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    ナンデ

    @nanigawa43

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    何でも許せる人向け 雑食壁打ち

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    ナンデ

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    マサ→ホプ

    #マサホプ
    massahop.

    だいすき、だからどうかずっと 父親が残したのは海を渡った先にある古びた一軒家だけ、と分かった時、ママは泣きも恨みもしなかった。
    「クヨクヨしてたら、パパが悲しんじゃう」
     そう言って埃にまみれた窓を開け、真っ黒な床に箒をかけ、おれはというと家の外、門にもたれ掛かって口を開けていた。庭に住み着いていたスボミーたちは小さくて何の役にも立たない新しい住人であるおれに優しく(と言うのもママがスボミーたちを先住民として扱い追い出さず、ブラッシータウンで買ってきたきのみをひとつふたつと放ってやったからなのだが)ふるふる身体を震わせてはおれのほうを向き、太陽のほうを向き、ポケモンながらにいっちょまえにお兄さんお姉さんぶっている。
     おれは門の向こう側、ママのこしらえているおれの新しいおうちの外に全く知らない、見たこともない緑いっぱいの世界と、ガラル訛りがひどくっておれではとうてい聞き取れない言葉を話す大人たちがウールーを追いかけ回すのをぼうっと見ていた。ああ、せかいはなんてひろいんだろう!哀しいかな、齢四歳にして思い至ってしまった境地に、幼い身体は耐えられず、懐かしいホウエンの空を思い浮かべて涙をぽたりぽたりとこぼしてみたりもした。
    「どうした?いたいのか?だいじょうぶか?」
     だからそう言って手を差し伸べてきた男の子は、おれにとって救いそのものだった。ヒーローだったのだ。世界の全てと言っても過言ではない。






     在りし日の兄に憧れて、とホップが髪を伸ばしはじめたのはもうずいぶんと前で、今ではツヤツヤのミッドナイトブルーが腰ほどまで垂らされている。
    「邪魔じゃないの」
     思わずそう聞くと、彼はまるで今初めて気が付いたような口ぶりで「確かに」と返した。
    「くくってあげる。おいで」
     髪を結ぶものならいつでもリュックに入れていた。真っ黒のベルベットにデンチュラの糸を織り込んだリボンは電気を帯びてチラチラと光る。夜空の星、と謳って売っているこのリボンを、彼の髪に飾ろうと買っていた。
    「柔らかい。ちゃんと手入れしてるんだ」
     櫛を入れながらクスクス笑うと、ホップはくすぐったがるように身を捩る。
    「ちゃんとするよ、もう子どもじゃないんだぞ」
     ミッドナイトブルーからは、ほのかな汗の香りだけがした。おれは髪を少しずつ手ですくい、梳かし、最後には束ねてリボンで縛り付ける。








     ホップ、という名前がどうしても言えなかった。
     母と、母以外の大人やホップ自身とでは発音の仕方がまるで違った。ホップたちは短く区切ってホップのホを弱く、跳ねるウールーたちのような調子で彼を呼ぶが、母はにこにこしながらのんびりと「ほっぷくん」と抑揚のない調子で呼び、おれはと言うと母よりとたどたどしく「ほぅぷ」としか発音出来なかった。大人たちは皆笑った。それは嘲りの笑いではなかった。海の向こうからやって来た不憫な一家のちいさな一人息子がふくふくしたもみじの手をもじもじさせながら、この田舎町でいっとう明るい男の子を「ほぅぷ」「ほぅぷ」と、まるで「HOPE」と、キラキラした目で呼ぶのが微笑ましく愛らしかったのだろう。実際、ホップはおれのHOPE、希望であった。彼が手を引いてくれるから、おれは外に出られた。ハロンタウンの大人たちの物言いが、怒っているのではなくウールーたちの鳴き声に負けぬよう、遠くまで響くよう声を張っているだけなのだと知ることができた。大人たちが新参者の母子に優しかったのも、ホップの力が大きい。彼がおれを連れ回し「ともだちになったんだ」「マサルといっしょにウールーにさわってもいい?」「マサルはパズルがうまいんだ!」、そうやっておれをハロンタウン中の大人たちに引き合わすから、大人たちはウンウン頷き、膝を折っておれと目を合わせてくれた。ゆっくり、おれが分かるように身振り手振り、口を大きくはっきり開けて言葉を話してくれるし、おれや母の生活や体調を、家族みたいに気にかけてくれた。
    「なかよしだね」
     大人たちは微笑んで、いつだってそう言った。あんまりにも毎日毎日言われるから、笑顔で言われるから、ホップが嬉しそうにウンと頷くから、おれはその度にホップにぎゅうと抱きついた。そうだよ、おれのいちばんだよ、おれがいちばんだよ、みてみて、おれのほっぷだよ、ほっぷのおれだよ、ほっぷのとなりにいるおれだよ、おれのとなりにいるほっぷだよ。気持ち全部を伝えるには話せる言葉が足りなくて、もどかしくて、たまらなかった。大人たちはおれたちの頭を撫でた。ホップは嬉しそうに「マサルはあまえんぼうだなあ」と言う。おれはぎゅうと抱きつく力を少し強めた。





     久しぶりに会ったキバナさんが履いていたのは、丈の短い、いつものズボンではなく、ネイビーの洒落たカーゴパンツだった。
    「俺様もいい歳だからなあ。ほら、あんなにちびっちゃかったチャンピオンが、今じゃこんなに可愛げなくデッカくなったぐらいだし」
    「ダンデさんの装いは変わりませんが?」
    「よく言う。あいつの身ぐるみ引っペがしたのはお前だろうよ」
    「人聞きが悪い」
    「でも、本当のことだろ」
     そう、本当のことだ。マホイップのクリームの乗ったカフェモカをすすり、おれは目だけで笑ってみせる。チャンピオンになって、ダンデさんから王者の服を……たなびくマントを奪ったのは、間違いなく過去の自分だ。
    「カントー地方へ出かけられていたそうですが」
    「おう、いいとこだったぜ。今回は駆け足だったが、長めの休みを取ってまた行きたいと思ってる」
    「無理じゃないですか?ここ数年、ジムチャレンジの参加者も増加して、あなたのところに辿り着く猛者も昔とは比べ物にならないほどなのでしょう?」
    「それでも俺様を下せるのは十にも満たない」
    「さすがです、門番殿」
    「へっ、新無敗伝説は小生意気だなあ」
    梨のタルトタタンをつつきながら、キバナさんが頬杖をつく。じっ、と探るような目付き。
    「お前、全然負けないよなあ」
    おれは空っぽのケーキ皿に視線を落とす。
    「でも先代と違って、俺は負けないだけですよ」






     ホップのウールーは身体が弱く死にかけていたのを、彼がねだってもらってきたものだ。
    「もうこのままだと殺処分しかないんだって言うんだ。ひどいだろ?」
     そうは言いながら、彼は困った顔をしている。母親や祖父母からこってりしぼられたらしい。
    「しょうがないんだって。よくあることなんだって……。そうしないとみんな生きていけないからって。ウールーを飼ってるのは、かわいいからじゃないんだよって」
     おれは彼の頭を撫でて、籠の中で毛布にくるまっている死にかけのウールーのために作ってやった湯たんぽを手渡す。彼が今、理想と現実と、知識と無力とに苛まれているのを、美しく思う。
    「マサル、マサルは分かるか?マサルは、しかたないって思うか?ちっちゃく生まれたら、おっきく生まれたウールーにはなれないって、思うか?かなわないって思うか?」
     おれはゆるゆる首を横に振る。そんなことない。無理なんかじゃないよ。ホップは正しい。ホップは優しい。みんなが出来なくても、ホップなら出来るよ。みんながやらなくても、ホップならやってみせる。ホップは大丈夫。ホップは強い子。ホップはすごい子。ホップ。おれの希望だもの、君は一番星だもの。言葉に出すには無粋すぎて、おれは彼を抱きしめるに留めた。小さな子ウールーは湯たんぽに寄り添い、みぃみぃと小さく鳴いている。この子が生き残るかどうか、おれにはちっとも分からない。
    「がんばれ、がんばれウールー。がんばれ……。俺、お前を強くしてやる。他のウールーみたいになれなくってもいいんだぞ。他のウールーにはなれないウールーにしてやるからな。そうだ、俺がチャンピオンになればいい。な、マサル?いい考えだよな!ウールーを兄貴のリザードンみたいに強くしたら、きっとみんなしかたないなんて言わないよな?」
     ウン、と頷いたらホップがやっと笑ったので、おれはこのウールーに生きてほしいな、と思った。生きて、強くなってほしいな。






     ピンクは足りてる?と冗談混じりに問いかけたら「忘れました?僕はもうアラベスクタウンジムリーダーですよ」と返された。
    「僕自身はもうピンクだけじゃない」
     ニヤッと笑ってサーモンマリネに手をつける姿に、激情に振り回されていた少年の面影はない。
     おれはバゲットを手で千切り、オリーブオイルに浸す。今日のお供はブラックコーヒー、ビートも同様だ。彼は見た目に反して苦いものや辛いものが好きなのだ。
    「あなた、マリィとけんかしたんですって?」
    「してない。けど機嫌は損ねちゃったかもね」
    「本当に。あなた、そういうところ変わりませんね。一挙一動、こっちの心は揺さぶってくるのに、そっちはなんでもない顔してる。腹が立ちます」
    「ああ、マリィにも言われた」
    「でしょうね。僕らみんな言ってます、チャンピオンになれるのは強いだけじゃなくて真っ直ぐじゃなきゃ駄目なんだろうかって」
    「おれ、ひねくれてる自覚があるけどな」
    「褒め言葉じゃないですよ!障害物があっても他人が立ち塞がってもガンガン押しのけて真っ直ぐしか進まないタイプって言いたいのを、オブラートに包んでるんです!」
     バゲットを口に含んだら、オリーブオイルが垂れて服に落ちた。ビートがハンカチを差し出してくれたので、有難く受け取って軽く拭う。
    「あんなことを言うから、マリィが心配してます。ちゃんと話し合ってください」
    「うん、わかったよ」






     ホウエンから越してきて数年が経ち、その数年の間にガラル地方はうんと豊かになった。レールが敷かれ、駅が出来た。テレビではジムチャレンジの様子を華々しく放映しているし、鉄道のおかげでアーマーガアのそらとぶタクシーでは運びにくかったものが容易に手に入るようになった。
    「誕生日ケーキに、ヨクバリスのモモンケーキを頼んだんだ」
     だからマサルも食べに来いよ、と言うホップの傍らにはすっかり元気になったあのウールーがぐぅぐぅ鳴きながら寄り添っている。
    「テレビコマーシャルでやってるやつだよ。マサルも見たことあるだろ?ヨクバリスがあっという間に食べた後、ショーケースに潜り込んで中のモモンケーキもぜーんぶ食べちゃうやつ」
     ウールーはもう他のウールーと変わらなかった。大きさも身体の強さも通常通りで、違うのはウールーたちの群れに加わらず、常にホップのそばにいることだけだった。
    「兄貴も帰ってくるんだ、紹介するよ」
     おれはウールーが嫌いになった。ホップにべったりくっついて、朝も夜もホップの隣にいるウールーが大嫌いになった。ホップのポケモンじゃなかったら、毎日蹴っ飛ばしていただろうと思う。とは言え、ホップのポケモンでなかったなら、おれはウールーのことを嫌いになってもいなかったろうから、結局ウールーは痛い思いをしないわけだ。くやしい。
    「マサルはまだ、兄貴会ったことなかったよな?」
    「うん」
    「じゃあ今度こそ会えるな。へへ、楽しみだなあ」
     でも結局おれはホップの兄貴には会わなかった。ホップの誕生日の当日、風邪をひいたふりをして彼の誕生日会に行かなかったのだ。優しいホップはおれのことが心配で、あんなに楽しみにしていたケーキすら残したと後で聞いた。久しぶりに帰ってきた兄におれの話ばかりしたというのも。
    「マサル、兄貴はすごいんだ、ガラルのヒーローだぞ。それで俺は兄貴の世界一のファンなんだ!」
     ホップの兄を蹴っ飛ばすわけにはいかない。おれはそれからも彼の兄が帰省するたびに風邪をひいた。ひいたふりをした。








     久しぶりに訪れた研究所にいたのは、懐かしい髪型に戻ったホップだった。
    「どうにも傷んで仕方なくてさ。ソニアに聞いたらリボンのせいだって言うから、切ったんだ」
     ホップに出されたティーカップに入っているのはミントティーだ。研究所に常備してある自家製の乾燥ミントで淹れるのだ。
    「リボンに織り込まれてたデンチュラの糸が静電気を帯びてて……髪には良くないらしいんだ」
     一口、二口と飲み進める間も、ホップはおれの目を見ない。
    「知っていたんだな、マサルは」
    「ウン。ごめんね」
     おれは勝手にポットからおかわりを注いだ。勝手知ったるなんとやら。実は乾燥ミントがどこにあるかも知っている。
    「マサル、チャンピオンになりたくなかったって本当か?」
    「マリィから聞いたの」
    「マリィじゃなくて……ビートが、マリィに聞いたって、ビートから聞いて。あいつさ、お前のこともマリィのことも心配してて……」
    「そっか。でも、違うよ」
    「ほ、んとか?そうだよな?びっくりしたんだ、まさかマサルがそんなこと言うなんて」
    「マリィにも言ったけど、違うよ。『チャンピオンになりたくなかった』じゃなくて『なる気がなかった』んだ、ホップ」
     減っていないホップのティーカップも自分のほうに寄せる。一気に飲み干したら、余計に喉が渇いてきた。
    「ホップ、おれね、ウールーになりたかったんだ。ホップのウールーに。ホップのポケモンになりたかったんだ。でも無理だろ、人間はポケモンになれないし」
    「マサル……」
    「だけどホップはおれをライバルにしてくれた。ね、ホップ。手持ちは六匹だけど、ライバルは一人だろ。ホップ。おれはね、たまたまチャンピオンになれただけなんだ。ホップが望んだから、進んでいったらなれただけだよ。ホップ。おれの試合、ちゃんと録画して見てる?ホップが望んだから、なったんだ。ホップが褒めてくれるから、続けてるんだ、チャンピオン」
     ホップは黙っている。おれはホップの手を握り、顔を近づける。おれの希望、と呼んだらホップは泣きそうな顔でおれを呼んだ。
    「どうしたの、いたいのか、なあホップ、かなしいの……どうして泣くんだ……ホップ、ホップ……ホップ……」
     おれもホップを呼ぶ。もう大人だから、きちんと発音ができる。つっかえずに話もできる。でも、おれはいつも肝心な言葉を知らない。抱きついたら、お日様と草の匂いがした。おれの世界は温かい。今はなぜか雨が降ってる。
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