おっさんの痴話話「そういう風に慣れちまった人間は、お上の道具になりやすいのさ。」
自嘲するように、彼は真っ暗闇の窓の向こうを見る。反射する、その顔は随分年老いた顔つきをしていた。
私も随分歳をとったと思う。とは言え、未だに童顔だと言われるのは、やはり自身のやりがいが充実しているなのか、それとも、ただの性格か、生活か、そういう血筋なのか。
色々と要因を浮かべるが、それは愚問であろう。
今は、決めつけたボーダーラインを越えて、向き合って話さなければならないことである。
「……それでなにか改善策でもあったのかね。」
彼は眉毛をピクりと上げた。そして、困った顔をする。困らせる言葉を掛けたのは間違いではない。
「あったら、自分が抜けているさ。どうしようもないしがらみから、な。」
「そうか。」
「とはいえ、そのしがらみがあったから、しがみつこうと思ったわけだし、お前とも会ってなかった。それはすべて“IF”の話さ。だから、俺はいいんだ。」
彼は自身の問題に納得いかせるように、自分自身にも言っているようなところの顔をする。
そうだ、もう私たちは“若く”はない。闇雲に追いかけるというよりも、経験値をもち、探索し、作った足場をゆっくり崩れて行かないか点検しないといけない時期なのだ。
それで絶望する私たちでもないし、経験則があるおかげである程度の読みはできるのだ。それが子供たちにとってはずる賢くみえ、反発を買うのだろう。それは、それでいい。
だが、私たちだって、清濁併せ吞んできたからこそ、煮え切れないものがこの臓にくすぶるのだ。
だからこそ、私は若い彼らに羨望があり、彼らが望む道に進んでほしいと少しでも助言をしたいのだ。だが、その交わりは、如何せん分からないのだ。
分からないから、彼は困っているのだ。
それは私も同じこと。どこまで、関係を築いて、関わるのか。
「……そうだな、過去は変えられない。しかし、未来は分からない。」
「ああ、だからこそ、あの子には自由になって欲しいところではあるけど、難しいな。と。」
「お前の大真面目が移ったんだろ。」
「いやいや、あれは根っからの真面目で俺より優しい。だから、自分の事は決めようとしない。」
「他には“ほか”の道に行かせようとするが、自分にはそのベクトルが向かない。と。」
「“ひとりよがり”じゃなくていい。とは何度も言ってきた。だが……長すぎた。本来必要なときに必要な人たちに出会ってこられなかったから。目を、眼を向けてほしい……」
そうして、ふるふると頭をふって、手で顔を覆う。そして、情けないため息とともに、彼の言葉にできない、わだかまりの言葉が唸り声と共に出る。
こういう時、タバコとか渡したいところであるが、コンプライアンスもあるし、場所も場所である。かける言葉が見当たらず、ただ、彼の隣に歩み寄るしかなかった。
保護した子供はどこかで、若い時の自分と錯覚してしまうことがある。
波長が合う、境遇が近い、自分が子供の時だった時にかけてやりたかった言葉を投げてみる。でも、それは自分じゃない。そう、自分じゃないことをこちらが理解しなければならないのだ。
「なあ、ギリーよ。彼はお前と違う。違うからこそ、知らなかった道へ歩むこともできるのではないか?慣れてしまっているだろうが、彼にも彼なりの意思を持っているだろう?」
「……」
「想像できないから、怖いのか?それとも最悪の方面に眼をお前が向け過ぎではないのか?」
「……ああ、そうだ、それも、そうだな。」
少し正気に戻ったのか、ぼさぼさ頭を彼はかいた。そして、ふう、と息をつく。
「……悪かったな時間を取らせて。」
「そうかな。時間は有限ではあるが、先を想うためには必要な時間と、私は思う。私も大事な時間だったよ。所詮、みんな他人。他人だからこそ理解するのは難しい、分かち合うのはできるかもしれない。」
「……ハンサムがこっちの案件で活動して、助かったよ。」
「まさか、ギリーがこっちに高跳びしているとは、思わなかったよ。」
子供には戻れない、けれど、少しいたずらっぽく笑えたのは、若かりし時の残像か。
暗い帳がやや上がり、空に青みがかかる。
「さて、もうじき夜が明ける。」
「ああ、もう一仕事だ。大人の、意地っていうのを。」
夜が明けたら、お互い違う立場でやりやろう。
自身の掲げる、正義の名を基に。