Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    しうち野

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 3

    しうち野

    ☆quiet follow

    できてそれほど時間の経っていない本丸の、まだ付き合ってないへし宗の話です。
    何か謎っぽいスタートをしますが、単純に長谷部のぐずぐずした気持ちを追っただけの暗めの話です。

    ・審神者が少し出てきます。
    ・オリジナルのキャラがそこそこ出ます。
    ・設定のオリジナル解釈があります。

    パスはイベント会場、お品書きにあります。

    告白 一 ことの始まり

    それはうんざりするほど威圧的だった。ただ息を長めに吐き出すだけの行為のはずなのに、宗三左文字が行うとなぜこんなにも攻撃的になるのだろうかとへし切長谷部は常々疑問に思っている。宗三の毒を孕んだ鬱積が撒き散らされているようだ。宗三の向かいに座るまだ経験が浅い審神者は、気圧されたかのように体をこわばらせ俯いた。
    「宗三左文字、主に向かってなんだその態度はッ」
    審神者の脇に近侍として控える長谷部が腹の底から絞り出した威圧する声に、宗三はちらりと視線をやるだけでなんの感情も示さず、手持ちぶさたとでも言いたげに髪の毛をいじる。おい、という部屋に響きわたる怒声に、今度はめんどくさいと顔に出して長いため息を吐いた。
    「なぜ、僕なんです。僕より適任は沢山いるでしょう」
    発足してからまだ間もないこの本丸では、先日、初めての大きな任務を終わらせたばかりだ。遡行軍が狙ったのは織田信長。父親が死んだ直後の信長に接触を図った遡行軍は妨害をされてもされても諦めることはなく、途中からは本丸総動員で対応したが、それでも天正十年の本能寺で信長が歴史通りに焼死するまで途切れることなく周囲に出没していた。宗三は第三部隊の隊長として、長谷部は第二部隊の隊員として何度も出陣し、歴史改変阻止に貢献した。
    「僕は確かに、織田信長の刀でしたが、歴史改変はなされなかったとはいえ、今回の長きにわたっての遡行軍の活動によって出た影響もそれなりあったはずです。僕の持つ信長の知識だけで判断しては、変化も見落とすのでは?」
    審神者は、歴史通り信長が死に、明智光秀も滅び、豊臣に実権が移り行く天正十一年の安土で、残る織田勢に遡行軍が接触しないか確認するため、宗三を遠征任務に出そうとしていた。
    「そもそも僕、本能寺で燃えて、安土に戻る前に秀吉の手に渡ったので、その頃の安土の様子なんて知りませんし。僕じゃなくてもいいというより、今回の改変阻止の主力だった第一部隊の誰かに頼むのが適切じゃないですか。第一部隊、任務に対応するために信長関連の「正史」はものすごく勉強してましたよね」
    気だるそうであるのに矢継ぎはや、という一貫しない態度で審神者に文句を言う宗三というのは珍しいものではないが、今回のはなにかおかしいと長谷部は思う。宗三は自分がやりたくないからといって、一部の気心知れた者以外に押し付けるようなことはあまりしない。
    審神者が政府からの配布の情報端末をただ眺めつつ、ああうんいやと、場繋ぎの音を漏らす。
    「いや、うん。あー。政府から通達があったの。遡行軍は随分と長い時間信長に接触してたので、信長の死後も織田周辺にもう出ないと言い切るにはちょっと弱いから念のため刀剣男士に確認させることを推奨するって。それだけだとなんだから、第一部隊には、豊臣を警戒してもらうし、安土以外にも数カ所調査に出す予定。で、なんだかんだ言いつつ安土に一番詳しいのは宗三からだから」
    「過去にそこで何があったか知らなければ任務ができないわけじゃないでしょうに。それに僕、豊臣なら知ってるんですけど。その頃そこにいたので」
    やはり変だと長谷部は思う。出かけてしまえば、審神者に干渉されることなく行動できる遠征はを宗三は決して嫌いではない。織田が関わっているとはいえ、ここまで嫌がるのは何か理由があるのもしれない。
    「どこに人員を配置するかは、内番とかも含めて色々都合があるんだよ。みんなの希望を全部聞いてたら破綻するの、悪いけど」審神者が上目遣いで宗三を見る「豊臣豊臣って言うけど織田の刀って扱われるの嫌?」
    面と向かって問いただされれば宗三がチラリと長谷部を見て、またため息をつく。
    「僕は織田信長の刀ですよ。いつまでそう扱われないといけないのかとは思いますけど、僕が織田の刀じゃなくなることはまあまず無いことは知ってます。豊臣でだって、徳川でだって、結局そういう扱いでしたからねぇ」
    呼吸の代わりのように吐いていたため息が、諦めの色を帯びたと長谷部は思う。畳み掛けるなら今だ。
    「ごちゃごちゃうるさいぞ。主はお前に安土へ遠征して調査せよとお命じだ。お前が信長の刀だろうが、豊臣の刀だろうが、どうでもいい。お前にと選んで命じてくださったことに感謝して大人しく拝命しろ」
    うんうんと審神者が頷く。宗三は長谷部をじっと見据え、ほんの少しだけだが確かに笑う。
    「いいでしょう。長谷部もこう言うことですし、行ってもいいですよ。でも一人で行くのも大変なので、補助に長谷部をつけてください。長谷部だって元は魔王の刀です。あの当時の安土にいなかった僕がで役に立つなら、長谷部だって役に立つでしょう」
    「ふざけるな」と怒鳴る長谷部を宗三は無視して「どうですか」と審神者を促す。
    審神者が長谷部の方を見ないまま「行ってくれる?」と言うので、「主命とあらば」と即答するしかなかった。


    二 少年

    天正十一年の安土に到着し、かろうじて均してあるだけの細い田舎道を行きながら、宗三は表情の掴めない顔をあげ、開けた場所で見上げればどうしても目に入ってしまう、晴天の下の燃え落ちた天守閣に「空は高いんですけどねぇ」と目を細めた。
    「おい、城に行くには道が違わないか」
    安土に向かう道から逸れようとするのを長谷部が問いただせば、おや、バレましたかなどと宗三は嘯く。
    「安土城へ向かう前に寄り道をします。念の為の確認です。これから行く村には信長の落とし胤だといわれる少年がいます」
    長谷部はぎょっとして宗三の方を向いたが、肉付きの薄い顔からは何の感情も読み取れなかった。
    「どういう意味だ」
    「そのままの話ですよ。信長の息子だと自称する少年がいるんです。以前に安土に来た時、本能寺の直前です、遡行軍と戦闘中に迷子になっていたその子と遭遇しまして。敵の刀が掠めて怪我をしてしまったので放置するのも心苦しくて手当てしました。その子の生死が歴史に干渉するとも思えませんでしたというより、その子が死なない方が正史に近そうでしたので。そうしたら懐かれてしまいましてねぇ。しばらく一緒にいるうちに、秘密を教えてあげるって耳打ちされましたよ。信長の息子だって」
    「本当なのか」
    「真偽なんてわかりませんよ」わからないという言葉とは裏腹に語り口は淀みない。「周囲の人間もそう主張しているというのは知ってましたけど、大人は信じてなくて揶揄っているだけ、子供は本人と一緒にワクワクしてるかんじでしたねえ。一応軽く調査はしたんですが、母親はすでに死んでいたし、彼の面倒を見ていた母親の弟も、姉がその子を孕んだ時はせいぜい十歳とかだったみたいで。母親がそう主張して、本人もそう信じていることしかわかりませんでした。その子は十歳ぐらいだと思うので、母親が身籠ったのは浅井と揉めていた頃で、この辺りには来てはいたでしょうけど、普通に考えれば、本当の息子である可能性は相当低いでしょうね」
    「もっと根拠のある話なのかと思ったが、本当に噂話程度のものじゃないか。馬鹿馬鹿しい。仮に事実であったとしても、認知もされていなく、信長が死んだ後では誰も取り合わない」
    その切り捨てる言葉に、宗三が物憂げな顔でそっと目を伏せる。色の違う両眼に、色の浅いまつ毛が覆うのはとても蠱惑的だった。
    「……時間を割く意味があるのか」
    つい助け舟まがいの事を言ってしまって長谷部は忌々しく思う。宗三の妙に人を惹きつける外見は、長谷部にとって常に逡巡の種となる。
    宗三がまた長いため息を吐いた。ふううううううと伸びる音は、細くて長い縄になっていつも長谷部の気持ちに蓋をする。
    「だから言ったじゃないですか。念の為ですよ。何もないというのを確認しに行くんです。遡行軍がいるかいないかもわからない、いたとしてもどこを狙うかも分からないという状況で、気になるところのひとつを調べずに帰るのは少々手落ち感があるでしょう。あとは、周囲の村人から見た安土の様子を聞いておくのもいいかと思いまして」
    「主はご存知なんだろうな」
    宗三が気持ちを固定する存在なら、主命は長谷部を動かすものだ。
    この遠征に出る前、政府は今回の安土への調査遠征を推奨すると同時に、適任は宗三左文字で、補助には蜂須賀虎徹であると連絡してきたことを、主は長谷部に告げていた。宗三が信長の刀だったから以外の理由がおそらくあるはずだ。
    「報告なら遭遇当時にちゃんとしましたよ。その上で彼を治療したことなどもお咎めもなしです。今回の遠征計画でも、信長の嫡孫三法師とその後見人である織田信雄の周辺調査とともに、その子の調査も行動予定として伝えてあります。ついでに聞きますけど、それ以外にあなたが調査したいことはありますか」
    「特にない。俺は、三法師と織田信雄の調査をすれば十分だろうと思っていた。ごねていたわりには、真面目にやる気はあるんだな」
    「失礼ですね。僕、仕事を引き受けるのを嫌がることはありますけど、引き受けた仕事をサボったことはありませんよ」
    確かにそうだった。普段の本丸でもそうだし、織田にいた頃も。
    桶狭間の戦いの後、織田家に連れてこられた宗三は今川義元に振るってもらったにもかかわらず、彼に勝利をもたらすことができなかったことに傷ついていた。だが、主命であれば、信長の刀としてきちんと振われる用意があったのは長谷部も知っていた。しかし、織田の家にいる間、刀である宗三左文字が戦場へ出る姿を長谷部はついぞ見ることはなく、実った果実が熟れて腐るように、どこにも行けない宗三の思いが熟してゆくのにも惹きつけられてまい、己の浅ましさを長谷部は悔いた。

    以前に不動行光が「宗三は綺麗だな」と嬉しそうに話しかけているのを、長谷部は見かけたことがある。二人は甘酒とお茶に茶菓子を盆に乗せて大広間に入ってくると、庭のよく見える場所に座った。長谷場は先程まで内番を一緒にやっていた者たちと茶を飲んでいたが、湯呑みを机の上に戻して耳をそばだてた。綺麗、と評された本人は興味もなさそうに「そうですか。随分と唐突ですねぇ」と返す。それからふと思い出したかのように「それは、僕が魔王の刀だったからですか」と付け足した。長谷部は背筋が凍る思いだった。不動は無邪気に考える様子をみせ、「んー、そう思ったから言っただけだけど、もし信長様が関係してるなら、宗三が信長様の刀だからじゃなくって、俺が信長様の刀で、信長さまの影響を受けてるからだ。きっと信長様も宗三を見て綺麗だって思ったんだ」と宗三が不快に思うなど微塵も想定していない上機嫌さで笑う。悪い酔いでもしているのかと長谷部は忌々しく思ったが、「そうですか」ともう一度言う宗三の口調は先程よりも随分と柔らかかったので驚いたものだった。
    宗三左文字の姿は確かに魅力的だ。完璧に整っているとも思わないが、下品とも上品とも言い難いが確かにある色気が完璧と言えない部分を補ってしまっていると長谷部は思っている。
    でも、特に磨いてきたわけでも誇りに思っているわけでもない外見を褒められることと、信長の刀であったという事実だけでありがたがられることとは、宗三にとって差異のあることなのだろうかとつい考えてしまう。それを宗三に告げるのは侮辱なのではないのだろうかと。

    信長の息子だという少年は宗三の来訪を喜んだ。宗三宗三と興奮して連呼してまとわりつき、最近習っているという武芸を披露して褒めてもらいたがり、ここにいる間は泊まっていけばいいと勧め、それだけでは宗三の気が引けないと思ったのか、梅が綺麗に咲いている場所があるから明日一緒に見に行こうと誘った。
    少年は、世話になっている若い叔父の子供だという女の子の手を引きながら、二人を先導して家に向かう。少年は本当について来ているか確認するかのように時折振り返り、宗三の姿を確認すると笑顔で手を振った。
    「本当に懐かれてたんだな」
    「そこを疑っていたんですか。酷いですね。まあ、僕が特別に懐かれたというよりあの子の性格が人懐っこいだけですよ。信長の息子なんて主張をしていても周りがそのまま受け入れてくれているのはあの性格だからじゃないですか」
    と珍しく朗らかに笑う。
    「随分気に入っているじゃないか」
    「別に気に入ってるとかいないとかそういう話じゃあありません。でもそうですね、魔王と勝手に強く結びつけられていても、ああ言うふうに天真爛漫でいることもできるんだなとは思います」
    宗三の目には迷いがあった。
    「あの明るさを失わないで欲しいなとは思っていますよ」

    少年の家に宿を借り、三法師及び織田信雄の調査を開始したが、「正史」とされるものから外れる動きもなければ、周辺に身元の分からない人物が混ざっている様子はまるでなかった。少年をはじめ、少年の住む村の人たちが野菜を売りに城下町へ行くのに合わせて行動もし、情報の入りは悪くはなかったのにである。
    「少なくとも今は遡行軍は活動していないと判断するしかないな。屋敷への出入りも不審な点は何もない」
    城下町を出て村に戻る道すがら、長谷部はそう結論づけたが、「まあ、そうですね」と宗三はどこか歯切れが悪い返事をする。
    「なんだ。気になることであるのか」
    楽しげに石けりをしながら、村人たちと先を歩く少年の背を宗三はじっと見ていた。
    「……長谷部がもし、今この時代にひとり取り残されてしまって、どうやっても自力で本丸に戻ることが難しいとなったらどうします」
    「なんだそれは」
    「いいから。どうしますか」
    「帰る方法を探すが、迎えを待つしかない状況なら。待つ。暇なら、いつか戻れる時に備え遡行軍の気配がないか探るとか、そこでできることをする。そんなところだろう」
    長谷部は、自分がいなくなれば主が探してくれていると信じたい。信じるならば、戻った時に成果を持って帰り、探して良かったと思ってもらいたい。当然の感情だと思う。お前は違うのかと思わず言ってしまった。
    「いえ。僕でもそうしますよ。だからこそ、杞憂ならいいなと思ってます。ねえ、長谷部。もう少しだけ様子を見ていいですか」
    陰りはじめた陽光が、少年の影を長く伸ばす。その影に落とす宗三の視線が優しくて、長谷部は杞憂とはなんだと言いそびれた。


    三 告白

    「今日は俺、行くところがあるから」
    朝の畑仕事を終え、量のない朝食をあっという間に食べ終えた少年が、箸を置くと同時に言う。城下町に野菜も売りに行かないし、畑仕事もしないければ、宗三たちの相手もできないということらしかった。
    「どこへ行くんです」
    そう尋ねた宗三の声が、わずかに硬い。
    「内緒!」
    少年は満面の笑みでそう言うと、土間に飛び降り外に出て行く。宗三は白々しくも、なんですかあれとでも言いたげな笑顔を作って、少年の叔父に向けた。
    「ああ、村から少し離れたところにちょっと前から住み着いた人がいるんですよ。人を避けるように暮らしているので、みんな警戒したのですが特に害もないようで。あの子はあの性格だから仲良くなってしまって」
    「無聊を慰めに行っていると?」
    「いや、それが、剣術や文字なんかを教えてもらったりしてるみたいなんです」
    どこか誇らしげな叔父に、宗三の笑顔が徐々に貼り付けたものになってゆく。
    「まあ、知っておいて損はないですよね。あなたは習わないのです?」
    「いや、俺は……。あの子以外はあまり歓迎されてないんですよ」
    「こう言ってはなんですが、畑仕事も忙しいのに剣術に文字ですか」
    「戦に駆り出されることはやっぱりありますからね。それにあの子が落とし胤なんてのは姉の嘘だと思うんですけど、でも、それでも、もしそれが本当ならそういうことの心得はあったほうがいいとつい思ってしまって。いつかそんなことがあれば、いいのにって、本人も言うので」
    叔父の言葉を遮るように、ごちそうさまでしたとして言う宗三はどこか怒っていた。
    すでに食事を終えていた長谷部に、少年を追うと目線で促す。家から出てみれば、少年が野菜を入れた籠を背負い村から出て行くのが見えた。
    「あれが杞憂か」と長谷部が問えば、ため息をつきかけた宗三がそれを飲み込み、そっと己の刀を撫でた。

    城下町とは反対方向へ行く少年を、宗三達は細心の注意を払いつつ追跡した。こうなれば、人間には刀剣男士を発見することはできない。やがて荒れた雑木林に入っていくと、そこには粗末な小屋があった。少年は慣れた様子で立て付けの悪い扉を開けて中に入って行く。
    「何が出てきても今日は調査とします。いいですね」
    小屋をかろうじて見張れる木陰に、身を隠すように座り込んだ宗三は緊張していた。
    しばらくして、少年と打刀の遡行軍が小屋から出てきて、刀の稽古を始めた。
    「どういうことだ」
    「僕たちには遡行軍には見えていますが、人間には遡行が人の姿に見えていると言う事例は今までにもありましたよね」
    長谷部はそういう意味で言ったわけでもないが「確かにあるな」とだけ返した。気配を押し殺して二人を観察する宗三は張り詰めていて、問いただすのは躊躇われた。
    稽古は、少年が枝を削っただけの荒い作りの木刀を振り、その動きを遡行軍が修正して正すという方法を取っていた。少年の動きはきちんと制御されており、筋は悪くない。どちらからというと、指導する遡行軍の動きがぎこちなく、それで遡行軍が左手を一部欠損しているのに長谷部は気がついた。
    宗三をみれば、張り詰めていた空気は消え、どこか萎れたように肩を落としていた。

    やがて稽古を終えた少年は、日が暮れる前に村に戻って行った。野菜を入れていた籠は空になっていたので、遡行軍への土産だったのだろう。どうすると宗三に問えば、あの子はもういいでしょうと気の抜けたような返事が返ってきた。
    「他に仲間がいて、あいつが接触するかもしれないだろう」
    「多分大丈夫です」と力なく笑う宗三が続ける。
    あの少年を助けた時の話です。僕たち第三部隊は安土郊外、少年の村付近で朝廷への使者を襲う予定だった遡行軍と遭遇。戦闘となりました。僕はあの打刀と斬り合い、追い詰めて、切り捨てようとしたところに、あの子が迷い出てきて、振り下ろす刀が一瞬止まってしまったんです。敵打刀はその一瞬の隙で、僕の刀を左手で受け止めました。もちろん、手で刀が防げるはずもなく、僕の刀は中指と薬指の間から入ってそのまま手首までを削り落とし、そのまま太ももまで傷つけました。その時に、よろけた敵打刀持っていた刀があの子を掠りました。その頃には、その打刀以外の敵は倒されていて、蜂須賀が加勢に走ってくるところでした。それを見た敵打刀は逃げ出したんです。僕は敵を追うか、少年を助けるか一瞬迷いました。その逡巡を見た蜂須賀が、俺が追う。宗三はその子を頼むと言ってくれました。蜂須賀は優しくて思いやりのある人です。僕が少年を助けたがっていたのを見てとって、助け舟を出してくれたのです。そして、蜂須賀は敵を見失ってしまったと戻ってきました。少年の手当てをしつつ、数日捜索を続けましたが、そのうち敵の本隊ともいうべき部隊が安土城内で発見されため、僕たちは引き上げて、第一部隊と代わることとなりました。そして、その戦闘で安土城内の敵はほぼ駆逐されました。その後まもなく本能寺の変がおき遡行軍は全て姿を消しました。主には報告しましたが、取り逃した敵打刀も安土城内での戦闘で死んだか、一部敵が撤収した際に一緒に戻ったのだろうとされました。僕もきっとそうなのだろうと思っていました。
    「ずっといた、ということか?」
    「一度撤収して怪我を治した後また来た可能性もありますけど、一人だけでこんな辺鄙なところにと考えると、怪我で動けないうちに本隊が壊滅していて取り残されたと考えた方が辻褄が合います」
    「お前、いるかもしれないって思っていたのか」
    「遠征を命じられれて、面倒くさいな、なぜ、僕にと考えた時に、その可能性に思い至ったんですよ。あの子の村の近くで一人はぐれて、うっかりあのこと出会ってしまって。なんの助けもない場所で一人っきりなら、あの子をたぶらかすぐらいが精一杯かなって」
    「可能性に思い当たった上で、貴様は、遠征を嫌がったのか」
    「だったらなんだと言うんです? 報告は全部あげていたんです。報告を解析して、政府はその可能性に気がつき遠征を推奨してきんじゃないですか? だったら、この遠征任務を任した人に、遡行軍が残っているかもしれないことを伝えて調べさせれば、僕でなくともできることです。あの子を知らない者なら、彼から教育を奪う罪悪感を持つことなく任務をこなせたはずです」
    「じゃあ、なぜお前はここに来た。主を煩わせるなど論外だが、それでも、主の性格的におそらく執拗に嫌がれば、面倒になって折れた可能性がある」
    「……蚊帳の外で終わりたくなかったからに決まってるじゃないですか。誰かの報告で、事を知るなんてごめんです」
    「だったら、ちゃんとやれ」
    「ちゃんとやってるから、今僕たちは遡行軍を発見したんです。違いますか」
    宗三が力なく笑う。
    「なぜ、第三部隊でお前をフォローしてきた蜂須賀ではなく俺を選んだ」
    「蜂須賀はあの時、僕を慮って、僕にあの子を任せました。その結果として蜂須賀は敵を見失いました。少年を無視して、二人で逃げた敵を追えば結果は違ったかもしれません。これは蜂須賀のせいではありません。後始末は僕がするべきです」
    「それだけか」
    「……それだけかと言われましても」困り顔で宗三が長谷部の顔を覗き込んだ。じいと見つ目られて長谷部は張り合うように見返す。「……あなたの前なら見栄を張れるかと思いまして」
    「なんだそれは」
    「……主命主命とあなたはうるさいですからね。僕が躊躇ったら、こうして怒ってくれるんじゃないかと思ったんですよ」

    何日目かの夜に、交代で見張りをする長谷部の元に宗三がやってきた。念の為仲間がいないか見張りましょう、と言うのでそうしたが、結局のところ宗三の覚悟の問題なのだろうと長谷部は思っていた。
    「そろそろ、決着をつけましょうか」
    「そうだな」
    「前にも言いましたけど、あの遡行軍は僕の宿題みたいなものです。僕がやるので、長谷部にはもしもの時の手助けをお願いします」縋るような声だった。「長谷部。僕は、彼に『信長の』とつく名で呼ばれる彼に自由でいてほしかった。文字を学び、武術を学び、そう言う知識があることであり得るかもしれない可能性を潰したくはなかった」
    「そうか」
    「でもこれは。誰かに強制されたわけでもない。そもそも僕は政府に加担すると決めて顕現しました。だから、これは僕がやるって決めたことなので、僕がやります」
    「誰も代わってやるなんて言ってないぞ。ちゃんとやれ」
    宗三は綺麗に笑うとそうですねと言った。

    怒りを抱く宗三は美しいと長谷部は思った。これは本人に伝えてもいい美しさだと。
    織田、織田、織田、と織田が己に織田信長に関わることがのしかかってくることも、何も関係のない子供が巻き込まれてしまっていることも、遡行軍を切って、彼への教育の機会を奪ってしまうことにも、宗三は怒っていた。
    それは、織田の時代の不遇を嘆いて腐り落ちそうな宗三よりも、ずっと強く研ぎ澄まされた輝きだった。
    でも、長い年月を生きてきた長谷部には、別の気持ちもある。
    織田時代、腐るなと宗三に言い続けた長谷部は下げ渡され、そこで信長様からいただいたと、ただそれだけをありがたがる連中に腐る気持ちも理解した。理解してしまっただけに、下げ渡されなかった宗三達を恨んでもいた。
    ふと気持ちがよぎる。宗三を助けるような顔をして、あの宗三が切り損ねた遡行軍を自分が切ったら、もしかしたら、気分が良いのではないか、と。お前ができなかったことを、斯くも簡単に俺はできてしまうと宗三に示せれば。
    そうすれば、きっと主も俺を褒めてくださる。

    明朝、二人は遡行軍の潜む小屋へと向かった。入り口がよく見える、木の上に二人は陣取る。
    入り口は一つ。入ってすぐに小さな土間と、狭い板間があるだけの粗末な小屋には窓すら無かった。室内では刀が振るいにくいため、遡行軍が稀に小屋から出てくる時を狙い襲撃することとした。遡行軍は日に一度、小屋の外で何かの装置を作動させる。最初は仲間と連絡をとっているのかと思ったが、小さく落胆した様子を見るに、通信に失敗し続けているようだった。
    「あの遡行軍一人に何ができるというわけでもないのでしょうけどね」
    「放置はできない」
    「そうですね」と宗三が言い終わる前に、小屋の扉から遡行軍が出てきた。いつものように小さな装置を地面に置いた瞬間、二人は木から飛び降り、抜刀し襲いかかる。長谷部は宗三に一撃目を譲るつもりで遡行軍を見た。
    遡行軍は二人に気が付くすぐに手を広げて見せた。両の手のひらの上に球体が一つづつ浮かび上がり、球体から溢れるようして刀装・投石兵が出現し、すぐさま投擲を開始した。
    相手が敗残兵だったこともあり、刀装のことなど失念していた二人は、防戦に回る。その隙に、遡行軍は地面に置いた装置に構うことなく、二人の脇を抜けて走り出した。
    「くそッ、逃すかッ」
    二人同時に、散らばった投石兵を一振りでまとめて薙ぎ払うと、敵を追うべく振り返る。雑木林の先、走る遡行軍の向こうに、あの信長の落とし胤という少年が小さく見えた。
    ひ、と小さな悲鳴が宗三の口から溢れ、足が止まった。
    長谷部の口から咄嗟に言葉が溢れた。
    「代わるか」
    一度倒れるように下を見た宗三が走り出す。
    「僕の、仕事です」
    苦悩に満ちた顔で敵に向かう宗三を長谷部は美しいと思った。この顔を見るために、少年を見てわずかに躊躇ってしまった宗三に、やると言わせるために、俺は「代わるか」と言ってしまったのだなと長谷部は思う。
    「あなたには、僕を恨む権利がある」
    少年を真っ直ぐに見ながら、宗三が背後から遡行軍の背を切りつけた。宗三左文字は、再刀されているとはいえ切れ味の良い刀だった。
    「なんで、宗三、なんで」
    倒れた遡行軍を見て、少年がふらつき倒れてしまう。宗三は駆け寄ろうとしはしなかった。
    「これが僕の本当の仕事なんです。僕はこういう仕事をすると理解して顕現を望んだんです。僕は、もう一度、戦場にちゃんと立ちたかった。でも、恨む権利なんてあなたが欲しがってないのも僕は知っています」
    遡行軍の体液の滲む刀を握ったまま、宗三は立ち竦んでいる。少年は、なんで、権利、何がと言葉をこぼしながら震えていた。
    宗三と少年の間で、遡行軍が細く煙を立てながら、じわりじわりと霧散していく。揺れる煙に合わせるように倒れていた少年の頭が揺れて、気を失った。それでも宗三はそこに突っ立ったまま、少年を見ていた。
    「あれ、ここは? あれ? 俺、城下町……」
    すぐに意識を取り戻した少年は、何かに引っ張り上げられたようにして立ち上がると、二人に背を向けて歩き出す。宗三の姿の長谷部の姿も見えていないようだった。
    ゆらゆらと覚醒しきれていない様子で歩く少年の背を見て、宗三が涙をこぼす。
    「僕は彼に恨まれることすらできないんですね」
    刀についていた体液もすでに消えていたが、宗三は握りしめたままだった。
    「泣くことじゃないだろう」
    そう言って、長谷部は宗三の手をとり納刀させる。お前は美しかったよと言うのは流石に場違いだなと思う。でも長谷部はずっと言いたかったのだ、どんな形であれ、刀本来の仕事として戦場に立つ宗三を美しいと。
    「俺はお前が好きだ」
    はぁと言った宗三は、己の手が長谷部に握られているのに気がついて、じっとそれを見た。
    あ、いや、その、と狼狽する長谷部を見て、宗三は笑う。ははははははと声を立てて笑いながら胸を押さえた。
    「まあ、知ってましたけどね。そんなこと」
    そう言って、まだ涙を流す宗三を、長谷部はそっと抱き寄せた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖🙏💖❤🙏🙏🙏🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃🎃
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    しうち野

    DOODLEDK薫が、学校の宿題で虎次郎を主人公とした話を書きながら、すったもんだありつつ自分の気持ちを見つめる話。
    を書こうとしたのですが、仕事がアホほど忙しかったため、
    予定エピソードをいくつか削ったらジョーチェリ感が大分薄くなってしまいました……。

    この投稿の一つ下は、サマコレで展示したジョーチェリ小説です。
    良かったらこちらも読んでやってください。
     教室の窓から見える、運動場の堅い土すら抉るような雨が降っていて、止みそうにない。スケートに行くのは無理そうだった。今朝テレビで見かけた天気予報は今週ずっと雨で、この調子で降り続くなら今日はではなく、しばらくかもしれない。最近は、スケートが楽しいから気持ちが萎れる。
    「宿題は小説を書くこと」
     小説、と先生は口にした言葉を黒板に書いた。腹の出たおっさんでユーモアに欠けるこの先生は生徒に人気はないが、文字は丁寧で品があるし、授業の合間に披露される雑談は教養と古典愛に溢れるものなので俺は嫌いではなかった。
    「提出は一ヶ月後。原稿用紙五枚以上、文字数で言うと2000字以上で上限はありません。一つだけテーマを決めて書いてください。テーマは内容に関するものでも、文章に関するものでも構いません。例えば、主人公の心理描写やストーリーの意外性に力を入れたとか、文章のリズムに気を配ったとか」ここで先生はさりげなく教室全体を見回す。おそらくは興味を持っている生徒を見定めているのだが、雨で湿気った空気がそのまま蔓延していてクラスの空気はねっとりと重い。「文章の長短が読者に与える印象を考えて書く等、思いつきをただ連ねるのではなく、小説を自身でコントロールして欲しいのです」
    10362