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    d_kenpis

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    d_kenpis

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    アスクに召喚されたシェズくんが、本編先生と結ばれる話です。おもあつが過去史上最高だったのでまたシェズ傭兵団のみんなのわちゃわちゃがみたい…。
    団長は言及されてないだけでみんなに先生とデキてるのばれてる…。

    二度と喪わない何の因果か、アスク王国に召喚されて早数節が経った。

    セーバー始め、優秀な団員達の健闘の甲斐あってかちらほら依頼も増え出した“シェズ傭兵団”は徐々に軌道に乗りつつある。
    元の世界では雇われる側だった自分が、まさか自分の団を持つことになるとは。未だに団長などと呼ばれるのが気恥ずかしくもあるが、思いの外現状の環境に心地よさも感じていた。

    「よう、団長。朝から精が出るな。」

    そんな明くる日。団を構える小さな砦の近くで訓練を行っていると、隻眼の男性に話しかけられシェズは剣を振る手を止めた。
    彼は団員のひとりであるセーバーだ。強面であまり過去については語らないが、腕は確かでセリカ王女からの信頼も厚く、また面倒見がよく紳士的な面も多いようでジェニーを始めアスクの女性達にも好かれている。年の功というものか、経験も場数もシェズとは段違いで助言を貰うことも多い。
    かなりの年下であるシェズを、団長と呼び慕ってくれる豪放磊落な男だ。
    そういえば、同じく此方へ召喚されたらしいジェラルトとは最近飲み仲間になったらしいとベレトが溢していた。

    「まぁな。いつでも戦に駆り出されても良いように身体を動かしとかないと。」

    「いい心意気だが、若いうちからあんま無茶すんなよ?いくら手柄あげたって命が無きゃ終いだ。」

    「わかってるって。」

    ぽんぽん、と肩を叩かれシェズは苦笑する。
    いつだったか、今は亡きベルランにも似たようなことを言われたことがあったものだ。懐かしいなと感慨深くなる。

    まるで異世界に来たとは思えない程に、此方での日々は全てが順調だ。
    だが、一つだけ。ここに来てシェズの中で狂ってしまった歯車があった。

    それは、元の世界では敵対し殺した“灰色の悪魔”に特別な感情を抱いてしまったこと。
    最初は身構えていたし相変わらず無表情で感情が読み辛い奴だなとも思ったものの、話してみると気さくで人懐こく、それでいて戦いの知識や技術は高い男だった。同じフォドラでシェズがいた世界とは真逆の人生を生きていたらしいベレトは、教師として人を教え導き、慕う生徒も沢山いる、シェズが知っている冷たさを感じさせない教育者であった。
    戦場では鋭い采配を見せる癖に、普段は少々抜けていて困っている人を放っておけない性格のお人好しだ。よく食べ、表情は乏しいものの笑うし困りもする。人助けや仲間の笑顔が好きな普通の優しい青年。

    それは、敵対していた頃のシェズには全く知りえないことだった。だからこそ、同じ時を重ねどんどん彼を知っていく中で苦しみが生まれ積み重なっていく。
    もしも、あの世界で彼と手を取り合えていたなら。こんな気持ちを負わずに済んだろうか。いま考えたとて、全ては遅すぎるけれど。

    「どうした団長、考えごとか?」

    「…いや、……なぁセーバー。ベレトのことなんだけどさ。」

    「おう、あいつお前に酷く懐いているよな。仲睦まじくて良いこった。」

    「よ、よせって…。
    …あのさ、実は俺まだあいつに言えてない事があって。」

    「ん?…ぁー、もしかしてあれか?前に言ってた…。」

    言い淀むシェズに直ぐ察したのか、セーバーは顎髭を擦りながら苦い顔をする。
    ここに来た当初、シェズがベレトに対してぎこちないことを早々に見抜いていたセーバーにそれとなく関係を訊かれたことがあり、以前彼にだけは話していたからだ。

    「ああ…。俺は、元の世界であいつを殺した。敵として。
    …でもあのベレトは、そんなことは微塵も知らずに俺を仲間として慕ってくれる。俺さ、何度もあいつに告げようとしたんだよ。けど無理だった。」

    項垂れ、足元をじっと見つめるシェズに「…ま、とりあえず座れよ」とセーバーが近くの岩に腰を下ろしシェズを促す。力無く従ったシェズは、再び口を開いた。

    「……あいつは俺が戦った悪魔じゃないし、別に許してほしいだとかそんなんじゃない。別に言わなくたってここでの生活に支障はないんだ。
    自分勝手で甘いって頭では分かってる。それでも、自分の過去に区切りをつけたくて。…あいつの顔を見る度にずっと苦しいんだ。こんな気持ちは初めてでさ。…俺、傭兵失格かな。」

    「…なるほどな。
    まあ、お前はまだ若い。長い人生、どんなに律したって割り切れないことがあるのは当然ってやつだ。…そりゃ戦場にまで感情持ち込んだら失格かもしれんがな。」

    「……」

    「ま、あんなおふざけみたいな流れで任命しといてなんだが…団長と慕うからにゃ俺は本心でお前の腕を買ってる。
    いちいち稼業のしがらみに悩むことなんて無い、根っからの傭兵気質だってこともな。悩むってことは、それほど団長にはベレトが特別な男だった、ってことだろ。」

    「特別…か。確かに越えたい存在だった。
    でも、倒してからは何だか…そうだな、呆気ないような…嬉しさより心に穴が空いたみたいな感じだったんだ。これが本当に、成し遂げたいことだったのか…。いや、成し遂げたかったんだ。でも、寂しいような、まだどこかでずっとあいつを求めている気持ちもあって。」

    「そうさな…団長はよ、寂しいんじゃなくて悲しかったんじゃねえのか。」

    「…?かな、しい?」

    問えば「あぁ」と間の抜けた返事が返ってくる。

    「傭兵だって人間だからな。どれだけ敵対したとしても、一人の人間としてはまだずっと、越えるべき存在としてお前はベレトを追っていたかったんだろうさ。」

    「…おれ…は、(そうか…)」

    俺は、悲しかったのか。

    そう内心ごちるシェズに、「お前も不器用だなぁ」とセーバーが苦笑する。

    「ま、異界のとは言えここには本人がいるんだ。納得するまで話して、そんで自分と向き合やいい。」

    セーバーはどっこいせ、と声をつけて立ち上がり、「じゃ、そろそろ俺は街に出てくるな」と背を向け歩き出しひらひら手を振る。

    「あ、おう。…聞いてくれてありがとな、セーバー。」

    「いいってことよ。団長なら安くしとくぜ。」

    「はは、金とるのかよ。」

    くすくす笑うシェズに「冗談だ、報酬は美味い飯でいい」と笑い返し、頭を掻いた。

    「…ガキを嫁に出す気持ちは、嬢ちゃんが最後だと思ってたんだがなぁ……。」  

    「?なんだ?」

    「何でもねぇよ。」

    首を傾げたシェズに、セーバーは振り向くことはなかった。

    ____________

    セーバーと別れた後、直ぐにその足でベレトへ会いに行こうかとも思ったシェズだが、毎日何かしら起きるのがアスクである。
    道の途中で丁度いいから訓練に付き合えとフェリクスに捕まり、それが終わったかと思えば、いつの間にか増えていたギャラリー達と一人ずつ試合することになってしまう始末。いい訓練にはなったが気付けば13時を回っていて、結局遅めの昼をとることになってしまった。
    食堂にはベレトの姿はなかったが、同じく遅めの昼をとりにきたディミトリやフレンと近況を話していたら盛り上がってしまい、そこでも大分時間を食ってしまった。

    そんなこんなでベレトに会わぬまま既に1日の半分が過ぎようとしている。

    「さて、漸く落ち着いたし…行くか」

    そう呟いて歩みを進めるも、実際会うと決めたら何故か急に緊張してきてしまい歩幅が常より狭くなる。
    今日は互いに出撃命令も無く、傭兵団の依頼もこれといって無い。悲しきかな、たまに大口案件が舞い込むとは言えシェズ傭兵団はいつも忙しいという訳ではないのである。何も無いのは平和な証拠で大変良いのだが、駆け出しの傭兵団の団長としてはもう少し実績が欲しい所だ。ジェラルトのように名を轟かせるのはまだまだ遠そうである。

    非番の日のベレトは大概訓練所か厨房に居ることが多いので目指していると、行きがてら偶然すれ違ったエクラが「自室にいたよ。」と教えてくれたのでわざわざ探す手間は省けた。
    そうと決まれば…と彼の部屋の方向へと足を向けかけてはたと立ち止まり、廊下に取り付けられた鏡に映る自身の身なりを見直す。
    髪が少し乱れているもののいつも通りな気もするが、改めて見ると人に会うにはいまいち小汚ないように思えてきた。
    しかも朝の訓練でかなり汗をかいたし埃まみれでは格好がつかないし…等といつもは絶対に考えない言い訳を重ねるうち、だんだんと先程の勢いが萎んでいく。

    「風呂…入ってくか…。」

    ぽつりと口にして、冷静になった足で大浴場の方へと向かうシェズであった。


    __________

    「(……にしても、いきなり会いに行ったら驚くかな)」

    時間が早い故かまだ大浴場はがらんとしていて、貸し切り状態だった。
    湯を浴びるのはアスクに来てから出来た習慣だが、温泉とは良いものだ。水浴びよりも疲労がとれるし、なにより心が休まるので結構気に入っている。シェズより少し後に来たラルヴァとも何度か共に入ったのだが、彼はお湯の熱さに最初はびっくりしていて「世界は広いね」等と笑っていたのを思い出す。
    そういえば未だに不思議な夢は見るものの、ラルヴァ自体がアスクに召喚されてからは内なる声に語りかけられることも無くなってしまったなと思い至る。

    元の世界で「灰色の悪魔」に執着を見せていたように見えたラルヴァだが、此方での生活を見ている限り不穏な動きは無いようで若干ほっとしている自分がいた。戦争で飯を食っている身であれ、争いが好きな訳ではないからだ。
    運命共同体として、ラルヴァはかけがえの無い存在だった。
    その力で最終的にベレトを討つ結果になったとはいえ、その気持ちに偽りはない。あくまでも全てはシェズが選んできた道だ。ラルヴァの力はそれを切り開く一助になったにすぎない。
    それでも、長らく共にいた身からふと考えることがある。
    ラルヴァは、今のシェズがベレトと過ごすことをどう思っているのだろうと。

    『ここでの君が元気そうで安心したよ。』
    ー…もう、会えないかと思っていたから。
    アスクで出会った際に、そう小さく呟いて笑ったラルヴァが脳裏を過る。彼もまた、シェズが知らない運命共同体の姿を見ているのかもしれない。

    「世界は広い、か…。」

    ばしゃりと桶いっぱいにお湯を被ると、ふと鏡に微かに映る自身の顔が目に入り、手で白い曇りを拭いまじまじと凝視する。
    フォドラでは珍しいらしい、夏の蝶のように鮮やかな紫の髪。
    以前ベレトが「陽の下では黄昏、闇の中では夜空みたいで綺麗だ」なんて優しい顔で褒めてくれたのを思い出す。
    幼くして天涯孤独になり生きるために必死で剣を振るってきたシェズは、これまでこんなにも自身の容姿を気にしたことはなかった。

    元の世界で軍属するようになってからは、規則的な食事も住居も保証されていたから体格は昔よりはマシなのだろう。
    ラルヴァによって力を与えられたあの日に、今まで戦闘やその他の事情やらで負った傷痕は全て消えてしまったようだが、同世代にしては貧相な身体に、女のようだと揶揄られたことは数知れない、威厳には欠ける顔つき。
    どこをとっても、やはり剣の腕しか自分には残っていないような気がした。

    だが、ベレトは。
    剣を交わしている時だけではなく、シェズと話をしているときも等しく真っ直ぐに此方を見詰めてくれる。見掛けや年齢で判断したり馬鹿にはせず、嘘の無い言葉をくれて対等でいてくれる。それが、シェズにとっては非常に好ましく嬉しさを感じさせた。

    「(……綺麗…かあ…)」

    あの日から?いや、いつからだったろう。
    ベレトの一挙一動から目が離せなくなって。日々隣に存在を感じては、与えられる言葉が嬉しくて仕方がなくなったのは。
    遠巻きにされがちな異名や冷たい貌に反し、優しい体温をもつその手に触れて貰いたいと考えるようになったのは。

    「っ……っぁ~!ってなに照れてんだ俺…っ」

    一人でいるといちいち余計な考えが巡って仕方ない。
    乱れてきた思考をかき消すように頭からもう一度お湯を思い切り被った。

    _________

    かなり入り浸った気がしていたが、なんとまだ15時くらいだ。
    考え過ぎかも知れないが、部屋に(しかも男の)行くだけのためにわざわざ湯浴みを済ませてきた…というのも何となく気恥ずかしくて、シェズは髪をしっかり乾かしてから部屋の前にやってきた。

    軽く深呼吸してからノックを三回。
    直ぐに「はい、誰だろうか」とよく通る声と足音が聞こえて
    「シェズだ、急に訪ねて悪い」と応えれば刹那ギィ…とドアが開いた。
    現れたベレトはいつものような鎧と外套は身に付けておらず、大分砕けた格好をしている。服装が違うだけで、随分華奢にみえるものだ。
    「君か、珍しいな」ベレトはそう目を丸くしてから「どうぞ。上がってくれ」と部屋に促した。

    「紅茶を淹れよう。適当に座っていて」と通すなり、ベレトは備えつけの給湯室に消えてしまった。
    突っ立っている訳にもいかずに、そろりと足を踏み入れる。シェズの部屋と同じ位の広さを持つ室内はスッキリと整頓されていて、部屋の隅のベッド上にちょこんと積んである衣服もきちんと畳んである。ベレトの部屋はアスク城に併設された東棟2階にある角部屋で、シェズのいる部屋とは違い麗らかな日が差し込み明るい。
    換気の為か、少し開けられた窓から流れる微風が優しく頬を撫でる。
    静かな空間に何となく緊張して、一人用の皮張り椅子の上にきちんと手を膝に置いて行儀よく待っていると目の前に白い湯気の立つティーカップ、そしてご丁寧に菓子がいっぱいに盛られたバスケットが置かれる。
    色とりどりの花々みたいな菓子達は素朴ながらどれも美味しそうで、フォドラでは見たこともないものばかりだ。

    「おぉ、」

    つい興奮して身を乗り出してしまって、直ぐに佇まいを直す。
    ラルヴァがいたら、幼稚な行動を笑われたかもしれない。

    「どうぞ、熱いから気をつけて」

    「あ、りがとう。

    …なあ、ベレト。…あのさ。」

    「うん、何だ?」

    「ええと…俺、今日はベレトに話したいことが…あって。」

    脳内練習ではすらすら告げれたつもりが、ぼろぼろだ。
    聞いてくれるか?と。そう恐る恐る問えば、彼は向かいに座るなり戸惑うことなく頷いてみせた。

    「勿論。自分が力になれるのなら。
    丁度、自分も君に話があったんだ。」

    「えっ、」

    搗ち合った穏やかな青が、瞬く。
    まさかの展開に、シェズは拍子抜けした声を出した。
    まさか彼からも話題があるとは。告げてすぐ帰る予定だったと言うのに。もしかしたら、数日前に話し合った次の出撃での戦術相談の続きかもしれないが、シェズの相談の後では気が引けた。

    「では、君からどうぞ。」

    「ぁー…。(どうぞ…と言われてもな…。)」

    ベレトからの内容が気になって仕方ない。
    だが、言わなくてはわざわざここまで会いにいた行為が無駄になってしまう。
    シェズは口元を固く引き結び俯いた。

    「……シェズ?」

    黙ったままでいる姿を心配したのか覗き込んでくるベレトに、シェズは観念したようにゆっくり口を開いた。

    「…ベレトは、さ。もし、俺が元の世界であんたと敵対してたって聞いたら……どう思う。」

    ついに聞いてしまった。と手を握りしめるが、ベレトの反応は冷静そのものだった。

    「…そうだな。同じフォドラでも、きっと自分の置かれている状況も運命も違うだろうから敵対自体は不思議には思わない。君も知っている通り、傭兵ならばその位は日常茶飯事だ。…それに、何となく初めて君に会った時からそんな気はしていたから、いつか話しにくるとは思っていた」

    静かにティーカップに口をつけたベレトは、どこまでも見透かしているようだった。

    「…はは、あんたには敵わないな。」

    「そんな大層なものじゃない。…だがやっと最近、君から緊張感というか警戒心というのか…そういう類いの気配は感じなくなった。しかし、近頃の君は…それとは何か別の理由で自分を遠ざけようとしているような気がしていてね。」

    違うか?とは問わないまでもベレトの目がそう語り掛けてくる。

    「それは、…」

    珍しく眉根を下げるベレトを見、シェズは言葉に詰まる。
    駄目だ、動揺するな。と自身に言い聞かせようとして息を小さく吸う。

    「君のことだ。理由がきっとあるんだろう。

    もし元の世界で敵同士であったとしても、今は共に闘う仲間だ。話を聞く限り無理に親しくしろとは言えないが…少なくとも自分としては、できる限り君の力になりたいと考えているんだ。嘘や同情ではなく、本心で。」

    傭兵ではなく、導く者の言葉がゆっくりと紡がれる。
    真っ直ぐな声の優しさに、胸が締め付けられるようだった。彼はシェズの世界のベレトではないのに、赦されているような気持ちになる。同時に、此方の醜悪さが浮き彫りになるようで辛かった。

    「…、やめてくれ……。」

    やがて飽和状態になった苦しみが無意識に、口から転がり出る。心の隅でハッとした時にはもう手遅れだった。蓋をしていた感情に抑えがきかない。

    「…シェズ、?」

    覚えている。最期の彼の顔も、斬った時の感触も。
    自分は、事情を察しながらこんなにも懸命に向き合おうとしてくれるような優しい青年を、元の世界で殺したのだ。
    もう目の前の大事な人を喪いたくはなくて、誰の特別になることも避けて生きてきたというのに。運命とはなんて残酷なのだろう。罵倒された方がいっそマシな程、喪った大きさを見せつけられた。

    痛い。あまりに温かくて苦しくて堪らない。
    こんなに苦しい感情ならば、知らなければ良かった。

    「頼む…それ以上優しく、するな…しないでくれ……。」

    声を絞り出す喉と目が熱い。視界がぼやけて声が上手く出ない。
    頬を伝う温かな感覚に、母を亡くした日を思い出した。
    あの日以来、何があっても涙を流したことは無かった。ひたすらに生きることに必死だった。
    肩を抱き合った仲間が翌日には敵になり刃を向け、無惨な死に直面しても割り切り続けて生きてきた。
    奪えばいつか自分も奪われるし失う。だから大事な人も作らず寄り添う温もりも無く、誰かの居場所になることも留まることもせずに根なし草として生きてきた。
    それで良かった筈だ。それが自分の選んだ生だった、筈だ。

    「俺は、……あんたを、殺した、……っ、ジェラルトさんだって俺は…。」

    彼とこれ以上近くなれば、きっと別れが来たときに一度喪った時と比べ物にならない位に辛くなる。
    自分の弱い心は二度目はきっと、耐えられない。

    「…まさか、君は父も、」

    「…そうだ。敵対し、親父さんはあんたを残して息絶えた。

    それを知った上で問いたい。そんな奴を、あんたは心から仲間と呼べるのか?」

    目を丸くしたベレトだが、直ぐにいつもの冷静な目付きに戻る。

    「シェズ…伝えたかったことはそれが全てか。」

    ベレトが僅に眉間に皺を寄せ、シェズを射抜く。
    小さく頷きながら、心臓がみるみる冷たくなるようだった。

    「…ああ。

    どれだけ軽蔑しても、恨んでも構わない。

    俺は、ずっとあんたに勝ちたかった。勿論最初は仲間の事もあったし恨みもしたが、それだけじゃない。今思えば憧れのような感情をベレトに抱いていた…のだと思う。あの頃はあんたを越えたつもりでいたけど、ずっと…今もベレトを忘れられない。忘れたりなんて、出来やしなかった…。俺は結局ベレトに負けたままなんだ。」

    「…」

    「最後に打ち合ったあんたの剣は相変わらず重かったけど…ぐちゃぐちゃで乱れきってて、ジェラルトさんが生きていた頃とはまるで別人みたいだったよ。

    でも、それは俺が奪った結果だ。運命の分かれ道となる瞬間は何度もあったかもしれない。だけど俺は、選ぶことなく決別した。
    今更どれだけ結果を悔いても死んだあんたはもう戻らないのに、今でも考えちまうんだ。元の世界でベレトと手を取り合えたらどうだったろうって。」

    机の上でティーカップを固く両手に包んだまま、俯くシェズ。
    ベレトはその手に己の手を伸ばすと静かに触れ、それに反射してシェズがバッと顔をあげる。

    「…!」

    「…シェズ。もし、自分ならば…だが。」

    シェズを落ち着かせるように、ベレトは言葉を選ぶようにゆっくり言葉を紡いで目を合わせる。癖の無い花浅葱色の髪が、さらりと風で凪いだ。

    「きっと自分は、君のことを恨んだりはしないよ。

    もし仮に君の世界の自分が、父を殺されたことが切欠で復讐心に囚われたのだとしたら…止めてくれた君に感謝をしたと思う」

    「……、…。それが、独りで苦しい最期だったとしてもか…?」

    「ああ。でもきっと、最期は彼も独りではなかった筈だ。
    …自分はそう思うんだよ、なんとなくだけどね。」

    「異界とはいえ自分だからかな」とベレトは小さく微笑む。
    その表情はどこか、誰かと重ねているように見えた。

    「ここは多くの異界から英雄が集う場所だ。
    …もしかしたら、今後君の世界の彼にもまた会えるかもしれない。」

    「…。俺のこと、責めたりしないんだな。」

    「普段私情を挟まない君が、こんなに取り乱す程だ。
    それにシェズは…充分苦しんで後悔しているんだろう?なら、そんな人をこれ以上追い詰める事に意味はないよ」

    「…ベレト……。」

    「だが、敢えて我が儘を言うなら…。……」

    「…どうした?」

    「…いや…いつか君の世界の彼が来たとしても、君は変わらず自分と親しくしてくれるだろうか…と思って。」

    「ぇ」

    「父に、今でもよく心配されるんだ。自分は周りと少し違っているようだから…。
    君は恐らく生徒達と年齢は大差ないが、父以外で初めて対等に剣や共通の趣味の話を出来た相手なんだ。君からは学ぶことも多いし、何より共に話していて楽しい。…それに、笑っている君の顔を見ているのが好きだ。だから、悲しむ顔を見たくはない。君が何者であっても、関係なんてない。自分には君が必要なんだ…だから…。
    どうか…何も言わず、独りになろうとはしないで…ほしい。」

    頬をかいて眉根を下げるベレト。見た目にそぐわぬ幼い仕草に、シェズの肩からも力がすっと抜ける。

    「ベレト……俺こそ、これからもあんたの側にいていいのか…?
    仲間で、…友でいていいのか…?」

    「!勿論だ。…しかし、叶うなら…いや、やはり止めておこう。」

    「な、なんだよ…気になるだろ。」

    「だが…こんなことを言って、君に嫌われたくはない。」
     
    頭を振って、悲しい顔をするベレト。

    「馬鹿だな。…嫌うだなんて今更だ。言っただろ?あんたは俺にとっての憧れだった…目標なんだ。それは今も変わらない。」

    たとえ世界が変わっても。と小さく付け加えたシェズに、ベレトは小さく瞬き決心したように頷く。

    「…ならば、今度は此方からも君に告げさせて貰おう。」

    おもむろに立ち上がると、隣にくるなり跪いて「シェズ」とベレトに穏やかな声で呼ばれる。いきなりの行動にシェズは呆気にとられるが、引き寄せられるようにシェズは視線を合わせ、そのまま深い青の色に捕らわれる。
    シェズの手をとったベレトが、まるで宝物を持つように両手で包み込んだ。

    「自分は君が、好きだ…大切なんだ。同情や友愛でもなくただひとりの人間として、君の隣にいたい。」

    「…え、まさかあんたからの話ってそれ。」

    「ああ。」

    「ん、…?ま、待て…流石に混乱するんだがつまり、」

    「つまり自分は…君にとっての、特別な人になりたい。」

    「うわーっ!わざわざ言うな!そ、そのぐらい流石にわかる!」

    突然の告白で、腹から頭のてっぺんにまで昇った熱に思わず手を投げ出し跳び上がってでかい声を出してしまったシェズははっとして小さい声で「…わるい…」と詫びた。

    「…いや、こちらこそ突然すまなかった。」

    「あ、…うん…。いいよ…てか流石に立ってくれ。気まずい。」

    改めて手を差し出すと、ベレトが「ああ、すまない」と握り返し立ち上がる。

    あっけらかんと返した(ように見える)ベレトだが、シェズの手を握る、いつもは黒に覆われている素手が酷く汗ばみ震えていたのに気付き、シェズはすっかり自分の緊張感などそっちのけで肩の力が抜けてしまった。

    「……ふ、…っ、あはは。」

    「?」

    「いや、悪い。
    俺より修羅場潜ってきた筈のあんたがこんなに緊張してるだなんて思ったら、なんか力抜けちまって」

    「…自分にとっては、どの戦場を駆けるより今が一番恐ろしいのだが。」

    「言うなぁ。」

    淡々と告げる綺麗な男の言葉に、溜飲が下がる。
    ベレトはとことん嘘がつけない男なのだろう。だからだろうか、側に居るのが怖くない。むしろ心地良い。

    「なあ、ベレト。」

    アスクにきて何度目かの、愛しい名を呼ぶ。

    「俺も、なりたい…ベレトの特別に。」

    「!」

    互いに立って向かい合ったまま、シェズは少し俯きぽつりと呟いた。

    「俺さ、ずっと…独りで生きて独りで死んでいくって思ってたんだ。それが、根なし草の傭兵としての自分の生だと思ってた。」

    「…、」

    「でも、あんたが居場所をくれて、側にいて慕ってくれて…。
    でもそれだけじゃ嫌だって、馬鹿みたいにもっとあんたを知りたくなってる自分がいて。…大事な人も場所も、もう作らないって決めたつもりだったのに。」

    馬鹿だよな、とくしゃりと顔を歪めて笑う。

    「でもさ、抑えようとしても…。悲しくて、苦しくて、痛くて。
    こんな気持ちは初めてで、だから…これが正しいのか分からないけど。」

    ベレトに向かって足を踏み出し、そのままらしくなく感情に任せて思い切り抱きつく。

    「今度こそは俺…あんたと一緒に生きたいよ…。」

    幼い頃に抱きついた母を最後に、久方に飛び込んだぬくもりは、母と似た、薬草と茶葉と、優しい花の匂いがした。

    「シェズ、」

    「はは、やっと…言えた。」

    回した手に力を込めると、ベレトも背中に手を回してくる。
    優しくて大きな手に、胸に長らく空いた穴が漸く満たされた気がして、また目の奥がつんと熱くなった。

    やっと気付いた。真に欲しかった物は、彼に勝つことだけでは得られなかったということを。

    シェズは、自分は。
    揺るがない居場所が欲しかった。帰る為の場所をずっと欲していた。ベレトを何度倒しても立ちはだかる、越えるべき存在として追っていたかった。

    「べれと、すきだ。」
     
    「…うん。」

    「俺、これからもあんたを好きでいていい…?」

    「勿論。…だから、顔を見せて。」

    背に添えられた手が耳から頬にかけて滑る。
    瞬時に、触れたそこだけ熱を持って熱くなって、シェズの心臓が派手に跳ねる。

    「!ぁ、待ってくれ…。もう少し……。かっこ悪いけどまた泣きそうでさ、仮にも団長なのにこんな面、」

    「…大丈夫。自分しか見てないよ。」

    優しく導く手と声に、頭が馬鹿になりそうで。
    やっつけで口だけで抵抗してみるが、シェズが自分のすることに弱いと知ったらしいベレトは意地悪くふふ、と微笑って梃子でも動かない。別にシェズとて本気の抵抗ではないけれど、やはりこうして正面から向かい合うと、嫌でもベレトが大人の男なのだと思い知らされて少し悔しかった。

    「…あ、もー…やめろって、」

    「いやだ。」

    穏やかに珍しく否定を口にしたベレトにゆっくり引き剥がされ、泣き顔を眼前に晒してしまう形となった。

    「…悪魔。」

    子供っぽくむくれると、ベレトは眉を下げて

    「おあいこだ。」

    ベレトは微笑って頬を包むと屈み、シェズが唇を開く前に吐息を奪った。

    刹那16時を告げる鐘が城中に響いて、ああもうそんなに時間が経ったのかと頭の隅で呟いて、けれども直ぐに些細なことだと若い脳は放棄を決め、シェズは縋るように必死でベレトの背に手を回す。

    先程まで明るかった部屋は次第に陰り、夕陽が射す足元に影が出来る。しかし今はもう夜が迫るのが怖くない。独りにはならないのだという安心と多幸感が、シェズを離さなかった。

    これがいつかは醒める夢でも、今だけは醒めなければいいと願いながら。


    鐘が鳴り止むまで、シェズは彼との応酬に夢中になった。






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