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    カイ潔/恋愛感情の自覚

    Ohne Fleiß, kein Preis. こんな夜更よふけに青い監獄ブルーロックの奴らが生活しているエリアに行ってみようと考えたのは、ただの気まぐれだった。
     たびたび起こる思考の渦に飲まれて、寝付きが悪かったのもある。
     "潔世一"という存在に出会い、俺よりも一手先のフィールドの未来を予測された上に、まんまと罠にめられ、"道化ピエロ"呼ばわりされてからは特に。

     極東の小さな島国、日本──サッカー界では後進国として扱われている場所──で、面白い"もよおし"をやるから是非とも参加して欲しいと数ヶ月前に緊急招集をかけられた。
     実際にその招集に応じたのは我らの偉大なる指導者マスター、ノエル・ノアではあったが、少なくとも俺は俺自身の目的が明確に存在していたのもあって、またとない良い機会だと考えていたのだ。
     バスタード・ミュンヘンでは無く、自らがトップを取る可能性を秘めた最適なチームを探す。そうして、世界中にミヒャエル・カイザーという天才的なストライカーの存在を誇示こじする。
     最終的には"世界一のストライカー"と言われる存在になる。ただ、それだけ。
     世の中の全ては、自らが世界一へと上り詰める途中に存在する踏み台に過ぎない。
     華やかで満たされた人生の中で、『そういえばそんな事もあったな』と思うくらいの些細ささいな障壁。
     退屈な連中ならば、恐らく障壁にすらならないだろうとも思っていた。それならばそれでも構わない。
     己の価値を証明する為に俺は青い監獄ブルーロックを利用し、その青い監獄ブルーロック内でもひと際目立ち、"成功例"にもなりえると言われている潔世一を潰すつもりで来日したのだ。
     だから最初から奴に狙いを定め、どうせおごっているのだろうプライドをぐちゃぐちゃに踏み潰して再起不能にしてやろうとした。
     ────それなのにも関わらず、だ。
     胸ぐらを掴まれ、俺を"道化ピエロ"だとなじった世一の顔を思い出す。正直な所、はらわたが煮えくり返る心地だった。
     けれど同時に、フィールド上でずっと俺を出し抜く事だけを考え続けていた"潔世一"は、本気でイカれていると実感した。
     そしてその後、子供のように燃料切れオーバーヒートを起こして倒れ込んだアイツの髪を掴んだ感触が、日数を挟んでも未だ指先に残っている。
     あれ程までに直接的で凶暴な殺意を向けてきたくせに、放っておいたら自分のエゴで勝手に自滅しそうな、そんな危うさを孕んだ人間。
     様々な奴らをこれまで見てきたし、伸びようとしている芽をいくつも根本からんできた。
     だが、アイツのように何度叩いても揺さぶっても折れない所か、立ち向かってくる相手は初めてだった。

     ここから先はドイツ棟でもエリアが変わるのだと伝えるように、壁面に書かれた数字が変わる。
     足元と頭上に設置されたライトで照らされているリノリウム張りの床とコンクリートの壁は、本当にここが監獄と似たようなモノなのだと実感させるには充分過ぎる程だ。
     ちょっとした散歩のつもりだったのもあって、寝る時に着用しているガウンと眼鏡はそのままに、履いてきたスリッパが他には誰も居ない廊下に小さな足音を立てている。
     廊下の所々に小型カメラが設置されているが、どうせその画面の向こうに居る管理者も眠っているのだろう。
     それに生配信されるのは試合時間中のみであり、夜間の出歩きも禁止されてはいなかった。
     俺も含め、海外から招致しょうちされたメンバーは、青い監獄ブルーロックから外に出る事について文句を言われる事は無い。
     せっかく日本に来たのだから観光に行きたいと言ったネスに付き合って、外に食事をしに行く日もあった。それは俺達がゲスト扱いを受けているからだろう。
     集められた各国選手にはそれぞれ棟内に個人の部屋が割り当てられており、青い監獄ブルーロックの連中とは生活しているエリアが若干異なる。
     練習場は無論、割り振られたチーム内で共有しているが、青い監獄ブルーロックの奴らは四人一組で生活しているのだという。
     いくらチームメンバーとは言え、他人と寝室を共にさせられるなど、今の俺には到底えられる気がしない。

     恐らくこの辺りが生活用エリアなのだろう。似たような金属製のドアが並んでいた。
     そんな並びから外れた一室。廊下の奥まった場所にある部屋のドアが完全には閉め切られておらず、うっすらと光が漏れ出ている。
     その光にいざなわれるように出来るだけ音を立てずに向かえば、ドアの表面には『Monitor Room』と英語で書かれたプレートが取り付けられていた。
     目を隙間に当てて、そろりと中を確認する。
     もしかしたら、と考えていた予想通りの人物が、大量の画面の前でクッションに胡座あぐらを掻いて座っていた。
     丸いフォルムの頭頂部から跳ねる二つの小さな束……植物の双葉をしたような形の生え癖は常にそうなっているから、後ろからでも誰なのか分かりやすい。
     静かにドアを開けて中に入り込み、後ろ手に閉めがてら扉脇の壁を二回ノックするが、座ったままの世一は一切反応しなかった。
     まさか座ったまま眠っているのかと思ったが、かすかに首が動いているのを見る限り、ただの過集中だろう。
     俺自身も情報を余さず取得したい重要な試合をモニタリングする際は、時々こうなる。
     つくづくこの男と性格はまるで違うのに、性質や考え方が似ているのを理解させられてわずかに苛立った。

     しかし、こんな遅くまで真面目に誰を分析しているのだろうか。
     複数のモニターに目を向ければ、そこには午後に行われた四対四のミニゲームトレーニングで俺とノアが互いのチームの主軸となって試合を動かし、壮絶なボール争奪戦を繰り広げている場面が映っていた。
     基本的に指導者マスター自身がフィールドに降りる回数は多くないが、かつを入れる為、トレーニングにノア自身が混ざる日がまれにある。
     そうして、今日はノア直々に俺を指名してきたのだ。きっと、俺の実力を再度確認しようとでもしたのだろう。
     えて世一をどちらのチームにも加えず、ベンチで見学させたのが何よりの証拠だ。
     ふざけるなクソ指導者マスターと言いたくなるのを抑えつけ、俺は久しぶりに世一の居ないフィールドを駆けた。
     実際問題、ベンチに居る世一を気にしている暇も無いくらいに合理的かつ、巧妙で機敏な動きをしてくるノアを止めるのが大変だった事しか思い出せない。
     だからこそ、自分も先ほどまで見ていた映像と全く同じものをこんな時間まで世一が見ているのに驚いていた。
     まだ俺の存在に気が付いていないくらい熱中して画面を見ている男の背後にしゃがみ込み、声をかける。
     「世一」
     「‼ ……っひ ……な、ッ……か、……おま……!」
     「おい、落ち着け。……叫ぶなよ」
     こちらが笑いだしそうになるくらいに座っていたクッションから飛び上がって、体ごと振り向いた世一の唇に指先を当てる。
     ドアを閉めたとは言え、深夜に大声を上げれば誰かが気が付いて起き出してくるだろう。
     こちらの意図が伝わったのか、驚きのあまり頬を紅潮させて目を潤ませている世一と目が合った。
     驚きの表情から一変して、唇に当てていた指を振り払うように首を振った世一がドンドンと不機嫌になっていくのが面白い。
     考えてみれば、自分がU-20世代の11傑イレブンの一人として喧伝されるようになってから、こんなにもストレートに嫌悪の感情をぶつけられたのは久しぶりの体験だった。
     心拍が落ち着いてきたらしく、ゆっくりと呼吸を整えていた世一がこちらを睨みつけてくる。
     レンズ越しに見るその姿は、背後のモニターから溢れる光に包まれていて、どこかボンヤリとしていた。
     「……なにしに来たんだよ」
     随分ずいぶんなご挨拶だと鼻で笑いそうになる。けれど、世一にしてみればここに俺が居る事自体が想定外なのだろう。
     青い監獄ブルーロックで支給されているスウェットの上下を着ているコイツは、フィールドで見る時よりも小さく見える。
     全体を見渡す視野は充分。サッカーIQも申し分ないこの男の致命的な弱点は、フィジカルが俺よりも弱い事だった。

     少しばかり悪戯してやろうと、頭の中に居る悪魔が不意に囁く。
     悪魔が命じるのに従って世一の方へと身を乗り上げるようにしつつ、わずかに体重をかけて押さえこみにかかる。そのせいで緩々と密着した体が床へと近づいていく。
     こちらの思わぬ行動に体が固まっているらしい世一は黙ったままだ。
     どうにか両肘で体を支えているのか完全には倒れなかった世一の頬の上に、俺の影と顔回りにある髪が一筋、かすった。
     そのまま出来るだけ顔を近づけ、深い色合いの大きな瞳をジッと見つめる。
     ────俺にとって、他人をコントロールするのは容易たやすい。
     天に与えられたルックスと才能。その上で、とっておきの微笑みを浮かべれば、大概たいがいの人間は勝手に"その気"になって、何でもしてくれようとする。
     こちらはカケラも好かれようだなんて思ってすらいない。相手が勝手に俺に魅了されるだけ。
     考えてみれば、今までコイツにはこういうアプローチの仕方をした事が無かったのもあって、一体どんな反応を示すのか興味があった。
     「お前に会いに来たんだ。……世一」
     手塩にかけた薔薇が花開く瞬間を愛でるように、甘く優しく囁きを落とす。
     そうして、胸焦がれている相手に向かってどこか切なげに微笑む時のイメージ。
     パチパチと何度か瞬きをする睫毛まつげの動きを見ながら、さぁ、どう出る? と内心楽しみにしている自分が居た。
     そんな俺の胸を体を支えていた腕の片方を持ち上げて押してきた世一の表情は、いかにもめんどくさそうな顔をしていて少し驚く。
     押し退けられるままにのしかかっていた体を動かすと、向き合うように俺の前に座り直した世一の白けた瞳がこちらを見ていた。
     「カイザー」
     「なんだ」
     「お前のその顔、俺はあんまり好きじゃない」
     「……はぁ?」
     失礼極まりない返事に、思わずこめかみに青筋が浮かびそうになる。
     まさか俺のこの微笑みを向けられて、『あまり好きじゃない』などという暴言を吐かれたのは人生で初めてだ。
     しかし続けて言葉を紡いだ世一の声が耳に届いて、黙り込んでしまった。
     「なぁ、お前って目ぇ悪いの」
     頓珍漢とんちんかんな質問に毒気が抜かれるとはこういう事だろう。
     さっきまでこちら側は冗談のつもりだったとは言え、自分より力のある男に密室で迫られたのに相手を完全否定した上、視力の良し悪しを問うてくるなんてどうかしている。
     このガキ、本当にここで殺してやろうか。貼り付けていた笑みを取っ払って、世一を睨みつけた。
     「これはブルーライトカット眼鏡だ。視力は悪くない」
     「あっそう」
     「なんだ? 俺がお前に迫ったのがそんなに信じられないってか? クソムカつく反応してくるじゃないか。世一」
     「だってカイザーって俺の事、全然好きじゃないじゃん? さっきのお前の笑顔も胡散臭うさんくさくて無理」
     一%の湿度も温情も無いセリフに、今度こそ絶句する。
     仮にそう思っていたとしても、本人を前にしてそれを言うバカがどこにいるというのだろう。
     しかし俺の葛藤かっとうなど目の前の男はどうでもいいらしく、未だにループし続けているミニゲームの録画に目を向けた世一は、この雰囲気に似つかわしくない呑気な事を言い出す。
     「なぁ、この時ってお前はどこまで考えて動いてた? 俺はネスがパスを出そうとしたタイミングで雪宮が止めにくるのまでは分かってたんだけど……その後のノアのフォローが速すぎて……」
     「……それも読んだ上で國神をデコイにしつつグリムも抑えに向かわせて、俺は逆サイを取りに行った」
     「だよな。……お前にはカイザーインパクトがあるから……」
     「それだけじゃない。……ネスと雪宮の能力値を考えれば、短距離での瞬発力と判断力はネスに軍配が上がる。國神は俺とネスの中間点でボールを狙うのは予測範囲内だし、グリムには初めからノアを出来るだけフリーにするなと指示を出しておいたからな」
     「……だからネスがあのロングパスを迷わず出して、カイザーインパクトで締めってワケか……なるほど……ミニゲームだから人数も少ないしなぁ……」
     あごに手を当てて納得した顔をしている世一は、まるで先ほどの出来事など何ひとつ気にも留めていないようだった。
     その態度に、不思議と心底苛立っていた気持ちが消え去っているのに気が付く。
     同時に、コイツは俺に好かれていないと考えているようだが、案外そうでも無いのだというのをこんなタイミングで自覚してしまった。
     だとしても、先ほどの悪巧みは失敗に終わってしまったし、何をしようともこの男にはサッカー以外で話が通じるように思えない。
     ハァ、とわざとらしくため息をこぼしつつ掛けていた眼鏡を外す。
     もうこちらを見ていない世一の肩に手を添えて俺の方へ顔を向けさせ、そのアホづらに眼鏡をかけてやった。
     「? ……今度はなんだよ……」
     「少しは自己管理をしろ。クソバカ世一。目を可笑しくしたら、あの視界もうまく扱えなくなるんだからな」
     「そんなの……お前に言われなくても分かってるし……」
     「ハ、……どうだか」
     本当に分かっているとは思えない反応をする世一に、"サッカーイカれ馬鹿"の称号を改めて脳内で貼り付ける。
     もうそろそろ部屋に帰って眠らなければ、明日の練習に支障をきたしてしまうだろう。
     ゆっくりと立ち上がり、その場を後にしようとするが慌てた様子の世一がローブの裾を指先で引いた。
     それに視線を向ければ、俺の眼鏡をかけた世一がこちらにすがるようにしている風に見えて気分が良い。
     「ってか、良いって、これ返す。お前に借り作りたくないし」
     「……どうせあと三十分くらいは見るんだろ」
     「でも」
     「おやすみ、クソ"道化ピエロ"」
     何度か触れた事のある黒髪に触れ、見た目より柔らかいそこをクシャクシャとかき乱す。
     そのまま裾を掴んでいた指先を振り払うようにドアに向かって歩いていけば、世一が追ってくる気配は無かった。
     妙に律儀なアイツの事だ。どうせ朝にはふてぶてしい態度で眼鏡をちゃんと返しにくるのだろう。
     媚びるような瞳もせず、下心の透けた笑みも浮かべず。ただ俺の前に立ち塞がる、理解しがたくも行動原理は納得出来る人間として奴は存在している。
     今はまだそれでいい。それが分かっただけでも満点に近いくらいだ。
     根元からへし折って、完璧に従属させてしまいたいと思うのと同時に、いつまでも抵抗をし続けて欲しいとも願ってしまう。
     相反する欲求の終着点はどこになるのだろう。自分自身にもそれは分からなかったが、いい気付きを得られた。
     じわじわと出てきた眠気と共に発しかけた欠伸あくびを噛み殺し、来た時よりも軽やかな気分で一人、自室へと続く廊下を足早に戻った。 
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