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    凛潔/方向音痴潔と効率厨凛のラブラブめネタ

    ときめきレガート ────糸師凛は苛立っていた。
     それを表すように腕時計にわざとらしく目を向ける。秒針は相変わらず進んでいくが、その割に状況は変化がほぼ無いまま。
     表示されている時刻は十二時半をわずかに過ぎており、頬を撫でる春めいた風は凛の機嫌をなんとかここまでなだめる程には暖かく優しい。
     もしもこれが真夏の日差しの中であったり、芯まで凍えるくらいの雪降る夜ならば、もっと早く凛の導火線は着火していただろう。
     どこからか飛んできている桜の花弁がアスファルト舗装された道路にパン屑のように落ちて車に轢かれていく様を眺めていた凛は、ついに隣で唸っている潔の頭を片手で鷲掴んだ。
     「ぎゃ!」
     「お前マジいい加減にしろよ殺すぞ。わざとか?」
     「ち、がう、違うって! 離せよ凛!」
     すっぽりと右手に収まった頭頂部から生えている双葉に似た癖毛が、潔の拒否を代弁するように指の隙間で揺れている。
     その情けなさに怒りのメーターが若干下がった凛は、ほどなく潔の頭を解放するとそれでも静かに怒気を滲ませたまま囁いた。
     「この道、一体何往復したと思ってんだよ」
     「いや……地図だとこの辺りにある筈なんだけど……」
     「そのセリフは聞き飽きた」
     「……う……それは、……ごめん」
     しなびた菜っ葉もかくやとばかりにシュンとしょげてしまった潔は、着ているパーカーの紐の先端を指先でいじくる。
     (んな動きで可愛く見せる魂胆なら流石にあざとすぎだろ)と凛は思考してから、そのように馬鹿げた考えが一瞬でも過ぎった自分を呪った。
     "青い監獄ブルーロック"の機材メンテナンスが入るというお達しがストライカー一同に通告されたのは一週間前の事だ。そうしてメンテナンスを行う二日間だけだがオフが言い渡された。
     それぞれが二日というそのオフをどのように使っても良いとの事だったが、あえて潔は凛に声をかけ、凛は渋々というていでその誘いを受ける事に決めた。──何せ、二人は互いに互いを恋愛対象として淡く認識していたので。

     そうして迎えたオフ二日目当日。
     人混みを避ける為に比較的閑静かつ、どちらの実家からも近い駅を指定してきた潔の指示に従い、腹を空かせてやってきた凛は、とうとう不満をもらす羽目になった。
     何故なら『今回は俺が行き先を決めるから! 当日まで秘密な』などと意気揚々とメッセージを飛ばしてきた潔の後を付いて回って、もうすでに三十分が経過していたからだ。
     待ち合わせ時刻の十五分前には落ち着かない気分で駅の改札を通っていた凛にしてみれば、最初のそわそわとした気持ちはとうに消え、苛立ちの方が上回っていた。
     他の人間が相手ならば、まず第一に貴重なオフを割いてまで会わない。
     さらには十分もかからないと言われて三倍以上の時間がかかっていれば、もうその時点で通常の凛だったら怒鳴りつけて帰宅しているだろう。
     けれども、相手はあの潔だった。
     別に凛の中で好きだとか恋だとか、そのような生温い感情を断じて認めたワケでは無いものの、"青い監獄ブルーロック"で必死に凛を探して声をかけてきた姿や、駅で駆け寄ってきた時の安心したように綻ぶ笑顔という小さな欠片たちが凛の冷たさを普段よりもぬるくさせていた。
     「いい加減地図見せろ」
     「……ん」
     潔が握っているスマホの画面を覗き込んだ凛は、そこに映っている店までの地図を見る。
     アットホームなホームページに記載された手書き風の地図は、それでも分かり難くは無い程度の情報はキチンと載っていた。
     そうしてその地図に表示された場所は確かにこの周辺ではあったが、道が一本違っているようだった。

     深く長い溜息を吐く。そのまま同じようにスマホを覗き込んでいる潔にスマホを押し戻した凛は、素早く足を動かして潔を先導するように歩み始めた。
     迷いのない凛の後ろをヒヨコのように着いていく潔はスマホを握り締めながら、おずおずと凛のジャケットの肘辺りを緩く指先で掴んだ。
     「道、間違えてた?」
     「……一本向こう側の道だ」
     「そっか……ごめんな凛。時間無駄にしちゃったな」
     出来るだけ凛といっぱい話したいのに。
     肩越しに視線を向けた凛は、そう囁いて見上げてくる潔の瞳を数秒眺めてからゆるりと顔を前に戻す。
     ピッチの上ではとんだ暴君で、ちょっと生まれたのが早いからと言って常に凛の前では先輩面をしたがる潔の申し訳なさそうな表情に目を奪われたからだ。
     しかしそれを認めるというのは凛の中で選択肢に存在せず、かわりにこの日から凛の脳裏には二つの事項が脳裏に刻まれていた。
     一つ目は【潔は恐らく方向音痴】だという事。二つ目は【落ち込む潔は心臓に悪い】という事。
     その後、すぐに辿り着いた隠れ家風のカフェで凛と潔は野次馬に邪魔される事件なども無く、なんとか双方納得のいく初デートを果たしたのだった。

     □ □ □

     「こっちだタコ」
     「おー、サンキュ」
     厚手の上着を着込み、もこもこと丸いシルエットになっている潔はやわらかく微笑むと、異なる出口に向かおうとしていた足先を戻す。
     スマホをチェックしつつ、さりげなく潔を監視していた凛は、ついでに店の予約時刻に充分間に合うだろうというのもしっかりと確認していた。
     初めて二人で出かけたあの日以降、凛は潔がどれだけ『今回は自分がエスコートする』といっても頑なにそれを拒んだ。
     潔が行きたい店は事前に連絡させ、位置を下調べしたし、自分が潔を連れて行こうとする場合も同様にルート確認をおこたらない。
     迷うという無駄な行為が嫌だと言い含め続けたのもあり、最初は自分が主導権を握りたがっていた潔も自然と凛に任せるようになった。
     そして、そこまで共に出かけた回数も多くは無かったが、やはり凛が最初に危惧きぐしたのは間違いでは無かった。

     "青い監獄ブルーロック"に居る間は誰も彼もが似た場所で混乱するのは仕方が無いと気が付いていなかったが、潔はまぎれも無い方向音痴だ。
     しかも出掛けるのが嫌いではないどころか、散歩が趣味だと聞いた時、凛は内心目を剥いた。
     お前、その方向感覚で変な場所まで一人で行って帰ってこれないなんて無いだろうな? ──そういった疑惑が脳を支配したからだ。
     だが、自宅周辺の散歩コースはある程度決まっているらしいのと、大幅に間違いやすいのは初めて行く場所くらいだと聞いて凛は少しだけ安堵した。
     迷い犬のように道の端で途方に暮れる潔を想像して、なぜか胃が痛くなったからである。

     「なぁなぁ、このへんに有名な和カフェがあるんだって」

     凛が予約していた中華料理の店で昼食を終え、スポーツ用品店を巡り、ついでに近くの大型公園をぐるりと回った辺りでスマホを弄っていた潔がそんな事を言い出した。
     広い園内を並び合って歩いている間、サッカー論やら世間話やらを凛に向かって楽しげに語っていた潔の頬は秋の寒さなどもろともせずほんのりと赤らんでいる。
     潔が話している間に凛が発する言葉は半分にも満たないが、普段の醒めきった空気は薄まっており、凛を知る人間からすれば随分と機嫌がいいのを察するだろう。
     いそいそとスマホをそんな凛に向けてきた潔の瞳は輝いており、行きたいというのを口に出さずとも伝えてきている。
     画面に映っているのは、昨今意識されている“映え”という要素と古き良き日本家屋の雰囲気を混ぜたような店舗の画像。
     次々と画像が切り替わる形式のトップページには、確かに潔が好みそうなきんつばやあんみつなどの和風なデザート類が綺麗に盛り付けられている写真が浮かんでは消えていく。

     ホームページをドヤ顔で見せつけてくる潔を眺めながら、もう何度か見たそのページの挙動を少しだけ追った凛は、そのまま画面の向こうに居る潔に対して軽く肩をすくめた。
     「カロリー摂り過ぎだろ」
     「いいんだよ、今日くらい。どうせまた明日には収監されちまうんだから」
     「ぬりぃ事言ってんじゃねぇよ、雑魚」
     「……じゃあ、行かないって事?」
     掲げていたスマホを自分の方へと向け直し、明らかに落胆を示す潔に凛は歯噛みする。
     いつもの鋭い眼差しは無く、いじけた子供のように凛よりも低い位置にある顔をかしげるように動かした潔はやはりあざとい。
     やはりこれが全く興味の無い相手ならば、めんどくささに凛は憤死していただろう。

     試合中のゲームメイクには当然素直さなど微塵も存在せず、試合外でもサッカー以外の欲求やワガママを潔が直球で表す相手は意外にも少ない。
     それは、周囲に潔などよりも身勝手なエゴイストがうじゃうじゃ居るのもあるし、そういう環境に身を置いていないのもあるのだろう。
     だが、兄貴ぶりたがる上に世話焼きな部分があるのと同時に、一人息子としてそれこそ厳重なまでに箱に入れられ大切に育てられた潔はひどくマイペースだったし、己の要求が通るのをごく当たり前に求めている節がある。
     最初の頃、凛にひっついて回っていたのだって自分の欲が通って当然だと考えていたからだろう。
     その上で、潔の事を凛が拒否できないのは自身が認めた宿敵ライバルであり、放っておいたらその内にフラフラとどこぞの馬の骨にでも掻っ攫われてしまいそうな危うさを潔が持っているからだった。
     「……行かないとは言ってねぇだろ」
     「だよな、凛ならそう言ってくれると思ってたぜ」
     たっぷり間を置いてから仕方なくそう答えた凛に向かって、先ほどまでの落胆は演技だったのかと錯覚させる程にすぐさまニッコリと笑った潔にわざとらしく舌打ちをする。
     凛のその反応すらも織り込み済みだったらしく、気にも留めない潔はさっさとスマホの画面をスワイプして店の場所を確認しているようだった。

     大手を振り、「よしっ」と気合めいた声を上げた潔が踏み出した足を食い止めるように、凛の伸ばした指が二の腕を掴んで引き寄せる。
     よろめきまではしないものの、振り返った潔の丸くなった瞳が戻り切る前に服の上を辿った凛の指先が潔の指を絡め取った。
     ひと回りは違う掌がピタリと触れ合い、潔の肩が跳ねる。
     そのまま顔を持ち上げた潔は、握られた手と凛の横顔に何往復か目線を走らせた。
     「……凛、……なんで手……人、居るし……」
     困った顔をして囁いたわりには手の力を抜く事はしない。それどころか周囲から握っている手が見えないように身を寄せてきた潔の肩先が凛の腕に当たった。
     先ほどまで会話をしていたのよりも一歩、近い距離。
     なんて事の無い顔をしつつもその重みを感じ取った凛は、さらに握り込む手の力を強めた。
     「リードみたいなモンだ。いいから大人しく繋がれてろ」
     「……俺、犬じゃないんですけど……」
     「うっせぇ。……お前がさっき言ってた所、行くんだろ。道はこっちなんだよ」
     「……あのさ、前から気になってたんだけど……もしかして、俺が好きそうな場所とか事前に調べてくれてたりする……?」
     しっかりしているようでいて、意外と抜けている。そのくせ察しなくていい場面では鋭い。
     凛が潔という生物に対してフィールド外で常に感じる二面性の最たるものだった。

     ジッと横顔を観察してくる視線は熱を秘めていて、足裏を綿毛で擽られているようなムズムズとした感覚が凛を襲う。
     それを振り払う為に「黙って見つめてくるな」と一言文句でもつけてやるつもりで唇を開いた凛が声を発するよりも前に、潔が嬉しそうな音で空気を揺らす方が先で。
     「いつもありがとな、凛」
     薄い唇を開きかけて結局、沈黙を貫いたまま歩を進める凛の隣でまろい頬をさらに赤らめて無邪気に礼を言った潔を戒めるように、緩く手の甲に爪を立てた凛の足取りには一切の迷いが無いままだった。
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