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    ツム缶

    @SalaHavi
    9割キバダン。
    残り1割にダダとモダがあるのでご注意ください!
    ※ 注意書きしてます。

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    ツム缶

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    2025/6/15 星に願いをday1にて発行予定のキバダン小説です。
    ・オメガバパロです。
    ・サンプルは全年齢ですが、本はR18です。

    部数アンケートにご協力お願いいたします。
    https://forms.gle/9Pu2yz2Ewn3kytyT9

    タイトル未定 誓って言うが、騙すつもりはこれっぽっちもなかったのだ。
     


     そもそもの話、世間で言うほどオレさまとアイツは仲がいいわけではなかったりする。
     オレさまとしては、同じトップアスリートとして流行りの育成論にチャチャを入れたり、キャンプでお互いの手持ち含めて親睦を深めたり、夜更けまで酒を交わして普段見られないような無防備な表情を見れたりなんかする関係を、正直無茶苦茶望んでいるのだが、現実はうまくいかないもので。
     
    「余計な情報は入れたくないんだ。」
    「親睦より緊張感を持って欲しいと思うのは変か?」
    「キミと?酒を?なぜ?」
     
     とまぁ全戦全敗。試合にすらなっていない。心底わからないって顔を前に、泣き崩れなかっただけ褒めてほしいくらいだわ。まぁ家に帰ってから引くほど泣いたが。
     
     そんな感じで、何一つ響いちゃいなかったが、諦めるって選択肢はなかった。
     幸いアイツが無関心なのはオレさまだけに限らず、ポケモンやバトル以外の全てに対してそうだったので、根気強くあの手この手でダンデの特別になろうとオレさまは画策した。
     
     さりげなくキャップや筋トレの話を振ってみたり、ハロンや幼い弟の様子を聞いてみたり。
     
     手応えとしては、ドラメシヤを掴むくらいなものだが、それでも少しずつ、見かければ声をかけてくれるくらいにまではなった。ちなみにここまで三年かかった。
     だからこれは全くの想定外だった。
     
     
     その日オレさまはシュートのスタジオで撮影をした帰りで、タワーに顔を出すように言われるがまま、エレベーターの前にいた。

    「キバナ?」

     頭の隅っこで期待していた展開にパッとスマホから顔をあげ、最大限余裕たっぷりに声の方を振り返る。

    「よぉダンデ」
    「どうしたんだ?その格好」
    「今日撮影でさ。遅れそうだったからそのまま来ちゃった」
     
     へらりと笑って、さりげなく袖を正してみたりなんかして。嘘ではない。こういう展開を期待しなかったわけでもないが。
     
    「人気者だな!」
     
     にこにこの笑顔が可愛い。服に対して何も触れてこないのなんざ知ってた。
     表情には出さず、ちょっとだけ生まれた羞恥心をあやしていたオレさまは、ダンデがすんすんと鼻を鳴らしながら近づいてきたことに気づくのが遅れた。
     
    「キミ、良い匂いがするな」
    「は?わッ⁉︎」
     
     未だかつてない近さで紫のつむじが揺れていた。ダンデはオレさまの手首のあたりを嗅いだ後、あろうことか首筋に顔を寄せてきた。ちょっと背伸びなんかして。目を閉じて顔を傾けたりなんかして。
     
    「だ、ダンデさん?」
    「抑制剤飲んでないのか?」
     
     ビシリと体が凍りついた。
     踵を戻したダンデが何か続けて言っているが頭に入ってこない。抑制剤がなんだって?
     
    「オレ、その匂い好きだぜ」

     ダンデが可愛い顔で可愛いことを言っている。オレさまがポンコツにも何も言えないでいるうちに、エレベーターが開き、そして閉まった。





     匂いが好き、というのは、オレさまたちαからしたら最上級の殺し文句だ。しかも相手は長年の片想い相手で、しかもΩなのだから、通常であればあまりの幸福に世界に感謝し、居合わせた人に幸福のおすそ分けをして回るはずだった、通常であれば。
     
    「お前たち!今日はナックルジムリーダーの奢りだそうですよ!」
    「話聞いてた?」
     
     スパイクタウンは夜の方が活気があるな、なんて言い方が良くなかったのかもしれない。あくタイプの友人がよく通る声でホールに向かって叫ぶと「あざーっす!」「さすがネズさん!」と楽しそうな声が帰ってくる。
     
    「なんでオレさまが奢るのに、ネズが感謝されるわけ?」
    「おや、本当に奢ってくれるんで?」
    「奢らねぇよ」
    「でもあの王様がお前に向かって『好き』と」
    「めちゃめちゃ良かった」
    「マスター一番いいボトルを」
    「待て待てそれは本当に良い報告に来た時にして」
    「何が問題なんで?」
    「ダンデが好きだって匂いはコレなのよ」
     
     ポケットから取り出してみせると、ネズはグラスに口をつけたまま、さして興味も無さそうに視線を向けた。
     
    「それは?」
    「香水」
    「香水?」

     文房具かなにかでなく?と言いたそうな様子に、まぁ分かるわと苦笑する。
     白いスティック状のそれは香水にしては随分シンプルで短めのペンと言った感じだ。
     
    「今日の撮影でスタイリストさんが付けてくれて」
    「写真に匂いは映らんでしょうに」
    「気分の問題らしい」
     
     オレさまは普段香水の類はつけないのだが、スパイシーで華やかなトップノートから優しくフルーティーなラストノートへの変化が気に入り、何処で買えるのか聞いてみたのだ。
     
    「で、コレをもらったってわけ。なぜかブランド名は教えてくれなかったけど」
    「それがダンデのお気に召したと」
    「そう」
    「なるほど、嫉妬ですか」
    「……」
    「トップジムリ、トップαともあろうお前が香水に」
    「いやいや、だって今まで何の話しても何を差し入れても服変えようが耳に穴あけようが気づきもしなかった男がツープッシュ程度の香水で、」
    「めちゃめちゃ嫉妬してんじゃねぇですか」
     
     ネズが心底可笑しそうに机を叩くので不貞腐れたオレさまは財布の紐をしっかりと結び直すのだった。

     
     
     
     
     ネズはああ言うが、嫉妬とは少し違う気がする。これまでの涙ぐましい努力とは無関係に、降って湧いた幸運に戸惑っている、と言うのが近い気がする。
     とはいえチャンスは引き寄せるもので、オレさまはこの幸運を最大限モノにしたいと思っているわけだが、差し当たって一つ問題がある。
     
     お前が気に入ったそれは香水の香りなのだと、ダンデに言いそびれ続けていることだ。 
     
     ポンコツを晒した一件の後、何度かダンデと会う機会はあった。
     疑り深いオレさまは、今度は気づかないかもしれない、香りのことなんて覚えてもいないかもしれない、と、あえて香水を吹きかけて身支度をした。
     何日かぶりに会ったダンデは、スタッフから立ち位置やなんかの説明を大真面目に聞いていたが、こちらに気がつくと手を上げて挨拶してくれた。
     
    「今日も頼むぜライバル」
    「晴れてよかったな」
    「ああ!バトル日和だ!」
    「残念だなぁターフ・フラワーショーにバトルのプログラムがなくて」
    「そうなんだ!オレもリザードンもいつでもいけるぜってヤローには言ったんだが」
    「言ったのかよ」
     
     気の置けない友人の距離感に心が浮き足立つ。去年のフラワーショーでは見事な花のアーチについて話を振って「そうだな!」で会話終了。一昨年は会場に紛れ込んだメスのミツハニーに夢中で会話にもならず。
     己の健気さに浸っているとダンデがふらりと距離を詰めてきた。
     
    「今日もあの香りがするな」
    「お、あ、っと」
    「リハーサルまでここにいていいか?」
    「……」
    「ダメか?」
    「……ドウゾ?」
     
     それこそミツハニーみたいに香りにつられたらしいダンデは、オレさまの右側にまわりこむと、嬉しそうにオレさまの肩口に鼻を寄せるので、リハーサルが始まるまでオレさまは逆さのスマホロトムを握りしめ、無心のフリをするしかなかった。





    「よかったじゃない」
    「良いわけあるか」
     
     エンジンシティのバトルカフェに呼び出された時点で嫌な予感はしていたのだ。
     
    「散々泣き言聞かされたってのに報告なしだなんて随分じゃない?」
    「報告できるようなことがねぇんだって」 
     
     そういうとルリナは無言でスマホの画面を向けてくる。そこには今絶賛炎上中のオレさまの記事が載ってるわけで。

    「『ナックルキバナ白星より先に恋に王手か顔面600族の十年に及ぶ片想い秘話』!」
    「なんッでこれがトップニュースになるんだよ‼︎」
     
     昼間のカフェで出す声量ではないが許してほしい。なんで片想い歴まで把握されているんだ。あとタイトルの付け方に悪意を感じる。
     
    「あなた分かりやすいもの。みんな応援してたのよ」

     愛されてるわね、なんて言われると、何度負けてもボロクソに叩かれてもまた次の試合には『今日こそ勝てよー』なんて笑顔でナックルのタオルを振りまわずアイツらの顔が浮かんできてダメだった。

    「でも本当にうまくいってはねぇんだよ」
     
     なんならダンデだけでなく、応援してくれているファンのことも騙しているようで頭を抱えた。
     
    「本当に参っているように見えるわ」
    「本当に参ってんのよ」
     
     ルリナが意外そうな顔をしてスマホの記事をスクロールしていく。その記事はオレさまも読んだ。ターフでの黒歴史に始まり、エンジンスタジアムで並んで談笑しながらスタンバイする様子や、ローズタワー前で待ち合わせをする様子、赤い顔のダンデをガアタクにエスコートする様子や、キルクスでホテルに入っていく様子なんかが上手い角度で収まっていてとりあえず画像は保存した。
     
    「……上手くいってるようにしか見えないけど?」
    「そうなんだよなぁぁあ」
     
     うまくいってる。ある意味で。そのせいでオレさまは香水の話を未だにダンデに出来ないでいるのだ。
      ダンデはツープッシュ程度の香りをちゃんと分かっているようで、付けているとフラフラ寄ってきて、どこででも出来ることならオレさまのそばでするようになった。逆に付けていない時は、おや?という顔をした後、あっさりとどこかへ行ってしまうものだから、オレさまがこの香水に依存してしまうのも仕方の無いことだった。
     
    「……」
    「わかってんだよ。そのゴミを見るような目はやめてくれ」
    「意外だわ。キバナさんって不誠実なのね」
     
     あまりのド正論に、オレさまは低くすぎるカフェのテーブルに無言で沈むほかなかった。

    「正直に話してあなたのフェロモンをテイスティングしてもらったら?」
     
     容赦のない第二波に押し流されるようにオレさまは小さく「はい」と言ってカフェを後にするほかなかった。





     腹立たしいことにネットニュースの記事は真実だ。オレさまの初恋は十年前に遡る。
     
     初めてのジムチャレンジはとにかく楽しかった。ジムバッチが増える毎に手持ちたちとの絆が強まるのを感じたし、親もとを離れてキャンプやホテルで過ごすのもワクワクした。順調に力をつけ、次第にファンも増え、手持ちたちと最高に格好いいサインを考えたりなんかして迎えたチャンピオンマッチ。
     
     いっそ清々しいほどの惨敗だった。それまでの試合の最短記録を大きく更新し、テレビ局は半分以上余った尺を埋めるために駆け回っていた。
     後から聞いた話だが、ダンデはこの試合の後こっぴどく叱られたらしい。「オリーブさんを怒らせると怖い」と、真剣な顔で言っていたのが可笑しかった。
     
     オレさまはというと、ショックではあったがそれ以上に、世界の解像度が上がったような感覚だった。
     目を閉じても開いても、灼熱の黄金が頭から離れない。アイツは息も乱さず手を差し出して「また挑戦してくれチャレンジャー」と言った。アイツにオレさまの名前を呼ばせたい。呼吸を乱れさせてオレさまから目が離せないようにしてそうして頸に噛みつきたい。
     
     
     オレさまはそのために生まれたのだ!
     
     
     そこからナックルジムでの見習い期間が三年。ジムトレーナーをしつつ大学で単位を履修し、宝物庫の実務経験を積んだのがさらに三年。その間ダンデに会えたの両手で数えられる程度だったし、直接話した事なんて一度もなかった。
     
     
     そうして迎えた十六歳のあの日。最高で最悪の一日のことをオレさまは一瞬だって忘れたことはない。
     
     
     ジムリに就任して初めてのエキシビジョンマッチだった。相手を指名できると言うので食い気味にダンデをお願いし、対策に対策を重ねて準備した。
     
     ギガイアスを試合に出したのは初めてだった。砂嵐の向こうでダンデがニヤリと笑ったのが分かった。全身の血液が沸騰するみたいに興奮した。お互い最後の一匹になりダイマックスを切る。砂嵐はまだ吹いていた。リザードンが先に元の姿に戻った時にはイケる!と拳を握りしめたのだが。
     
     
    「リザードンが『あなをほる』って」
     
     そんなのアリかよ〜
     控え室のベンチの上。行儀悪く寝転んで、オレさまは水分補急もそこそこについさっき負けた試合を反芻していた。
     いや、なんか隠してるなとは思っていた。三つしかわざを見せてこないから警戒していたはずなのに。最後の最後で。
     
    「クッソ悔しい〜」
     
     頭を掻きむしって勢いよく上体を起こす。悔しくて、楽しい。ダンデは審判による試合終了の合図も待たずに、こちらに走ってきて思いっきり抱きついてきた。「キバナ!キミって最高だ!またバトルしよう!」オレさまはなんとか「次は勝つ」的なことを言ったと思うが心は歓喜に震えていた。
     
     汗だくで、剥き出しの笑顔で「楽しかった」と名前を呼んで。嗚呼早くまたダンデに会いたい。
     次の試合の予定を見ようとベンチ下のバッグを漁っていると、コンコンコン!と元気なノックが聞こえた。
     
    「ここはキバナの控え室か?」
    「ダンデ⁉︎」
     
     やった!当たったぜ!とこちらの了承を待たずにドアを開け、さっきぶりの想い人がズカズカと境界線を超えてきた。

    「キミ、やってくれたな!」
     
     オレさまのすぐ隣のベンチに腰をかけ、ダンデはいたずらっ子の顔でオレさまを見る。
     
    「ドラゴンジムのリーダー就任お披露目試合でギガイアス?キミ、たぶん後で怒られるぜ!」
     
     けらけらと可笑しそうに笑うダンデにうまく反応できない。ダンデが動くたび髪から砂が落ちて、シャワーも浴びずにオレさまを探しにきてくれたことに胸が詰まる。憧れを煮詰めすぎたのかもしれない。体温が上がって息が苦しい。
     
     汗をかくばかりで反応がないオレさまに、ダンデが不思議そうに首を傾げて、
     次の瞬間ギョッとした顔で鼻を押さえた。
     
    「すまない!その、か、帰るぜ!」
     
     青い顔のままバタバタと出ていく背中を呆然と眺めながら遅れて気づく。
     
    (抑制剤飲み忘れた!)
     
     試合の前後は特にフェロモンが抑えられなくなるので、強めの薬を処方してもらっているのだが、試合のことで頭がいっぱいになっていた。
     ダンデの青ざめた表情が蘇る。
     
     (最悪だ!)
     
     ダンデがΩなのは初めて会った時からなんとなく気づいていた。番でもない付き合ってもないΩにフェロモンを浴びせるなんてガラル紳士として有るまじき行動だ。しかもあの反応。オレさまのフェロモンはダンデに合わなかったらしい。
     
     (本当に、サイアク)
     
     オレさまはピルケースを乱暴にひっくり返すと、涙と一緒に無理やり飲み込んだ。







     今日のキルクスは朝から曇天で、まるでオレさまの心情を写しているかのようだった。
     
     最近新調したスーツは、ホワイトの上下にネイビーのオッドベスト、差し色の赤が気に入っている。パーティに着ていくには少しやんちゃだが、今日は目立った方が良さそうだと判断してしつけ糸を切った。
     
     相棒たちは今日はお留守番だ。ホルダーの代わりに普段しない腕時計を身につけて、緊急用の抑制剤を再度確認し、少し迷ってからあの香水をウエストのあたりに吹きかけた。
     
     
     
     今日のパーティは最近勢いのある若い会社が主催だった。リーグでもドローンロトム導入の際に世話になっていて、柔軟な発想と行動力は素直に一目置いている。
     
     本来いたずら好きなロトムたちをAIのように正確に動かすことには、オレさまははじめかなり懐疑的だった。失礼を承知で先方にそれを伝えたところ、待ってましたとばかりに熱心にロトムへの負荷と正確性への対策について話してくれた。

     曰く、元々ロトムたちは正確なことやプログラミング的思考を得意としており、ほとんどの個体はやりがいを持って撮影や警備をしているそうだ。それでも中には気ままな個体もおり、そういうロトムは他の開発に協力してもらっているので会社は人間よりロトムのスペースの方が多いのだと担当者は嬉しそうに笑っていた。その後は「キバナさまのロトムは我が社のロトムたちの憧れで」としばらくロトム談義に花が咲いた。
     
     会社は悪くない。会社は悪くないのだが、招待客があまりよろしくない、と言うのが今日のオレさまの気分を曇らせている。
     
     主催が若い会社なので取引のある招待客も若く派手な人が多いようだった。性的な事に奔放だったり積極的なのは、まぁ悪いことでは無いのだが、いつもの政治的な思惑の行き交うパーティとはまた違った警戒が必要そうだった。
     
     ダンデがΩだと言うことは公表されていない。オレさまもだが、わざわざ第二性を公開することは今や一般的ではなくなっている。
     とはいえ、αやΩは、お互いになんとなく気づくこともあるので油断はできない。

     詰まるところ、オレさまの今夜の使命は不埒な輩からダンデを守ることだ。香水に関する謝罪は後回しでいい。オレさまは気合いを入れ直して重たい扉を開けるのだった。



     ホテル・イオニアのパーティ会場はカジュアルさと上品さを兼ね備えていて、ロンド・ロゼより居心地はいい。
     開場と同時に受付を済ませたオレさまは、後から来たローズ委員長とオリーブさんに挨拶をし、ダンデは、と言いかけたところで肩を叩かれた。
     振り返ると、そこには上品なスリーピースに身を包んだダンデが立っていて、オレさまに向かってにっと笑うと真面目な顔に切り替えてローズさんの方に向き直る。
     
    「ローズさん、オリーブさん、すみません遅れました。」
    「うんうん。また例の?」
    「いえ!昨日はこの上に泊まりましたから迷子ではないです」
    「大丈夫ですよ。まだスピーチは始まってませんからね」
    「委員長。時間が」
    「はいはい。ではダンデくん、後で挨拶回りがありますからね。会場にいてくださいよ」
    「はい」
    「キバナくん、頼みましたよ」
    「……はぁ」
     
     真意の読めない声かけに、気のない返事をすれば、去り際秘書に思いっきり睨まれた。
     
    「キバナ!今日のスーツかっこいな!ジュラルドンか?」
    「え?あぁ……え⁉︎」
    「?違ったか?」
    「え?いや、え?服?」
    「?スーツは服だろ」
    「そうじゃなくて、かっこいいって言った?」
    「??キミはいつもかっこいいだろ」
    「お前ほんとにダンデか?」
     
     メタモンなんじゃない?とほっぺたをつまむと思いの外よく伸びるので疑惑が深まる。

    「いっふぁん的にメタモンがへんしんによって人語を話す、と言うのは認められていないぜ」
    「その言い方ダンデっぽいな」
    「ダンデだぜ」
     
     ダンデは伸びた頬を摩りつつ、「オレもリザードンカラーにして貰えばよかった」と、ジャケットの襟を持ち上げた。
     ダンデも今日はいつものユニフォーム姿ではなく濃いネイビーのスーツだった。髪を緩く一つに纏めていて黄色のリボンが揺れている。

    「ダンデも心配になる程似合ってるよ」
    「なんだそれは」
     
     なんだか今日は本当におかしい。照れたように笑うダンデが可愛すぎて危うく抱きしめるところだった。
     
     その後しばらくは一緒にスピーチを聞いたりドローンロトムのパフォーマンスやムービーを楽しんだが、歓談に入るとダンデは秘書に呼ばれ、オレさまも途切れる様子のない挨拶の対応に、シャンパンを傾ける暇もない程だった。
     
     物腰柔らかに、リアクションはややオーバーに。楽しい歓談を提供しつつ、視線の端では常にダンデの様子を伺う。よしよし距離感をわきまえてるな。あーあの人は…確か番持ちだったな。

    「キバナさん!」
    「…ああ!あなたは」
     
     ようやく人の流れも落ち着き、アラカルトでも摘もうかとテーブルを移動していると例のロトム大好きな研究員さんに声をかけられた。
     
    「ツナギじゃないから一瞬誰だかわかりませんでしたよ」
    「ドローンショー見てくださいました⁉︎今日はキバナさまのロトムは?」
    「いますよカモンロトム!」
     
     ケテー!と元気よく飛び出したオレさまのロトムは、くるくるとオレさまたちの周りを飛ぶと、パシャリ今宵のひと時を切り取って、スマートに画面を見せてくれた。
     
    「わぁ‼︎す、すごい!本物だ!あの、もしよければ、ロトムたちにも会っていただけませんか?みんな楽しみにしていたので…」
     
     研究員の彼の視線を追うと、会場の警備を担当しているのだろうドローンロトムたちが、心なしかソワソワとしているように見える。
     
    「ふはっ!いいですよもちろん!」
     
     ロトムお願いな、と声をかけると瞬く間にドローンロトムの行列ができ、「こら!警備優先!並ぶのは三匹までだ!」と研究員の彼が握手会の剥がしスタッフのようになっていて面白かった。
     
     
     
     
     
     異変に気づいたのは、ロトムのファンミーティングが始まってすぐだった。
     あまりいい噂を聞かない若い実業家の男性が、ダンデに近づいていくのが見えた。ニコニコと胡散臭い笑顔で話しかけてきたのでいつ飛び出そうかと思っていると、何やら次第に真剣な表情になり、しまいには腕を組んで悩み始めた。こちらからはダンデの表情がよく見えなくて、正直気が気じゃない。駆けつけたいが、行儀良く三匹ずつ並ぶロトムたちに出来れば心配をかけたくない。
     
    (移動し始めたら絶対に追う!)
     
     そう心に決めて二人の様子を伺うと、男の方が驚いて首を振ったり、苦笑したり、ああ!ダンデの影になってよく見えない!オレさまが背伸びをして体を逸らすと、ふと男と目が合った。男はフッと笑うとダンデの耳元に手を翳して何事か耳打ちをして。
     
     
    「今のヤツ誰」
    「キバナ!」
     
     ロトムたちに「また会いに来るから」と約束をして急いで駆けつけたがもう先ほどの男の姿はなかった。
     
    「知り合い?」
    「知り合いじゃないぜ!」
    「何話してたの?」
    「うーん多分、ナンパ?」
    「はあぁあ⁉︎」
    「わッ!キミ声大きいぜ!」
     
     目の前で想い人がナンパされた事より、ダンデがナンパをナンパと認識していた事実にショックを隠せない。オレさまのアプローチには一切気が付かないくせに…え?本当は気づいてる?それなのにあのそっけなさ?
     
    「元気ないな?サンドイッチ食べるか?」
    「…ウン。今日はダンデよく気がつくね」
    「そうか?この小さいのも美味しかったぜ」
    「ダンデ味とか分かるんだな」
    「キミ、さてはバカにしてるな?」
     
     
     
     ダンデと合流した後、お互いに挨拶はあらかた終わっており、ローズさんからも許可が出ていると言うことでオレさまたちは一足早く会場を後にすることにした。
     絨毯張りの廊下を進み、エレベーターを目指す。会場は地下にあるのでロビーはひとつ上だ。
     
    「キバナは明日仕事か?」
    「いんや、休みとった」
    「ならキバナも泊まっていったらいい!すごく広いぜ!」
    「マジ?スウィート?」
    「分からないが、たぶん夜景も綺麗だ」
    「あはは!なん、だ、そ、?」
    「キバナ⁉︎」
     
     突然膝から崩れ落ちた。バクバクと心臓が異常なほど鳴っている。呼吸が上手く出来なくて苦しい。体温が上昇し、ドッと嫌な汗が吹き出した。
     
    (やられた!)
     
     ダンデばかり気にしていてざまぁない。いつの間にか盛られていたらしい。恐らくは誘発剤の類いだろう。下半身に血が集中していくのがわかって舌打ちをした。震える手で緊急用のピルケースを取り出したその時、頭が真っ白になるほどいい匂いがして、心配そうにこちらを覗くダンデに気がついた。
     
     (匂いが!)
     
     自分でもフェロモンが溢れ出ているのが分かる。香水とは全然違う、欲と執着に塗れた匂いだ。
     オレさまは必死で呼吸を整えつつ、ダンデに離れるように伝えようとして、口からは全く別の言葉がこぼれ落ちた。
     
     
    「お前が盛った?」
     
     
     ダンデは目を細めて笑うとオレさまのすぐ近くに膝をつき、すぅっと鼻から息を吸った。
     
    (サンプルここまで)
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