宙の夢 ウ宙人はガス状の生命体だ。なので、意識が飛ぶということはない。それは夢を観ないということであり、睡眠を必要としない身体だということだ。
歌仙も身体を得てからというもの夢の世界の魅力に取り憑かれている。不思議で不愉快で心地好い、全てがあって全てがない、そんな感覚は貴重だった。
まるで付喪神として像がない時のたましいのようで。実際、人の身体を得る前のエピソードは茫洋としているが、きっとあんな場所にいた気がする。
和歌でも詠まれる題材だ。歌仙もいくつか歌に表した事がある。そして眠れば新しい夢を観て、起きると霞のように消えていく。一抹のもどかしさを感じつつ、合戦場で首の取り合いをしているうちに忘れてしまうのだった。
「観なければ観ないで、どうという事はないんだ。人体ならば記憶を整える為に必要みたいだけど、きみは意識の形が、僕らとは違うようだからね……」
歌仙は指で顎を摘み、首を傾けた。一緒に主の首も動く。こてん、と。無機質な笑顔と共に。
機械人形の中に入っている、黒い粒子が主の本体だ。だから機械人形の表情は、自然とぎこちないものとなる。漏れ出た黒い霧が巨大な人の手の形となった。影の手と呼ばれている、ウ宙人のもう一つの形態だ。巨大な手は手話をするように指文字で、ゆめ、と空をなぞった。
「ユメ?」
いやうん、声にも出せるのだけれどね。機械人形から放たれた電子音声に、歌仙はウンと頷いた。
「絵にも描けない荒唐無稽な世界をね、眠っている間に観るんだ。敢えて形にする芸術も、あるにはあるけれどね」
「フウン」
歌仙の真似をして、黒い影の手は何を摘むような、人差し指と親指がふわりと浮いたような形になった。
「歌仙チャン」
「なんだい主」
以前はチャンという敬称が擽ったくて呼ばれる度に拒否していたのだが、いつからかそれほど煩わしくはなくなった。ウ宙人が歌仙に敬称を付けるとき。それはウ宙人が、溢れんばかりの興味で以て歌仙から学ぼうとしているときなのだと理解したからだ。
「意識が途切れたことはないけド、何も無いところに、何かをミることはあるヨ」
「おや。もしかしてそれは、落武者の首だったりするかい……?」
この本丸でウ宙人以上に不思議なことはあまり無いのだが、そもそも歌仙たち刀剣男士は付喪神なのだ。もしかしたら妖の類が彷徨っている可能性があるかもしれない。
さて誰に相談すべきか。にっかり青江か石切丸か。最近では鬼丸国綱や髭切の方が化け物退治には向いているだろうか。いっそ自分で斬ってみようか。歌仙は考えながら刀に手を掛けた。
しかし、ウ宙人は平手の形にした影の手を、団扇のように扇いだ。誰が見てもわかりやすい、否定の仕草である。
「首はミタコトないヨ。でも、歌仙チャンを観るヨ。巴チャンや、鶴丸も観るよ。他の石の仔たちもだよ」
ウ宙人は何故か人間や刀剣男士を石と呼ぶ。ウ宙人にはこの地球のものは、石で出来ているそうなのだ。ウ宙人に雅なことを教えるからにはと、歌仙も宇宙についての勉学には励んでいるが、『石』の正体については未だに謎だ。
それよりも。
「鶴丸には何故敬称がないんだい……?」
「ンー。トリだから?」
「トリ……」
「鶴丸には自由にしてもらいたイ」
「そうかい……」
よくわからなかった。
ウ宙人の中の鶴丸国永像は中々どうして謎に満ちている。確かに、鳥は空を飛ぶし、鶴丸も既成概念に囚われない度し難い行動をするのだが。
「つまり、幻を観るということなのかな。夢幻のごとくなり、と、儚いものを表すときに使う言葉なのだけれど」
「アー。そうカモ。ケド、はっきり眼ニ見エル訳じゃなイかも。歌仙チャンに訊きたいコトがあると、歌仙チャンが観える。ホログラムよりフンワリとしてる」
アト鶴丸が遊びにくるカナって予測した時とか、巴チャンに星を見せたいなって思う時トカ、とウ宙人はパターンを羅列する。じっくりと聴いていた歌仙は、それで納得した。
つまりはウ宙人は、歌仙たちの様子を想像していたのである。眠らぬままに観る非現実。それもまた、ひとつの夢だ。
「主、それも夢だよ。眠っている時に見るものじゃあないけれどね。でも、大切なことさ」
「ヘェ」
またヒトツこの星に詳しくなった、と宇宙人は影の手をくるくると回した。
ウ宙人は眠らない。けれど夢を見ることは、どうやらできるようだ。
日頃から僕らのことを、きちんと考えてくれていたなんてねえ。恐悦至極だよ。
歌仙は少し、照れくさくなった。
了