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    ouranos0517

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    ouranos0517

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    幼少期の司がモブ少女としゃべるだけ。

     お話の世界では、雨が降っているのをしとしとと言うらしい。しとしとと降る雨を眺めながら、そんなことを思い出して、しとしと、と唱えてみた。しとしと、舌足らずな呪文が雨に吸い込まれる。しとしと、雨は中庭のタイルにあたって弾む。
     夕暮れの病院は雨のせいか少し薄暗くて、いつもよりも何倍か静かに思えた。司たちが来たことではしゃぎ疲れた咲希はもう眠ってしまっていて、「お母さんはお医者さんとお話をしてくるから、ちょっと待っててね」と言われた司は、ちょっと待ちながらぼんやりと中庭を眺めていた。
     中庭を眺めていると言ったけれど、本当のところは一歩踏み出せばすぐにびしょ濡れになれる、廊下と中庭の間ギリギリの場所で、タイルにあたって跳ねた雨粒が司のくつへ吸い込まれるのをぼんやりと見ていた。だからくつを眺めていると言った方がいいのかもしれない。司はぼんやりとくつを眺めていた。
     今日の咲希は元気そうだった。このぶんなら、すぐにおうちに帰れると思うよ、とお母さんも言っていた。すぐって、いつだろうか。明日だろうか。明後日だろうか。眠っている咲希が目を覚ましたときにはもう、おうちに帰れてたらいいな。そうしたら、おかえりなさいのショーを見せるんだ。咲希がいっぱい、笑えるように。
     おかえりなさいのショーはどんなのにしよう、どのぬいぐるみと一緒にやろう。そんなことを考えていたら、ふと、視界の端で何かが動いた。
     いったいなんだときょろきょろとあたりを見回せば、中庭のベンチにちょうど司と同じくらいの歳の女の子が座っているのが見える。さっきまでは誰もいなかったはずなのに。
     女の子はしとしと雨が降っているというのに、傘もささずにベンチに座って足をゆらゆら動かしている。それがなんだかすごく寂しそうに見えたのと、濡れたままでいたらかぜをひいてしまうと思ったから、司は「ご自由(じゆう)にどうぞ」と書かれた傘立てからビニール傘をえいやと引っ張り出して駆け出した。ワンタッチの傘がボンと開けば雨粒を弾き飛ばす盾になる。雨にも負けず風にも負けず傘をかかげて駆けてきた司を、女の子はきょとんとした顔で見つめていた。
    「こんにちは! かぜひいちゃうからこれどうぞ!」
     ずい! と勢いよく傘を差し出せば、女の子は一瞬目をまんまるに見開いて、それからちょっと困ったみたいに笑った。
    「それを受けとっちゃったら、あなたがぬれちゃうよ」
    「あ!!」
     女の子に傘を渡すことだけを考えすぎて、自分の傘を持ってくるのをすっかり忘れていた。慌てて後ろへ駆け出そうとする司に、女の子は「だいじょうぶだよ、これだけぬれちゃったらもう何も変わらないもの」と言って笑う。
     司はその笑顔を見たことがあった。まわりの人を心配させないための笑顔。女の子はそんな顔で笑っていた。
     そんな顔をさせたいわけじゃない。そんな顔をさせたいわけじゃないのに。
     司は唇をきゅ、と結んで、それから咲希と冬弥の心からの笑顔を思い出して、むん! と顔を上げた。女の子の肩がビクッと跳ねる。
     そんな女の子に背を向けると、司は持っていた傘を横向きにして、「うお〜!! おもかじいっぱーい!!」と叫びながらぐるんぐるん回し出した。
    「えっ……?」
    「うわー! すごいあらしだ! 船長! このままでは船がてんぷくします! なにぃー!? そんなことはいかーん!! なんとかするんじゃー!!」
     向きを変え声音を変え、司は船長と船員を行ったり来たりする。ぬいぐるみは咲希の部屋に置いてきてしまったから、今は司のからだひとつでなんとかするしかないのだ。
     ぴしゃぴしゃと雨が司のからだを濡らすのも構わずに、かじに見立てた傘をぐるんぐるん回して、ふらふらと左右によろけながら今にも転覆しそうな船のかじを必死にとった。
     そうしているうちに女の子にも司が何をしているのかがわかってきたらしい。「が、がんばれー!」というぎこちない応援が、だんだん心の底からのはしゃぎ声に変わっていった。最後には「あ! あっちにドラゴンがいるよ!」だとか、「きゃー! おおなみだわー!」だとか、物語に自由に味つけをしていくようになって、司はその声に応えようとがんばってショーを続けた。
     へとへとになりながらもちゃんと物語に幕をおろせば、女の子はきらきらした目でぱちぱちぱちと拍手を送ってくれた。司はそれに応えるように大げさに礼をする。
    「たのしかった! すっごく! これまででいっちばん!」
    「!! ふふん! そうだろう!!」
     雨のなかにいるのに晴れたみたいに笑った女の子を見て、司もほっぺたを赤くして笑った。
     女の子はそんな司を見て、より一層にこにことしながら「あのね」と言う。
    「こないだ、ここにステージができてたの、知ってる?」
     女の子の問いかけに、司は少しだけ首をかしげてから、そういえばそんなこともあったと大きく頷いた。咲希みたいに外にでるのが難しい子のために、病院がいろんな人を呼んでショーを見せてくれたと、咲希が聞かせてくれたことがある。でもそれは、こないだと言うよりも、もっと前の話だったような。
    「わたしね、すっごくすっごく楽しみにしてたの。そのショーがあるから、いたい検査もにがてなおくすりもがんばれたの」
     女の子は自分の胸をゆっくりとなでながらそう言った。司はうん、と咲希のことを思って頷いた。
     女の子は「がんばったよ、わたし、がんばったの」と胸をなでながら言う。
    「でもね、その日、雨がふっちゃって。できないから、べつの日になったんだけどね。そしたらわたし、具合わるくなっちゃって、ショー、見れなかったの」
    「そんな……!」
     ぎゅっと眉を下げた司に、女の子は「なんできみがそんな顔するの、変なの!」と笑う。
    「見れなかったそのときはざんねんだったけど、でも、でもね。今日、きみがここでおしばいを見せてくれたから、ざんねんなきもち、どこかいっちゃった!」
     女の子は司の手を両手でぎゅっと握る。ずっと雨の中にいたからか、その手はちょっとぞっとするくらい冷たかった。
     女の子はにこにこと笑う。司もにこにこと笑った。女の子が、司のショーを見て笑顔になってくれたのが、すごくうれしかったから。司は女の子の冷たい手をぎゅっと握り返した。
    「ね、だから。きみにね、お願いがあるの」
    「お願い?」
     首を傾げる司に、女の子は「そう、お願い!」と言って、より一層司の手を力強く握る。
    「わたしと、ずーっといっしょに——」

    「おにいちゃん!!!!!!」

     バケツをひっくりかえしたみたいにすごい雨が降った。
     咲希の声が耳に届いた途端、どうしていままで気がつかなかったのかわからないほどの大雨の中に司は立っていた。いつのまにこんなに雨がひどくなったのだろう。
     おにいちゃん! ともう一度泣きそうな声で咲希が叫ぶ。病室で寝ているはずの咲希がなぜだか中庭の入口に立っていて、傘もささずにこちらへ駆け出そうとしたのを見て司は慌てて「さき! お兄ちゃんがそっち行くから!」と駆け寄った。
     屋根のある場所に辿り着くやいなや咲希が抱きついてわっと泣き出す。どうして咲希が泣いているのかがわからなくて、司はおろおろとしながら咲希を抱きしめることしかできない。
    「お兄ちゃん変だった!」
     泣きながら咲希が言う。
    「起きたら窓からお兄ちゃんが見えて、そしたら雨ふってるのにかささすのやめちゃうし、ひとりでずーっと笑ってるし、変だった!」
     抱きしめた咲希の体はびしょ濡れの司にはいっそ熱いくらいにあたたかかった。泣きじゃくる咲希に、司は「ごめんね、ごめんね」と謝ることしかできない。咲希を悲しませてしまったことが悲しくて、司の目にもじわりと涙が浮かぶ。
     そのままふたりでわんわん泣いていたら、お話が終わったらしいお母さんが「どうしたの」と慌てて駆け寄ってきて、今度はお母さんに抱きついてふたりでわんわん泣いた。
     お母さんは「大丈夫? 何があったの?」としきりに聞いてくれたけど、泣いているうちにどうして泣いているのか司にも咲希にもわからなくなって、結局何も説明することはできなかった。

     中庭は雨がぶあついカーテンになって、もう何も見えなかった。
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