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    kochi

    主にフェリリシ

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    kochi

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    お菓子屋

    あまあまベリー 馴染みの常連となり、仕入れ先の商人兼配達となって久しい頃。彼との出会いは良いものではなかったが、己の身を弁えており、仕事は誠実なので評価はまあまあだった。……女好きというよりナンパ行為を楽しんでいる節がある。
     ともあれ、商人故にそこそこ顔が広い者に気に入られたのは功を奏し、片田舎のお菓子屋はあちこちに広まっていった。いらない噂と共に……。
     手伝う形だったフェリクスも菓子作りに馴染み始めている。予想以上に奥深く細かい作業を要求しつつも力を必要とする場面は多く、存外精を出していた。

    「覚えが良いのは助かりますが、何でもできてしまうとちょっと悔しいですね……」
    「お前が言うのか」
    「努力と才能は違いますから」

     あとは愛想が良くなればいいのですが……と付け加えるが、今のところ改善される見込みはない。
     主な店番とレシピの考案はリシテアが携わっている。幾多のお菓子を生み出しては改良に励んでおり、『フェリクス向けに作っていた頃と似たようなものですから』と性に合ってるよう。思いの外、彼女のお菓子歴は長いのかもしれない。

     ……とまあ順調なのだが、お菓子屋だけで生計を立てれるほど世の中は甘くない!
     お店のことはリシテアに任せて、フェリクスは傭兵紛いのことをしたり、狩猟に精を出したり、村の便利屋として出稼ぎに行ったりしていた。兼業というやつだ。剣を捨てた身であるが、体が鈍っていくのは落ち着かず、鍛錬の一環にもなっていた。

    「今日は隣町に行くんですか?」
    「ああ。荷物の受け取りと買い出しくらいだから昼に終わる」
    「そうですか。なら、せっかくですから隣町にある老舗のお菓子を勉強してみてはどうでしょうか? 食べてみないとわからないことも多いですし」
    「買ってきてほしいならそう言え」

     もっともらしいこと言って、お菓子を強請るリシテアはよく見られるた。怪訝な顔をしても毎度聞くフェリクスもよくある日常。

    「でも、フェリクスに頼み過ぎな気がしますね……」
    「どこでも男手は重宝される。村や集落なら特にな。傭兵の仕事が減って、色々やってた時もあったから構わん」
    「何でも引き受けないでくださいよ!」

     苦言を言うリシテアであるが、フェリクスの息抜きも兼ねているから強く言わない。彼女もそれに肖っているところは多く、村にはフェリクスを不審に思う者もいたので信用を得るにも都合が良かった。その……流れの傭兵風情が、女の所に転がり込んできたでは体裁が悪い。

    「気を付けて行って来てください」
    「お前もな」
    「ふふふ、わたしは店番ですよ。午前中は忙しくないですから」
    「…………」

     無言で返すフェリクスの顔は苦虫を噛み潰したようだった。『愛想の良い美人の店主』はけっこう厄介だと思うが……まあバランスは取れている気がする。
     最近は落ち着いたのだが、どうやら妙な噂が囃されているようだ……『調子に乗ると怖い兄ちゃんに刺されるよ』と。てか、それを流したのは出入りの商人な気がしてならない!


     フェリクスの足だと、隣町までそう時間はかからない。体力があるし、一人だと早足になる。リシテアだと時間がかかるので、効率面を考えて彼が出向くことが多い。
     手早く頼まれ事を済ませて、市場へと足を運ぶ。昔のガルグ=マクの市場と雰囲気が似ており、人が多い分物流が豊かで、時には掘り出し物もある。買い出し、もとい材料の仕入れは重要! 目利きが乏しくても手は抜けない。

    「あれ……? 此処で会うのは初めてですね!」

     よく行く店通りに行くと馴染みの商人に声をかけられ、フェリクスの顔が歪んだ。
     屈託なく話しかけてくるのは商人らしい気やすさがある……彼はナンパ好きなのも相まって、拍車がかかってる気がする。

    「今日は買い出しですか?」
    「……見ればわかるだろ」
    「リシテアさんは、ここまで来るの大変ですよね〜。そうそう、そこのお店が日用品を安売りしてます。あっちの店主は今は機嫌が悪いみたいなんで、時間を置いて出直した方が良いかも? あと、こっちの商店は新しい果実酒の試飲をしていますよ!」

     黙ってても勝手に喋ってくるので、大体は聞き流すのが彼への応対だった。相手もわかっているようで、素っ気なくても気にせず話していく。

    「あっ、あそこの果物屋が『あまあまベリー』を入荷したのでおすすめですよ!」
    「……なんだそれは」

     妙な名前を口走ってたので、フェリクスは訝しげた。

    「あれ、知りません? 春になると採れる赤いベリーの実です。ブルーベリーやモモスグリより大きい果実で甘いんですよ。そのまま生で食べても美味しいし、煮詰めてジャムしても良い旬の果物です! お菓子の材料にも使われますよ」
    「俺は、その妙な呼び名について言っている」
    「そっち? あー本当は……なんとかベリーだか名前があるんだけど、みんな通称で言ってるんですよ。あまあまベリーって」
    「……子どもが考えそうだな」

     わかりやすい方が定着するから、と言って果物屋へフェリクスを連れて行った。この強引さはリシテアを彷彿させて、振り解く気が起きなかった。

    「赤いな」
    「瑞々しい色と艶だからお買い得かな。あまあまベリーは春しか採れないけど、日持ちしないからよく見て選んだ方が良いです」
    「そう言われてもわからん……」
    「そっかあー……これは、まだ青いけど日が経てば赤くなって美味しくなっていきますよ。真っ赤になってから食べてください。お酒に付けるといい感じに浸み込んで、簡易な果実酒になるよ」
    「よく口が回るな」
    「舌先三寸の世界にいるので褒め言葉と受け取ります! それに、あまあまベリーはリシテアさん好きだと思いますよ?」

     フェリクスも同じことを思っていた。というか、以前愛読書の甘味大全を見ながら呟いていた。『このベリーとクリーム合わせたら……はぁ〜、きっと至福の時が!』とかなんとか言って、夢見心地の様子でレシピを考えてたのは最近だ。

    「すみませーん、あまあまベリーくださーい! こっちの赤い方とまだ青いのを」
    「おい、まだ何も言ってないだろ!」
    「えっ、買わないんですか? リシテアさんが好きそうなのに?」
    「…………買わないとは言っていない」

     この人めんどくさいなぁ、と商人の彼は思ったが口を閉ざしておいた。職業柄、空気を読むのも必須だ!

     ☆★☆

     帰宅したフェリクスは、愛想よく店番をしていたリシテアに迎えられた。帰ってきた彼を労いながら買ってきた品々を見ていくと、驚嘆の声を上げる。

    「あっ、あまあまベリーですね! もう市場に出るようになったんですか!」
    「知っているんだな……」
    「ええ、春の果物で有名ですよ。このまま食べても、ジャムにしても、シャーベットしても美味しいんです! ジュースにするのも良いですよ」

     甘いものに詳しいリシテアは饒舌に語っていく。嬉しそうに手に取って、満面の笑みになっている姿を見れれば、口車に乗せられたがまあいいか……と、フェリクスは考え直した。

    「でも、フェリクスが買ってくるのは意外ですね。どうしたんですか?」
    「あの商人に会ってな。……勧められた」
    「あら、今日はあちらでお仕事なんですね。ふふふ、良い働きをしてくれました!」

     彼と出会わなければ、フェリクスは見向きもしなかったと察せれる。春の果物ということすら知らなかったようだし。
     
    「以前、それで何か作りたいとか言ってなかったか?」
    「聞いてたんですね……作りたいというより食べたいですが。あまあまベリー使ったお菓子は惹かれるのですが、売り物にするには難しいんですよ……。あまり日持ちしないので」

     悩ましげに本棚のレシピ集を取り出して、リシテアは眉を潜めていった。
     人の多い町中ならいざ知らず、片田舎の小さなお菓子屋は客足のムラが大きい。日持ちしない果物を使ったお菓子を店頭に並べるのは渋ってしまう。

    「拘らず、焼菓子にすれば良いのですが」
    「別に……たまには好きなのを作ってもいいだろ」
    「そうですか? せっかく買って来てくれたのですから」
    「お前が食いたいと言ってたからだ」

     しれっと言い放つのでリシテアの鼓動が跳ねた。不意打ちで頬が赤くなっていくのを誤魔化すため、声を張り上げる。

    「そ、そういうことなら! じゃあ、あんたも一緒に作ってください! 作りたいお菓子はわたしだけだと大変なので」
    「そうか」
    「ええ、フェリクスにも良い経験になると思います。そうです、出来上がったら一緒に食べましょう!」
    「…………物による」

     リシテアが食べたいというお菓子なのでフェリクスは警戒する。甘さ控えめなら食べれるのであって、お菓子全般を食べれるわけではないのだから……。

    「あの……ところで、買う時どうしたんですか?」
    「何がだ?」
    「その……『あまあまベリー』って言ったんですか?」
    「さあな」

     ちょっと残念なリシテア、言ってるところを見たかったな……と。真相は不明のまま。


     あまあまベリーを使ったリシテアが食べたいお菓子は、スポンジと生クリームを合わせた生菓子──要するにショートケーキだった。
     レシピと完成予想図を見せて説明してするご機嫌なリシテアとは反比例に、フェリクスの顔はみるみる曇っていった。彼には……理解するには早い物体だ。

    「……凄そうだな」
    「ええ! 美味しそうですよね!」
    「……そ、そうか?」
    「角が立つまでかき混ぜる、が重要で大変と記されていたので躊躇していましたが、フェリクスと一緒なら出来そうですね!」

     レシピを見聞きしただけで胸焼けがしてくるフェリクスは眩しい微笑みから顔を逸らす。
     気は進まないが、言った手前引く気はない。ないが……胃がせり上がってくる感覚には抗いたかった。

    「どうしました? 顔色が悪いですよ」
    「き、気のせいだ……」
    「疲れたなら休んでくださいね」
    「ああ……」

     気遣われるとかえって心の重圧が増してしまう。そんな気がした……。

     フォドラには自動で撹拌してくれる便利な文明利器はない。リシテアが食べたがってる生菓子はポピュラーでレシピ自体は、それほど難しくない。
     だが、作ったことがある者ならわかるだろう──…力がいる! ずっと撹拌し続けるとは言うに易し、腕にブラック労働!

    「レシピ通りだと負担が大きいかと思って、計って減らしましたが……やっぱり腕にきますね」

     リシテアには重荷だった。しかし、今は一人でない! 疲れたら交代すれば良いし、筋力のあるフェリクスなら大いに期待できる! 彼にとっても良い経験になるだろう。

    「ということで、交代です! 混ぜ方はわたしのを真似してください」
    「わかった。意外と単純なんだな」
    「ええ、レシピは難しくないと思います。お菓子には色々な種類がありますから、作りやすいのも人によって違いますよ」

     言われてみるとそうだな、と納得するフェリクス。彼は細かい工程より力を必要とする撹拌や生地を捏ねる方が楽に感じた。リシテアとは対照的なので、ちょうどいいかもしれない。
     そんなこんなで、レシピを確認しつつ、店番をしながら作っていった。初めてのお菓子は互いに不慣れのため、何度も窯の様子を見ては火加減を確認し、クリーム作成に時間をかけたり、飾りも重要です! と見た目に拘ったりと幾多の工程を経て、無事に形を成した。

    「あら、けっこう可愛く出来ましたね!」
    「そう……なのか……?」

     円形の白い物体の上にあまあまベリーを乗せて、クリームで装飾した生菓子──…苺のホールケーキ(仮)が出来上がった!
     こじんまりとした二人用サイズで、初めて作ったにしては上出来な仕上がりだ。

    「美味しそうですね! フェリクスのおかげですよ!」
    「そうか?」
    「ええ! このお菓子の失敗の原因は、かき混ぜの足りなさですから。たくさん泡立てないと膨らまなくて、クリームもこんな風に固まらないんですよ」
    「ふーん」
    「わたし一人では大変だったと思いますよ。フェリクスがいたから、こうして作れたんです。……ふふふ、これからいつでも食べられると思うと感慨深いですね!」

     頬を紅葉させて興奮気味のリシテアは、出来上がったケーキを眺めて悦に入ってる。憧れのお菓子なのだから仕方ないが、フェリクスにはいまいち理解が追い付かない。……正直なところ、食べたいと思わない。彼の目には白い砂糖の塊にしか思えない。

    「感動が薄いですね。まあ、しょうがないですね……あんた向きのお菓子ではないですから」
    「そうだな」
    「最初はレシピに添って作りたかったので、次からは甘さ控えめにしていきます。やっぱり、一緒に食べれる方が嬉しいですから!」

     甘さを抑えるのは難しく思うが、そう言われれば悪い気はしない。フェリクスだって、リシテアとのお茶は好きだ。甘過ぎるものは避けたいが、彼女と一緒なら……一口は耐えれると思う。鍛錬と思えば、どうということはない!

    「じゃあ試食しましょうか」
    「……ああ」
    「お菓子を食べる顔じゃないですよ……もう少し表情を緩めてください」
    「…………そう言われてもわからん」
    「しょうがないですね。──はい、フェリクスは一口で良いですよね?」

     クリームが少し付いたあまあまベリーをフォークで刺して、フェリクスに向ける。

    「旬の果物は良いでしょ?」
    「まあ、それなら」
    「まだあんたが食べても、美味しさがわからないかもしれませんからね」
    「それもそうだな」

     安心して、フェリクスは口を開ける。赤くて甘いベリーは瑞々しく、柔らかく舌の上で崩れていった。

    「甘いな」
    「これがいいんですよ! 甘い果物と甘い果物のお菓子は美味しいと決まってます」
    「まあ……まだ食える。お前は好きそうだな」
    「ええ、もちろん!」

     フェリクスと正反対のリシテアは笑顔で答える。出来上がったお菓子を切り分けて、眺めては食べてはと至福の時を堪能していく。

    「はあ〜美味しい! やっぱり、お菓子は至福のひと時ですね〜!」
    「食い過ぎるなよ」
    「そんな勿体無いことしません。……あっ、お客さんに出してみるのも良いかもしれません! フェリクスが作ったようなものですし」
    「いや、いい」

     客に出すために買ってきたわけでも作ったわけでもない。リシテアが好きそうで、喜ぶ顔が見たかったから──…それだけなのだから。

    「そうですか? 美味しいと思いますが」
    「試食に出すには早いだろ。……最初なんだから」
    「んー、それもそうですね。じゃあ、わたしが責任を持って美味しく頂きます!」
    「……多くないか?」
    「えっ、そうですか?」

     けろっと答える彼女に突っ込みたくなったが、胸に秘めておいた。……胸焼けがしてきたフェリクスはそっと胃を摩った。
     しかし、こんなに喜ぶのならまた作ってもいいかと思えた。……もう少し甘さ控えめだと良いが、それはリシテアに任せよう。二人で作ったお菓子での至福の時も悪くない──。
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