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    主にフェリリシ

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    再録5  未来の話

     先の話をするのは苦手でした。約束をするのも好きじゃない。これから先のことは、あまり考えていません。
     だって、わたしの未来は決まっていますから……訪れる死まで、どう折り合いを付けようか、どう過ごそうか、どうしたら両親は安心してくれるか、そんなことばかり。やっと戦争が終結したというのに思考が止まっています。とりあえず、家に帰って領地の様子を見て、戦争の後処理や同盟の今後についての話し合いをして……でしょうか?
     その先は──未定。白紙のままの課題みたいで、こんなのを提出したら先生を心配させてしまいます、と思い浮かぶくらい。
     あれこれ望んで期待してしまう方が辛い。わたしは両親と一緒に静かに暮らせれば、何も望むことはありません。士官学校に入ったのも家族を安心させるためでしたし、戦禍に身を投じたのも少しでも早く平和になってほしいから。もちろん、千年祭の約束を果たしたかったのもありますよ。約束は守るもの……ですから。
     でも、もうそれでは済まなくなってきました──。
     少しずつ欲が顔を出していましたけど、知らない振りをして誤魔化してきた。戦争が終わるまでと区切りを付けたり、よく聞く『一時の気の迷い』と言い聞かせて、そこでおしまいになるようにしてきたはずだったのに……もうできなくなっていた。気付いた時には手遅れでした。
     ……わたしは、もう少し優しくて、鈍くない人が良いんですが。


     帝国の宣言によって始まった戦争は、わたし達の勝利で終結した──。
     仲間たちと無事を喜び合い、祝勝会を開いて余韻に浸った後は、みんなそれぞれ別の道を歩みます。これまでの歴史から鑑みても、戦争は多くの人が犠牲になり、終わった後からが大変です。戦後の後処理は長い年月を伴うもので、復興や活気の回復は簡単ではありません。これからが、最も大変で忙しいのかもしれません。
     わたしはコーデリア領に戻ります。貧しい小国でも放っておけないですし、最初から両親の元へ帰還するつもりだったので変化はないです。
     もう、みんなともお別れですね……。感傷に浸りながら、かつての拠点になったガルグ=マク大修道院で荷物をまとめています。長い間世話になった大修道院を用済みになったら放っておくなんてことはできないので、落ち着くまで手伝いをしていましたが、それももう終わり。
     明日は、盟主がいなくなったレスター諸侯同盟へ帰還します。そんな時でした……。

    「ファーガスで暮らす気はないか?」

     最初は何を言ってるのかわかりませんでした……。率直な意見と感想ばかり言うフェリクスが言い淀んでは不明瞭な言い回しで話すので、ちゃんと意味を知った時は疑いの方が強かったです。

    「…………揶揄っていませんか?」
    「こんなことを揶揄いで言うか!」

     それもそうですね。フェリクスは冗談を言う人じゃないですし、冗談でもタチが悪いです。
     だから、本心だとわかっています。わたしと一緒にいたい──…求婚されてるとわかった時は本当にびっくりして頭が真っ白になった。嬉しかった、とても嬉しかった! もう終わりだと思っていた関係が続く。この先も一緒にいられると思うと、嬉しくて心臓が破裂しそうでした!

    「……ごめん……なさい」

     でも、出た言葉は反対でした。断らないといけない、フェリクスの未来を縛りたくない。自分の命がいつ尽きるのかわからないまま、残り少ない寿命を背負わせたくない。
     ──この先の生に、わたしが残るのが怖いです。

    「わたしは……あんたに、相応しくない」

     拒絶するしかない。だって、わたしの未来は残っていないんです。フェリクスの未来は、これからまだまだ続くのにわたしは置いてかれて、置いていってしまう。
     きっと耐えられない……一緒にいればいるほど辛くなります。あんなに受け入れようとしてきた死が怖くなる。──いえ、もう遅かったです。もっと生きたいって、ずいぶん前から望んでいました。できれば一度は行ってみたいって、ずっと思っていました。

    「あんたとは、一緒にいられ……ない」
    「……泣きながら言われて、納得できると思うのか。お前らしくない……怪しむに決まっているだろ」
    「だって、わたしは──」

     長く生きられないんです。それは言えなくて、言いたくないです! フェリクスだけには知られたくなくて、ずっと隠してきた。何度も打ち明けようと思いましたけど、その度に怖くなって話せずにいたんです! 誰よりも信頼しているけど、誰よりも明かしたくない……。わたしは何でもない一人の人として、フェリクスに見てほしかったんです。魔道士の天才とか薄幸の人としてではなく、ただのリシテアとして一緒にいたかった。
     ……どうしたらいいんでしょう。涙が止まってくれません。勝手に溢れて流れて落ちて、嬉しいのに悲しくて、断ることしかできない自分が情けなくて悔しい。

    「ごめん…っ、なさい……」
    「……悪い」

     違う。あんたが謝ることじゃない! わたしを選んでくれて嬉しいし、あんたらしいわかり辛い求婚も嬉しいんです! 一緒に生きたいと思ってくれて嬉しいのに……どうして、わたしは。

    「そんなに思い詰めるな。俺に言えないことがあるんだろう?」
    「そ、そんなことは……」
    「それくらいわかっている。ずっと見ていたんだから気付かないはずがない。お前の秘密を無闇に暴こうと思っていない。だが……このまま送り出したら、二度と会えない気がした。だから、伝えておきたかった」
    「え……?」

     驚いて涙で濡れた顔を上げると、フェリクスにしては穏やかな笑みが目に入った。細めた目にわたしが映っている……何故か、涙が止まっていった。
     惚けていると、わたしの髪を優しく撫でてくれた。心地良い温もりを与えられて、ますますどうしたらいいのかわかりません……。

    「待ってる。お前が話してくれるのを」
    「……なんですか、それ」

     わたしは断っているのに、あんたと一緒にいられないって言っているのに!
     待ってるって、なんですか……変なこと言ってるって思わないんですか。断ったんですから諦めてくれていいのに。ずるいです、都合よく考えてしまう!

    「……いつまで待つ気なんですか」
    「さあな。とりあえず国が安定して、ディミトリが王として隆盛するまでだな」
    「ずいぶん……気が長いですね」
    「執念深いと言われたことはある」
    「根に持つ、とも聞きました」

     幼い時に剣を壊されたことを未だに覚えているようですね……。
     また涙が零れていく。苦しくて、悲しくて、辛いのに、喜んでいる。髪を撫でてくれる手があたたかくて気持ちいいけど、わたしからは何も返せません。
     それでもフェリクスは、何も言わずにいてくれた。

     §§

     結局、フェリクスの申し出は受け入れることができませんでした。かといって、断り切ることもできなかった。保留……になるんでしょうか。ずるいな、と自分でも思います。
     宙ぶらりんのゆりかごに乗ったままコーデリア領に戻って、両親との再会を喜び合いました。無事の報せは手紙や聖騎士団の諜報から聞いていましたが、ちゃんとこの目で家族の無事を確認すると、やっと安心できました。
     戻ってからは、父の宰務の補佐をして領地の統治の手伝いをしたり、解散後の同盟の手助けをしていきました。戦争が終わったばかりの不安定な情勢下では、ままならないことの方が多くて気付いたら幾節も過ぎ去っていました。
     忙しいですけど、戦争の渦中にいた頃よりはずっと気が楽で、体と頭を働かせる日々は考え事をする暇がなくて助かっています。最近は、家族と話し合って爵位の返上の話も進めています。
     このままでいいのかもしれない……と、逃げるようなことを考え始めていた。
     あれから一度も連絡をしていないですし、便りの一つも送っていないんですから無視されてる、と思われても不思議じゃないです。向こうも送って来ないですし……。
     たいていの方なら『縁がなかった』ということで、終わりになるでしょう。これでいい気がしていますが、わたしの気持ちは……いえ、本当に待っているんでしょうか。だいぶ前のことになってしまっていますし、心変わりしていてもおかしくないですね。……ちょっとムッとしますが、わたしが言えることではないですし。
     それに断っておいて、何を考えているんでしょう。余裕が出てくるのも考えものですね……。 

     ある日のこと。母様からお茶に誘われました。

    「リシテア。もう落ち着いてきたし、貴女の好きなように生きていいのよ」

     世間話のように言われてしまいました……娘の異変に気付いていたようです。優しく微笑む母様の表情から最初からわかっていたようで、わたしの心を柔らかく包んでくれます。

    「何かあったのでしょう?」
    「……知っていたんですね」
    「貴女の母ですもの。家の方も落ち着いてきたから、そろそろ聞いてもいいかと思って。帰ってきたのに貴女の虚な目を見た時は驚いたわ」
    「そう、でしょうか……」

     自分ではわかりません……。今は落ち着いて考える時間が増えていましたから、ようやく話せるくらいの時が経っていたかもしれません。

    「あの、実は……結婚を申し込まれました。でも、断りました。わたしは相応しくないと言ったんですが、待ってるって言われて……」

     家族だから素直に話せたのでしょう。フェリクスとのことを自分から語りました。
     わたしの胸の内に留めておくにはもう限界だったのかもしれません……日に日に燻っていく想いに答えがほしかったのでしょうか。今のままこそ誠意に欠けて無礼だとわかっているけど、返事ができないもどかしさを告白していきました。

    「リシテアは私達と一緒にいることが幸せと考えているのでしょうけど、親は娘が幸せになってくれたらもっと幸せになれるのよ」
    「そうなんですか…?」
    「本当は受けたいのでしょう? 遠いファーガスの地へ行って、一緒に添い遂げたいでしょう?」

     素直に首肯しました。生きたいです。わたしはフェリクスと一緒にいたいです。離れてからもずっと思ってて、日に日に強くなって苦しかった。

    「でも、わたしは……公爵になった彼の邪魔をしてしまいます。わたし達は平民になりますからもっと不釣り合いになります」
    「それは、フェリクスさんに聞いてみないとわからないでしょう? 何でも一人で抱え込むのはリシテアの悪い癖よ。もっと聞かせて、話してみると楽になるわよ」

     何でもお見通しな母は、わたしの気持ちを解いてくれる。長い時間、二人で話をしました。
     
     わたしは──あなたとの未来がほしい。もっと生きたいですし、短い余生でもしあわせになりたい。過ぎた願いだとしても、望まずにはいられなかった。
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