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    kochi

    主にフェリリシ

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    kochi

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    誕プレ! バレンタインデーは過ぎた。無事に終わった、よし!
     あとは三月になったら、それとなーくホワイトデーを催促すればいい! 言いやすい状況を作れたし、お菓子のイベントだから違和感もない。
     ……そう、それでいい。通常なら。

    「何も被らなくていいのにっ!」

     リシテアの叫びが、自室に木霊した。
     現在、お気に入りの白猫のぬいぐるみを抱えて、ベッドにごろごろ転がりながら頭を悩ませている。
     難関だったバレンタインが過ぎても、二月はイベントが盛り沢山だった! リシテアにとって。

    「せめて、わたしの後とか十日後なら良いのに! ちょっとズラしてください!」

     それは無理な話……。どう頑張っても生まれた日は変わらないので、日付は変わらない。
     つまり、十四日から六日後は容赦なくやってくる!

    「バレンタインに気を取られてましたが、短いですね。お菓子は用意できますが、それじゃあ変わり映えしませんし……。それに、不自然じゃないですか? 誕生日までしなくても? 知らない振りして、過ぎてから……あーでも、前聞いたし!」

     何を今更気にしてるんだ! とツッコミたくなることで、うんうん唸っていた。
     バレンタインは言ってしまえば楽だった──。作るには難しいお菓子だが、チョコというカテゴリーの中で選べば良い。
     しかし、誕生日はそうもいかない……。候補が山のように出てくる。
     それにー別に付き合ってるわけでもないのにー誕生日プレゼント贈るってどうなのかなー? という乙女的な鬩ぎ合いもあった。……今更だが。

    「で、でも、贈っておけば、わたしの誕生日が催促がしやすいですよね! そうです、交換条件って感じにすれば、不自然ではない! ……かもしれません」

     自室なので、誰も突っ込む者はいない。『あーそういうのは、もういいからいいから〜!』と、既に一部から呆れられているのを未だ知らずにいた。

    「はぁ……父様以外に贈ったことないし、何が良いのかわからない……」

     青春は勉学に消えていたのと、そういったことに興味が薄かったのが、今は仇となった。
     どうしたら良いのか……。いざ贈ろうと考えたら、何が良いかわからない負のループに陥っていた。
     スマホでいくら検索しても選択肢が広がるばかりで、頭がごちゃごちゃしていく。

    「誰かに相談した方が……いいんでしょうか」

     恥ずかしい! それは避けたい! でも、このままでは埒が明かない! ……と、何度も浮かび上がっては消えていく。
     リシテアの切実な悩みは、外野には何とも微笑ましい悩みであった。

     ……というわけで、思い切って相談することにした。時間の猶予がない分、まだ早かった。

    「んー……本人に聞けばいいんじゃないかな?」
    「ふぇっ!? そ、そんな、そんなことを!」
    「別に普通だよ。リシテアちゃんだって、変なの贈られても困るでしょ? こういうのは聞いた方が確実だよ!」

     悩んだ末、相談した相手はヒルダだった。
     女性で経験値的に最も適していると考え、授業が終わったのを見計らって、お茶に誘って尋ねていた。
     リシテアに誘われて、内心ドキドキのワックワックのヒルダは、ニヤつく笑顔を少〜し抑えて、恥ずかしそうに聞いてくる彼女を面白がっ……楽しんでいた!

    「だって、フェリクス君の趣味ってわからないもん。物欲無さそう〜みたいな、木刀とか好きそう~って感じだから」
    「まあ、たしかに……って、なんでフェリクスだって知ってるんですか?! 言ってませんよね!」
    「いやだな〜! あたしも二月生まれだよ? 同じ二月生まれなんだから、誰かくらいわかるよ~!」

     フェリクス君からは聞いてないけど……と、心の中で付け足した。ヒルダの情報網は広い。そうでなくても、時期とリシテアからの相談となれば、自ずと答えは出る。

    「まあ、いいじゃない! 相手がわからなきゃアドバイスもできないんだから」
    「そ、そうですけど……」
    「はいはい、じゃあリサーチ! まずは情報収集! 早速、聞いてみよ〜!」

     などと言い包めて、リシテアから連絡を取るように促す。
     ヒルダは、フェリクスの連絡先を知らない(……教えてくれない)ので任せるしかない。

    「えーと……こんな時間にいいんでしょうか?」
    「まだ午後だよ! LINEなんだから、いつだっていいよ」
    「そ、そうですが……。あまり文字で連絡しないので」
    「どういうこと!?」

     意味不明のヒルダが懸命に聞いていくと、どうやら短文や写真を送ることはあるが、そんなにしないらしい。
     そういったやり取りをフェリクスがめんどくさがるので配慮してるようだ。……いらない気遣いだなー。

    「普通に連絡しなよ……。リシテアちゃんなら薄情にしないでしょ」
    「そうでもないですよ? 返事が遅い時も多いですし」
    「大丈夫、シルヴァン君のは既読スルーだから! 滅多に返事しないタイプでしょ!」
    「何で知ってるのですか?」
    「色々知ってるの!」

     一般的に見れば遅いけど、十分高待遇だよ! とかなんとか言って、リシテアを説き伏せる。
     疑問符を浮かべながら、彼女の言う通りに文字を打って、ささっと作成して送信ボタンを押すところで……ヒルダはストップをかけた!

    「待って! ……一応聞くんだけど、誕生日プレゼントって書いた?」
    「いいえ。何か欲しいものはありますか? って」
    「それじゃあ伝わらないから! ちゃんと『誕生日』だって、強調しよう!」
    「……も、文字数が……増えるので」
    「絶対、気にしないから!」

     変なところを気にするリシテアに力が抜ける……。
     理系女子っぽい生真面目な性格に突っ込みながら、文章を訂正させていった。ヒルダちゃんを信じて! 大丈夫だよ! と何度も伝えて、ようやく完成させる。

    「これで良いんですか?」
    「うんうん、良いと思うよ!」
    「……長くないですか? 重く取られたら嫌なのですが」
    「もうすぐ誕生日だけど、何か欲しいものある〜? の内容のどこが重いの!?」

     もうちょっとリシテアらしい文章であるが、一般的に見ても軽い質問だ。価値観のズレを感じて、頭痛がするヒルダを冷めた紅茶が癒す。

    「今まで、よくコミュニケーション取れたね……」
    「話す方が楽ですから」
    「あたし達は今を生きる現代人だよ。最先端技術をもっと使おうよ! リシテアちゃん、あたし達とは普通にLINE使ってるでしょ!」
    「そ、そうですが。──記録に残ってしまうのが、不安で」
    「あのね、普通は逆だから。フェリクス君と話す方が難しいから!」

     他にも色々突っ込みたいが、紅茶と共に無理矢理飲み込んでリシテアに探りを入れた。
     聞けば聞くほど、なるほど……道理で進展しないわけか! と納得せざる得なかった。
     脱力するも、『今は返信待ちだし……』と気を取り直して季節のケーキセットを堪能する。リシテアが選んだ店なだけあって、スイーツは美味しかった!
     二人でケーキを食べ比べしたり、お喋りに花を咲かせていると、先の質問の返信が返ってきた。

    「特に……だそうです」
    「う、うーん……もうちょっと会話頑張ろうね!」
    「これが普通ですが?」
    「あっ、うん。そっか……」

     これじゃあ、埒があかない! と判断したヒルダは自分のスマホを取り出して、別の人物にLINEを送った。その指使いは凄まじく速い。

    「うん、これで大丈夫! リシテアちゃん、後はこっちで何とかするね!」
    「こっちで?」
    「気にしないで! よし、話はこれで終わり。そうだ、服見に行こう! 春物気になるし、当日は可愛くしなきゃね!」
    「当日?」

     疑問だらけのリシテアをいいからいいから! と宥めて、強引にショッピングへ繰り出すことになった。……腑に落ちないが、ヒルダのお気に入りの店に案内してくれると聞いた途端、目を輝かせて承諾したのは早かった。
     どうせだから……とマリアンヌとレオニーを呼び出して、賑やかな女子会になってしまうのも当然──。


    「はいはい、りょーかい!」

     ヒルダからの救援連絡を読むと、すぐにシルヴァンは事情を察した。スタンプを返してから、現在食堂で共にしている男に声をかける。

    「なあ、週末さ……」
    「断る」
    「俺、まだ何も言ってないよな!」
    「断る。碌なことにならない」

     間髪入れず、彼の誘いを断つフェリクスに迷いはなかった。これまでの経験が物を言う……。

    「俺は関係ないから安心しろ!」
    「安心できない」
    「か、可愛くない……。ともかく、週末は空けとけよ!」
    「断る」

     何を言っても、拒否の一点張りでしか返事をしなかった。
     どうなるのやら……。

     ★★★

     迎えた二月二十日。この年は週末で、所謂休日である。
     未だプレゼントは難航して決まっていないが、学校が休みなのでまだ猶予はある。

    「はい、できたよ! ……うんうん、バッチリ!」

     会心の出来に悦に入るヒルダと彼女によってメイクされたリシテアがいた。鏡に映る人物は、春先を意識した明るめの化粧が施され、ぎこちない笑みを浮かべていた。

    「……変な感じが、します」
    「可愛いよ! リシテアちゃんはお肌綺麗だし、目元がパッチリしてて睫毛も長いから、やり甲斐があるよ!」
    「あの、ここまでする必要があるんですか?」
    「何言ってるの!? 可愛くする時は、とことん可愛くするものだよ!」
    「はあ……出かけるだけですが?」
    「知ってるよ~! あっ、お化粧慣れしてないから違和感あるだろうけど、顔はあんまり触らないでね」

     注意事項を伝えて、ヒルダの部屋でお洒落戦線が繰り広がれていく。
     一人で出かけるだけなのに、何故こんなにしてくれるんだろう? とリシテアが首を傾げるのは当然だが、華麗にスルーされる。服に合わせてメイクして、ふわっとしてる髪を弄ったりとかなり気合いを入れている! ヒルダが。

    「な、なんで、そんなにするんですか?」
    「うーん? 人にお化粧するの楽しいし、可愛くなっていくと嬉しくなるよ! まあまあ、今日はお姉さんに任せて!」
    「子ども扱いしないでください……」

     ちょっとブー垂れるが、ひそかな憧れを抱いていた人物にあれこれされるのは嬉しかった。やり過ぎなところはあるが、とことんやるのも……たまには良い。

    「これで、フェリクス君も何か言うといいんだけど……」
    「何か言いましたか?」
    「ううん、何でもないよ~!」

     入念のチェックの末、ヒルダの命によりリシテアは市街へ送り出される。
     元々出かけるつもりだったが、『此処に行ってね!』 と、何度も念押しされれば怪しさが沸く。

    「なんだか目的とズレてる気がします……」

     指定された場所の近くには、大きめのショッピングモールがある。……思いっきり怪しいのだが行かない理由はなく、そこに行けば何か良い物が見つかるかもしれない! という淡い期待を持って、言う通りに向かう。
     それに、リシテアも年頃の女子! 自分では思い付かない似合うコーデやメイクを施されて出かけるのは胸が弾む!

     ご機嫌な足取りで目的地へ向かうと……見知った相手に声をかけられた。

    「──何をしてる?」
    「ひいぃぃっ!?」

     背後からの声を聞いて、思わずリシテアは叫んだ!
     幸い、人が多い場所だったので目立たなかったが、苦手なおばけに遭遇した気分だった。

    「な、ななな、なんで、いるんですか?!」
    「こっちの台詞だが……。そんなに驚くことか?」
    「驚きますよ!」

     声をかけてきたのはフェリクスだった。お約束です。
     まさか、本人に会ってしまうとは考えていなかった。偶然にしては出来過ぎている。……ん? 偶然? 本当に偶然だろうか? いや、違う。違う! とリシテアの勘が訴えた。

    「おかしいです。どうして、あんた此処にいるんですか?」
    「此処で三十分待て、としつこく言われたからだ」
    「なんですか、それ!」

     心臓を押さえて落ち着かせる間に、ヒルダに嵌められたと気付いた。

    「……こういうのは心臓に悪いです」
    「何を言っている?」
    「い、いいえ! い、一応、確認しておきますが、誰か待っていたんですか?」
    「知らん。見知った奴が現れたら声をかけろ、と言われた」
    「雑っ!? なんて曖昧なやり方なんですか!」

     ぼかし過ぎる雑な嵌め方に、リシテアの方が危惧した……。
     フェリクスから色々話を聞いていくうちに、シルヴァンとヒルダが仕込んだのを確信して、再度ため息を吐く。
     ……嵌められたのは悔しくて恥ずかしいけど、目的は果たせそうなのでこの際良い! と、無理矢理前向きに考えることにした。
     そんな彼女の心境など露知らず、珍しい百面相を披露してる様子は、フェリクスには不可解の塊だった。

    「い、いいでしょう! 此処で会ったのも、何かの縁です! ちょうど今日はあんたの誕生日ですし、プレゼントくらい贈ってあげてもいいですよ!」
    「そうだったか……?」
    「もう! 自分の誕生日くらい覚えててください!」

     イベント事に無頓着なのも、お約束です。

     不可思議な変な流れで、二人は近くのショッピングモールに繰り出した。そうしないと、嵌めた方も嵌められた方も浮かばれない……。
     リシテアは何度か訪れたことのある場所なので、それとな~くフェリクスの好きそうな物を探そうと企む。

    「それで、何か欲しい物ないんですか?」
    「別に。強いて言うなら……ダンベルか?」
    「却下! もう少し可愛げのある物にしてください!」
    「そう言われてもな……」

     可愛げのある物って、なんだ……? である。フェリクスには、およそ無縁な言葉で、実用性を求める彼にはピンとこない。

    「……最近、ペンが足りなくなったな」
    「貸してそのままだからじゃないですか?」
    「話が早い」
    「そういうのじゃないですから! もういいです、適当に見て回った方が早いです!」

     消耗品を求めないでほしい……と、内心ごちる。
     色んな店が入っているから、見ていけば何かあるだろうと今後の方向性を決める。女性向けの店の方が多いのだから、自ずと選択肢は狭くなるはずだ。

    「先に言っておきますが、食べ物はなしですよ」
    「何故?」
    「毎回、お菓子じゃつまらないですから。少し前にバレンタインもありましたし」
    「なら、肉でいいが」
    「……まだダンベルの方がマシですね」

     食べたり、使えば無くなる品は避けたい乙女心。到底理解されない!

    「前途多難ですね……」
    「そんなにか?」
    「ええ、そんなにです」

     どうしてだろう……ますます難易度が上がった気がする。いっそ聞かないで、自分で選んだ方が良かったかな?
     そうリシテアの頭に過ってしまい、心に影が差していく。弾んだ気分はみるみる萎み、不安なままあちこち見て回っていくが、時期的に春物が出回る頃! つい魅入ったり、気になる店に行きたくなって現金……気分は向上した!

    「……すみません、つい」
    「別にいい」

     目的がズレる度にリシテアは項垂れてた。
     意外にも付き合ってくれた。特に何も言わないが。

    「そうです! まだ寒いですし、マフラーとかどうです?」
    「寒くない。ファーガスに比べたら暖かい」
    「そうでした……。あんたは寒国出身でしたね……」

     良い案かと思ったが、学校のあるガルグ=マク地方は雪が降らない温暖気候。ファーガス出身者には暖か過ぎるよう。
     よく見るとフェリクスは軽装で、南国寄り出身のリシテアはもこもこ着込んでて対照的だ。ふむ、防寒具は却下だ。

    「ハーバリウムとか良さそうなんですが……」
    「なんだ、それは?」
    「いえ、気にしないでください」

     似合わないし、うっかり壊されては悲しい。即座に候補から外す。
     どうしよう……何が良いのか、全然わからない! リシテアの頭は痛くなるばかりだった。

    「物欲が低過ぎません……」
    「そうか?」
    「わたしの部屋を見て、どう思ってたんですか?」
    「物が多いな」
    「普通です!」

     見たことないが、フェリクスの部屋は最低限の物しかないのだろう……と、推測できた。部屋が広く見える殺風景な光景を想像していると──…突如、ピンと閃いた!

    「うん、いいですね! 何を贈っても反応が薄そうですし、この際好きに選んだ方が良いかもしません!」
    「当人の前で言うか……」
    「発想の逆転です。ちょっと行ってきますので、適当にしてください!」

     言うが否や、リシテアは知ってる目当ての店へ、ささーっと小走りで向かって行った。置いてかれたフェリクスはため息を吐いてから、彼女の言われた通り適当にブラついた。
     二人ともドライなのか、ショッピングモールだからか、各々で見て回る方が効率が良いと思うのか……何とも味気ない。

    「なんで、分かれるんだろうな……」
    「二人ともべったり~って感じじゃないからね」

     もし、この場に他の者がいたら、そんな感想が飛び交っていたかもしれない……。

     しばらくしてからリシテアは戻ってきた。
     目当ての物が見つかったのか、表情は柔らかい笑みを作っている……?

    「怪しい顔をして、何を企んでいる」
    「なっ……?! 失礼ですね! 人の笑顔に、なんてこと言うんですか!」
    「自分の顔を見てから言え」
    「た、企んでなんかいませんよ! ま、まあ……いいじゃないですか!」

     怪しい笑みのリシテアに厳しいコメントを送ってしまうのは無理からぬことだった……。
     誕生日に拘りのないフェリクスは、気にしないようにした。もう慣れた……下手なこと言うと面倒だし。

    「せっかくですから、ご飯奢ってあげますよ! 誕生日ですから」
    「気前が良くて怪しい……」
    「疑り深いですね。人の好意は素直に受け取るものです! ということで、わたし行きたい所があるんです!」
    「お前が決めるのか」

     甘いもの関係は遠慮したい旨を告げると、意外にも答えは違った。

    「ふふっ! そう言うと思いましたし、あんた向けのスイーツはこの辺にないですよ。先週にチョコ渡してますし、今日はやめておきます」
    「…………怪しい」
    「なんですか、その顔は! 過剰摂取で甘いもの嫌いを助長させるわけにいきませんから、安心してください!」

     自信満々のまともな配慮に面食らいつつ、彼女の続けた言葉に驚いた。理由を聞くと多少……納得した?


     連れ立って入った店は香しい煙が上空へ流れ、外へと排出されていた。
     小気味よい音と油が混ざった匂いが、食欲を唆らせる。
     フェリクスには大して珍しくない場所だが、リシテアは久々なのか顔を綻ばせていた。──焼肉店にて。

    「そんなに行きたかったのか?」
    「そういうわけではないのですが、一人で行くには勇気がいります……ハードルが高いんですよ」
    「そうか?」
    「あんたにはわからないと思います。わたしだって、たまに行きたくなるんです!」

     聞かないでほしいが、意外と思われるのはわかっていた。
     ──一人暮らしあるあるの一人で行くには勇気がいる店というのが存在する。みんなよりも年齢が低く、年頃らしい羞恥心が残ってるリシテアには、一人焼肉や一人カラオケは辛かった!
     一人スイーツはできるが、それとことは別。まあ、そういうのです、そういうの! 誰も気にしないとわかっていても気になってしまうものです!
     当然、何処でも行けそうなフェリクスには不可解だった。……焼肉くらいで何をそんなに? と、思うのも致し方ない。

    「まあ、乙女心がわからないうちは聞かないでください」
    「はあ……」
    「もちろん、カロリーについても言わないでください!」
    「自覚してたんだな」

     彼には理解が及ばない話なので説明は省き、釘を差しておいた。

    「油が多いのは苦手ですが、お肉は食べたいんです。実は、焼肉店って意外とスイーツが多いんですよ!」

     結局それか……と思うが、なんともリシテアらしい。
     最近は何処のお店もあらゆるニーズに応えるため、サイドメニューやスイーツが豊富になっている。

    「あんたも食事は好きな物の方がいいでしょ? 気の利いたお店より馴染みの所が気楽ですよねなんと!」
    「まあ、そうだが」
    「そうそう。それで、何がおすすめなんですか?」

     それだけではないのだが、伝わるはずもないし、伝わっても困るので伏せた。よく行くお店を知りたい……なーんて。

    「こういうのは、飲み放題付きがいいんですか?」
    「酒は飲むなよ」
    「飲みませんよ。はあ……早く大人になりたい。ソフトドリンクは寂しいです」
    「似合うと思うが」

     お子様と言いたいんですか! と不満そうなリシテアは年の差を感じて悔しそうだった。未成年の飲酒は禁止です! こればかりはどうしようもない!
     気の毒に思うが、おそらく彼女はビールや日本酒を飲めないだろうから、今と大差ないのでは? とフェリクスの頭に過った。言わないが。

    「あっ、ソフトクリーム作り機ありますね! 焼肉にはアイスが付き物です!」
    「初めて聞いた……」
    「どうせ、目に入ってなかったんでしょ? お肉しか見てないからですよ!」
    「甘いものを食いに来てないからな」

     不毛なやり取りをしながら注文して、颯爽とリシテアはセルフのソフトクリーム作りに行ってしまう。毎度ながら甘いものに関すると俊敏だ……感心と呆れが入り混じった気持ちで見送った。
     白い髪を揺れる背中を見ると、違和感を持った──。
     フェリクスからすれば焼肉店は珍しくもなく、わりと行く方だ。一人で行く時もあれば、いつもの面子で行く時もある。リシテアと行くのは初めてだが、馴染みの店なので今更どうこう思うことはない。
     そのはずだが……妙な気分だ。……あいつに肉のイメージがないせいか、とまたズレた結論を出した。

    「ふふふ~! 此処、ケーキもあって良いですね!」

     ご満悦な様子で、リシテアは戻ってきた。器に盛られたチョコソースがけのソフトクリームを見て、彼の顔と胃が引き攣った……。

    「……気持ち悪い」
    「スイーツは別腹ですよ。ですが、食前なのでアイスだけにしていますよ?」
    「お前の思考は理解不能だ」
    「そのうちわかりますよ」

     ないと思う、とフェリクスは心の中で即答した。
     嬉しそうにアイスを掬って食べていくリシテアは、至福の時を体現していた。よくそんなに幸せそうな顔ができるな、と見てしまうほどに。
     肉が来てからも平和に食べていった。リシテアの食事量は少ないので(別腹は備わっているが……)、多めに食べてくれるフェリクスは助かっていた。

    「食べ切れるか不安だったので良かったです。……こういう所は多いと聞いてましたから」
    「そうなのか?」
    「レオニーやヒルダは平気だと思いますが、マリアンヌやわたしはそう多く食べないので。……胃がもたれそうですし」
    「俺は、お前に対してよく思ってる」
    「あら、胃腸が弱いんじゃないですか?」

     食べ切れない分の肉を相手の皿に乗せて、しれっと軽口を叩く光景は微笑ましく見える。もういらないです、と言いつつも、食後のデザートを取りに行くリシテアへまた胡乱げな視線を送った……。
     このような振る舞いをするのはリシテアが初めてで、彼には新鮮に映った。何度も来てる店なのにスイーツコーナーあったのも知らなかった……本当に興味がなかったのだと、実感する。
     随分と視点が変わったな……と、今日までの変化に自分で驚いた。


     満足してから店を後にした──。
     フェリクスは主に肉で、リシテアはスイーツで、互いの腹と気持ちは満たされた。
     月が出る頃合いなので、流れるように家まで送る。

    「はあ~、わたしも早くお酒が飲みたいです。ビールが気になりますね!」
    「やめておけ」

     苦い! と喚く姿が目に浮かんだ。……無理だろう。すぐに根を上げる未来が確信できる!
     そこまで断言されると、リシテアも怖気づいた。

    「い……一度は飲んでみたいんですが」
    「無謀」
    「……まずいんですか?」
    「お前は向かない」

     渋々納得しようとする。苦いとは聞いてるし、こうまで言われたなら引き下がった方が良いのだろう……と、リシテアは考えた。悔しいが、向き不向きはある。

    「仕方ありません。誕生日までに決めておきます」
    「もうすぐか」
    「ふふっ、やっとです! もう子ども扱いされません」
    「…………」

     はじめてのお酒は控えめに! 一気飲みは駄目! 急性アルコール中毒は危険です!
     よく聞くアルコールの注意喚起が、フェリクスの頭で反芻される。……ちょっと心配になる。なんとなくリシテアは弱いと思うが、こればっかりは飲んでみないとわからない……。正直、ソフトドリクンクで良い。

    「とりあえず、初めては一人で飲むな」
    「な、なんですか、急に!?」

     忠告したくなった。酔っ払うならまだしも、変な酔い方をして、とんどもないことになったらまずい……。いや、どちらかというと寝てそうか?

    「そういえば、あんたは酔ってないのですか?」
    「そんなに弱くない。だから、後始末をする羽目になる……」
    「それは……お気の毒です」

     想像できて、互い苦笑する。普段と変わらないのも困りものかもしれない。

    「ところで、わたしの誕生日は覚えたようで感心します!」
    「同じ月だし、前も言ってただろ」
    「じゃあ、他の二月生まれは知ってるんですか?」
    「ヒルダとハンネマン先生」
    「…………つまんないですね」

     不貞腐れて髪を揺らすリシテアは、意味不明に映った。
     ヒルダは勝手に知らせてきた、ハンネマン先生は誰かが言ってるのを聞いたで、最初に覚えたのは月の最後で覚えやすいリシテアなのだが、それは伝えなかった。言えよ!


     他愛の無い話をしながら、リシテアの自宅に到着した。
     ちょっと待っててください! と言われて、大人しく外で待つこと数分で彼女は戻ってきた。

    「はい、誕生日おめでとうございます!」

     祝いの言葉と共に、何かが入った袋を手渡される。
     祝ってくれるのなら断る理由はない。……特に誕生日に拘りがないフェリクスなのに、奇妙な気分になった。

    「まあ感謝する」
    「ええ、感謝してください! わたしの時もよろしくお願いします!」
    「そっちが狙いか」
    「半分はそうですが、半分は純粋なお祝いですよ」

     否定はしないんだな……と思うも、いざ祝われるとこそばゆい。幾度も祝われたことがあるが、リシテアにされると落ち着かない。
     ……意外だからか? と、また明後日な方に考えた。

    「帰ったら開けてください。お菓子はバレンタインから間もないので、少なめにしてます。やっとチョコ食べ終わったばかりでしょ?」
    「そうかも……な?」
    「日持ちする物にしましたが、腐らせないでくださいね」
    「さすがにない」

     食べ物を粗末にしない。チョコもカカオ成分高めのビターだったので、日数をかけて食べたわけではないのだから。
     甘いもの嫌いへの配慮はありがたいが、少なかったら少なかったで微妙……かも。そんな理不尽な気持ちが芽生えてた。もちろん、言わないが!

    「菓子だけで良いんだが」
    「あら、人からのプレゼントを選り好みするのは、よろしくないですよ? ふふっ!」
    「鏡を見てから言え……」
    「ええ、お化粧崩れていませんでした! 年に一回の誕生日なんですから、お菓子じゃ寂しいですよね。ふふ、ふふふ!」

     怪しげな含み笑いをするリシテアを見て、嫌な予感がする。
     悪戯紛いのことは、わりとするので警戒心を抱くが、拒絶はしなかった。

    「変な物だと困る……」
    「失礼ですね。変な物じゃないですよ!」
    「どうだか」
    「ヒルダから伝授されたんです。可愛くする時は、とことん可愛くするものって!」

     ヒルダの名を聞いて、露骨に顔を歪めるフェリクス……。彼にはあまり良い思い出がなく、苦手なタイプなので一気に不安になる。余計なこと教えないでほしい、と内心ごちた。

    「そういえば、お前の雰囲気が違ったな」
    「あの……今頃言われても困るんですが。いえ、言われないよりマシですが、そういうのは最初に言うんですよ? わたしだって、おしゃれしますよ!」
    「良いんじゃないか」
    「どういう意味なのか気になりますが……聞かないでおきます」

     本当はちゃんと聞きたいが、それを聞くのは恥ずかしい! 勘違いしたら嫌だし……という複雑な乙女心を繰り広げながら震える鼓動を抑える。
     タイミングは遅過ぎるが、きっと外見についてコメントすることは滅多にないと思う……悪くなければ、よし! と、心の中で拳を握ったリシテア。

    「な、なんか一緒に出かけたり、プレゼント贈るって、付き合ってるみたいですね……い、いえ、言葉の綾ですよ!」

     ぽろりと口に出した後、自分で自覚して赤面してしまう。
     慌てて訂正して、首をブンブン振って否定するが、意識されてないなら、それはそれで悲しい……と複雑でいた。
     一人で百面相してる彼女を見て、表情の変わらないフェリクスはどこか腑に落ちた。

    「そういうものか?」
    「た、た喩え話です! ……変なところで反応しなくていいのに。ほら、わたしはあんたと昔からの仲じゃなくて、イングリットやシルヴァン達とは違うじゃないですか」
    「それはそうだろ」
    「……も、もういいじゃないですか! たまには、違う人から贈られても!」

     なんで、そんな当たり前のこと言うんだ? と、フェリクスは不思議に思う。
     やはり真意は伝わらないが、リシテアが妙なところを気にしているのはなんとなーくわかった。何故かは不明だが……。

    「はあ……現実はうまくいきませんね……」
    「人の顔を見て、ため息を吐くな」
    「自分の胸に手を当てて、考えてください! わたしだって、人並みの興味や関心はありますよ。──じゃあ聞きますけど、わたしと付き合う気ありますか?」

     思い切って、冗談を装って聞いてみた。内心ドキドキしているが、半分は冷めていた。なんで、そうなる? などと言って、有耶無耶になる予想が簡単にできた。
     期待するだけ無駄……そう都合よくいかないのは、彼女の方がよーーーくわかっていた!

    「別に良いが」
    「そうですね。あんたは、そういうの興味なさそうですし、理解できな………はあっ??」

     予想外の返答を受けて、驚嘆の声が上がる。
     どういうこと?! と混乱するも、すぐに「いや、思い違いだ!」と切り替わった。動揺したところで、相手が相手……。これまでの言動と行動を振り返れば、かえって冷静になっていった。
     しれっとしてるフェリクスに対して、吟味した答えを導き出す。

    「フェリクス。──よくありませんよ」
    「急になんだ?」
    「あんたのことですから他の意味に取ったのかもしれませんが、適当に答えるのは感心しません。気をつけてください」
    「は、はあ……」

     頬を緩ませたかと思えば、引き締めた表情に変わるリシテアに面食らう。冷めた眼差しを向けて、駄目出しする有様で先程の答えを信用していない、と物語っていた。
     無理もない。これまでの経験が物を言う……伝わるわけがない、と思い込んでしまっている。

    「適当に言ったつもりはないが」
    「はいはい、冗談や洒落たことを言わないのは知ってます。それじゃあ、わたしの誕生日は付き合ってくださいね」
    「構わんが……何故、不貞腐れている?」
    「不貞腐れてません! 期待するだけ無駄なのは、身を以ってわかってますから。では、よろしくお願いしますね」

     お誕生日おめでとうございます、と締めて、リシテアは自分の部屋へ戻っていった。
     よくわからない態度で返されて、どうしたら良いか迷う。しかし、此処に留まってもしょうがない。
     フェリクスも帰路につくことにした。──…彼女からの贈り物を携えて。

     遅い時間に寮に帰宅したが、休日の食堂は閉まっている。フェリクスと似たように何処か食べに行く者が大半で、人の出入りはまちまち。
     誰にも会うことなく部屋に戻り、リシテアからのプレゼントを開封していった。お菓子はよく渡してくる甘さ控えめの焼菓子で、小さな箱にラッピングされている。毎回見栄えを凝るのは、彼には謎だった。
     そして、少し大きめのカラフルな袋に収まった物を開けてみると……。

    「…………猫?」

     中に入っていたのは、抱きつくのにちょうど良い黒猫のぬいぐるみだった。なんとも不似合いな!
     見覚えがあるな……と記憶を探ってみると、リシテアの家にある物と色違いだと気付いた。愛嬌のある猫の物体をどうしようかと迷い、とりあえず適当な所に置いてみた。
     物の少ない殺風景な部屋に鎮座する可愛らしい存在……意外と目立つ。フェリクスに似合わない、とわかってて贈ってきたのは明白だ。リ彼女らしい押しの強さが物語られてる。
    ……微妙な気持ちになりながら、まあいいかと受け入れた。
     部屋を飾るのも……たまには良い……かもしれない?
     存在の主張が激しいが悪くはないよう。


    「はぁ……。どうせ、フェリクスのことですから深い意味なんてないですよ。気にするだけ時間の無駄です!」

     自室でボヤくリシテアはお気に入りの甘い紅茶を淹れて、今日一日を振り返った。
     うん。とりあえず、わたしの誕生日は約束取り付けましたから良しとしましょう! と結論付けて、笑みを浮かべた。

     望んだ結果を迎えたのに気付かず……。
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