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    しうち野

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    しうち野

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    DK薫が、学校の宿題で虎次郎を主人公とした話を書きながら、すったもんだありつつ自分の気持ちを見つめる話。
    を書こうとしたのですが、仕事がアホほど忙しかったため、
    予定エピソードをいくつか削ったらジョーチェリ感が大分薄くなってしまいました……。

    この投稿の一つ下は、サマコレで展示したジョーチェリ小説です。
    良かったらこちらも読んでやってください。

     教室の窓から見える、運動場の堅い土すら抉るような雨が降っていて、止みそうにない。スケートに行くのは無理そうだった。今朝テレビで見かけた天気予報は今週ずっと雨で、この調子で降り続くなら今日はではなく、しばらくかもしれない。最近は、スケートが楽しいから気持ちが萎れる。
    「宿題は小説を書くこと」
     小説、と先生は口にした言葉を黒板に書いた。腹の出たおっさんでユーモアに欠けるこの先生は生徒に人気はないが、文字は丁寧で品があるし、授業の合間に披露される雑談は教養と古典愛に溢れるものなので俺は嫌いではなかった。
    「提出は一ヶ月後。原稿用紙五枚以上、文字数で言うと2000字以上で上限はありません。一つだけテーマを決めて書いてください。テーマは内容に関するものでも、文章に関するものでも構いません。例えば、主人公の心理描写やストーリーの意外性に力を入れたとか、文章のリズムに気を配ったとか」ここで先生はさりげなく教室全体を見回す。おそらくは興味を持っている生徒を見定めているのだが、雨で湿気った空気がそのまま蔓延していてクラスの空気はねっとりと重い。「文章の長短が読者に与える印象を考えて書く等、思いつきをただ連ねるのではなく、小説を自身でコントロールして欲しいのです」
     コントロールという言葉が国語の授業で出てくるとは思わなかった。スケートであっても書であっても、何事も意識して制御するということはとても大切だと俺は思っていて、勘とか感性などとごまかしたりせずに、きんと言葉にできるぐらい己の中で咀嚼すべき、と常々意識している。俺はちょっと嬉しくなって、頬杖をついていた手から顔をあげると先生と目があった。
    「参考文献の提示は必要ですか。文体というのはある意味、技術の結晶です」
     先生の声は文字と同じで、丁寧なと言うべき佇まいで優しい。技術と言われると聞いてみたい気もするが、今教えてもらうと影響を受けてしまいそうな気がした。ほんの僅かだけ首を振ると、先生は静かに頷いて他の生徒に視線を移していった。
    「参考文献が知りたい人は、直接聞きにきてください。提出日まで、授業の終わりに、毎回五分程度質問の時間を設けるつもりですのでその時に聞いてもらってもかまいません」
     そう言って授業を終えた先生に女子が一人声をかける。俺も何か聞いてみようかという気持ちも少し浮かんだが、虎次郎が「腹減ったー」とドタドタと音をたてながら転がる勢いでやってきたので、思考はあっさりと昼飯に切り替わった。

     虎次郎と向かい合って弁当をつつきながら、お前宿題どんな作品にするつもりだと聞いてみると、宿題と首を捻るので、さっきの国語の小説だと言ってやる。
    「んなのテキトーだろテキトー。なんか桃太郎っぽい話でも書いときゃいいだろ」
     先生の話はコイツには響かなかったらしい。つまらない答えだ。思わずついたため息に、「何だよ」と虎次郎が苛ついた様子で箸を強く握り睨む。
    「脳筋には興味を持つのは難しいだろうなと思っただけだ」
    「愛抱夢だったら興味があるって言うのかよ」
     最近の虎次郎はすぐこれだ。愛抱夢、愛抱夢、愛抱夢。なにかと愛抱夢と自分を比較してイライラしている。最近、スケートをやっている時に出会った愛抱夢という男は自由闊達にスケートをメイクし、トリックも抜群に上手くて、これまでに出会ったことがないぐらい頭の回転が速い。あまりそんな話にもならないので確とは言えないが、おそらく知識も豊富だ。俺もスケートは同年輩の中で上手いつもりだったし、頭も悪くないと自惚れていたが、井の中の蛙と言うものだったのだなと思い知った。
     さらに俺が愛抱夢はすごいやつだと思うのは、愛抱夢はそういう風に思わせても、俺の中に嫉妬の感情が芽生えないことだ。俺は愛抱夢の存在にただただ感嘆しているのだ。その愛抱夢が宿題として小説を書くならば、その内容も、宿題そのものににどういう感情を持ったかにも興味はある。
     だが、それはそれ、これはこれ、と言うものだ。
    「いちいち愛抱夢とお前を比べたりするかッ。どあほう」
     面倒だったので、箸を握ったまま拳を振り上げて、虎次郎の頭めがけて振り下ろした。虎次郎は左手で俺の拳を掴むと横に払う。
    「あっぶねえな。箸が刺さったらどうすんだよ」
    「だったら飯食ってる最中にアホなこと言うな。クソが」
     飯食ってる途中にクソはねぇだろとぶつくさは言っているが、俺が比べていないと言ったことで、一応は納得はしたのか納めどころと判断したのかは知らないがそれ以上は何も言ってはこなかった。本当なら、愛抱夢と比べられるだけの価値があるとでも思ってんのかとでも言ってやりたいところだが、喧嘩というものにも作法はあり、喧嘩の最中だからこそ言葉は選ばなければならず、相手が心の底から言って欲しくないことだけは絶対に言ってはならないし、喧嘩というのは仲直りまでやらないと意味はないのだ。半端に知恵のついた中学生の頃はお互いその辺のことがわかっておらず、言わなくてもいいことを言い合って目も合わさない日が続くこともあったが、最近は加減がわかってきて、なんというか喧嘩にも慣れてきた感じはする。こういうのは幼稚園からの付き合いである虎次郎とだからできることで、愛抱夢とはまだできない。虎次郎と愛抱夢を比べる意味など本当にない。

     雨が降るとスケートに行けないので、虎次郎は女の遊びの誘いに乗ることが増える。雨が続くと連日のように声をかけられていて、同じ女の誘いに三回目も続けて虎次郎が乗れば、そう遠くないうちに付き合ってと言われてしまう。お決まりのパターンだ。さっきも、トイレ行ってくると教室を出た虎次郎に隣のクラスの女が声をかけていて、この女とは昨日もカラオケに行っていたのでそろそろなのかもしれない。が、今日は彼女にとってはあいにくの久しぶりの晴天だった。約束などはしていないが、俺は学校が終わればスケートに行くつもりだし、当然虎次郎もそのつもりだろう。
    「告白は断ったのか」
     ハンカチで手を拭きながら教室に戻ってきた虎次郎にそう言うと、何で知ってるんだよとは言うものの驚いてはいなかった。当然のような顔で俺の前の席の椅子を引いて座る。
    「別に俺は断ってねぇよ。付き合ってって言うから、今日はスケートに行きたいっつったらめちゃくちゃ怒って勝手にどっか行っただけ。酷くね」
     虎次郎の言いたいことは分からないでもない。スケートに行きたいから、付き合うことにしても、今日は遊びに行くとか一緒に帰るとかそういうことはできないと言いたかっただけだが、スケートに行きたいが最初にきては、それは駄目だ。
    「酷いのはお前だろう」
     虎次郎は基本的に来るもの拒まずだ。でも、相手のことが特別好きなわけではないから結局、女の方が自然と離れていくか、傷ついて去っていくかのどちらかだ。おそらく虎次郎の理想の形は、虎次郎が暇な時をめざとく見極めて、その時だけ構って欲しいと言ってくる女だろう。そんな都合のいいヤツはいないし、いたとしてもそれは対等の関係ではない。
    「仕方なくね? 俺はスケートに行きたいんだよ」
    「なら断ればいい」
    「それも勿体無いだろ。好きって言われたら嬉しいし、望みは叶えてあげたいだろ?」
     ヤレるならやりたいし、というのも思っただろうが、言えば俺が怒るとわかっているので虎次郎は言わない。これまでの学習の成果だ。
    「お前もいい加減に懲りろよ」
    「お前はモテるの嬉しくねぇのかよ。単純にテンション上がるし、この世にいてもいいって言われてるみたいですげぇ嬉しいだろ」
     この世に、いても、いい? 思わぬ言葉に顔を上げると虎次郎は至って普通のことを言ったといった様子だ。理解が追いつかないまま呆然と虎次郎を見ていると、何を思ったのか、大きなタレ目を少し細めた後、バチンと音がしそうなウィンクをしてくる。ムカついたので机の下で足を振りかぶり蹴り飛ばす。いてぇだろっと笑いながら俺の頭を抱え込んでくるが、チャイムが鳴ってしまったので虎次郎は席に戻ってしまった。
     この世に、いても、いい?  俺は虎次郎の大きな背中を見つめながら、再度反復した。アイツ、告白されるたびにそんなことを思っていたのか?

     国語の先生は、授業の後毎回、宿題の小説へのアドバイスを短く述べる。その一つに、身近な人をよく観察して書くと言うのがあった。舞台を現代日本にするとその人をそのまま書いただけになりがちなので、その人が普段やらないようなことをさせてたり、場所を現代日本でないところにするのも良いでしょう、と。
     人となり、行動、考えていることなどを仔細観測し、分析、異なる条件で再展開する。何かの実験みたいで面白いなと思った。
     おそらくは、俺がこの世で一番観察できているのは虎次郎だ。何だって知っているし分かっている気になっていたが、ここに来て虎次郎は言う。好きだと言われると「この世にいてもいいって言われてるみたいですげぇ嬉しい」と。そんな承認欲求があったのかというのにも驚いたが、ここに居るのに誰かの承認がいるとも思える考え方にも仰天する。そんなものは基本的人権のうちで誰かに脅かされことはあってはならないものだ。それを保証されて嬉しいというのも理解できないが、それを同年輩の女に認められて安心するというのがさらに分からない。
     その日、スケートの帰りに聞いてみた。
    「女に好きだって言われると、ここにいてもいいって気がするというのはどういうことだ」
    「どうって? そのままだろ。俺は女にとって魅力的で価値があると思われってるってことだ」
     虎次郎はきょとんとした顔で、分からないことを言う。
    「価値があると思われていなくても、誰だってここにいていいだろ」
    「いいけど。価値があるって方がいいだろ」
    「それだけなら、ここに居ていいって言われてるみたいなんて言葉にはならない」
     ぽろりと出た言葉だったが、あれは、何か生存権に関わるような切実な言葉だった。だというのに、
    「うっせな。何かそんな感じがするからそう言っただけだろ」
     虎次郎はそう短略的に言って終わりにしてしまう。
     俺は思うのだ。虎次郎を主人公に、この言葉をテーマに小説を書くべきだと。

     今日は雨が止んだが、天気予報は来週もずっと雨でだ。小説を書く時間は充分にある。俺はノートパソコンを立ち上げた。
     虎次郎を主人公にするのはいいが、舞台はどうするか。先生が言ったように現代日本だとそのまますぎるので、どこか別の世界がいいだろう。文章を書くことも物語を作ることも素人なのだから、世界観は単純なものが扱いやすくていいだろう。例えば童話とかそういう感じのものだ。
     そういえば、虎次郎は桃太郎ぽい話でもと言っていた。桃太郎から世界観を借りるのもいいのかもしれない。鬼がいる世界。でも、虎次郎は鬼を倒す英雄というよりも、欲望のまま生きる鬼に近い。よし虎次郎は鬼だ。図体がデカくて力だけはある鬼。人間の女に好き放題手を出して、桃太郎に退治される、とまで考えてこれではダメだと思い直す。
     先生は、身近な人間をよく観察してモデルにするのは良いのですが、そのモデルに対する敬意は絶対に忘れないでくださいと言っていた。ただ揶揄するためだけに使わないこと、自分の言いたいことを言わせる人形にしないこと、その辺りは意識してくださいと。それはその通りだと思う。
     そもそも虎次郎は自ら誰かれ構わず手を出しているのではない。女たちが寄ってくるのだ。そういえば、そういう話も世間にはある。その美しい顔を見ると女たちが恋してしまうように妖精から祝福された男が出る話。それは祝福というより、呪いなのではと思ったものだ。虎次郎のはこれに近い。あいつが、女ににっこり笑って明るく声をかけると、あっという間に魅了されてしまう。
     なんとなく書けそうな気がしてきた。とりあえず、あらすじを作ろう。まずは虎次郎がモデルの大鬼に、妖精だとそのまますぎるから魔法使いが魔法をかけるところだ。

    ーーーー

     むかしむかし、ある所に鬼たちが住んでいる島がありました。鬼たちの中にはひときわ大きくて力持ちで顔のいい鬼がいて、皆には大鬼と呼ばれています。
     その大鬼の両親は、大鬼が生まれる前に、世間を見聞する旅に出ていたことがあり、その道すがら行き倒れていた魔法使いを助けました。魔法使いは大層感謝して、両親に言いました。
    「お腹に子どもがいるね。男の子だ。お礼に俺に子供に祝福を与えよう。どんな女にも好かれる魔法だ」
     両親は喜びました。息子が全ての女性に好かれるなんてどんなに素敵なことでしょう。そして、子供を安全に産み育てるために故郷の島に帰ることにしました。
     子供は無事生まれ、すくすくと育ち、大きな鬼なりました。残念ながら両親は大鬼が小さい頃に亡くなってしまいましたが、魔法使いの行った通り、女性であれば誰からも好かれ、愛されて育ちました。愛されて育ったが故に、大鬼は皆を愛し

    ーーーー

    「あー、あぁ」
     そういうことか、と書いていて気がついた。虎次郎は女に限らず人に好かれやすい。人好きのする性格、笑顔、そういうものを備えている。それは持って生まれた性質かもしれないが、周りが虎次郎を大切にするから、虎次郎も周りを大切にして、さらに大切にされるのだ。
    「いや待てよ。虎次郎は、女をチヤホヤしてるけど、スケート行く方が優先だ」
     だから長続きもせずに振られているのだ。でも、虎次郎が「ここに居てもいいと許される」というのは、こういう良い循環の中に自分がいることで、世の中との一体感が、とかそういう話なのかもしれない。
    「いや、多分違う。あのサルはそんな繊細なことは考えない」
     堂々巡りになってきたなと思う。キーボードから手を離して頬杖をつくと手のひらに口につけていたピアスが当たる。ピアスに親はいい顔をしない。特に子供たちに習字を教えている母は「そんな人を威嚇したような格好で習字をするなんて言語道断です。これまで先人が積み重ねてきた文化に敬意を払いなさい」などと言う。クソ食らえだ。まだ未熟ではあるかもしれないが、書に対しては俺はきちんと勉強して研鑽を積み、真摯に向かい合って作品を作っている。ピアスは何も関係はない。
     でもそう言うことではあるのだ。相手に愛される努力をすると言うのも大切なことで、敬意を外見で表現して見せるのも一つの方法だ。それは一定の評価を得る。虎次郎は、ある意味それをすでに体得しているが、俺はしていない。服は好きに着たいし、ピアスだってしたいのだ。
     だんだん考えが散らばってきた。今日はここまでとノートパソコンの電源を落とした。

    「……と食べるから」
     登校時、学校が近くなると生徒が増えるのでどことなく騒がしい。さらに傘が雨を弾く音で、虎次郎の声が聞き取れない。近寄るついでに、肩を力任せにぶつける。ぶつかった拍子に傘から水滴が飛び散って少々濡れる。
    「聞こえねぇ」
    「いってぇな」
     そう言いながら振り返った虎次郎は笑っていないどろか、泣きそうな顔をしている。何か真剣な話だったかと思えば「昼は彼女と食べるから」などと俯きながらいう。
    「彼女? また新しくできたのか」
    「こないだの。……お前がひどいとか言うから」
     こないだ? 酷いなんて何時言ったとしばらく考えた。
    「ああ、スケート行きたいって返事して振られた女か」
     前を向いて早足で進む虎次郎を追いかける。
    「振られてなかったんだよ。昨日、放課後呼び出されて、こないだはごめんって言われて、そんで返事が欲しいって」
    「それで、俺に酷いって言われたから反省して、今度は真摯に付き合おうと?」
     そうだ。と返事をする虎次郎はやはり前だけ向いてペースを落とさず歩いて行く。こういうの前にもあったなと思う。そうだ、中学生のころ虎次郎に初めて彼女ができた時だ。風邪をひいて学校を2日ほど休んだらそういうことになっていて、俺は関係のないところで全てが決定していたというのに、虎次郎は俺が悪いとでも言いたげな様子で俺に報告したのだった。

     ノートパソコンの電源をいれて、今日も宿題の小説に取り掛かる。

    ーーーー

    愛されたが故に大鬼も皆を愛しました。が、大鬼が大人になり始める頃から問題が出てきたのです。年頃の女達が皆大鬼に恋をするので他の鬼に嫁ぐものがいなくなってしまったのでした。そして大鬼も皆を愛したが故に誰か一人に決めることができなかったのです。
    「祝福……いや呪いを解いてもらえ」
    と鬼の長老が大鬼に言いました。大鬼は自分に祝福がかかっていることを初めて知りました。そして納得したのでした。女達がみんな熱を孕んだ目で大鬼を見るのに、大鬼自身は誰かにそんな目を向けることができませんでした。きっとそれは魔法のせいだと思ったのです。

    ーーーー

     キーボードを打つ手を止めた。どうも主題から話しが逸れて行っている気がするが、話の方向としてはこれが正しいように思う。作品をコントロールできていないのだ。でも先生は、一度で仕上げても構いませんが、試作を重ねるというのも大切なことですし、溢れ出たものから、不必要なものを削ぎ落とすというのも有益ですとも言っていた。とにかく一度オチまで考えてから、何が不足か考えようと思う。

    ーーーー

     魔法を解くには、魔法をかけた魔法使いに会わないといけません。大鬼は魔法使いを探す旅に出ることにしました。女達は泣きましたが仕方ありません。
     大鬼は故郷を出るのは初めてのことでした。海を越え、山を越え、人の噂をたどり谷も越えた森の奥深くに魔法使いは住んでいました。
    「魔法を解いて欲しい」
     そう願った大鬼に魔法使いは言います。
    「その魔法をかけたのは親だ。解除方法はわからない」

    ーーーー

     魔法使いはどんな人物にするべきか。きっとこの話の大鬼は、最終的に魔法使いに恋をするのではないかと思う。なら魔法使いは愛抱夢だ、と思った。虎次郎は、愛抱夢のことは友人と思っているのは間違いはないが嫉妬もしている。顔が可愛いくて自分に恋している人物に恋ができないのなら、虎次郎は嫉妬するような特別な人物にこそ恋をすべきなのだ。俺はそう思ったのだ。

    ーーーー

     大鬼は大層困りました。これでは魔法が解けません。見かねた魔法使いが言ってくれます。
    「解除方法を探してみよう。君も手伝ってくれ」
     大鬼は喜んで手伝うことにしました。ですが、大鬼は文字が読めなかったのです。これでは手伝いにならないという魔法使いに、文字を教えてくれと頼みます。時間がかかると言われましたが、それでもと頼みます。大鬼は魔法を解いてもらってちゃんと恋がしてみたかったのです。
     それから、魔法使いは仕事をこなし、文献をあたる合間に大鬼に文字を教え、大鬼は狩のやり方を魔法使いに教えたり、家事を引き受けたりしながら二人で暮らして行きました。最初のうちは、慣れない共同生活に喧嘩をして、殴りあったり、口からもきかない日を過ごすこともありましたが、そのうちに大鬼も文字も覚えて手伝えるようになり、お互いの理解も進み快適に過ごせるようになってきました。すっかり馴染んだのです。
     魔法使いは、魔法に限らず知識が豊富で、大鬼に知らない世界を毎日のように見せてくれ、大鬼は毎日とても楽しく過ごしたのでした。

    ーーーー

     するすると言葉がでてきてここまで書いた。認めたくないな、と思う。この小説を書き始めたのは「この世にいてもいいって言われてるみたいですげぇ嬉しいだろ」という虎次郎の言葉を検証したいからではない。

    ーーーー

     ある日は住処に引きこもって文献を読み耽り、ある日は今日の掃除当番をサボった魔法使いと喧嘩になり、ある日は仲直りに森にピクニックに出かけ大鬼の作った弁当を食べて、そんな日々を二人は過ごしました。長い時間が経ったのです。
     やはりある日、魔法使いが言いました。
    「魔法の解錠方法がわかったよ」
     大鬼はびっくりしました。確かに魔法の解除方法を探してはいましたが、それが自分のためだったことをすっかり忘れていたのです。
     そして、それでも、魔法は解除されました。
    「故郷へおかえり。君の恋をしたいという夢がきっと叶うよ」
     魔法使いは優しく笑います。それで、大鬼は帰りたくないとは言えなくなりました。魔法使いのこれまでの長い時間を、心遣いを無駄にしたくなかったのです。
     大鬼は、森を出て谷を越え、里で本当に魔法が解除されているか試して、山を越え、海を越えて故郷に帰りました。
     昔、大鬼に恋をしていた女たちはみんな嫁に行ってしまっていました。当時の子供が女になっていて、姿の良い大鬼に恋をするものもいましたが、昔、女たちが大鬼を見たような目はしていませんでしたし、少し話してみても魔法使いのように馴染まないのです。大鬼は寂しくて泣き暮らしました。
     泣いて暮らす大鬼を心配した鬼たちは、大鬼を水遊びに誘います。大鬼もその気遣いに感謝して出かけることにしました。鬼たちは親切で水遊びも楽いものでしたが、やはり魔法使いと釣りに行った時と比べてしまって落ち込みます。その時です。水に移った自分の顔を大鬼が見たのは。
     大鬼に恋して泣く女の子の目と、同じ目がそこに映っていました。そこで初めて気がついたのです。大鬼はすでに恋をしていて、その相手は魔法使いであるということに。
     大鬼は鬼たちにこれまでのことを感謝すると、急いで故郷を出ました。行き先はもちろん魔法使いの谷です。魔法使いが、この恋を受け入れてくれるかどうかはわかりませんが、大鬼の心はとても晴れやかでした。

    ーーーー

     魔法使いのモデルは愛抱夢だし、魔法が効かない相手なのだから女ではなく男であることは話の中でも確定していて、男同士の話になってしまったが、まあいいかと思う。このぐらいぼんやりした世界観で、そこを突き詰めても意味はない。
     それよりも、自分の中からこうもするすると言葉が溢れ出して書いてしまったからには認めざるをえない。俺は、虎次郎にこういう風に恋をして欲しかったのだ。モテるのが嬉しいとか、承認欲求が満たされるとか、ましては居場所づくりとかそういうものではなく、ただただ誰かをきちんと好きになって欲しかったのだ。
     そうすれば、俺は、諦めることができるのに。

     宿題の期間である一ヶ月は長いようで短くて、さらに、降り続いていた雨が止み、スケートができるようになると、さらに時間が取れなくなって、俺は、あのあらすじをブラッシュアップして提出した。本当は、俺が諦めることができるのにと思った部分までを含めて小説にするのが、作品に対して誠実な態度であるというのはわかっていた。が、そんな告白を捩じ込む気力を出すことも、うまくまとめる才能もなかった。
     それから、しばらくして廊下で先生に声をかけられた。
    「桜屋敷くん。僕は君に謝らなくてはなりません」
    「はぁ」
     心当たりは何もない。
    「本当はこれはいけないことで、僕は、桜屋敷くんがしかるべきところに訴えるというのなら僕は受け入れます」
    「はぁ」とアホのように同じ言葉を繰り返した。
    「本当に申し訳ありません」深々と頭を下げる。一体何を謝ってるんですかと言う前に先生は続ける。「僕が進路指導を担当しているのは知ってますか。南城くんは最近ずっと進路で迷っていて。前に提出してもらった小説、大鬼の南城くんと魔法使いの桜屋敷くんの話、あれは今の南城くんに必要なものだと思ったので、彼に見せました」
     は、と言う声も出なかった。あれを、見せた? 虎次郎に? そもそも、あれは俺ではなく愛抱夢をモデルにしたもので、いや、それより勝手に見せるなよ、というか虎次郎に? あれを?
    「薫」
     と虎次郎の声が後ろから聞こえる。振り向きたくなかった。
    「桜屋敷くん、本当に申し訳ありませんでした。苦情は後でちゃんと聞きますので、今はこれで失礼します。今は、南城くんの話を聞いてあげてください」
     そう言って、先生は去っていく。いや待て、ちょっとと言う言葉すら俺は口に出せずに固まっていると虎次郎が俺に前に立った。
    「薫。お前の書いた小説読んだ」
     読むな! あれは、俺じゃなく愛抱夢だ! と言いたいが俺の口は動かない。そもそもあれが愛抱夢でなく俺であったら、どういう話になるんだ? 俺の頭はそんなことを考えるので精一杯だ。
    「それで、決心がついた。俺、彼女と別れた」
    「なんでだよッ」意味がわからない。
    「それで、それで、俺これまでずっと悩んでたんだけど決めたんだ。いや、薫に言える決心がついた。まだ先の話だけど、卒業したらイタリアに行こうと思ってる」
     イタリア? イタリアってどこだ? イタリアは地中海の、と俺の脳みそは考えやすところから物事を処理して行こうとし始める。
    「薫」虎次郎は上機嫌に俺の目を覗き込む。虎次郎の目はキラキラとしていた。「先にスケート行ってるな。今日は愛抱夢もくるといいな」
     そう言って虎次郎は、さっさと去っていった。
    「おい、ちょっと待てよ」
     咄嗟にそんな声が出たが、実のところ待たれても困る。窓の外は晴天で、もうすっかり夏の日差しで、脳みそが熱暴走を始めてしまったようだった。
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    しうち野

    DOODLEDK薫が、学校の宿題で虎次郎を主人公とした話を書きながら、すったもんだありつつ自分の気持ちを見つめる話。
    を書こうとしたのですが、仕事がアホほど忙しかったため、
    予定エピソードをいくつか削ったらジョーチェリ感が大分薄くなってしまいました……。

    この投稿の一つ下は、サマコレで展示したジョーチェリ小説です。
    良かったらこちらも読んでやってください。
     教室の窓から見える、運動場の堅い土すら抉るような雨が降っていて、止みそうにない。スケートに行くのは無理そうだった。今朝テレビで見かけた天気予報は今週ずっと雨で、この調子で降り続くなら今日はではなく、しばらくかもしれない。最近は、スケートが楽しいから気持ちが萎れる。
    「宿題は小説を書くこと」
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    「提出は一ヶ月後。原稿用紙五枚以上、文字数で言うと2000字以上で上限はありません。一つだけテーマを決めて書いてください。テーマは内容に関するものでも、文章に関するものでも構いません。例えば、主人公の心理描写やストーリーの意外性に力を入れたとか、文章のリズムに気を配ったとか」ここで先生はさりげなく教室全体を見回す。おそらくは興味を持っている生徒を見定めているのだが、雨で湿気った空気がそのまま蔓延していてクラスの空気はねっとりと重い。「文章の長短が読者に与える印象を考えて書く等、思いつきをただ連ねるのではなく、小説を自身でコントロールして欲しいのです」
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