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    凛潔ワンドロ/『会いたい』

    plus one クソ潔と喧嘩した。

     理由はもう忘れたが、今考えればそこまで重大な問題では無かったように思う。
     けれど一ヶ月前のあの夜──俺の家に来ていた潔は前日に行われた試合で青薔薇野郎に散々ゴールチャンスを奪われ苛立っており、俺は俺で青薔薇野郎に許可無くかき乱される潔に苛立っていた。
     要は、どちらも虫の居所が非常に悪かったのだ。
     最初は軽い嫌味の応酬から始まり、次第に激しい言い争いへと発展し、最後には殴り合いまでいった。
     荒い息を吐き出し潔を睨みつけた俺を冷静にさせたのは、潤んだ目でこちらを同じく睨みつけてから勢いよく部屋を出ていった潔の後ろ姿とごちゃついた室内。
     そこからずっと不覚にも俺の調子は悪いままだ。
     無論、サッカーに支障をきたす真似はしていないが、事あるごとにスマホを見てしまう癖もついてしまった。

     今日は久々のオフで、さっさとルーティンになっているロードワークを終え朝食後のコーヒーを飲みながら、癖になってしまったスマホのチェックを行う。
     開いた緑色のメッセージアプリに残っているのは『今日行くからな!』とだけ書かれた画面。
     やり取りは一ヶ月前のあの日で止まっていた。だが、その無機質な文字の羅列になんら問題は無い。
     向こうがフランスに訪れる気が無いのなら新たに連絡が来ないのは当然だし、こちらからわざわざ伝える話題も無いのだから。
     今までが異常だっただけで、昔に戻っただけだと自分を納得させる為に脳内で呟くが、かわりに洩れ出たのは鋭い舌打ちだけだった。

     フランスのP・X・Gに所属して早二年が経ち、ある程度生活のペースはつかめてきている。
     そして同時期にドイツのバスタード・ミュンヘンにプロとして所属した潔が時々フランスに来るようになってからは、もう一年ほどの期間が経過していた。
     初めはフィールドで顔を合わせるだけで済んでいたのに、その内、勝手に俺の連絡先を入手したらしい潔からいきなりメッセージが来たのがキッカケだ。
     『元気か?』そんな意味のない文面と、ありふれたアイコンに分かりやすすぎる名前。
     誰からのメッセージかなんて一瞬で分かってしまった自分が心底嫌になった。
     それから、流れるようにフレンドに追加して、必要も無いのに返事をしてしまった事にも。
     一度距離を詰めるのを許してしまえば最後、潔という人間は簡単にこちらの隣をついて回った。
     しつこい男なのを忘れていたつもりは無かったが、慣れない海外生活一年目で見知ったマヌケ顔と聞きなれた日本語が耳に心地よく感じたのもある。
     こんなぬるい関係など最も好まない筈だったのに、いつしか当然のように潔が隣で笑っている姿は、妙に俺の気分を落ち着かせた。

     そうして、いつもなら大抵アイツの方が折れてこういう状況は終わる。
     これまで些細な言い争いも勿論あったが、向こうは揉めるのが面倒なのか、年上ぶって"全部許してやる"という顔をするのだ。
     自分が明確に悪いと思っていても行われるその許容に慣れてしまって、こんな風に長引くのははじめてだった。
     指先でメッセージアプリの文字入力画面を開く。
     これももう何度往復したのかわからないくらいに眺めた画面だ。
     他人にどう思われようとどうでも良い。サッカーに関係しない事象など俺にしてみたら時間の無駄にしか思えないからだ。
     だから、潔とのぬるま湯に似た不可思議な関係がこれで幕を閉じるのなら、それでも構わない筈だった。
     それなのに、勝手に爪が当たった"あ"の文字から現れた予測変換から『会いたい』の文字がメッセージ欄に入力されてしまう。
     入れては消してを繰り返したせいで、一番上に残ってしまったそのセリフはこの一ヶ月間、脳内にこびりついたまま。

     心底馬鹿げている。なんで俺がアイツに会いたいだなんて言わなきゃならないんだ。
     またもや舌打ち混じりに消そうとして滑らせた指が誤タップを起こして、送信済みとして液晶に浮かび上がったその言葉を見た途端に、血の気が引く思いがした。
     続けてその文字の横についた"既読"の文字に、もう取り返しのつかないミスをしたのを察して、息を呑みながら向こうの挙動を待つしか出来ない。
     そのまま約一分、恐ろしいほど長く感じるその時間を堪えていると不意に画面が切り替わって電話が掛かってきたのが分かる。
     出ないという選択肢もあったが、それを選ぶつもりは無かった。
     おずおずと通話ボタンを押して耳へとスマホを押し当てる。
     微かな吐息なのに、それでも向こう側に立っているのが確かに潔なのだという事実に意識が集中してしまって、何も言えないまま向こうの言葉を待つしか出来なかった。
     『……俺も会いたいよ、凛』
     冷えていた身体に血が通うように、潔の声が全身に染み渡っていく。
     いつの間にか、こんなにも己の中で必要不可欠な存在になっていたのだとついに自覚してしまったのもあり、黙り込んだままの俺の様子を窺うような声が再度聞こえてくる。
     『なに黙ってんだよ』
     拗ねた風に聞こえる言葉は新鮮で、じわじわと胸が締め付けられる心地になってしまう。

     潔が年上として振る舞う度に、まるでこちらを子供扱いしているような気がしてムカついていたからだ。
     でもきっと今は、向こうのそういう年上ぶりたがるプライドなんて無くなってしまっているのだろう。
     そうして、自分の強情な面も少しだけ姿を潜めている。
     だから息を吸い込んで、この一ヶ月間言えなかった想いを伝える為に口を開いていた。
     『……いまからそっち行くから準備しとけ』
     『え!?』という潔の困惑を通話と共にブッたぎり、そのままドイツ行きの最速ルートを検索する。

     例え向こうがオフじゃなかろうが、試合が無いのだけは分かっているのだ。
     そうでなければこの時間ですぐに既読がつくワケがない。
     ならば何の問題もない。練習があるならそれが終わるまでドイツを一人ブラついたって構わないし、奴がオフなら案内をさせれば良いだけだ。
     そんな完璧な計画を立てながらテーブルに置いたままだったマグカップを掴み上げ、まだ温かいそれを啜る。
     ほどよい苦味が舌の上で踊って、これまでの胸のつかえがあっという間に溶けていくのと同時に、自然と緩みかけた表情を苦味で顔をしかめた事にして慌てて誤魔化した。
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