これはきっと正当防衛だ
私は被害者に違いない
だってこの人は、ストーカーだ
だってこの人は、私を追いかけ回してきたのだ
だってこの人は、私を刺そうとしたのだ
そして私は、抵抗した挙句に、この人を刺してしまったのだ
私は悪くない 絶対 絶対 絶対に
手の震えが止まらない
頬についた返り血が気持ちの悪いことこの上ない
腰を抜かして動けない
腹から血を流して倒れている男を目の端に映す
大丈夫、だって私は
「大丈夫?」
突然、狭い路地裏に不釣り合いな爽やかな声が響く
「…え……」
振り返るとそこには、個性が強めの男性がポケットに手を突っ込んで此方を見つめていた
「ん?大丈夫?」
「…だ、だいじょうぶに、みえます?」
「分からないから聞いてるんでしょ」
「…だいじょうぶじゃ、ない…」
「ちゃんと言えて偉いね、何があったのこれ」
ニッコリ、という音が聞こえるくらいの笑みを浮かべた男性は私に目線を合わせるため、しゃがんで語りかけてきた
「…わ、わたし、この人を」
「刺しちゃった?」
「わたし、わたしじゃ、私、悪くない!」
「でも、刺しちゃったんだ?」
「だって、この人が私の事を追いかけてっ、刺そうとしてきてっ」
「刺しちゃったんだ」
「…っ、」
「あらかわいい、黙っちゃって 今みたいにもっと熱く語っていいよ お喋りな女の子は大好きだ」
何故この男はこんなに落ち着いていられるのか、笑みを崩さずに語り続ける
「…わ、たし どうなるんですか…?」
「捕まって報道されるんじゃない?有名人じゃん、良かったね ツイッターででっち上げ
オンパレードの挙句、悪口書かれまくるよ」
「………。」
幼い頃からずっと頑張ってきた
仲の良い友達にも恵まれたし、勉強だってとても頑張った
お母さんとお父さんがとても良い人だった
私が落ち込んでいる日はいつも私の大好物を作ってくれたりした
それなのに、たったこれだけのことで
この情けなく血を垂れ流している男のせいで
私は、私の楽しい人生は
「………おわっ、た…
わたし、私の人生!おわっちゃったああ!!」
こんなの、もう笑うしかない
涙が止まらない 笑いが止まらない
目の前の男はなんだコイツは、という顔をしているがそんなのはもう関係ない
私の人生は今日破滅の道へと進んで行ったのだ
「ちょっと、泣かないで そんな大口開けてるとはしたないよ」
「あは、あは あ、ふっ」
「というかまだこの人生きてるし」
えっ?
「ふ、ふふ、は…………え?」
「いや生きてるって」
「…え?」
「勝手に死んだと決めつけるのは失礼だよ」
「っえ、い、いき、生きてるんですか」
「うん、生きてる 多分今通報とかしたら大丈夫じゃない?正当防衛とかなんとかで君は捕まらないんじゃない?知らないけど」
「えっ、それ、それなら 私、まだ」
ぐちゃっ。
どす、ドスドスドス ぐちゃ グチャグチャ
「うん、今死んだ」
「………うえ?」
男は、なんのためらいもなく 倒れていた男の横に置いてあるナイフを、容赦なく突き立てた
「頭、心臓、…男だけに着いてるアレ 今刺したの、分かる?ちょっと難しいかな 急所ってやつだよ ゲームとかでもよくあるでしょ?あのー、FPSで言うところの、ヘッドショットとか」
「……は…?」
「まあ端的にまとめると、君が先に刺して、今俺がトドメさした」
「………はあ……???」
「ちょっと、大口開けてはしたないってさっきも俺言ったでしょ」
「…な、にしてんの…?」
「俺達、仲良くなれると思うんだ」
「な、に。」
「大丈夫、君も彼を刺した 俺も彼を刺した もう一人じゃないよ」
彼は返り血を浴びて汚れている私をぎゅっと優しく包み、歌うような声で囁いた
「俺、君だけの共犯者になってあげるよ」