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    lala_sumi

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    二犬
    古の腐女子が書いた遊郭+桃娘のようなパロ
    すべての背景がふわっとてる冒頭だけの落書きで続きはありません

    わたしはあなたのとりこ ちりりん……。
     微かに響いた鈴の音に、犬飼は目を覚ました。じっとりと汗をかいていた。
     僅かずつこちらに近づいてくる鈴の音をぼんやりと感じながら、もう何刻だろうかと寝惚け眼のまま辺りを見回してみたが、閉め切った薄暗い部屋には時刻を知る手掛りになりそうなものはなかった。すぐに諦めて、重たい布団を押し退けてふらりと身を起こす。随分長い間寝ていた気がする。
     行燈に照らされた白い肌が、薄暗闇に淡く発光するかのように浮かび上がっていた。何も纏っていない腕を天井に向かってうんと伸ばす。ほとんど陽の光を浴びることがないほっそりとした身軀は、透けるほどに白く、しなやかだ。
     何処から迷い込んだのだろう、一匹の蝶がひらひらと犬飼の周りを優雅に舞う。蒼い鱗粉を撒き散らしながら暗い部屋をゆらゆらと行ったり来たり、何かに誘われているかのように。犬飼はそれをぼうっと見つめたあと、襖の向こうに人の気配を感じて、視線をちらりとそちらへ投げかける。
     そこにあるのは、よく知った気配と鈴の音。そして、声だった。
    「起きているか」
     鼓膜をじんわりと侵すような心地好い男の声だった。甘くて低い、一度聴いたら忘れられなくなりそうな美しい声。犬飼はその声に、求められるままに応える。
    「はい。ただいま起きました」
    「結構。はやく支度をしろ。そろそろ客の時刻だ」
    「分かりました。……ねぇ、二宮さん」
     甘えるような声を出して相手の名を呼べば、閉ざした襖の向こうで彼が僅かに身動いで、ちりん、と鈴の音が静かに響く。彼が腰帯に差した扇子の房についている宝来鈴の音だ。いつもこの音が犬飼を覚醒させる。
    「襖を開けてください。少し、お顔を見せてくださいよ」
    「……断る。莫迦なことを言ってないで、おまえは早く勤めの準備をしろ」
     やや間があって、二宮が答えた。甘い声が、僅かばかり低くなるのに、犬飼は微かに興奮する。いつ聴いても、好い声。
    「二宮さんはいつもそうですね。たまには、おれの部屋に足を踏み入れてくださいな」
    「俺はおまえの部屋の甘ったるい香りが好きじゃない」
    「……ふふ」
     よくもまぁ、自分で仕立てておいて言えたものだ。犬飼は微笑う。
     犬飼は桃娘と呼ばれる性奴隷だった。生まれた時から食事には桃だけを与えられ徹底した飼育管理のもとで育ってきた。その体臭はおろか汗や尿にいたるまで、犬飼の体内から発生するものは全て甘美な桃の味。俗世の貴族の間では、回春の妙薬や珍味とされ大層持て囃されていた。
    「おれは高貴な桃娘、でしょう。二宮さん、言いましたよね? おれの言うことが聞けないなんて言いませんよね」
    「今日はやけにしつこいな」
    「いつものことでしょう」
     襖の向こうで再び鈴の音がしたかと思えば、静かに襖が開く。現れた男の姿を目にして、犬飼は零れる笑みを止めることはできなかった。その名のとおり桃のように頬を薄紅に染めて、けたけたと笑うのだ。言葉ばかりは大人のよう、表情は何も知らない子供のように。
    「やっとお顔を見せてくれた。おれの名前も呼んでくれないし、いつもつれないお人ですね。おれをこんな風に仕立てたのは貴方でしょう? たまには味わってくださっても良いのに」
    「俺は桃は好きじゃないと言っている。近づくな」
    「嗚呼、酷いお方。おれはこんなにも貴方を想っていると言うのに、どうして分かってくださらないのでしょう」
    「誇り高い桃娘が、そう易く相手に想いを告げるものでもないぞ。そういうのは……」
    「かわして、そらして、はぐらかして、でしょう。貴方が教えてくれました」
    「結構なことだ。分かったなら早く支度をしろ」
    「……二宮さん」
     布団から抜け出て、ほっそりとした腕を伸ばす。ゆっくりと這うようにして身を寄せると、二宮の着物の裾からするりと指を這わせて筋肉の乗ったふくら脛に触れる。
     隠すものがなくなった犬飼の裸体が、惜しげもなく二宮の目の前に晒される。両手で簡単に押さえつけてしまえそうな小さな肩、抱きしめられるのを待っているかのような細い腰、背骨の窪みが美しく影を描いて青白く浮かび上がる背中。行燈の淡い光が、まろやかな色彩をつくりだす。畳の上に這い蹲って、二宮を見上げてくる濡れた硝子玉のような天色の瞳。永遠に見つめていたくなるような。
     二宮の鼻先を桃の香りがふんわりと擽った。
    「触れてもいいんですよ」
    「……」
    「おれは貴方のものです」
     縋ってくる白い手を二宮は片足で跳ね除けた。痛みに喘いだ桃娘の上を、一匹の蒼い蝶々がひらひらと舞い踊った。

     ×××

     花街はいつも賑やかだ。昼も夜も人の往来が絶えない。愛を切り売りして肉欲を欲したままにするというこの街で、よくもまぁ飽きもせずに……、と倦厭しながら犬飼は窓の外を眺めていた。
     犬飼の部屋には今日も蝶々が舞う。甘い香りに誘われるがまま蒼い翅をひらひらと翻す蝶たちに目もくれることなく、犬飼は頬杖をついてぼんやりと窓の外の景色に目を向けていた。
     分厚い塀のなかには何軒も何軒もずっと廓の屋根が続いているだけ。いつも閉め切ってばかりの部屋をこうして久しぶりに開放してみたが、やはり外の景色は犬飼が知るものと何にも変わりはなく退屈なだけだ。
     鉄格子のようだと思う。この窓は犬飼をここに閉じ込める鉄格子。
     勤めとして見世を出て花街の外に出ることはあったとしても、そこで生きていくことは叶わない。主がそれを望めば、犬飼の運命はそうなるのだ。
     犬飼の主である二宮はこの花街から犬飼を生涯出すつもりはないらしい。生涯といっても、それはさほど長くもない生涯。桃娘の宿命はとうの昔に覚悟は出来ていたし、犬飼にとってそれは決して絶望などではなかった。
     たとえここから逃げ出して他の街に行っても、自分がどうなるかはよく分かっている。桃娘は俗世では非常に珍しく売ればかなり高値がつく。短い生涯をここでこうやって二宮の仏頂面を見ながら、退屈に喘ぎながらのほほんと生活しているのがいい。
     二宮は何かと高圧的だし、犬飼の誘いに乗ってもくれないし、いつも険しい顔をして何を考えているのか推し量れないところもあるが、犬飼はそんな彼のことが好きだった。
     どこからか犬飼の香りに誘われた蝶々がまた一匹、部屋の中へと迷い込む。犬飼は気にも留めない様子で相変わらず外ばかりを見ている。桃娘の匂いに寄せられて、彼の周りにはいつもこうやって蝶々が舞っているのだ。蒼い鱗紛を撒き散らす揚羽蝶は自由にならない自分を嘲笑うかのようで、犬飼は幼い頃はあまり好きではなかったが、追い払っても追い払ってもこうやって寄ってきてしまうのでいつからか気にしなくなっていた。生まれた時から食糧に桃しか与えられていないこの体から生まれるものは、体臭も吐息も全て桃の香りがするのだから。
     ふと、鈴の音が遠くに聴こえた。犬飼は振り返ると、窓際から腰を上げてふらりと襖の前に歩み寄る。蝶々がその後に続いた。
     耳をすませば、軋む廊下の上を二宮の草履が擦る音が聴こえる。二宮が近づいてくる音だ。
     やがて鈴の音が襖の向こうで止むと「起きているか」といつもの挨拶だ。二宮は犬飼の名を呼ばない。はい、とだけ答えると「何だ、そこにいるのか」
     思いのほか声が近くて驚いたらしい。いつもの甘い声が少し掠れていた。
    「お待ちしていました」
    「出掛けるぞ。支度をしろ」
    「あれ、今日はお出掛けですか。どちらへ」
    「影浦のところだ」
    「あぁ、影浦伯爵。梅見屋橋に新しい洋館を建てたばかりだと拝聴しましたけど、贅沢なことがお好きなんですねぇ。ご子息さまはおれのことはお嫌いだと伺ったのに、お気立てに難がおありのようで」
    「無駄口は叩かなくていい。おまえは出掛ける支度だけを……」
    「お腹が空きました」
     二宮が言い終わらないうちに犬飼が言葉を挟む。
     と、同時に勢いよく襖を開けた。二宮の驚いた顔が目の前に現れて犬飼は破顔する。
    「二宮さん、たまには『おはよう』くらい仰ってください。いつもいつも『起きているか』って、おれは子供じゃないんですから」
    「自分の管理も出来ないで、何が『子供じゃない』だと? 肌は荒れているし、隈も酷い」
     噛みつかんばかりの勢いで身を寄せてきた犬飼の顔を、観察するようにいろんな角度から眺めながら二宮は表情も変えずに言う。荒れていると言われた犬飼の肌は、とてもそうには見えなかった。
    「自分の手入れも出来ないガキが調子に乗るなよ」
    「はいはい、すいません。どうせおれなんて二宮さんにとってはガキだし、ただのお金儲けの道具ですよ。自分の状態くらい自分で分かってるし」
     顔をぐちゃぐちゃに顰めて、べーっと舌を突き出す。さながら駄々をこねる稚児のように。
    「その粗雑な態度も、ここだけにしとけよ」
     どっちが粗雑だよ、と犬飼は思ったが言い返さなかった。不機嫌になれば途端に崩れ出す彼の所作に、二宮は咎めはするがやめろとは言わない。逆らわなければ基本的には自由なのだ。どこで生きていくかということ以外は。
     しかし、それがかえって犬飼に不満を抱かせているというのも事実だった。
    「飯は風呂に入ってからだ。早く支度をしろ」
    「はーい」
     犬飼は素肌に襦袢を羽織っただけの姿で、二宮の後に続いた。

     食事は、いつもと変わらない風景だった。犬飼の前に並べられるのは、桃、桃、桃。それだけ。
     文句はない。二宮が自分に与えてくれるものがこの桃娘のすべてだった。
     生まれた時から、この花街にいた。父親の顔も母親の顔も、いるかも分からない兄弟の顔も知らない。自分とずっと一緒にいてくれたのはただ一人、主である二宮だけだった。

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