役目の話殺してしまおうかと思った。
「いつか君がお役目を果たすとき、俺も付き合って役目に準じてあげよう」
今、この瞬間。眼の前の、この子を。
「……それ、は」
何か得体も知れないものを口にするように、おそるおそる颯馬さんは聞き返す。愚直といえるほどまっすぐ俺の姿を映すその瞳は、あまり好きではなかった。
「ママが約束してあげようなあ!」
徐ろに颯馬さんの手を取ると、ピクリと跳ねる。何も取って食いやしない。稚魚を食らうほど、俺は飢えてはいない。
互いの左の小指を、強引に絡める。有無は言わせない。一瞬身を引きかける颯馬さんだったが、ただの反射だったようだ。弱々しいながら、確かに小指に力を込めた。
「……ご迷惑ではないか」
「何がだあ?」
指を閉じ、颯馬さんの小指を挟み込む。捻るように回すと、颯馬さんの右手が俺の手首を掴んで動きを止めた。
「我は貴方も殺めるぞ」
喉の奥から、乾いた笑いが漏れる。颯馬さんでも冗談を言えるんだなあ、なんて、揶揄をする言葉より先に、俺は颯馬さんの首を掌で包んでいた。喉仏に親指を滑らせると、小さく上下に動いた。唾を飲んだのだろう。しかしそれはただの生理現象だったようで、彼の表情に動揺は見られなかった。
「君が俺に勝てると?」
「無論」
パンッと、乾いた音を立てて颯馬さんの手の甲が俺の手を打った。首から離れて行く手を目を追い、俺のことを警戒もしていない。凛と佇む彼は、なんてないことのように言い放った。
「迷える神をお隠するよう鍛錬された神崎が、神の手足を斬れぬとお思いか?」
真っ赤な夕日が、世界を照らした。
だから俺は、殺してしまおうと思った。
今、この瞬間。この子がまだ、奏汰さんを殺していない内に。
でも、同時に。この子はまだ奏汰さんを殺せていないので。
「ははは。奏汰さんを殺す奴の石抱きに俺の命の重みを乗せられるなら、最高に愉快だなあ」
「刑戮に等しい重みであるな」
ぎゅっと眉間に皺を寄せる颯馬さんは、全身全霊で奏汰さんへの愛を表現する。
ああ、面倒だ。俺は自分より下にある颯馬さんの顔を見下ろす。頬から力は抜け、繕っていた表情は落ちる。睨むこともせず、ただ、颯馬さんを見つめた。
「……奏汰さんは殺させない。殺されるなら、殺してやる」
奏汰さんを愛しているくせに、刀は手放さない。
刀は手放さないくせに、奏汰さんを愛してしまった。
いっそのことこの子がただの刀であれば、俺は例え奏汰さんに恨まれることになったとしても、喜んでこの子を折っただろう。
夕焼け空に、烏が一羽飛んでいく。その鳴き声がやけに耳障りに、俺の声に重なった。
「いつか君が役目を果たさなければいけないならば、俺は神の手足という役目をゴミ捨て場から引きずり上げて、笠に着てやる。俺も君も、役目を果たすだけだ」
俺の影が伸び、颯馬さんに重なる。陰がかけられた颯馬さんは困ったように目を泳がせる。
しかし、その唇はうっすらと孤を描いていた。
「それでも、貴方の背に我の命を乗せたくはないのであるが」
「じゃあ、捨て置いてやろうなあ?」
「……、……そうしていただきたい」
出来もせぬくせに、と、颯馬さんの目ははっきりと語っていた。