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    ミ(フールズゴールド/商人)×プ(エルフメイド/エルフ)のエセエセファンタジーパロ

    例えばこんな世界だって、 不快感を伴った強い耳鳴りがする。
     それと同時に、全身を包む冷たさに身を震わせた。
     早くここから離れなければならないが、生憎と川にしっかりと浸かりきった服は酷く重みを増していて、片脚も折れている現状では川縁かわべりに這い上がるだけで精一杯だった。
     気だるい頭を動かし視線だけを投げた微かに波立つ川の上には、バラバラになった馬車の木片と、落ちてきた時の衝撃と恐怖で山奥へと走り去ってしまったのだろう馬に繋がれていた手綱とハーネス一式が浮かんでいた。
     これでは山を降りる事すらも難しい。……あの羽飾りのついたゴーグル、結構気に入っていたのに。
     まだ日が高いとはいえ、芯から冷えたせいで意識が緩やかに遠退いていく。
     もしかしたら、このまま俺は死ぬのかもしれない。
     可能性としてはかなり高いその未来が恐ろしい筈なのに、余りの運の悪さに、もはや笑いすら込み上げてきていた。
     狂暴な魔獣の住む霧深い谷を越え、やっとの事で買い付けた薬草や穀物を運んでいる最中、盗賊に襲われ、奴らからなんとか逃れる為に馬車で山道を適当に走り回った――それはまぁ、たまにある出来事なのでいい。
     問題は走っている途中で、まだ産まれたばかりの子供を連れた一つ目鹿の親子にぶつかりそうになった事だ。
     向こうが耳に痛いくらいの甲高い威嚇いかくの声を上げる前に、俺は咄嗟とっさに手で握っていた馬車の手綱を引いていた。
     その道は馬車一台がどうにか通れるような細い道で、一歩踏み外せば切り立った崖。
     崖下へと呆気なく落ちていく馬車と俺を、青白く光る瞳で鹿の親子が眺めているのがスローモーションで見えた光景を最後に、俺の意識はさっきまでトんでいたのだった。

     目を醒ませただけ、マシだったのかもしれない。
     それとも、苦痛を感じないままに溺れ死んでしまった方が良かったのか。
     そこまで考えて、家に残してきた母さんの事を思い出した。
     ――――まだ俺は、こんな場所で死んではいけないのに。
     思わず握った石にはぬるりとした苔が生え、人間が安易に立ち入るような場所ではないのだと理解させてくる。
     そのうちに低体温症で死ぬか、そうでなくとも腹を空かせて死ぬか、最悪なのは魔獣に見つかって食い殺され、死体すら残らないかもしれない未来だ。
     怖い。誰か、誰か、助けてくれ。
     寒さだけではない震えを帯び始めた唇が、音にもならない助けを呼ぶ。
     けれど意識は遠退くばかりで、これが俺の最期の記憶なのだろうと考えていた。
     しかし、少し離れた場所で何かが動いたような気がして顔を上げる。
     そこには川辺の石を固い蹄で踏みながら恐る恐る歩んでくる二匹の鹿と、その特徴的な青白い目に良く似た青い衣服を纏った誰かの姿が見えた。
     もう、頭が上手く働かない。
     自然と閉じていく瞼の向こうで、一人の男がこちらに駆け寄ってくるのが見え、俺は安堵の溜め息と共に今度こそ完全に意識を失った。

     □ □ □

     「ッ、は……!?」
     次に目覚めた時、あれほどまでに冷えていた筈の身体は柔らかく温かな何かの上に寝かされていた。
     よく見れば、身体の上には羊毛を詰め込んだ掛け布団をかけられ、布団の内部には保温の為なのか、微量の炎魔法が籠められたいくつかの小さな赤い魔法石が入れられている。
     掛けられている少し重い布団をまくれば、下着も服も着ておらず、代わりに、折れていた足首には固定の為の接ぎ木が少し歪んだ包帯によって巻かれていた。
     そうして鼓膜にはパチパチと火を起こした際に生じる、小さくも心地よい音が響いている。
     すぐ隣にある壁は漆喰とわらを混ぜた土壁。床は滑らかな木張りになっており、天井はそこまで高くは無いものの、耐水性に優れた巨大食虫植物の葉が、蔦で出来た縄で丁寧に編まれて折り重なっていた。
     恐らくだが、ここは狩りの時、一時的な宿泊地として使う山小屋か何かだろう。

     周囲を見回して状況を確認したものの、どうしてこんな場所に? という疑問が浮かぶ。
     そうして、さらに顔を動かせば、小屋の中央に置かれた小さな火鉢のような物の前に胡座あぐらを掻いて座っていた男が、こちらを振り返っていた。
     白い長髪を高い位置で結い上げた男は、金で形作られ、額に青い宝石を嵌め込んだ兜のような装飾を頭に取り付けている。しかも、その装飾品はここからでも目立つくらいに耳が長く作られていた。
     もしかして、意識を飛ばす直前で見たのは、コイツだったのだろうか。
     思わず無意識に男の身なりをさらに観察してしまう。
     結い上げている白髪とは異なり、装飾で額縁のように囲われている顔は俺よりも余程、幼く見えた。
     切れ長の瞳は、以前、海の近い国にわざわざ買い付けに行ったブラックスピネルに似ている艶のある黒。ふっくらとした唇は、健康そうな色をしている。
     俺の村には居ないタイプの人種のようだと結論付けたあたりで、何かを言おうとしていたらしい男の唇が一度開いてからすぐに閉じられていく。
     そうして、いきなり飛び起きた俺と同じく、一瞬だけ驚いた顔をしていたその男の顔は、また無表情へと戻っていった。
     そのまま太い眉をしかめたソイツは、また顔を火鉢の方へと戻すとぶっきらぼうに呟く。
     「이름이 뭐야?」
     「えっ?」
     聞き慣れない言語に首を傾げる。
     今までに聞いた事の無い言語だった。商人としてそれなりに様々な場所へと足を伸ばしているから、全く聞いた事の無い言葉を聞くのは、正直とても珍しい。
     ジッと黙っている俺へと再度振り返った男は呆れたように溜め息を吐いたかと思うと、ゆっくりと声を上げる。
     「……名前」
     「あ、え? 俺? 俺はエリオット。エリオット・ウィット」
     「……ウィット。お前、ここで何をしていた」
     まさか言葉が通じるとは考えてもいなかったのもあって、声が上擦った。
     まるで罪を問い詰めるような冷たい瞳のままこちらを見てくる男に、慌てて両手を前に出すとその手を振りながら説明を始める。
     「ほら! 谷の向こうに大きな国があるだろう? そこへ商品の買い付けと販売に来てたんだ! それでやっとの事でさぁ帰ろう! って来た道を戻ってたら、いきなり賊に襲われちまって……そりゃあもう何人も何人もけしかけてくるわ、毒矢を撃ってくるわの、お、……おお? 大盤振る舞いさ! そんな怖い奴らを振り払う為に山を走ってたんだが、急に鹿にぶつかりそうになってよぉ。だから急いで避けたら馬車ごと崖から転落ってワケ。あ、"馬鹿"っていうなよ? それは今の俺には一番効く言葉だからなぁ」
     俺を黙って見つめてきていた男は、美しい黒い瞳を丸くしてこちらの話を聞いている。
     一気に話したから、もしかしたら通じていないのかもしれないと不安になった俺の前で、もう一度溜め息を吐いた男が唇を動かした。
     「……お前、話が長いと言われた事は?」
     「んんー? たまにな。でも俺の話はユーモアに溢れてるし、聞いてて面白いだろ? 俺はそう思ってるが」
     「……まぁいい」
     全てをバッサリと切り捨てた男が、また火鉢へと顔を戻したかと思うと、傍らに置いてあった椀を取り、火鉢の上に置かれた鍋らしき物から何かをよそっている。
     そうして寝ている俺の方へと立ち上がって近付いてきた男の手の中には、ふんわりとした湯気の立ち上る薬膳粥が持たれていた。
     「ほら、食え。身体は保温したが、内部からも温めた方がいい。末端すら冷えていたからな」
     「あ、……ありがとう……」
     同時に手渡されたスプーンと椀を受け取ると、東の方で採れる独特な香辛料の匂いがした。
     この香辛料は身体を温めるのと同時に、怪我の回復を促す効果がある。
     悪い奴では無さそうだと、粥をスプーンで掬う。そうして息を吹き掛けて少し冷ましてから、口の中へと運び入れた。
     滑らかで素朴な味わいと、今までの疲れからか、その粥はこれまで食べた物の中で一番に美味く感じる。
     次から次へと粥を食べていく俺を見ていた男は、不意に掛けている布団の足元を捲り上げた。
     「……悪いが、俺は回復魔法は苦手なんだ。だから一度では治せなかった」
     「いや、いいよ。寧ろ悪かったな……本当に死ぬかと思ったんだ。助けてくれてありがとう……えぇと……」
     「クリプト」
     「クリプト……それがお前の名前か。ありがとな、クリプト」
     無表情の中にも、どこか申し訳なさそうな感情を覗かせたクリプトに、急いで礼を告げる。
     回復魔法は、そもそもその分野に特化している医術師でなければ、そこまでの効力は期待できない。
     それに、魔法で受けた呪いや怪我で無い限り、何度も同じ箇所への回復魔法を唱えるのは自分の再生力の上限を越えてしまうから基本的には禁止されていた。
     だが、少なくとも今は痛みも殆ど感じないし、これだけ応急処置が丁寧にされていれば変にくっつく事も無いだろう。
     それよりも、壊れてしまった馬車と逃げてしまった馬の方が問題だった。
     「しっかし……どうやって帰ろうかな……俺の家はここからまだまだ先にあるんだよなぁ……」
     「……馬もお前が起きる前に少し探したが、西の方へと逃げてしまったようだ。あちらは俺達の管轄外だし、見つけるのは恐らく難しいだろう」
     「探してくれたのか。ってか、管轄って……」
     俺の言葉に微かに首を傾げたクリプトは、少し考え込んでから納得したように一度頷く。
     「お前は……随分と遠くの国から来たようだな。ならば俺達の事を知らなくとも仕方がない」
     「もしかして、めちゃくちゃ凄いお偉いさんだったり……するか……?」
     「そう怯えなくてもいいさ。俺達は……もはや"過去の遺物"だ。それよりも、お前が動けそうなら俺達の村へ案内しよう。まだ馬には乗れないだろうが、足が治ったら一頭馬を譲ってやる」
     「え! いいのか?」
     「あぁ」
     最初は無表情で何を考えているのかわからない奴だと思ったが、やはり悪い人間では無いらしい。
     自身を"過去の遺物"と表現した時の寂しそうな笑みが気がかりではあったが、深く聞かれたく無い話のひとつやふたつ、誰にだってあるものだ。
     手に持った椀の中身を掻き込み、飲み下す。
     日が落ちてしまってから山を動くのが危険だというのは、これまでの経験から身に染みて理解していた。
     「外に干してある服を持ってくる。まだ乾ききっていないだろうが、まぁ、着られるだろう」
     「ん。何から何まで悪いな。……ってか、何でクリプトはこんなに俺に、さし、し、……親身になってくれるんだよ」
     俺の姿を見ていたクリプトが衣服の飾りを揺らしながら立ち上がったのを自然と目で追う。
     コイツと俺は初めて会った筈で、ここまで親切にする必要なんてない。
     確かに目の前で死にかけている人間を見たら助けるのはある意味、義務ではあったが、それにしても優しさが過ぎる。
     俺の言葉に、微かに目を細めたクリプトはさも当たり前のように囁いた。
     「あの鹿達は、俺の眷属けんぞくだからな。お前が命を投げうってでも助けてくれた事への礼をするのは当然だろう」
     「……は、……」
     「口髭、ついてるぞ」
     ポカンとしている俺に向かって、自身の口元に一度触れたクリプトは小さな木作りの扉を開けて外へと出ていく。
     まるで動物の言葉が分かっているかのような発言をしたクリプトに、どうにも不思議な気分を覚えながらも、俺は指摘された口元に手を伸ばしてそこに張り付いていた粥を指先で拭い取ったのだった。
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