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    柊・桜香

    好き勝手書いてはぽいぽいしています。物によってはピクシブにもまとめて行きます。

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    柊・桜香

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    真夏の陽炎、朱紅の宴 蝉の音が耳を騒がせる、小暑過ぎ。人もまばらなホームで、新幹線から出たばかりだというのに帽子を目深に被ったその人影は大きな荷物を引いて自動販売機に真っ先に向かった。
     ガゴンと勢い良く落ちてきたペットボトルを拾い上げ、蓋を捻り間髪入れずに口をつけた。喉を鳴らし、一気に中身を吸い込んでいく。一滴残らず飲み干し、隣にあるゴミ箱にそのまま空になったボトルを投げ入れた。
    「ってか暑くない!?こんなに暑かったっけ!?」
     ばたばたと扇子を広げて扇ぎながら、ガラガラとキャリーを引きヒールを鳴らしながら足早に駆抜けていく。ホームから階下へ降りるだけで、空調の効いた中二階は灼熱の空間から逃げられるオアシスだ。そこから一気に改札まで降り、忙しい通路の一画、柱の側に避難する。
    「さぁーってと、何処だっけぇ……」
     この時代の端末に姿を似せた通信機器を操作する。今回の任務は、とある博物館の警護任務だ。とある企画展示に集う付喪達は力も未熟な霊である為、それを狙う異形の類いや遡行軍から彼らを護る為、刀剣男士である彼が招集された。
     逸話から語り語られ身を得た刀剣男士。加州清光が、ここ金沢に降り立ったのだ。
     なお移動が新幹線だったのは、任務起点となるとある座標が東京にある為だ。
    「先に何振りか居るんだっけ。あー、でも会期後半は俺だけでしょ?キツそうかも」
     今回招集された、政府が公式に契約を交わしている刀剣男士は3振り。内2振りは、近接する美術館にて展示される為、加州清光よりは任務期間は短い。また同時に、非公式に契約が交わされた付喪神が数振り。全て同刀工もしくは同派に既に契約済みの刀剣がいる付喪神だ。今回はその物達と合わせて任務を行うと加州清光は聞いている。
    「それにしてもあつーい!!とける!てか汗やばい!」
     これでもかと扇子で扇ぐ加州清光。この時代のこの時期に合わせた装いをしているが、それでも頑なに外さなかったストールが熱を籠もらせている。素材は薄めだが、それも重ねれば厚くなるのだ。
     幸い、目的地付近まではバスが出ている。それに乗ってしまえとコンコースを出てバスのターミナルへ向かう。
     そして、数が圧倒的に多くまるで分からないバス停に目眩がした。彼が知る時代と遙かに様相異なる地だ。当然と言えば当然だが、思った以上の変化についていくことが出来ない。
     思わずくらりと後ずさった加州清光の身体を、何かが触れた。誰か人間とぶつかってしまったのではと思い、触れた箇所に顔を向ける。
    「よぉ、6代目の坊主。早々に熱中症か?」
     鈍色の瞳をした青年が、にやりと笑って彼を見ていた。



    「もー。迎えがあるなら言ってよ。そしたら暫く中でフラペチーノ飲んでたのに」
     抗議の声を上げた加州清光に、迎えに来た青年は盛大に笑った。
    「まぁまぁ良いだろうよ。流石に昼日中はあの2人は動けなくてな。連絡が遅れたのはその所為だ。済まん」
    「まぁー……いいよ。こっちのヤツ気になってたから、結果飲めたし」
     手に伝う冷たさに頬を綻ばせ、中身をストローで吸っていく。期間限定販売地限定のフローズン状の氷菓子は、火照った身体を冷やしていった。ほろ苦いほうじ茶とクリームの甘さが、舌の上で転がっては喉を滑る。これがなんとも言えない。
    「それにしても北野江もこっちとはねー。何?同郷会なの?」
    「概ね間違ってはいないな!ま、それなら留守番しているあの蔵入り息子と出張に行ったアイツが足りないけどな」
    「……ああ、大典太と富田江ね。富田江は稲葉江とでしょ?そっちのが嬉しいんじゃないの」
    「吉光の剣や他の加州刀にも会いたがってたからな、アイツ。なんだかんだ、寂しいんだろ」
    「そんなだっけ……?」
    「わがままだからなぁ」
     困った兄弟だよ、と北野江は笑った。
     加州清光が警護を担当する博物館の隣、美術館で既に展示されている北野江の本体は、普段東京の国立博物館にて管理されている。中々目に掛かることが出来ない同じ加賀前田家縁の短刀前田藤四郎、県内にある神社に奉納され、寄託された美術館での展示機会がある吉光の剣こと白山吉光。そして籠手切正宗、太郎作正宗と長光の太刀。彼らが既にこの地に降り立ち、警護を務めているのだ。そこに加州清光が加わり、美術館での展示が終わる立秋の頃までは彼らと共に任に当たる。
    「ちょっと人数多いよねー。ま、仕方ないんだけれど」
    「秋には別の任もあるからな。その時は津田遠江が就くが、まぁ、他にも護衛がいるだろ」
    「ま、今のうちに手は打っとけばいいわけね。分かったよ」
     くいと腕を伸ばした加州清光。バスは目的地まであと少しというところになり、溶けかけの氷菓子を勢い良く吸った。吸って、思いっきり頭が痛くなった。
     バスを降りて彼が向かったのは、警護を任される博物館。展示準備のために休館しているその博物館に、彼は迷わず入っていった。



     幾日過ぎて、夜半。
     着慣れた装束に身を包んだ加州清光は、暗い博物館を背にキロリと目を動かす。
     展示準備と内覧会も終わり、後は会期初日を迎えるばかり。そのため、博物館は強固な結界に覆われており、小物ですら忍び込めない護りになっていた。
    「流石に数が数ですからね。術師達も気合いを入れているのでしょう」
     そういうのは、前田藤四郎だ。
    「いやそれ毎回じゃないとおかしくない?赤羽の時も来たけど、ここまでじゃなかったよ」
    「今回はあらゆる刀剣がこれだけのために集められていますからね。加えて、貴方の依代の1つが関わっているのです。気合いを入れたくもなるでしょう」
    「その依代、東京でめっちゃ守られてるよ。本人知らないだろうけど」
    「僕の依代もそうですね。まぁ、知らない方が身のためです」
    「言うじゃん」
     上空遙か上に妖気を感じ、それを剣気で打ち落とす。大物で無ければ、気配で打ち祓うことは出来る。それが出来るまでに、加州清光は強くなったのだ。
     依代が出来て6年。それは彼が人々に広く認識された年数であり、それが大きくなるほど彼らの力に上乗せされる。ましてや加州清光はメインとなる刀剣の「キャラクター」の1つだ。依代が3つに増えたこともあり、その力は更に増していた。
    「前田も依代2つあるんだし。似たようなもんじゃない?」
    「いえいえ。僕はまだまだですよ」
    「謙遜しすぎ」
     すらりと引き抜いて、振り向きざまに一閃。その先に居た大物を真っ二つにした。その後ろを前田藤四郎の覇気が貫き、魑魅魍魎は砂塵の如く掻き消えていく。
     加州清光と前田藤四郎。その差を埋める物は作刀された年代と知名度、そして彼らが依代という人間達の存在だ。政府と正式契約を結んだ付喪神は刀剣男士となり、まず声の依代を宛がわれる。そして専任の絵師により身姿を与えられ、それを肉として存在する。この2振りにはその他にも生身の人間としての依代が存在し、加州清光は2人の人間が依代としてその力を降ろすことが出来るという。
     しかし前田藤四郎の力は強く、依代に降りることも頻繁に起きることは無い。覇気のみで怪異を壊すことが出来る護り刀の力は、絶大だ。故に短刀の依代は少ない。
    「白山は大丈夫かな。まぁ、あと少しだから、なんとかなるんだろうけれど」
    「……夜明けですか」
     そう呟いた背後。大きな気配を感じた。手にした刀をそのままに、振りかぶられた攻撃を避けようと鞘で防御を試みる。
     しかし。
    「あやばっ!」
     防ぐことが出来ず、受けてしまった。腹部に掛かる重みに、息が詰まる。怪我をしたようだ。
    「加州清光!」
    「げほっ!、っまえだぁ!うえ!」
     はっとした前田藤四郎が、ガンと飛び上がって飛躍する。襲いかかってきた攻撃を躱し、博物館の屋根に跳び乗った。
     それを見た加州清光は、ぱくぱくと口を動かす。それを見た前田藤四郎は、ひらりと外套を翻して屋根を駆けた。
    「んじゃぁ、おっぱじめるぜ!」
     鞘と刀を構え、加州清光は大きな相手に向かい走り出した。先程とは違い、攻撃を見切って懐近くまで飛び込む。鋒が触れることが適わないほど俊敏な相手に、加州清光はそれでもなお挑んでいく。
    「おらおらおらー!」
     同箇所に三連撃繰り出し、相手の動きを怯ませる。その隙に剣を薙ぎ、傷を負わせていく。
     しかし懐に飛び込むということは間合いが近くなること。相手の間合いになれば、攻撃を避ける事も難しくなる。ひとつ、ふたつと傷が増える。
     それでも相手には確実にダメージが入る。ここで倒さねば、ならない。
    「――治癒限度32%。神技発動します」
     これまでの傷が、癒やされていく。白山吉光の特殊能力だ。
     完全には治らないが、これでいい。
    「いっくぜぇ……。これ、っがぁ、本気っ!だ!!」
     一閃。胴を裂く一撃が入り、相手は砂塵とかして消えた。
     刀を一度振って納刀し、屋根の上にいる前田藤四郎と白山吉光に親指を立てるジェスチャーをする。
     空が白んだ。
     その様子に気付いたのは、彼らだけでは無い。美術館の警護に当たっていた刀剣達も、空を見上げた。
     今日の始まりは、少し何時もと違うだろう。きっと大勢の人間が、この地にやってくる。
     己達に出来ることは、精々彼らを存分にもてなすことだ。今日までの警護も、それが目的だったのだから。
     数時間後、この地は一時的な神域になる。
     この地に集う刀剣達が一斉に目覚める。人々をもてなすために。そして、彼らに自分たちからの謝辞を伝えるために。

     さぁ

    「大加州刀展、始めよっか」




    2021/07/22
    石川県立歴史博物館
    夏期特別展 『大加州刀展』
    開催おめでとうございます!
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