私の彼氏は餃子を焼いてる 餃子を包む間、子どもは彼氏が面倒見てくれる。
「また餃子?買ったほうが安いだろ、早いし」
「キャベツまたもらったんだもん。ひき肉も安かったし」
「また?隣のばあさん?」
「そう。趣味でね、畑やってるんだって。いいなあ、そういうの」
市村は言いながらも手を止めない。手元のボウルから餃子餡をスプーンですくう。すくった餡は皮にのせる。スーパーで50枚158円の餃子皮。特別モチモチもしてないし、パリッと焼けるようにもなってない、普通の餃子の皮。
「ああーん、ああーーん」
「ほら、山本さん。泣いてるよ」
「あ、ああ。ほら……どうしたぁ?ママかぁ?ママにタッチ交代するかぁ?」
「ダメ。ママは今餃子包んでるから」
スタンダードな包み方だと破れてしまうから、半分に折って、端と端を持ってくるりと丸めて止めるだけの帽子型。これなら大して技術もいらないし、50枚包む間に子どもがオムツを濡らしても待たせないで済む。何しろ市村の彼氏は、子どものお守りと言ったら下手くそな抱き方でオロオロしながら揺れて、赤ちゃん言葉であやすことしか出来ないし、する気もないのだ。ましてやオムツ替えなんて「無理」の一言だ。汚い。人の排泄物に触るなんて無理。市村はそれを聞く度に、でもこの子って素は山本さんがいつもおしっこ出すとこと、同じところから出てるんだけど、と思う。思っても言わない。機嫌が悪くなるから。
「そういえば、お義母さんからの電話なんだった?」
「んー?いつも通りだよ。早く籍入れろって。子どものためにならないからって」
「ふうん……」
「入れたほうが子どものためにならないよねえ。山本さん前科あるんだからさー」
ボウルいっぱいの餃子餡がすくっては包まれすくっては包まれ、どんどん減っていく。元手ゼロの貰い物のキャベツたっぷりで、ひき肉はちょっぴりだけの節約餃子だ。山本は市販品のが安くて美味いというが、そんなことはない。今日作った分は冷凍しておいて、三食分にはするんだから、こっちのほうがよっぽど安上がりだ。愛情だってつまってるし。
「あと二人目早くって」
「は?」
「歳の近い兄弟がいるほうが良いんだって。しほだってさみしくなかったでしょ、一人なんてかわいそうよって」
「はあ……なんていうか、変わらないな」
「ぜんっぜん。本当に、嫌んなるくらい」
最後のほうはいつも餡が余る。仕方が無いのでそのまま丸めて焼いて、山本の弁当にハンバーグとして入れる。山本は嫌そうにするけど、文句は言わない。ていうか、言えない。
「たくさんのほうが、さみしかったのにね」
皿いっぱいに餃子が出来る。振り向くと、市村の彼氏は困ったように眉を下げてる。そこにはもう敏腕気取ったアイドルマネージャーの顔も、テレビで報道されてた殺人事件の容疑者としての顔も、出所したての時の情けないおじさんの顔もない。毎日市村の作る料理を食べて、子どもを抱いて揺らしてパパぶって、雀の涙みたいな稼ぎをほんの少しだけ市村に渡す、情けない彼氏の顔しかない。もうこの男の人生に、二階堂ルイも三矢ユキもいない。市村しほだけがいる。
「出来たよ。山本さん、焼いてよ」
「お、おう」
手を洗って、子どもを受け取る。しほは子どものお腹に顔を埋める。ふわふわの肌、ほわほわの産毛、この世の幸せを詰めて作ったみたいな生き物はミルクの香りがする。山本がこっちを向いてないのを確認して、今度は自分の手の平に鼻をつけて匂いを嗅ぐ。ハンドソープの匂いと、落としきれなかったニンニクの匂い。
「ふふっ」
「ん?なんか言ったか?」
「んーん、なんでもない」
それは地獄の先に待ってた、幸せの匂いにふさわしい。