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    lilarhmlil

    @lilarhmlilの作品置き場です。杉九メイン。八氏と杉くんは左固定。

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    【失審:杉九】仕事して雨宿りする話…?なんも考えずにつらつら書いてしまった…。変装してるとこと始末書のくだりが書きたかっただけです。既に付き合ってるしやることやってる二人です。

    #杉九

    あまやどり しとしとと降る雨の中、スナックの店舗が並んだ建物の階段で杉浦は小型カメラを袖に隠しながら息を潜めていた。カメラのレンズの先にあるのはホテルランティーユ・デューの入り口で、既に録画時間は二時間以上経過している。
     三日ほど前に横浜九十九課に舞い込んだのは夫の浮気を見たという女性からの調査依頼だった。浮気相手は依頼主自身が既に特定済みで、兎に角早く証拠を押さえたいという彼女の希望によりわざと家を空ける状況を作ったのが今日。そして調査対象はまんまとそれに引っかかり、一回りは年齢が下であろう女と仲睦まじくホテルへと直行した。家を出たところから尾行をして動画を撮っているので後は退店の現場まで撮れば調査完了である。
     スナック街の前を歩く傘を差した人々は調査中の杉浦を目に留めると眉を顰めたりヒソヒソと話をしたりしてその前を足早に去って行った。それというのも今の杉浦の格好は普段のパーカー姿とは違い、草臥れたボロボロのロングコート、あちこち糸のほつれた帽子にボサボサの黒髪のウィッグと付け髭。横には空の缶ビールと酒の代わりに水の入ったワンカップ。ぱっと見た限りでは雨宿りをしている飲んだくれのホームレスに見えるからだ。昼下がりという時間も相俟ってそんな風貌の男に好き好んで声をかけてくる人間はいない。面立ちの整った杉浦は良くも悪くも目立つ為、調査員としてこういった変装をすることにもここ数ヶ月で慣れてきていた。元より騒がれるのも注目されるのも好きでは無いが逆に顔が役に立つ時は存分に利用している。ただ今回はその出番では無かった、それだけの話ではあるが今までで一番人から目を背けられているのを痛感していた。『人は見た目が九割』なんて言葉は案外間違っていないようだが、今回の調査対象の男は眼鏡をかけ、髪の毛も七三分けにした見た限りでは真面目な男の筈なのに不貞を働いているので一概には言えないと杉浦は思う。長くなりつつある張り込みの時間や冷ややかな人々の視線も相俟って杉浦の口からは「はあ」とため息が出た。

    「なんか、長くない?入ってから一時間半は経つよね?」
    『今日は奥様の監視の目がないことが分かっているから羽目を外しているのでしょうな』

     不満げにボソッと呟いた杉浦の声に右耳のインカムから返事がくる。そんなに声量があるわけでも無いのに雨の音や車の音に掻き消えることの無い九十九の声は少し呆れているようで珍しい。

    「これ泊まりとかだったらどうしよう」
    『時間帯的には流石にそこまでは無いかと……。まあその時はボクが交代を、とも思いましたがスナックが開く時間帯も考えると張り込みの場所そのものを変える必要も出てきますね』
    「ここ以外の場所ってなると福徳橋挟んだ向こう側とかになっちゃうかも、そしたらズームの効くカメラも必要かな……」
    『ふむ、杞憂であることを祈るばかりですが一応準備はしておきましょう』

     インカムからカメラを探しているらしい物音がゴソゴソと聞こえる。どこかに体をぶつけたらしい九十九の「あいた」という小さな悲鳴に杉浦は小さく笑ってしまった。目の前の通行人が不審そうな顔をしたので咄嗟に顔を隠して咳き込む振りをする。

    「九十九君大丈夫?」
    『……聞こえましたか?』
    「うん、九十九君のマイク性能いいから聞こえちゃった」
    『いやはやお恥ずかしい……』

     冷たい視線に晒されている中でも九十九の声だけは普段と変わらない。案件が立て込んでいる時などは一人で調査をして簡易的にメッセージでやりとりをすることもあるが、こうして通信しながら九十九の声を聞くと杉浦はどんな仕事でも出来るような気がしていた。その反面、声だけでは物足りないような時もある。『ぶつかっただけで怪我はしておりませんぞ!』と弁明している姿を頭の中で想像しつつ「それならいいよ」と柔らかく杉浦は声をかけたのだった。

    ―――――


    「あ、やーっと出てきた」

     しばらく経って調査対象はホテルから出てきた。だんだんと勢いを増した雨は土砂降りといった様子になっており、男と女は既に呼んでいたらしいタクシーに乗り込んで見えなくなる。そこまでの様子がきちんと撮れているか確認すれば『バッチリですぞ』とモニタリングしていた九十九から返事がした。

    「体ぶつけ損だったね」
    『いえ、あれは単なるボクの不注意ですから損とかではなく……。ああ、そんなことより杉浦氏、帰ってこられそうですかな?』

     九十九の問いに杉浦は「うーん」と困ったように声を出した。天気を確認していたので折りたたみ傘はあったが雨の勢いは激しさを増すばかりで、傘を差して帰ったところで膝から下が悲惨なことになるのは目に見えている。恐らく先程の二人のようにタクシーを呼ぶのが最も正しい手段ではあったが、変装の性質上安全を考えて杉浦は財布を持ってきていなかった。

    「あ、それじゃあ……」
    『ボクが迎えに行きましょうか?』

     杉浦の声に九十九の提案が重なった。少しだけ間を置いて「うん、お願い」と杉浦は応える。ワンカップに入れていた水を捨てて帽子とウィッグを取り、付け髭を外してコートを脱げばいつものパーカーとデニムジャケット姿に戻った。変装服を畳み帽子なども纏めてからクシャクシャのビニール袋に入れる。繋いだままの通信の向こうでタクシーを頼む九十九の声が聞こえた。

    「なんだ九十九君が歩いて来てくれるのかと思っちゃった」
    『こんな土砂降りの中歩いて行ったらお互いびしょ濡れ、ミイラ取りがミイラになってしまいますぞ』
    「そうなったらホテルで服が乾くまで雨宿りでもしちゃおうよ」

     含みのある言い方に気がついたらしい九十九の動揺した声に杉浦は笑う。今の九十九君はきっと可愛い顔をしてるんだろうな、と思った所で『今は業務時間内ですからそれはセクシャルハラスメントになるのです!後で始末書ですな、杉浦氏ぃ』という言葉が返ってきた。そんな他愛ないやりとりをしながら杉浦はザアザアと音のする雨を眺める。調査に出てから四時間程が経過していた。勢い良く横から入ってくる雨で少し体が濡れて寒さを感じ、杉浦は少し体を縮こまらせる。小さくクシャミをしてから数秒後、階段の前に一台のタクシーが止まった。

    「お待たせいたしました杉浦氏!」

     自動で開いた後部座席のドアから傘を差そうとする九十九よりも早く杉浦は体を滑り込ませる。それでも頭から濡れてしまった杉浦に九十九は黒いリュックサックに入れていたタオルを手渡してから運転手に住所を告げる。停止中のハザードのカチカチという音が消えてタクシーは走り出した。

    「では、帰ったら調査報告のまとめと始末書ですぞ」
    「えっあれ本気だったの?」

     九十九の発言にインカムを外して頭を拭いていた杉浦の手が止まる。そんな杉浦を見てから九十九は「まあ始末書は冗談ですが」と笑った。

    「からかわれたお返しです」
    「僕は半分くらい本気だったけど?」
    「始末書を書きたいということなら止めませんが?」
    「えー……」

     パーカーから肩までをタオルで拭いたものの濡れてしまった以上肌寒さは変わらない。九十九にタオルを返し、変装道具の入ったビニール袋も渡せばそれがそのままリュックサックに入れられる。様子をミラー越しに見ていた運転手から暖房を入れるか打診されたが「そんなに距離無いし、いいです」と杉浦自身が断わった。それに不安そうな顔をした九十九を見て杉浦はそろりと手を伸ばす。

    「ヒッ」
    「えっ、どうかされました?」

     悲鳴を上げた九十九は取り繕うように「なんでもありません」と運転手にぎこちなく返し、杉浦はその様子をしれっと横目で見やる。冷え切った杉浦の右手は九十九の左手を上から握っていた。九十九の手の温度は元より高くは無いが、今の杉浦の手には程良い温かさだ。指を絡ませて親指で小指の付け根を緩く撫でれば見る間に九十九の顔が赤くなっていく。その行為を止めさせようと九十九は杉浦を睨んだが、水も滴るなんとやらと言わんばかりに髪のセットの崩れたイケメンが表情を緩ませながら「九十九君あったかいね」などと微笑むので言葉に詰まる。

    「あの、杉浦氏、こ、こういうのは……」
    「うん?」
    「業務が終わってからにしてくだされ……」

     雨の音にかき消されそうな恥じらいを含んだ声と淡い期待を滲ませた表情を見て杉浦は愛おしさが込み上げてくる。変装中に冷たい視線に晒され、物理的にも冷えていた体が少しの熱を含んだ九十九の瞳で全て溶けていく感覚だった。真っ直ぐ見つめて手を握ったまま親指で手の甲を撫でる。いっそ可哀想なくらいに顔を赤くした九十九が不自然に顔を背けた。視線の先は相変わらずの雨で誤魔化しにすらならず、うう、と弱々しく唸る九十九にこれ以上は可哀想かなとも思いながらも手を離すことはしない。杉浦も窓の外を見ればすぐに見慣れた大通りに入り、数分もしないうちに目的地へと到着した。
     代金の支払いの為に手は退けられ、湿った空気に触れて冷えていく。杉浦は九十九の持ってきていた傘を広げて先に車を降り、領収書を受け取っている九十九が濡れないようにとドアの前で待機した。車外に出たばかりだというのに地面から跳ねた雨水でスニーカーと靴下が濡れていく嫌な感覚を味わう。運転手に礼をしてリュックサックを背負って降りてきた九十九はというと、しっかり長靴を履いていた。

    「用意周到だね、九十九君」
    「ボクの出る頃にはこの有様でしたからな。ところで杉浦氏は折りたたみ傘を持っていたと記憶しておりましたが?」
    「あれじゃ心許なくて。……ああほら、もっとこっち」

     折りたたみ傘を出す様子の無い杉浦は「濡れちゃうよ」と声をかけて九十九を引き寄せた。車道にはそれなりに車が行き交っているが通りを歩く人は皆無で、誰にも見られていないものの車内でのこともあって九十九は気恥ずかしさを覚えていた。バラバラという雨音に叩かれながらも傘の内側だけは心なしか温かく、互いの呼吸が間近に聞こえてくる。数メートル先にあるビルの出入口にはあっという間についたものの、傘を差したままの杉浦を不思議がって九十九は少し顔を上げた。存外近い位置に顔があり動揺して息を飲んだ九十九に対し、杉浦は緩く微笑んで傘を持っていない手で頬に触れる。

    ――キスをされる。

     悪天候とはいえそばを誰かが通るかもしれないという危機感はあるが、目の前の男の顔が酷く穏やかで頬に添えられた手は車内で触れられた時より温かくて。つい反射のように九十九はぎゅっと目を閉じた。

    「あ」

     どきどきと鼓動が早まる中、何かに気がついた杉浦の声に目を開ける。頬からもそろりと手が離れていく。

    「ここ、カメラあるんだった」

     その言葉にカメラのあるエレベーターの方を見てじわじわと赤面する九十九を尻目に杉浦は傘をバサバサと開閉させて水を切る。

    「それにまだ業務時間中だもんね、ごめんね九十九君」

     でも期待して待ってる顔可愛かったよ、と杉浦が言い切る前に九十九はスタスタとエレベーターの前に立ち、二階へ上がるために乗り場ボタンを押した。丁度かごは一階に止まったままだったらしくすぐに扉が開く。まだ傘のベルトを留め終わっていない杉浦が慌てて乗り込めば九十九は下を向いたまま黙っていた。二階につくまでの短い時間で傘をくるくると回してベルトを留めればうまく切れなかった水がポタポタと床に落ちる。
     聞き慣れた到着音の後に見慣れた出入口。思いがけずほう、と安心して息が漏れた杉浦を置いて九十九は素早く扉の鍵を開けた。リュックサックをワークテーブルに置いてキッチンシンクの棚からタオルを三枚取り出し、扉の近くに傘を立てかけていた杉浦に手渡す。

    「ありがと」
    「いえ、お疲れ様でした。服と靴は脱いでハンガーにかけたままエアコンを入れればある程度乾くでしょう。着替えは変装用のを適当に使ってくだされ」

     返事をしてタオルを持ったままハンガーをいくつか掴んで杉浦は奥の部屋へと向かい、九十九はエアコンのリモコンを操作してから出入口の扉を閉め切って愛用のゲーミングチェアへ腰掛けた。杉浦が戻って来る前に印刷してしまおうと各種事務書類のテンプレートフォルダの中から【始末書】と記されたファイルを開き、右手にあるプリンターの電源を入れる。やはり恋人とはいえ公私はきちんと分けるべきですからな、と心で呟いて印刷のボタンを押せばプリンターからインク切れのアラートが表示される。

    「ああ……最近はコピー機ばかり使っていたせいでこちらのインク補充に目が行ってませんでしたな……」

     インクのストックを確かめようと立ち上がれば作業員のつなぎに着替えた杉浦が戻ってくる。本当はこのタイミングでビシッと始末書を突きつけるつもりだった九十九は少し気落ちしてしまった。そんな九十九の気持ちを知るはずも無い杉浦はまた「あ」と声を出す。

    「言い忘れてた、ただいま、九十九君。わざわざ迎えに来てくれて嬉しかったからちょっとはしゃいじゃった」

     今度は何かと身構えた九十九に杉浦はニコニコと笑う。少し黙って、考えて、九十九は項垂れた。

    「……うぅ、同僚の不始末はボクの不始末……」
    「ん?何か言った?」
    「いいえ。お帰りなさい杉浦氏」

     コーヒー入れるね、という声に返事をしながら九十九は『印刷中止』のボタンをクリックする。使わなかったプリンターのインクを補充してから電源を落とし、今日の調査で撮られた動画のファイルを開いた。温かくなってきた室内にコーヒーの香りが満ちていく。

    「雨止まなかったら今日はこっちに泊まろうかな、生乾きの服着たまま帰るのも嫌だし。それに……」

     淹れ立てのコーヒーが入ったカップがPCデスクに置かれる。九十九がモニターから視線を外して杉浦を見ればデスクに寄りかかってカップから立ち上る湯気をふう、と吹いていた。

    「業務が終わったら、いいんでしょ?」

     やっぱり始末書は必要だったのでは、と思いつつも甘い誘いに断れない九十九は「終われば、ですぞ」と念を押す。スマートフォンで天気予報を調べれば翌朝までしっかりと雨マークが並んでいる。長い雨宿りになりそうだ、と杉浦はコーヒーを一口飲んでひっそりと笑った。
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