットの海を中心に情報が飛び交っていった。
ようやく……の時間は経っていないが、フェリクスからすれば、やっとリシテアの家に着いた。
さっさとチョコを貰って帰ろうと考えていたのが、それがありありと態度に出ており、不満そうだった。
「なんですか! その『用が済んだら、さっさと帰ろう』としている感じは!」
「そう思ってる」
「あんた、わたしが丹精込めて作ったチョコを何だと思ってるんですか! もうちょっと喜んだらどうなんですか!」
「場合による」
さらにリシテアはヒートアップして、あれこれ言って照れ隠しの乙女心を炸裂していったが、そういった機微に気付けない相手には伝わらない……。
フェリクスも彼なりに誠意を見せているのだが、こちらも伝わらないでいた。暗くなってから女性の家に滞在するのは居た堪れないもの。奔放な幼馴染の影響か、モラルは高い!
「さっきから、ずいぶん歯切れが悪いですね。──わたしに隠してることでもあるんですか?」
「なんで、そういう考えになる……。その目はやめろ」
「どういう目ですか! そんなことないです!」
あからさまに訝しんでるリシテア。
ジト目を送る彼女のご機嫌は急降下中で、これはフェリクスも困る。面倒だ……と思いながら言葉を探す。
「その……お前だって、女だろ?」
「はぁ? 何言って……ああ、そういうことですか。今更な気がしますけど?」
「平然だな」
「そこまで不用心じゃないですよ。これでも人を選んでいますから。あんた以外を呼んだこともないですし、此処は学校から離れてますから」
意外とリシテアの方が理解していた。仕方ないですね〜と呟いて部屋に入り、すぐに玄関先に戻ってきた。
用意していた紺色の包装紙と白いリボンでラッピングされた箱を携えて。
「そういうことなら無理に言いません。ちゃんと味わって食べてくださいね!」
「わかった」
「感想も言うんですよ。といっても、チョコはあんまり自信ないんですが……」
「お前のなら問題ないだろ」
「問題ないと美味しいは全然違います!」
美味しいと言ってくれなきゃ意味がない。何のために難しいチョコ作りに挑戦して、たくさん試行したと思ってるんですか! と、うっかり口から滑らせかける。
無理矢理平静を装うリシテアだがバレバレで、顔は赤く染まっていた……。もう明らかにアレでソレで、誰が見ても本命チョコってわかるのだが、気付かれることはない! フェリクスだから。
「ま、まあ、わたし以外のチョコも貰ってるでしょうけど、早めに食べた方がいいですよ! 日持ちしませんから」
「貰ってない」
「……え?」
「渡されはしたが、受け取ってない」
……何を言っているのか理解できなかった。一呼吸置いて、彼の言葉を反芻して脳が把握した。
「えっ、ええええぇっ!? そんな! ハッ……もしかして、アネットやメルセデスからのも断ったんですか?!」
「ああ」
即答するフェリクスに『信じられない!』と、リシテアの叫び声が木霊する。お菓子作りに定評のある二人のチョコを断るのは、彼女には理解し難い行為だった。
「なんで断ったんですか?! 絶対に美味しいのに! わたしがほしいです!」
「菓子は好かん。お前のだから食えるだけだ」
「だからって! こ、断らなくてもいいじゃないですか?」
「食えぬ物を貰っても困る」
「そ、そうですか……!」
さらに顔を朱色に染めて、頬が緩んでいくリシテア。自分以外のチョコを受け取らなかったと聞けば、誰もがこのような反応をするだろう。フェリクスのことだから大した意味はない、とわかっていても!
「顔が赤いが、具合でも悪いのか?」
「そそ、そんなことないです! べ、別に嬉しいとか思ってません!」
あからさまな態度でも、やはり気付かず疑問符を浮かべる。チョコよりも甘い空間が出来上がっているのに、当人は露知らず……よくある。
「ついに、あんたもわたしのお菓子の虜になりましたね! その調子で甘いものを好きになってください」
「俺はお前のが好きなだけで、甘いものが好きなわけではない」
「……もうっ! あんたのそういうところがずるいんです! 恥ずかしいことばかり言って、恥ずかしくないんですか!」
「何がだ?」
限界を迎えたリシテアに背中を押されて、フェリクスは追い出されてしまう。真っ赤な林檎は、ちゃんと食べるように念を押してからドアを閉めた。
唐突に追い出されて、首を傾げながら帰路に付く。唯一のチョコを持って──。
ハッピーバレンタイン!
「……で、進展なしなの?」
「チョコを貰っただけで、何を言ってる?」
「いや、お前が受け取ったことに意味があるというか、そこまでされて気付かないの? っていうか、いつまで続くのこの状況? って感じなんだけど」
寮の食堂で、シルヴァンに問い詰められてもフェリクスはしれっと食事を取っていった。
「もう言っちゃうけど、クロードもヒルダにも呆れられてるんだよ、君達。全然進展しなくて」
「さっきから何の話をしている?」
「お前らしいんだけどさー、こっちがいくらお膳立てしてもスルーに不発にシカトでなんなの、ほんと……」
本日も進展なし。