再録エピロ 天馬の節──。
話に聞いていた晴れた日の雪景色は良い眺めです。わたしは雪の日も悪くないと思います。
真っ白な銀世界の中をわたしは歩いていく。ギュッギュッと鈍い音を鳴らして、白い足跡を残して進む先は、わたし達の家──コーデリア領から遥か離れたファーガスのフラルダリウス公爵のお城。
「ふふ〜ん、ふ~ん! 今度はどんなお菓子がいいでしょう〜」
気になっていたお菓子の材料を買って帰宅するのは、新しい日常になりました。遣いを出すこともできるのですが、お菓子に関しては自分の目で見て買いたいです。
初めて本物の雪景色を見た時は、絵画から抜け出てきたように美しくて、綺麗で魅入っていました! 寒い日や吹雪の日でも外に出ようとするから、呆れられるほどに……遭難しそうだなんて酷いことも言われましたね。
雪は白い──わたしの髪と同じ真っ白で好きじゃない色。
忌まわしい思い出が蘇るから目に入れるのも苦手でした。鏡で自分の髪を見る度に嘆いたり、悲しみに暮れたこともあります。
今は、少し好きになりました。あの人にとっては馴染み深い故郷の色で、その中にわたしが入るのなら、変わってしまった髪も受け入れられるようになってきました。
わたしを見れば、雪を思い出してくれる。
雪を見れば、わたしを思い出してくれる。
それならいいかなって。……我ながら現金だと思いますが、まあ無くなったら寂しくなるって言っていましたし。
「明日には帰還しますから、今日のうちに作っておきましょうか。砂糖菓子も付けたいところなんですが、まだ嫌がるんですよね……」
交流と交渉のために解散したレスター諸侯同盟に向かった公爵様を労うのなら、やっぱりいつもの甘さ控えめの焼き菓子でしょうか!
形だけになってしまいましたけど、元レスターの領主達は気品や品性、知識や話術を求めてきます。気難しかったり、嫌味な貴族も多くいますので、きっと苦労するでしょうね……あの人には向いていませんから。
「付いて行っても良かったんですが、仕方ないですね」
爵位を返上して平民になりましたが、かつての領主の娘を連れていけば、何を言われるかわかりません。
「ファーガスの公爵殿は女がいなければ、何もできないのか? ……なーんて、言われかねないですから」
わたしが残って留守番するのは最適だと思います。面倒な領主様が多いのは、よく知っていますので異論はありません。……わかっていますが、離れ離れは寂しく感じます。
「あっちは雪が降らないですから、わたしのことを忘れていなければいいんですが」
あの人に限ってないとわかっていますが、つい頭に過ってしまう……。それも明日で終わりですからいいんですけど!
「夜になる前に帰ってくるといいですね」
早く会いたい、そう言ったら驚くでしょうか? こっちに来てからは、わたしも素直に口にするようになりましたからもう驚かないでしょうか? ……いえ、『何か悪いものでも食べたのか?』って言いそうですね。空気読みませんから。
雪道の先の大きな城門を開ける。暖かい家の空気と外の冷気が混ざる時が、わたしは好きです。雪は思ったより冷たくて、あたたかくて、綺麗であっという間に慣れました。
全部、あの人が教えてくれた。冷たい世界でもあたたかい光があるって、当たり前のことを望んでもいいって。だから、わたしは此処にいるんです!
──最後の日まで、ずっと。お菓子と時々スパイスを添えて。