躊躇うように泳ぐ指先が、ある程度まで熱された肌をわざとらしくなぞる。
そうやって泳がせている間にも身体は冷えてしまうのだから、と言いかけて止めた。
それを訴えるにはまだ早すぎる。どうせならギリギリまで焦らした方が、うまくなるのだと俺に教えたのは目の前の男だった。
「……あつ……」
ポツリと頭上から落ちてきた雨粒めいた囁きに耳を傾ける。
緩く閉じていた目蓋を開けば、ウェービーな前髪を怠惰にかきあげているミラージュと目があった。
広くもない室内で、横から射し込む微量なテーブルランプの光の元、気だるげなその表情だけは随分と良く見える。
向こうも同じように顔だけがしっかり見えているとしたなら、それは少しばかり嫌だなと、ぼんやりとした感想が頭を巡った。
コイツに見られるからというよりも、完璧に気の抜けた表情を他人に晒したくない。
常に気を張って生きているのに、快楽に服従を許しているだなんて事実が滅法、自分のプライドを削り取るからだった。
かといって、じゃあもうしないのかと言えばそうはならない。
人間性を最後まで捨て去れなかったのは己の弱さだ。
そんなのはコイツに身体を明け渡した時点でとうに自覚していた。
「……どうして欲しい?」
「……っ……う……」
「な、俺に教えてくれよ……お願い……」
もう、すぐ、そこにあるのに。
汗ばんだ両手が腰を掴んで、引き寄せられ触れあっている下腹部には熱源が二つあって。
湿った空気と少し獣じみた匂いがしているベッドの上で、しっとりと潤んだ薄い色素の瞳が俺を見ていた。
たまにあるコイツの面倒な部分を、本当に面倒臭いと感じる時がある。
見せたくもない表情や、知られたくない場所まで見せて、それから開くべき箇所ではない所まで差し出しているのに。これ以上を求めるのは面倒以外の何になると言うのだろう。
でも、コイツがこういう人間であるのをなんと無しに知っていて傍に居る。
そうして、傍に居ようと決めたのは俺の為でもあった。
寂しさの埋め合いであるとか、傷の舐め合いだとか、そういったカテゴリーにも多分入らない。
かといって、格好付ける理由も無く、単純明快にこの男が自分の"これから"に必要だと思っただけなのだろう。
だろう、というのは不誠実にあたるのかもしれないが、いまいち"無条件な愛"に関しての解像度が低いから仕方の無い話だった。
でも近頃、その無条件な愛を僅かにだが理解出来てきたように思えた。
潤んだ瞳を真っ直ぐに見つめる。
不安にさせるような言動があっただろうか。それとも、それとは別にコイツが辛くなるような出来事があったのかもしれない。
聞いてやれば全部素直に答えるとも限らないこの男は、扱いが簡単なようでいて難解だ。
その難解さを紐解くのが非常に労力を使うパズルのようだと思ったのは、最初からだったし、未だにそれを感じる時は多い。
けれど、向こうも俺を意味のわからない生命体だと考えている節があるのでお互い様なのだろうが。
冷たくなりつつある指先を伸ばし、図体ばかりがデカい子供の頬を撫でる。
触れた頬には密度の濃い髭があって、当然そこはザリザリとした硬い質感があった。
ヤる事はしっかりヤる癖に、求める言葉がチープなのがおかしい。
そして、それを面倒だと思いながらも、"可愛い"や"愛しい"とすら感じてしまう自分はもう末期なのだろう。
「……良いからさっさと来い……お前にしか、埋められないんだから……」
『お前にしか』の部分を出来る限り情熱的に甘く囁く。
それだけで睫毛に縁取られた目が瞬いて、余分な思考を削ぎ落とした瞳がこちらを見つめた。
やっぱり言葉まで欲しがるのは強欲だと思うが、与える悦びもまた、知ってしまった。
────施される心地よさを知ったのと同様に。
腰を掴む指に力が籠る。身構えるのは一瞬で、溢れそうなくらいの欲求をねじ込まれる寸前の期待に満ちた息を唇が自然と吐き出していた。