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    凛潔に巻き込まれる馬狼

    狼も喰わない 今日は朝から嫌な予感がしていた。
     改めて考えてみれば、あれは"虫の知らせ"というやつだったのかもしれない。
     しかもコンディション自体も絶好調とは到底言えず、珍しくロレ公にまで軽くドヤされる始末。
     公式試合では無かったものの、それでも散々なプレイングだと自分でも理解出来るくらいには調子が悪かった。
     ユーヴァースの王は俺であり、王が正常に機能しなければ全体に影響を及ぼす。
     これまで幾度も繰り返してきた試合の設計デザインであり、それは世の中の真理だろう。
     昔より感情を抑える事は得意になったものの、三度目のゴールチャンスを不意にした時点で怒りが脳天を貫く感覚を久しぶりに味わった。
     そこからは相手を喰い散らかす飢えた獣のようなプレーを行い、どうにか二点をもぎ取って試合には勝利出来た。
     暴走めいたその行動をスナッフィーに咎められる事は無かったが、普段よりも体力と気力の消耗が激しく、ベンチに戻った際に『無理すんな』と頭に投げかけられたタオルの柔さに心配の気配が滲んでいた。
     それもあって今日は各自の問題点を改めてチーム内共有し、早めに解散となったのだ。
     自宅に直帰してからは、とりあえず日々のルーティンをこなし、さっさと寝てしまおうと考えていた矢先のチャイムに思わず眉根が寄った。 

     こんな時間に押しかけてくる"誰か"など無視しても何ら問題は無い。
     大体、俺の自宅を知っている人間など非常に限られているからだ。
     けれど二度目、三度目のチャイムが連続して鳴り響いた辺りで、ピキリとこめかみ付近の血管が浮き上がる感覚がした。
     ────こういう時、俺の勘はよく当たる。嫌になるくらいに。
     ハァとため息を吐き出してから寝室に進んでいた足先をインターホンの方へと向ける。
     完璧に整理整頓された埃一つない部屋に響く足音は、確実にいつもよりも荒々しかった。
     かちりと応答ボタンを押し、こんな時間に来訪してくる無礼者の顔を拝む。
     鮮明な色合いのモニターに映し出されたのは案の定、丸みを帯びた黒髪とその頭頂部に広がる双葉のような癖毛だった。
     「ふざけんな、いったい何時だと思ってやがる!」
     すぐさまそう怒鳴りつけた。大抵の奴はこの罵声で縮み上がる。
     しかし、ジッとこちらを見返してきた青い瞳は何度か瞬きをした後に、まるで救いを求めるような表情を浮かべた。
     「……ばろぉー……」
     それから引き続いて情けない声で呼びかけられた名前に、頭が瞬時に痛みを覚える。
     捨てられた子犬か、はたまた何も知らないガキみたいなツラをしている液晶の向こうに立つ男は、そんな甘っちょろい生き物ではけしてない。
     でも、こういう風になるのは年に数回くらいはある。
     毎度毎度ご苦労な話だと思うが、今夜は俺にお鉢が回ってきたという事だろう。
     周りを巻き込むくらいなら、とっとと別れちまえと一体何度喉から発しそうになるのを無理矢理抑え込んだだろうか。
     だが、どうせそんな風に出来ないのを全員が理解している。
     そうして、俺も嫌で仕方が無いが、そう考えている人間の一人だった。
     「……俺はもう寝るから勝手にしろ。物の場所も分かってんだろ。必要以上に散らかしたら殺す」
     オートロックを解除しながらそう言ってやれば、モニターの向こうの潔がぱぁっと明るい雰囲気を醸し出す。
     これだからコイツは嫌なのだ。どうせ端から断られるなんざ考えても居ないクセに、一応しおらしくする知恵だけはついている。
     それに少しだけ赤く腫れた目尻を見つけてしまったのは、俺のミスだ。
     ハァー、と長い溜息を吐いてから、今度はドアの鍵を解除しに玄関へと向かった。

     □ □ □

     糸師凛と潔世一は付き合っている。
     "青い監獄ブルーロック"に居たメンバーからすれば、もはや周知の事実だった。
     別にアイツらが表立って宣言しているわけでは無いが、潔周辺の連中から伝え聞いた話だと、もうかなり長い年月になるらしい。
     正直な所、アイツらが付き合っていようが俺には何の関係も無いし、どうでもいい話だ。同性だからどうだとかいうのも一切興味が無い。
     サッカーで潔や凛を喰らう事さえ出来るなら、俺にとってはそれで十分だからだ。
     ただ、唯一理解出来るのは、ずっと"青い監獄ブルーロック"でアイツらを敵として見据えてきて、潔も凛も同一視してしまうくらいによく似ているという点だけ。
     似た者同士がくっつくとはよく言ったものだと、最初にその事実を知った時にただそれだけを思った。

     「……だから、今回はもうダメかもしれなくってさ」
     しっかりと風呂に入り、俺の寝巻きを着てソファーに座っている潔はそう言った。
     わずかに湿り気を帯びた髪は中途半端に乾いたせいで少し癖がついてしまっている。
     いつもよりも背中を丸めている姿は、ピッチの上でふてぶてしく俺を煽ってくる潔と同一人物には到底見えなかった。
     壁にかけられた時計を見遣る。本来なら寝ようと考えていた筈の時間から既に一時間以上は経過していた。
     茶の一杯くらい出してやろうと優しさをみせたのが間違いだった。
     大して飲まれもしないカモミールティーが入ったマグカップは、潔の前ですっかり冷え切ってしまって湯気すらなくなっている。
     「きっと、凛だってそう思ってる」
     薄黄色の液体に目線を落としたままの潔が発した囁きは軽い震えを帯びていて、清潔な筈の空間に滲む一滴の黒いシミに似ていた。

     聞いている側すらも気が滅入ってくる雰囲気を纏った潔の横で、凝り固まった首を鳴らす。
     パキという微かな音の後に聞こえるのは、こだわって収集した家電の駆動音だけ。
     交感神経を昂らせたくないのと、一応の礼儀としてテレビすら着けていなかったからこそ、余計に沈黙が目立つ。
     俺にとって潔と凛がくっつこうが別れようが心底どうでもいい。それはこの先も絶対に変わらないだろう。
     でも、こうして弱っている潔を見るのは苦手だった。
     くだらない事象や人間関係でサッカーをおろそかにするような奴ではないと知っていても、万が一にもアイツと離れて何らかの悪影響が出たら困る。
     そうして話を聞く限りでは、今回の喧嘩の原因は七対三で向こうの方が悪いように思えた。
     「スマホ出せ」
     「え?」
     「どうせ電源切ってんだろ。電源入れてさっさと渡せ」
     「ちょ、っま……待って……」
     顔を上げた潔の困惑を尻目に、手をさしだす。
     俺がそこまで気が長くないのを知っているからこそ、慌てて持ってきていたリュックを手繰り寄せた潔は、その中からスマホを取り出して電源を入れているようだった。
     そうしてこちらにスマホを差し出してきた潔からそれを受け取る。
     緑色のスマホカバーに収まったスマホの通知欄からすぐさまメッセージアプリに飛べば、一番上にあるのは白いふくろうの映ったアイコン。
     迷わずそれをタップして、さらに通話ボタンまで連打した。
     コール音が一瞬で途切れる。けれど、向こうから言葉が聞こえてくる前にこちらが口を開く方が先だった。
     「おい、クソ下睫毛野郎」
     『……あ……?』
     俺の声に戻ってくる反応は凛にしては鈍い。
     恐らく潔からかかってきたのに、違う男の声がしたから理解が及んでいないのだろう。
     だとしても、そこで待ってやるほど俺は慈悲深くは無い。
     「今夜、潔はうちに泊まらせる」
     『……おい、ちょっと待て。そもそもなんでまたテメェの所に行ってんだ』
     「知るか。それは潔に聞け」
     『じゃあアイツを出せ』
     耳元で響く低音には怒りが滲んでいる。
     チラリと潔の方に視線を向けると、俺の意図が伝わったのか軽く首を横に振った。
     ほの暗い瞳は変わっていないが、潔のこういう所は厄介だと思う。
     わざわざ俺を巻き込むのもそうだし、向こうがどうすれば一番反省の意を示すのかをよく知っている。
     高校生の時からガキっぽい顔をしているのに、誰よりもしたたかなのだ。
     よくこんな男を相手にしているなと、少しばかり電話の向こうに居る凛に同情の念が湧いた。
     「……お前とは話したくねぇってよ」
     『? ふざけんじゃねぇ、良いから潔出せって言ってんだろ!』
     「テメェこそふざけてんじゃねぇ!! 今年に入って何回目だ? 俺だって暇じゃねェんだ。四の五言わずに明日朝一で迎えに来い!」
     "暇じゃない"という部分を殊更ことさらに強調しつつ、潔を睨む。
     バツの悪そうな顔をしている潔を見ながら、まだ向こうで何かを言おうとしている凛の言葉を遮るように通話をブチ切った。
     そうしてソファーに座っている潔の膝の上にスマホを放り投げ、あえて舌打ちを零す。
     「ッチ……これで良いだろ。ったく……もう俺は寝る。疲れてんだよ」
     「馬狼」
     「……んだよ」
     「ありがとな」
     振動を繰り返しているスマホをどことなく穏やかな表情で眺めていた潔は、ふ、と顔を上げてそう呟いた。
     憑き物が落ちたような笑み。張り詰めていた糸が緩んでたわんでいる。そんな生っちょろい顔だった。
     今回は本気でダメかもしれないと思ったからこそ、わざわざ飛行機に乗ってまで俺の元に来たのだろう。
     そうでなければ、もっと近しい人間の家に転がり込む筈だ。
     一体、どこからどこまでが計算ずくなのかをコイツが来る度に考えてしまう。
     そうして確実にコイツにだけは甘くなっている自覚があるからこそ、腹立たしかった。
     「潔。お前、なんでアイツと付き合ってんだ」
     「え?」
     きょとんと間抜けな顔をした潔は、俺の問いを噛み締めているのか目線を左上に向けた。

     潔を狙っている人間など、この世に数多く居る。それにコイツはフィールドに立っている時以外は、まだ愛嬌がある方だろう。
     比較対象が"青い監獄ブルーロック"や厳しいサッカー界で生き抜いている奴らしか周囲に居ないのもあり、一般的には普通くらいの愛想のよさでもマシに思える。
     それとは対照に、凛は昔から変わらず他人を寄せ付ける事を好まない。
     己も同じ部分があるからこそ分かるが、こだわりも強烈で、どうでもいい人間には徹底して線引きしている。
     それでも一度、自身の内側に入れた人間には恐ろしい程の執着を見せる男だった。
     だから、凛が潔に執着をするのは分かる。
     きっとアイツは何があっても結局潔を視界から追い出す事など不可能な筈だ。
     「そう改めて聞かれると、困るけどなぁ……」
     たっぷりと時間をかけて考えたらしい潔がやっと口を開く。
     「凛はサッカーうまいからさ。それが一番かも」
     本日ここに来てから初めて満面の笑みを浮かべた潔は、さも当然のようにそうのたまった。

     そうして興味が無さ過ぎてすっかり忘れていたが、以前、他の連中に絡まれて同じ事を聞かれていた凛もまた、似たような答えを返していた。
     「ッハ……アイツも同じような事言ってたぞ。お前ら、本当に似た者同士でめんどくさいのは変わんねぇんだな」
     「……え、そうなの? そっかぁ……アイツ、他の人にそういう話とかしてたんだな……」
     こちらの皮肉交じりの言葉すら気にしていないのか、妙に感激した様子の潔は、まだ鳴り続けているらしいスマホの画面を見遣った。
     【凛】と表示された画面はコール回数が限界になったらしく、再び待ち受け画面に変化する。
     覗き見えてしまった画面に映っているのは、鬱陶しそうな表情を浮かべながらも目線だけはカメラに向けている凛と、嬉しそうに笑顔のまま片手でピースをしている潔の自撮りらしきツーショット写真だった。
     細かい背景までは見えないが、そこまで古い写真でも無さそうなのは分かる。

     一気にバカバカしくなって、脱力感と怒りを覚える。
     常日頃パパラッチに狙われているだろうに、この男のコンプライアンスやプライバシーに関しての配慮はどうなっているのだろう。
     深く考えるよりも先に、またもや着信を告げる画面に変化したのもあって、その待ち受けは見えなくなってしまった。
     アイツもアイツでいつまで電話を鳴らしているのだろう。着信履歴の限界というモノはあるのだろうか。
     しかし、俺にしてみれば、やはりどちらも心底どうでも良かった。
     前に落ちてきてしまった髪をかき上げつつ、いつもより重い身体をソファーから起こして今度こそ寝室へと向かう。
     「今度ちゃんとお礼するからな」
     「……いらねぇ」
     「そう言うなって! ……じゃ、おやすみ。馬狼」
     背中に向かって飛んできた多少の申し訳なさを含んだ声に、顔だけを振り向かせる。
     室内灯に照らされた青い瞳は鮮やかに煌めいており、ずいぶんと楽しげだ。
     そのままピッチの上で見せるのとはまた違った不思議な微笑みを浮かべた潔は、床についた汚れのような雰囲気などもう微塵みじんも纏っていなかった。

     翌朝キチンと言い付け通りに潔を迎えに来た凛は、俺でも分かるくらい疲れた顔をしており、それと引き換えに爽やかな顔をした潔を連れ帰っていった。
     そうしてその出来事から約一か月後──今度は二人揃って現れたお騒がせバカ共は、フランスで有名なパティスリーのフランタルトを引っ提げて再び俺の前に現れたのだった。
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