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    凛潔/天使パロ

    I'm who I am. 「なぁ、お前が糸師凛?」

     奴は本当に、それこそ気軽に道でも聞くかのような調子で声をかけてきた。
     振り向いた先にいたアイツに腰を抜かさなかったのは、俺にホラー耐性があったからだろう。
     そうでなければ、全身真っ白なコスプレ衣裳じみた服に身を包み、さも当然とばかりの顔をして宙に浮かんでいる見知らぬ男に叫び声の一つや二つでは済まなかった筈だ。
     しかもただ宙に浮かんでいるのではない。
     どう考えても浮力に見合っていない小振りなサイズの羽根がゆらゆらと羽ばたき、朝靄のかかる河川敷の中で一等まばゆく見える。
     思わず目だけで上から下までその姿を観察している間に、ソイツは黒いブーツの足先から踵まで音も立てずに着地して、背中を覆う大仰なマントが付き従うようにその広がりを押さえた。
     舗装されたアスファルトには俺の影しか無く、目の前の生き物がやはり異質である事を改めて感じさせる。
     しかし、それでも逃げなかったのは男から一切の敵意を感じなかったからだ。
     さらさらとした黒髪と、幼げな顔立ちの中央にある無駄にデカくて青い瞳を細めてニッコリと微笑むコイツはどちらかと言えば親しみすら覚える。
     だが、だからといって警戒心は緩めない。
     ロードワークで適度に温まった体が少し冷えてしまったのを自覚しつつ、ゆっくりと身体をひるがえして男と対峙する。
     「……誰だ。お前」
     「んふふ、やっぱり肝据わってるな。俺を見て拝んだり叫んだりしなかったのはお前が初めてだよ。凛」
     「知らねぇよ。いいから質問に答えろ」
     わずかに下にある頭と目を思い切り睨み付けてそう低く囁けば、つまらなそうにため息を吐いたソイツは胸前で両手を組んだ。
     まさにそれは祝福を祈る天使のような仕草──しかし目はしっかりと開かれており、負けん気の滲む視線で俺を見上げてくる。
     「頼みがあるんだ。……というかお前を選んだ。拒否、出来なくは無いけど、神様って結構意思が強いんだよな」
     「"神様"ってツラには見えねぇけどな」
     断る事など許さないと言に含ませた男の頭頂部には双葉のようなアホ毛が二本。
     こんな奴が"神様"なんだとしたら、この世界はずいぶんと終わっている。

     俺の鼻で嗤った音が聞こえたらしく、ムッと頬を膨らませた男が組んでいた両手をおざなりに離す。
     男が動く度に純白の羽根が風を送ってくるせいで、ただのコスプレ変態野郎では無いのをまざまざと思い知らされるのも煩わしかった。
     組んでいた両手すらも白い手袋がはまっており、首もとに締められた黒いネクタイはキッチリとした結び目をしていて肌はほとんど見えない。
     その割には異常なくらい真っ白な肌というのでもなく、意外にも健康的な肌色をしているし、頬の丸みはなだらかな形をしていた。
     「お前失礼な奴だな! 天罰が下るぞ! まあ、確かに俺は神様じゃないけどさぁ」
     「知るか。……俺にはどうでもいい事で呼び止めやがって。消えろモブが」
     「消えないし! モブじゃねぇし!!」
     利かん坊のガキのような返しに次第に対応するのがめんどくさくなってきて、履いているランニングシューズを擦らせるように動かし、男に背を向ける。
     このままでは筋肉が冷えすぎて逆効果になる。
     さっさとロードワークを再開しようと足を踏み出せば、羽の一枚がふわりと眼前を舞った。
     朝日を透かしてもなお、美しさに目を奪われるその羽根はそのまま地面に落ちる前に、消えてなくなってしまう。
     「なぁ、本当に俺の話聞いてくれないの?」
     いつの間にか俺の前に立っていた男が、急激な熱に当てられた砂糖菓子のように溶けて消えた羽根と同じくらい弱々しい口調で囁く。
     先ほどまでの勝ち気な様子はどこかにいってしまったのか眉を下げ、しゅんと捨てられた子犬みたいな表情をしているが、音も立てずに俺の前に移動してきた上に、また数センチほど宙に浮かんでいる男はどう考えたって関わったらマズイ生命体という事だけは分かる。
     「……俺はロードワークの途中なんだよ。話したいなら勝手に話せ」
     分かっているのに、口から出たのは俺にしては酷くぬるいセリフだった。
     こちらの言葉の意図を最初は理解出来ていなかったのか、不思議そうな顔をしていた男の横をすり抜けるように走り出す。
     「あ、待ってくれよ、凛!」
     そのまま並走するようにこちらに着いてきた男は、慌てた様子で目的を説明しだしたのだった。


     突如として俺の前に現れた雑魚天使──潔いわく。
     この世界には一部の人間が想像したように天界、人間界、魔界が存在するらしい。
     想像というよりは、実際にその存在を覗いてしまったり、あえて見せる事で後世に語り継がせたという面もあるらしいが、そんな話は俺には心底どうでも良かった。
     その三つの世界の内、天界に属している潔はまだ生まれたてホヤホヤの天使らしい。
     だが、現代社会と同様に天界も【働かざる者喰うべからず】の精神の元、横暴な神様に与えられた仕事をこなさなければ消されてしまうのだという。

     そうして潔に与えられた仕事は、特定の人物を見繕い、その人間の持つ最大の望みを叶えるようサポートする事。
     『サポートなんざいらねぇよカス』と吐き捨てた俺に向かって『天使の祝福を授けられるなんて、光栄に思うべきだ』とほざいた潔は結局家まで着いてきたかと思うと、今は俺の部屋で勝手に寛いでいた。
     自宅には母親が居たが、特に潔の姿は見えていないようで、一人で話していると思われるのも癪で急いで部屋に戻ったのがいけなかった。
     「おい、お前いつまで居座るつもりなんだ」
     「だからさっき説明したじゃん。お前が一番強く願ってる望みを叶えるまで、俺が見守り続けるって話。それが叶うまでは凛の傍にいるよ」
     「チッ……頼んでねぇ。帰るか他の奴を当たれ」
     『部屋の中で靴を履くな』と言ったからか、もうブーツは履いていない潔の足先はやはり白いソックスで覆われていて、隙が無い。
     合わせられた膝がスラックスの下で浮き上がっているが、あながち軟弱な身体では無さそうなのもあって腹立たしかった。
     弱っちそうならそのまま担いで外に放り出してしまうのだが、多分、コイツはそう簡単に追い出せはしないだろう。
     「えー? たったの十年か二十年くらいだろ? いいじゃんそれくらいなら」
     「……は?」
     うろうろと歩き回られるのも不愉快で、座っていろと言ったからかベッドの上に腰掛けている潔のつむじがよく見える。
     何を言ってるんだと問う前に、棚の上でひっくり返したままの写真立てに指を向けた潔は、ふふ、と薄く笑った。
     「お前の兄貴。冴だっけ? ソイツを潰すのがお前の願望だろ。……中は煮えたぎるマグマみたいに熱くて、少しでも表面に触れようとするとゾッとするくらいに冷えきってて痛いんだ」
     「テメェ……何、知ったような口聞いて……」
     何故か恍惚とした表情を浮かべた潔は、すぐに顔を元の笑みに戻すと、またその羽根をひとつ羽ばたかせた。
     「人間の願望は強ければ強いほど良い。叶えた願望が大きければその分、俺も評価があがるからな」
     「……知ってるなら余計に手出し無用だ。これは俺が自分ひとりで決着をつける。お前になんか手伝わせねぇよ」
     「……あっそ。でも、そう言われても俺は俺の使命があるから」
     バチリとまた視線がかち合う。
     お互いに一歩も引かない状況で、不意に潔の羽根が大きく広がり視界が塞がれる。
     次の瞬間、目を開けた時にベッドに腰掛けていたのは、白い服でもなく羽根すらもないただの男。
     さらに大きく違うのは、見たこともないどこかの高校の制服を着ているという点だった。

     ベッドから立ち上がった潔の足元には影が落ちている。
     先ほどまで一枚膜を隔てたような異物感が消えてなくなり、まるで普通の人間のように潔はわらった。
     「またな、凛。先に言っとくけど、俺はしつこいから」
     ハハ、とまた笑って今度は足音を立てて俺の横を通り抜け、部屋から出ていく潔の背中をただ見送る。
     一体全体何が起きているのか判断がつかなかったからだ。
     しかしこのままでは厄介な事になるとようやく気がつき、閉じられたドアのドアノブを握って開くとそこにはもう誰も居なかった。

     それから"青い監獄ブルーロック"に召集され、暗い部屋の中で初めて奴と目線が重なった瞬間、俺はとても厄介で恐ろしい生き物に目をつけられたのだとついに悟ったのだった。
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