大神来たりて咆哮す(仮)――ねぇ、知ってる? 学校から少し離れた場所にある森に、寂れた神社があるんだって。
――そこに深夜三時に訪れて、壊れかけてる犬の像に触れると呪われるんだってさ
――呪われる?
――そう!なんでも触れた人は例外なく数年以内に死んじゃうんだって!
――うわ~!こわ~い!!
……僕がそんな噂話を耳にしたのは、昨日の昼休みのことだった。
編入したてのクラスには噂好きの人間がいたのか、やたらと大きな声でそう語っていたのを覚えている。
現実的にも有り得ない、数あるオカルト話の一つだ。そう信じていながら、今こうして夜の神社に立っている僕は、救えないほどの馬鹿なのだろう。
絶望的なまでに平凡な日々に変化が欲しかった。
学校が変わろうと”変人”のレッテルは変わらず、僕は何時だって爪弾き者だ。ここに来て一か月弱で、早くもひそひそと噂される身になってしまった僕は、この現実に飽き飽きしていたんだ。
そんなときに聞いた噂話は、科学派な僕からすればホラ話にしか思えないもので。それでもまぁ、ちょっとした暇つぶし程度には悪くないとも考えていた。より簡単に言えば”若気の至り”というものだね。
「……ここか」
懐中電灯と小型ドローンの灯りを頼りに、僕はその神社へと辿り着いた。家をこっそり抜け出し、補導されないように此処まで来るのは随分と骨が折れた。潜入する義賊の話を書く時に参考になりそうな体験だけど……
――いけない。またショーのことを考えてしまった。
「僕も往生際が悪いということかな」
つい先日、ようやく踏ん切りがついたと思っていたのに。気を抜けば考えてしまうかつての夢を前に、僕は弱い自嘲を零した。
未練がましい思考を振り払うように、僕は視界を巡らせる。
「……あ」
――そうして、僕は”それ”を見つけた。
懐中電灯に照らされた先には、ボロボロになった灰色の石像が置かれていた。まるで犬のような造形から、それが狛犬像であると当たりを付ける。ただ、その狛犬像は向かって左側に置かれた一つだけで、もう片方には何も存在しなかった。僕の知識だと、狛犬は”阿”と”吽”のセットで置かれているものだと思っていたのだけど……風化か何かで取り壊されてしまったのだろうか?
「まぁ、良いか」
興味のあることに意識が取られてしまう悪癖を、声を出すことで無理やり修正する。そうしてゆっくりとボロボロの狛犬像へと僕は近づいた。
「あと五分で三時だけど……触れるだけで呪われるなんて、本当かな?」
こういう場合、呪いの藁人形にせよ複雑な手段が必要な筈だ。それがただ触れるだけで呪われるなんて、あまりにも杜撰すぎる噂話だとも思う。
……ただ、僕はそんなことが気にならないほど、その噂話に心を惹かれていた。
「……ねぇ、君は僕の退屈な日常を壊してくれるのかい?」
ままならない日々、蟻地獄のような現実、先の見えない未来――その時の僕は、きっと逃げたかったのだろう。その為なら呪われても良いと思ってしまうくらい、追い詰められていたんだ。
勇ましい風貌だっただろう狛犬は何も言わない。
ただボロボロの顔は前を向き続け、神社を守ろうと座り続ける。それが逃げばかりの僕とは正反対のように思え、無意識に自己嫌悪が刺激された。
深く沈みそうになった思考から逃げるように、僕は手を伸ばして――――
「……」
ぺたり、と呆気なく手は狛犬に触れた。
身体を襲う重圧もなく、身の毛がよだつような恐怖もなく、ただただ時は過ぎていく。
「まぁ、そうだよね」
ぽつりと零れた声は諦念に満ちていた。事実、僕は少し期待していたんだ。どうしようもない自分や現状を壊してくれるような、そんな閃光のような"何か"が起きないかと……
「……母さんたちに気づかれる前に、帰ろう」
声に出すことで自分に言い聞かせ、神社から外に出ようと足を動かした――その時だった。
「っ!」
ビュウ、と一陣の突風が神社を吹き抜ける。
それは一瞬ながらよろめくには十分すぎるほどの風で、僕は咄嗟に両腕で顔を庇って耐え抜いた。
……ただ、それは”人間”だから出来たことだ。
“ガシャン!”
「あっ!?」
何かがぶつかり、大きく割れる音が聞こえた時にはもう遅かった。
咄嗟に振り返れば、そこには完全に破壊されてしまったドローンの残骸と、そこに混じった石の大きな破片が転がっていたんだ。
その状況だけでも『突風に煽られたドローンが狛犬像に激突し、ボロボロの石像ごと破壊されてしまった』という事実を理解するには十分すぎるほどだった。
唖然としたまま、僕は眼下の惨状を見つめる。この神社が誰に管轄されているかはわからないが、これは立派な器物損壊罪だ。僕の命運も此処までかもしれない。
「……なんとか、機械の応用で復元できないかな」
冷や汗を感じながら、僕は恐る恐るその残骸をかき集めようと手を伸ばした。
『■■■■■■』
……その瞬間だった。
「――っ!?」
轟ッ、という音が耳を過ると同時に……僕は強い力で吹き飛ばされた。
後方から地面に叩きつけられた僕は、背に響く鈍痛に呻くまま、ゆっくりと目を開ける。
「……は?」
その光景は、現実のものとは思えないほどにおぞましいものだった。
満月と星が輝く夜空を塗り潰すように、ドス黒い柱が目の前で立ち上る。まるで水柱のようなそれを見た時、僕は正しく”心臓が凍り付く”ような感覚を味わった。
立ち上がった黒い柱は、やがて天辺で何かを放出するように黒を広げていく。遠く、遠く、この都市全体へと行き渡るように、その黒は散っていた。
その地獄のような時間自体は、数分も経たずに終わりを迎えた。
柱は徐々に細くなり、やがて夢のように目の前から消えていった。
それだけだったら、僕は今見た光景を夢で片付けていたかもしれない。
『……グウゥ』
「え?」
前方から微かに聞こえた異音に、僕は咄嗟にそちらを向く。そして、そこにいた”何か”に意識は釘付けとなった。
――化け物や異形なんて、物語上の存在だけだと思っていた。
今、僕の目の前には大きな角を生やした大男がいた。
古臭い着物を纏ったそれは、明らかに理性のない瞳をしている。いや、その判断が正しいかもわからない。一つだけ確信を持って言えるとしたら――その化け物は、僕に本物の敵意を向けていたということだ。
「……来るな」
力の入らない手足では、立ち上がることも叶わない。
ただ後退り、少し震えた声で静止するしかない僕の姿は滑稽だっただろう。でも、僕の頭はとっくに限界を迎えていたんだ。今すぐ逃げないといけないことも、そうしないと死ぬということもわかっていながら、それでも身体は動かなかった。
『―――■■■■!!』
言葉とすら思えない雄たけびと共に、大男が腕を振り上げる。あと数歩の距離を詰められれば、僕はきっとそいつに喰われてしまうのだろう。そう理解しながら、僕は動くことなく前を見続けた。その時が来るのを静かに待つかのように。
そして――
『……五月蠅いな』
その”言霊”を耳にした瞬間、世界が静止した。
化け物も、僕も、この空間の空気さえも、突如聞こえたその一声で動きを止めた。異形と対峙した時の恐怖とは違う、まるで絶対的な存在を前にした時の威圧感のような……決して逆らってはいけない”神”たる存在を前にしたような、そんな錯覚。
『我が領域に何ぞ化生が蔓延っている? 此処を”主たる神の領域”と知ってのことか』
厳かな言葉と共に、化け物の背後から”影”が膨れ上がった。
それは化け物より遥かに大きく、まるで獣のように膨らんで、微かな月光に照らされ輝く金色だけが、辛うじて今の僕が把握できる全てだった。
そうして、どんどんと大きくなる金色の影が、やがて僕らの頭上で止まった頃……
『丁度良い。眠気覚ましに喰ろうてやろう』
その言葉が聞こえた次の瞬間、”全て”は過ぎ去っていた。
――気づいた時には、目の前には何もいなかった。
いや、それは語弊がある。
僕の目の前にはドス黒い水たまりが広がっていたし、耳には”ばりぼり”とおぞましい音が今も残響としてこびりついていた。
目の前にはもう、大きな化け物や金色の影はいなかった。
そうして黒い水たまりを踏みしめるように、代わりに"誰か"が立っていたんだ。
「…………」
朧雲から抜け出した月が、その人物を照らし出す。
――僕と同じ年ごろの人の形をした存在。
それでいながら、その頭には一対の見慣れぬ獣耳が生えている。服装も古風な装いで、現代からは浮いているような佇まいだった。
そして何より、月の光に照らされた金色の髪が、まるで星のようにきらきら瞬いていた。
「……きみ、は」
掠れた声が音を為す。
つい先ほど思い知った筈なのに、僕は不遜にもその”神”へと言葉を発していたのだ。殆ど無意識に、自分でも意図せず。
「…………」
彼は何も言わない。
情けなく座った僕をじろりと見下し、沈黙を保った。そして……
「……お前」
「え?」
「問答無用だ。我(オレ)に全てを寄越せ」
その言葉の意味を理解した瞬間にはもう、その青年は僕の目の前にいた。ギラギラとした瞳と開かれた赤い口が、如実に僕の辿る運命を物語る。
――嗚呼、僕は此処で神に喰われて死ぬのか
(……それもまぁ、悪くないかもしれない)
自分が死ぬ直前だと言うのに、僕が考えていたのはそんな馬鹿なことだった。
月に照らされた美しい獣の糧となれるならば……僕の人生は、悪いものではなかったかもしれない。
そのことに、少しだけ安堵の気持ちを覚えた。
――暗転
***
チュン、と甲高い雀の鳴き声が聞こえた。
続けてゆっくりと意識が浮上すれば、僕は段々と"現実"を認識していく。
「っ……」
全身が凝り固まったかのような痛みが走る。自分が寝ていた地面は硬く、これは痛むのも無理はないと朧気ながらに感じた。取り敢えず起きようと、僕はゆっくり体を動かし……
「……ん?」
その異変に気付いた。
――足が重い。
仰向けで寝ていた僕の膝に、何かが乗っているような感覚がする。はて、一人っ子である僕と寝る存在なんていただろうか?
よろよろと起き上がり、ぼやけていた視界を正すために何度か瞬きをし――
「は?」
僕はようやく、”それ”を目にした。
「……すぅ」
僕の膝を勝手に枕にしている、見慣れない一人の青年。
その服装は神職の正装のようであり、何処か古めかしい。金色の髪は朝日に照らされ、きらきらと輝いている。それは良い。まだ良いんだ。
――彼の頭に生えている獣耳と、後ろに丸まっている尻尾は何なのだろうか
「えっと……」
取り敢えず起こしてみないと……と無駄に勇敢な思考をした僕は、ゆっくりとその不審者へと手を伸ばした。
――果たして、この手が届く前に”ぱしり”と軽い衝撃が走る
「っ……」
「んう……なんだ……」
彼に触れる直前に捕まれた手が、そのまま彼へと引き寄せられる。続けてゆっくりと動いた瞼を前に、僕は緊張から身体を強張らせた。
金色の彼は、そのまま僕の手を自分の方へと持っていき――
「ふ、へへ……あるじさま……」
「……え?」
僕の手を頬に擦り付け、ふにゃりと柔らかい表情で、彼はそんな言葉を零したんだ。
……その時に受けた衝撃は、語るまでも無い。
美しい顔立ちの彼がそう言った時、僕は不覚にもドキリと胸を高鳴らせてしまった。記憶にある彼は、殺戮を平気で行うような異形だったと言うのに。
それでも、その笑顔が美しく、可愛らしく、なつかしくて――
(……ん?)
違和感を覚えたのは一瞬だった。
僕がそれを掴み取る前に、もう一度瞬きをした琥珀色の目が開かれる。今度はハッキリと僕を捉えたその眼が、僕を射抜いて――
「……お」
「お?」
「お、お前は誰だあああああああああ!?!?」
ばさばさと鳥が飛び立つ音が聞こえる。
きーんと痛んだ耳と、じんわりと痛みを主張する首元が、これが現実であると強く主張を続けていた。
***
【以下、ダイジェストな書きたいことゾーン】
●古びた神社で目覚めた類は、謎の犬耳少年と出会う!ツカサという名の彼は、どうやら今まで封印されていたようで…?
「なんてことをしてくれたんだ! お前のせいで、数百年の護りの封印が解けてしまったのだぞ!」
「九十九の怨霊と九の荒魂を封じるまで、お前には付き合ってもらうからな!その首元の痣が契約の印と思え!!」
「うん、それは別に構わないよ。ところでその犬耳と尻尾は本物かい?神経は通っているのかな?」
「ぬおおお!!妙に図々しいなお前は!東京に滅びの危機をもたらした自覚はあるのか!?
●そんなこんなで人間と狛犬?の凸凹コンビの誕生だ!!東京を悪霊たちから救うために立ち向かえ!!
「はぁ、寝起きで神力も戻り切ってないからなぁ……オレの力の為に、お前の持つ霊力を存分に寄越せよ」
「霊力?残念ながら僕にそんな力は……」
「いいや、ある。少なくともこうしてオレが荒魂にならず理性的であれるくらいには、お前の霊力は強いぞ」
・どうやら類には何か秘密があるらしい……?
●悪霊と対峙する中でわかる、狛犬ツカサの過去!!
「オレ(阿)には昔、対となる妹(吽)がいた。封印の役目に付き合わせる必要はないと、無理やり輪廻の先に送り出したんだ。今も元気で生きていると良いが……」
●しかし、人間に転生した妹は呪いによって不治の病に苦しんでいた!
「クソっ!全てはオレの罪だ……!」
「ツカサくん。決して君のせいではないよ。今からでも彼女を蝕む悪霊を封印すれば……」
「人間如きに何がわかる!そもそもお前がオレの封印を解かなければ……!」
●走る亀裂!一時は分かたれた絆!それでも類は、優しき狛犬を諦めることができない!
「覚えていてほしいんだ。もしも君が、その子を助けたいと思ったのなら……君は心のままに願えば良い。そうすれば、きっと彼の力になれるはずだ」
「貴方は一体……」
「あはは、僕はしがない神主だよ」
●謎の青髪の神主に導かれ、荒魂を相手に苦戦するツカサへと舞い戻る類!そして……
「契約しよう。僕は命尽きるその時まで、君の隣に立ち続ける。決して君を独りにはさせない」
「――持って行ってくれ、僕の全部を」
●そして契約が為された時、ついにその狛犬は真なる姿を取り戻す――
『我が真名は”真神”……【大口真神(オオクチノマカミ)】也』
『ひれ伏せ塵芥ども。盟友と契った我(オレ)に、最早敵う悪などありはしない!』
――人間など容易く越える狼の巨体。金色の毛並みの中に、琥珀色の瞳が瞬いた。
●そして一件落着した頃に訪れる非日常の数々……
「天馬司だ!この度遠い高校から編入するに相成った!よろしく頼む!」
「おぞましい気配……類から今すぐ離れて」
「寧々、誤解だ!!彼は……!」
「……ほう。お前、"鬼"の血を引いてるな?」
「え?」
「あーあ、類には隠してたのに……そうだよ。昔のご先祖様がちょっと、ね」
「成程。”先祖返り”だな?」
「なんて歪な場所なんだ……陽の気配と陰の気配がこれほど交わった場など見たことがない。なぁえむ、ここは本当に”楽しい遊園地”とやらなのか?」
「ううう~!!フェニックスワンダーランドはわんだほいな場所なんだよ!ただ、最近はちょっと変な感じがするけど……」
「ショーをしよう」
「え?」
「フェニックスワンダーランドが悪霊たちの巣窟とならないためにも、陽の空気で塗り潰すのが一番だ。その為の力が類の見せてくれたショーにあるとオレは考えている。こればかりは、神の力でもどうにもできない。他でもない"人間"が成し遂げねばならんのだ」
「えむ、寧々、類……この地から穢れを祓うぞ」
●彼らは無事に魔境と化しかけている遊園地を救えるのか!そして、神と契約した類の行く末は……!
「……あなた、は」
『……久しぶりだね、”司”くん。ようやく、目覚めることができたようだ』
『君の前にいるのは紛れもなく、かつての君の主だよ』
●つづかない