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    ナンデ

    @nanigawa43

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    何でも許せる人向け 雑食壁打ち

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    ナンデ

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    出所した兄と成長した弟

    お兄ちゃんでした、過去形 オツトメから帰ってきたら、弟がメガネからコンタクトに変えていた。どうして。
    「兄ちゃん、ほら、唐揚げ好きだったろ?小戸川のとこでね、美保ちゃんに教わったんだ、今日はいっぱい揚げるからね」
     四十間近になるまで、刑務所の中で過ごした堅志朗には今現在、幸志朗が職場でどういう立ち位置で、世間様からどう評されているのか知らなかったが、ふたりで住んでいた部屋は引き払われていた。幸志朗は安くも高くもない、単身者の多く住む前の部屋よりも小ぢんまりとしたアパートに一室を借りており、ふたつある内の部屋の一つを寝室として、もう一つをリビングとして使っているようだった。
    「兄ちゃんの荷物はこっちにあるよ。早く部屋決めないとねえ。その前にお仕事か……。あのねえ、タエ子ママが知り合いの会社でお手伝いしてくれないかって言ってくれてるんだ。興信所のスタッフ。ねえ兄ちゃん……」
     唐揚げは肉によく下味がついていて、衣はサクサクで、噛む度に肉汁が出てきた。出来たての飯。大事な弟が自分のために作ってくれた唯一無二の愛情。でもそれは他人の家の味がする、自分のいない間の弟だけの人生から成る味だ。かなしい。くやしい。
    「兄ちゃん。ごめんね、いっぱい喋り過ぎたね。疲れてるのに、すぐ次って出来ないよね。よしよし、お疲れ様。よしよし堅志朗……いい子だね……」
     弟が抱きついて、背中を優しく擦る。近付いてきた顔にメガネはない。どうして?あのメガネは兄ちゃんが選んでやったものだったろう。どうして。コンタクトなんて必要ないだろ。コンタクトじゃ、メガネを探すお前に得意げに「放りっぱなしにするなよ」と鼻を鳴らしながら渡すことも、「ズレてるぞ」と直してやることもできない。
    「今日は俺のベッド使いなよ。明日、お布団買ってくるからね。小戸川が車出してくれるって。兄ちゃんも行くかい、久しぶりにラーメン食べに行こうか?牛丼でもいいよ、あのトンカツ屋さん移転したんだ。店内がキレイになったよ」
     ほろほろ、泣いている。目の前が見えない。弟と違って視力はいいのに。弟は泣いていない。微笑んでる。メガネのない顔は自分によく似てた。……昔の自分によく似てた。今の自分にはどうだろう。今の自分があのメガネをかけたら、他人は自分のことを弟だと思うだろうか。
    「痩せちゃったねえ、がんばったね、兄ちゃん。大丈夫だよ。俺がいるからね。またふたりで、がんばっていこうね」
     背中を擦る手が熱い。堅志朗は何となく、布団は買って貰えても、もうふたりで住む部屋を探す気が弟にはないんだろうな、と思った。仕事も一緒にするよって警察、辞めてくれたりしないんだろうな。兄ちゃんぶってもあの頃みたいに何でもかんでも信じてくれないんだろうな……なんて。本当は大人になる前に、そうなるべきだったんだよって誰かに諭されたかな、ひどいな、自分の弟なのに、自分だけが道しるべのはずだったのに。
    「兄ちゃん、おかえり……」
     堅志朗は泣いてる。帰れない。もう帰れない。あの頃にもう二度と帰れない。幸志朗が抱きついて泣いている。ひとつのたまごで居たかったのに、ふたりになってしまった。
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    ナンデ

    DOODLE鰈→彼→カレー

    千司Webオンリー「賢者と旗手を結ぶ糸」展示小説です。
    二日目の彼 千空は研究所へ、司は外交へ。数年会わない日々が続いて、やがて二人の関係性が過去になっていく。笑顔を作って世界を周り、過ごす日々がつまらなかったかと言うとむしろ真逆で、科学王国時代からしても仲が深まったゲンと肩を寄せ合って思い出話をするのも、五年の月日の間に丸く大人しくなったゼノが幼馴染との再会をきっかけにまた口数が増えたのも、普段は煙草をくわえて静観しているのに四人の中で一番喧嘩っ早いスタンリーに慣れていくのも、世界を石に変え、全てを奪い、けれど確かに司の妹を助けた機械生物と明日の天気のことを話すのも、司は楽しかった。何もかも分からない中で命を懸けていた冒険の日々よりは穏やかで、旧時代に生きていたころよりは治安が悪く、でもあの頃よりずっと愛に溢れ、優しい世界のひとつひとつに触れていく毎日が楽しかった。けれど晴れた日に移動のために乗った車の中で十年でも二十年でもこうしていられると思った時……思ってしまった時に、司はふと「ああ、千空に会いたいな」と気が付いてしまったのだった。千空に会いたいな、十年、二十年、彼と会わない生活を続けて過去の人になってしまうのが、何よりも嫌だな。真っ白なテーブルクロスに落ちた、ワインの染みみたいにその気持ちは残って、徐々に広がっていく。
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