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    凛潔ワンドロ用/お題『喜怒哀楽』

    目は口ほどになんとやら にわかに持ち上がった【糸師凛は猫寄りか犬寄りどちらなのか】問題。
     俺個人の見解としては、恐ろしく強い軍用犬か、気位がエベレスト並に高い血統書付きの懐かない猫では無いかという二択にまでしぼれている。
     そもそも、どうしてそんな意味不明な問題が持ち上がったかというと、蜂楽が今は違うチームになってしまった千切に"猫っぽい"と告げられた事があったと雑談の中で言い出したからだった。
     テレビやスマホも無く、日々サッカー漬けの青い監獄ブルーロック内ではどんな些細ささいな議題も暇潰しになる。
     だからこそ、やれ千切は金持ちの家で飼われている優雅な猫感があるやら、國神は完全に心優しき警察犬だろうという所から始まり、現在のチームメンバーである蟻生は美意識しかない黒毛のアフガンハウンドで、時光は臆病な土佐犬っぽいとまで話は続いた。
     くだらないとは理解しつつ、朝食時に蜂楽と語り合ったその議題は思っていた以上に面白かったのだ。
     しかし蜂楽といくら協議しても、結局、凛がどちら寄りなのかの判定がつかないままその話は終わってしまった。


     「……で?」
     コンクリート打ちっぱなしの壁に囲まれた広々としたトレーニングルーム。その隅にあるベンチ。
     俺は約五分間使ってその話を懇切こんせつ丁寧ていねいに当人である凛に話した。それを聞き終わった凛の第一声が、これだ。
     心底呆れたような声色に加えて冷たい視線が体に突き刺さる感覚にはもう慣れた。
     こんな話を凛にした所で大した反応が返ってこないなんて予想済みではあったが、バッサリと一言で切り捨てられるのも流石に悲しさがある。──無視されないだけ以前よりはマシになったのだろうが。
     もしもこの場に蜂楽が居てくれたら、ちょっとは楽しい空間になっていたに違いない。
     しかし、たまたまトレーニングルームに向かったら先に凛が中でトレーニングをしていて、俺も俺で別のマシンでトレーニングを終えた後に休憩をしようとしたら凛が先にベンチに座っていただけなのだ。
     端と端とは言え、何も言わずに二人並んで黙っているのも気まずい。だから思い付くままに話題を探して出てきたのがこの話だったのは、我ながら申し訳ない気持ちもあるにはある。
     「いや……お前的にはどうなんかなって……」
     それに対して今度こそ鋭い舌打ちだけを返してきた凛は、持っていたドリンクボトルを口元へと運んだ。
     凛の横顔を見ていた顔を動かし、首にかけたままのフェイスタオルで額から流れる汗を拭きとる。
     そうして視線を前に向けると、相当な台数のプロ仕様トレーニングマシンが並んでいる室内の反対側には巨大なパネルミラーが設置されており、隣を見なくても凛がこの話題に欠片かけらの興味も抱いていないのがハッキリと映っていた。

     そもそも、凛は喜怒哀楽が非常に分かりにくい。かといって、感情の存在しない冷血漢れいけつかんというのでもないのだ。
     蜂楽に向かって怒っている姿は近頃よく見るし、以前、糸師冴について質問した時の表情は何となく喜怒哀楽の哀が見え隠れしているように感じられた。
     逆に喜と楽の感情についてはほとんど表に出さないが、いつかの話の際にホラー系のゲームや映画が好きだというのをポロっとこぼしていたのだけは覚えている。
     コイツにも"怖い"とか"ゾッとする"感覚を得て、それを"楽しむ"という一般的な趣味嗜好しこうがちゃんとあるんだなぁ……などと思ったからだ。
     無論、そんな事を本人に言えばバカにしたような目で見てくるのは分かりきっているので言わなかったが。
     いまだ凛はベンチから立ち上がらず、ボトルを唇から離し、持ったままのそれを開いた足の間で揺らしている。そんな凛と鏡越しに再び目が合った。
     やはり綺麗な色をしている、と思ったのと同時に、もう少しだけ会話を続けてみようという気持ちになったのは、凛の瞳が軽蔑の感情を宿していなかったからだ。
     「なぁ、逆にお前は俺の事どっちだと思う?」
     「……まだ続けんのか、その話」
     「なんとなく気になったから。お前に俺ってどう見えてんのかなってさ」
     額を拭っていたタオルの端を離し、鏡越しに合っている視線は反らさないまま笑ってみせる。
     隣に座っているのに顔を合わせないなんておかしいとは思うが、この方が何となく凛とはキチンと向き合えている気がした。
     「こんなぬりぃ会話を続けたいなら、せめてもう少し建設的な話題を出して来いよ」
     「えー……建設的って言われてもなぁ」
     「これだからテメェはモブなんだよ。それこそ、」
     「「時間の無駄」」
     どうせ次に来る言葉はそれだろうと重ねて言ってやれば、鏡の中の凛がしかめっ面をしてこちらを睨みつけてくる。
     苛立ちを隠すように持っているボトルを右から左に移動させた凛の手の中で、ちゃぷ、とかすかな水音がした。
     年下のクセに敬語を使いもしないのだから、たまにはこういう揶揄からかいくらいさせて貰わないと割に合わない。
     「ハモってくんな。うぜぇ」
     「お前が次に言ってくるセリフが読めちまったんだからしょうがないじゃん」
     「次やったら殺すぞ」
     「はいはい。俺が悪かったよ」
     両手を挙げて降伏の意思を形だけ示す。何故なら俺は凛よりも年上で、大人だから。
     そんな俺の反応に鼻を鳴らした凛は、どうでも良さそうな態度を隠そうともせず呟いた。
     「大体なんなんだよ、猫寄りとか犬寄りとか。そんな定義に何の意味がある」
     「……意味って言われると困るけど、ただの例え話だよ。それっぽいなーみたいなさぁ。こういう話、友達としたりしなかった?」
     「友達とかいう次元の低い体験をするだけの共同体に興味なんかねぇ」
     「ふーん」
     まぁ、確かにお前って友達居なさそうだもんな。という言葉を喉奥に押し込める。
     それだけサッカー一筋で生きてきた凛を尊敬している部分も多いので、その生き方を真似出来る気はしなくとも、笑う気にはならない。

     しかし、こんな風に言いながらも随分ずいぶんと今日は凛がよく話す。
     考えてみればこうやって二人きりで話をしたのは、一昨日のフィジカルルームでのクールダウンヨガ以来だろうか。
     昨夜も凛にならってヨガをやろうとしていたけれど、蜂楽の英語の課題を手伝っている内に真夜中になってしまったのだ。
     凛が俺の事をどう思っているのかは、透けて見えない感情の一つではあるものの、認められているのだというのだけは何となく分かるのが嬉しい。
     でもそれを察せられるのも妙に気恥ずかしくて、鏡から目を動かしてトレーニングシューズを履いた自身の足先に視線を向けた。
     「……テメェは」
     「ん?」
     不意に凛が口を開いたのもあって、足先から目線を戻す。
     またもや鏡越しに合う瞳がわずかに細まって、心地よさすら感じる低い声が耳を撫でた。
     「目が無駄にデカいから、ふくろうだな」
     「……フクロウ……ってあのふくろう?」
     「それ以外に何が居るんだよ」
     まさかの言葉についに直接凛の方へ顔を向け、自然と首をかしげてしまう。
     犬か猫かの問いを投げ掛けて、鳥類の回答が飛んでくるなど誰が予測出来るだろうか。
     しかしながらふくろうも嫌いではない。本物を見た記憶は無いが。
     パッと頭の中に浮かんだのは有名な魔法使いの物語に出てくる白いふくろうだったが、あれに似ているというのなら嬉しいかもしれない。
     「ふくろうって実物触ったり見た事ないなぁ、……凛は見た事ある?」
     「……まぁな」
     その時の記憶を思い出しているらしい凛の目は見たことが無いくらい穏やかに見え、さらには口角がほんのわずかだけではあるが上がっている。
     常に仏頂面なのが多い凛の滅多に見られない微笑を目の前で目撃してしまって、何故か心臓が握られたように痛んだ。
     トレーニングのし過ぎか、それとも体が冷えたのか。慣れない感覚に戸惑っていると、表情を観察されている事に気が付いたらしい凛がすぐにいつもの無表情に戻ってしまう。
     そうして、何故かこちらに向かって舌打ちを一つだけすると視線を反らしてしまった。
     そのまま無言で立ち上がった凛は、トレーニングを再開する事にしたのかベンチから離れたランニングマシンのエリアへさっさと行ってしまう。
     急に居なくなってしまった凛の気まぐれさはいつもの事だが、出来るならもう少しだけあの顔を見ていたかったのに。
     そんな風に考えつつも、もう充分に休憩は終えたと自分もトレーニングを行う為にベンチから立ち上がり、凛が居るエリアとは僅かに離れた場所にあるレッグエクステンションマシンの元へと向かった。

     ────後日、凛の好きな動物がふくろうであり、しかも特に眼が気に入っているという情報を得た俺は、こぼれ落ちそうなくらいに目を見開いて酷く驚いてしまったのだった。
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